<第0話 投入体>
全身を覆う黄色いNBC防護服に身を包み、酸素マスクの呼吸音を響かせた一団が、1つのストレッチャーを押していた。
辺りは地下施設のようなコンクリート製の殺風景な通路。
まるで核戦争に備えて建設された地下壕のようなそこを、防護服の一団は進んでいる。
少し離れた後ろを、アサルトライフルを手にした警備員が数名、随行していた。
「こいつが次の〝投入体〟か?」
防護服の一人がタブレットを開き、ストレッチャーに乗せられた人物のプロフィールを読み始める。
「冴えない奴だな」
情報の確認というより、それはほとんど興味本位の行動のようだった。
「ああ、上もいよいよこんなのを使うようじゃヤキが回ってきたらしい」
一団の様子から、この作業は物々しさの反面、既に彼らの中では日常になっていることがうかがえた。
「染井梅太郎28歳、男、身長170cm、体重60㎏、職業無職、高校中退後は引きこもりか」
「カス野郎だな」
「言うな、この前なんかは連続殺人犯だぞ。それに比べりゃまだマシだ」
背後で武装した警備員が乾いた笑いを漏らす。
警備員が必要になるトラブルでもあったのかもしれなかった。
「だが付与されたチートスキルは〝ドラウプニル干渉端末〟か」
そんな会話の中で、唯一、声色が変わった点が出た。
「着けられたってことは、こいつ〝適合者〟か……?」
それは意外なことらしく、一同、ストレッチャーに乗せられた人物の顔を思わず見下ろす。
しかし、肩を竦めて諦めたように一人が言った。
「……まあ、チートを持つ前の基礎能力がこれじゃ死ぬだろうな」
「ああ、一週間生きられたら奇跡だろうさ。お、着いたぞ」
巨大な耐圧殻のような扉の前で一団は止まる。
二人の防護服の人物が両サイドに別れ、鍵穴にそれぞれが取り出したキーを差し込んだ。
「いくぞ、1、2、3!」
同時にキーを回すと、巨大な扉のロックが解除される警報音が鳴り響く。
「異世界転生したいって希望者は多いが、いざ実際放り込まれると上手くはいかないのは異世界だって同じさ」
「良い夢見ろよ、ニートの兄ちゃん」
防護服の一団はそう言いながら、奥へ奥へとストレッチャーを搬入していく。
横たわる男は、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた――