<第10話 流されて愛ないランド>
「うわあああ! 自分でやっといて超こええええ!」
仰向けになって崖に落下しながら絶叫する。
遊園地の絶叫コースターなんて何が楽しいのか分からないってタイプだと思ってきたけど、それは強がりだった。
単に落下するのが怖過ぎて、それを楽しめないだけなんだ。
『恐怖の中で難しいかもしれませんが、重力干渉能力の意識は途切れさせないようにしてください。三人を同時に拘束するのは今のあなたの能力では過分ですから』
「なんか知らんけど分かったああああ!」
僕の放った重力干渉能力の投げ輪にすっぽりはまったソリル達三人が、このままじゃ落ちて死ぬといった形相でいるのが見えた。
ちょうど、青いビームでできたカウボーイの投げ縄に三人が捕まって、僕に引きずられて無理心中させられてるみたいな感じだ。
ただ実際、三人は僕がうっかり能力を途切れさせたら崖下にそのまま落下してあの世逝きだからあながち間違いじゃない。
『今です! 制動をかけて!』
「ぬおおおおおお!」
全力で地面に直撃しないように制動をかける。
がくんと落下速度が落ちた。
同時に、効果は自分が最優先で、他の三人が僕を追い抜いて落ちていく。
そして、その三人に引っ張られるように、僕もぐんとまた地面に向かって落下速度が上がる。
「うごごごご!?」
ここで身を任せたら死にそうな気がしたから必死で踏ん張る。
それでも、結構なスピードが出たまま、崖の下に到達してしまった。
「がぼっ!?」
予想外だったことがある。
それは崖下が川になっていて、しかも激流だったことだ。
どぼんと落水する衝撃があったと思うと、濁流にあっという間に飲み込まれてしまう。
「ごぼぼぼぼ!?」
泳いだのなんて何年前か覚えてない。いや、多少泳げたところでこの激流じゃどの道泳ぐどころじゃない。
僕はぐわんぐわんと水の中で上か下か分からないくらい揉みくちゃになった。
(あ、これ溺れ死ぬやつだ)
ふっとそんなことを考えたけど、アシュラが答えた。
『緊急事態につき流体干渉能力を開放します。制御をサポートAIが代行し対象に自動保護を実施』
すると、ぼうん、という感覚が体全体に走る。
激流の中にあった岩場に激突しそうになったら、水のクッションのようなものが体の周りにできて怪我せずに済んだ音だった。
「あぼぼぼ! ごぼぼごぼぼぼぼ!」
あの三人にも、これを掛けてやって。
咄嗟にそう叫ぶ。
『そう言うと予想し先んじて実施しました。安全に関することには多少の裁量権が私にもあります。ご安心を』
アシュラのヤツできる男だぜえ。
いや、男でも女でもないんだけど。
あ、でも息苦しさは変わらないわけで、このままじゃやっぱ溺死するのでは?
ニートはあらゆる死の危険に解決力皆無なのだった。
そう思った瞬間、誰かが僕の手を掴んだ。
「ぷはっ!」
そして水面へと引き上げられる。
「げほっ! げほっ! ソリル……」
そこにあったのは、必死になって濁流の中で見つけた流木にしがみつく女戦士の横顔。
どんな時でも諦めないといった表情で、濁流に抗っている。
こんな状況だっていうのに、その眼に宿る炎のような意思を綺麗だなと思ってしまう。
「ウメタロー!」
彼女は僕も流木にしがみつかせる。
見ると、おかっぱ髪とおじいちゃんも助けている。さすがだ。
僕が流木にしがみついたのを確認すると、仲間二人を励ますように声を上げていた。
(すげえー……どうしてこんな全てに必死でいられるんだろな)
ニート生活が染み付いて、必死になるという感覚を忘れて久しい。
そんな僕に、彼女の生への情熱はとにかく眩しく、熱く感じられた。
それからどれくらい流木に掴まって流されただろう。
途中、滝になっている箇所もあり、そこでまた濁流もろとも落下するのだけど、アシュラがかけてくれている流体干渉能力がクッションになってくれて怪我人は出ない。
普通なら岩場に叩きつけられたり、背後から突っ込んで来る流木に撥ねられて死ぬところだ。
でも、激流が弱まるまではひたすらに流されるしかない。
力尽きて沈んでいってしまわないかどうかの勝負だった。
ようやく水流が弱まり、川辺に上がれる場所を見つけた時には、もうへとへとだった。
「うう……膝がガクガクして立てない……」
『まずは荷物を下ろしましょう。これに掛けてる重力干渉能力も疲労の一因です』
「そっか……」
僕は川辺にでかい荷物を下ろすと、もう一歩も動けないという気持ちでそのまま大の字に寝っ転がった。
深い森じゃないから太陽の光が差してて気持ちイイ。
ソリルは服を乾かすためか、すぐに焚火の準備をして火起こしをしていた。
すげえ体力、と思うところだけど、彼女だって疲れ切ってるはずだ。
実際、火打ち石をカチカチしてもなかなか着火しない。手元がおぼついていないようだった。
「うわあああん!」
疲れからか、泣き出したヤツもいた。
あのおかっぱ髪の子だ。
「もうおしまいだよソリル! 兄弟達が遺してくれた最後の物資も失くしちゃった!」
地面に這いつくばったまま頭を抱えている。
「ツァス。ウメタローが背負っていた分がまだある」
「あとは全部置いてきちゃったんですよ!? 三分の一になるなんてもう全部失くしたようなものですよ!」
カッ、カッと火打ち石をこする音がする。
ソリルは仲間の泣き言に付き合うより、火起こしを優先するつもりのようだった。
「それでも、生きて切り抜けられたのだ……幼き後継者よ」
「お師匠さま……でも、でも!」
おじいちゃんの慰めにも、やり場のない感情はどうしようもないみたいだった。
疲れて豆腐みたいになった頭で、大変だなーと何故か他人事みたいに眺めてしまう。
それがまずかった。
うっかり、あいつと目が合った。
「おい、お前!」
怒って元気が出たのか、その場にすっくと立ち上がる。
「お前のせいだ! 何勝手にうろちょろしてたんだよ! お前がオークに見つからなければこうならなかったんだ! 間抜け!」
「ツァス、あそこはオークの縄張りだった。嫌な臭いがして斥候に出て分かった時にはもう遅かった」
ソリルが横からたしなめる。
ぱちぱちと枝が燃える音が聞こえだした。着火したらしい。
「オレ達だって息を潜める以外はできなかったろう。どの道見つかった。ウメタローが悪いわけじゃない」
火を大きくするために枝を折ってくべながら、ソリルは淡々と言った。
「でも、この間抜けがいなけりゃもっと速く移動できたかも!」
「やめろツァス。人狼族の戦士に、たらればはない。それに、ウメタローは名を教えてくれたんだ。名前で呼んでやれ」
「はん! 平気ですよ! どうせ言ってる意味なんて分かんないんだ」
おかっぱ髪はソリルの燃やす焚火以上にヒートアップしてくる。
「やーい鹿のフンにたかるハエ野郎! 発情期のウサギぽんち! ざーこざーこ!」
バリエーションに富んだ悪口だけど、その小物感がなんだか一周回って微笑ましい。
思わず、くすっと笑って言ってしまう。
「うるさいメスガキだなあ」
「な、なんだとお!? ボ、ボクは男だっ!」
怒るおかっぱ髪の一方で、ソリルの枝を折る手が止まった。
ややあって、おかっぱ髪も怒っていた表情から、真逆に呆然とした顔に変わった。
「あれ……なんで……」
ほとんど、恐怖の貼り付いた表情でおかっぱ髪が呟く。
「お前、なんでボクたちの言葉分かるんだ……?」