<第11話 言葉が分かったら今度は尋問>
「嫌ー! 止めて! ラブ&ピース!」
「やかましい!」
また縛られた。
このやり取りも昨日以来、通算二回目。
『甲子園出場校じゃないんですから』
アシュラが冷静にツッコミを入れてくる。ってか甲子園とか知ってんだこいつ。
「ツァス、それでいいだろう」
昨日と違うのは、このおかっぱ髪のメスガキ……いや男の娘なんだっけ?……の他に、ソリルも思い切りこっちを警戒していることだった。
「さて尋ねるぞウメタロー」
あの激流の中でも手放さずに彼女が背負っていた槍。
焚火を背にそれに手を掛けた状態で彼女は質問する。
「どうして今までオレ達の言葉が話せないふりをしていた?」
「えーと……それは、まあ……」
なんでなんだろ。こっちが聞きたい。
僕からしてもいきなり彼らの言葉がすっと理解できるようになったんだから、驚き以外の何物でもなかった。
でも検討はついてる。
(アシュラの仕業だよね?)
『はい。彼らの会話記録を逐次データベース化した上で、バックグラウンドで言語解析を行っていたのですが、それがある程度の精度で完了したので、あなたのブローカ野とウェルニッケ野にアップロードしました』
ちょっと何言ってんのか分かんない。
(ブローカと……なんだって?)
『脳における言語中枢です。ブローカ野は運動性言語野と呼ばれ発音に関わる部位で、ウェルニッケ野は感覚性言語野といい言葉の理解に関わる部位です』
(そこをいじくったってコト!?)
医学的なことは分かんない僕でもなんかやばいことされてる気がした。
『外科的に何かしたわけではありません。シナプス結合を促し新たな情報をアップロードしたのです。ご安心ください』
安心していい説明なのそれ?
(難しいことは分かんないけど、とにかくアシュラがなんか脳にして彼らの言葉を話せるようになったってことか)
『要約するとそうなります』
(それさぁ……早く言ってよおおおん)
最初に翻訳できないのって聞いた時に無理だって言ってたから、こうなるとは思わないじゃん。
『現状、難しいとは言いましたが、将来的にも不可能とまでは言っていません。あの後、あなたが彼らから逃走して翻訳の必要がなくなるルートも想定されましたし。逼迫の課題だったので即時やるように設定していたのが災いしましたね』
有能なんだか抜けてんだか……
何はともあれ、だとすると何て説明すればいいんだろう?
この異世界、ソリル達に馬鹿正直に「頭の中にAIがいてなんか解析してくれたら話せるようになったよ」なんて言って信じてもらえるだろうか。
『高確率で不可能でしょう。AIという概念自体を説明することが難しいと思われます』
(だよなあ……)
となると、もう嘘というか、作り話でもして信じてもらうよりないよなあ。
嘘も作り話も下手っぴなんだよな僕……
考えあぐねていると、ソリルが試すように更に質問を重ねてくる。
「お前は鉄鱗どもの仲間なのか?」
「てつうろこ?」
なんだろ、誤訳じゃないよな。
首を傾げると、おかっぱ髪の男の娘が声を上げる。
「とぼけるな! 王国から送り込まれたスパイなんだろう!?」
今度は〝王国〟とな。
「ボクらを助けたのだって、監視していればアジトや仲間と合流するから都合が良かったからに違いない!」
相変わらずヒートアップしてるけど、言ってる内容はさっぱり分かんない。
『今までの彼らの会話内容を分析するに、王国とは初めて我々が遭遇した時に交戦していた騎士の姿をしたもう一つの勢力のようです』
(ああ、なるほど)
そこのスパイだと思われてるのね。
だとすれば、どちらにも角が立たないようにするには……
あ、そうだ! これだよこれ。
「分からないんだ」
「分からない?」
ソリルが僕の言葉を鸚鵡返しにした。
「そうなんだ。僕、実は記憶喪失なんだ」
記憶喪失の男が実は英雄だったとか漫画の王道パターンだ。ちょっと真似してみた。
「記憶喪失だってえ!? そんな都合よく記憶を失って〝災いの大地〟のど真ん中にいるわけないだろ!」
が、ダメ!
そりゃそうだよな……
僕だって最初、何で森のど真ん中で目を覚ましたのかと思ったもん。
ゲームのバグでリスポーン地点間違えたみたいだった。
「ツァス、静かに」
「でも、ソリル……」
「いいから」
ソリルの言うことはさすがに素直に聞いてすとんと座る。
「じゃあ、なおのこと知りたい」
「な、何をだい?」
「何故、オレ達を〝森の暴君〟から救おうなどと思った?」
「〝森の暴君〟ってあのバケモノのこと?」
「ああ」
「それは……」
「記憶喪失なら助ける必要などない。鉄鱗も仲間ではなく、オレ達だって仲間じゃないんだから。ではなぜだ?」
「そりゃあ、助けないとみんな死んじゃってたでしょ」
僕の中ではそれが理由で片付いていた。
「答えになってないぞ!?」
おかっぱが噛み付いてくる。
「答えだよう。困ってる人を見捨てたらさ、僕ずっと引きずるタイプだし」
それが原因でニートになったようなもんだしね。
『どういうことです? それが原因でニートとは』
(あれ、珍しいな。アシュラから僕に質問なんて)
『あなたの履歴書以上のパーソナルデータは私の中にはありません。あなたの行動原理を知るためにも、過去のデータは多い方がいい』
(へー、でもそんな大した話じゃないよ? あれはねえ――)
あれは高校に入学してしばらくの時のこと。
凄いざっくり言うと、僕がいたクラスでいじめが起こった。
僕がいじめられていたわけじゃない。
仲が良かったわけじゃないんだけど、クラスでちょっと目立たない女の子が些細なことの積み重ねでいじめグループに目を付けられた。
それでまあ、いじめグループはクラスでは人気者だとか表向きは品行方正な子が中心だったものだから、みんな彼らの不興を買いかねないことは避けて、いじめられてる子に関わるのもその一つになった。
僕は、面と向かっていじめグループに立ち向かったわけじゃない。そんな勇気も根性もないし体力すらない。
だけど、僕はとりあえず、その子に関わらないという暗黙の了解だけは守らなかった。
彼女にだけプリントを回さないとか、そういうことはせずに普通にプリントは回したし、掃除で一人だけやらされていたら手伝ってもいた。
自己満足の範囲で僕はその子を見捨てなかった。
『なるほど、それがあなたの正義感ですか』
(いいや、まだ話は続くよ)
それからしばらくして。
僕はその子を見捨てなかったけど、その子は僕を見捨てた。
簡単に言えば、いじめのターゲットがその子から僕に異動となった。
僕だけプリント回ってこないし、掃除は一人でやらされるし、上履きがトイレに捨てられるし、死ねって机に落書きされるし、階段で蹴り入れられて転げ落ちて死にそうになった。
そんで、それを笑って見てる連中の中に、あの子もいた。
いじめる側になれて、凄く楽しそうだったのを覚えている。
僕は不登校になって、引きこもって、ニートになった。
(そしてここへ至る)
『救いがない話ですが、総括が困難な情報ですね』
バカの話は必ず長いっていうからね。自分で言ってて悲しいけど。
(まあ要するに……僕は自己満足で中途半端に正義感ぶって破滅するのよ)
『では彼らをドラゴンから救ったのもある意味破滅だったと?』
(絶賛破滅しそうになってるでしょ今)
『分かっているならなぜ非情に……いえ、あそこで傍観するだけでいなかったんです?』
(たぶんねえ、見捨てるのを繰り返してるとさ、ニートから今度は自殺志願者にジョブチェンジすると思うんだよね)
『より悪化しますね』
アシュラが珍しくどんびきしている。
(僕さ、見捨てられても、あの子のことはあんまり恨んでないんだ。あの子もああしないと生きていけなかったんだし)
『あなたのロジックでいえば今も、彼らを助けたのにこうして縛られ、処刑されそうになってることは恨んでないわけですね』
(そうだね。ソリルたちだって、そうしなきゃいけないくらい大変なとこで生きてんだし)
『興味深い価値観です』
アシュラにしては感傷的な感想を返された。
『いいでしょう。一緒に切り抜けましょう。今回はあなたは一人じゃありません』
(え? アシュラって一人にカウントしていいの? 実体ないのに)
『もう少し気の利いた返しを心がけることを推奨します。だからいじめられるんですよ』
何気に酷いことを言われた。