表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第8話:ヘルムート・フォン・シュナイダーという男

 誇りだの誉れだのに縛られた、くだらねー人間がこの辺境には山ほどいる。


 そいつらは剣と鎧と軍馬で身を固めながら、力を振るう理由を探すのに一生を費やす。やってることは山奥の蛮族と同じだってのに、「掟」の一言でそれをなにかキラキラした美徳のように取り繕う。


 人間は自由だ。騎士は自由じゃない。自由じゃない奴は人間じゃない。

 俺は、奴らとは違う。

 バカどもが。


 計画が始まったのは三年前。傭兵番の見習いとして、いくつか傭兵隊の給与計算を任されていたころだった。


 当時のバルテルシア帝国軍首脳の戦争計画に基づき、ヴァ―ルシュタット辺境伯は南部国境を堅守していた。だが帝国軍は別の戦線で負けが込んでいたこともあり、帝国側に不利な講和に応じることになった。

 いくら辺境伯軍が奮戦したところで、主力が腑抜けていたら意味がない。あの戦役で帝国は領地も賠償金も得られず、経済が傾いた。結果として、伯爵様も軍に充分な褒賞を与えることができなかった。


 ミリアたちと知り合ったのは戦後まもなく。彼女の属する部隊、『夜鷹よだかの隊』がシュナイダー家へ給与の不満を訴えにきたときだった。

 彼女たちは、死傷者を出しながら危険な坑道爆破作戦に従事していた。しかしその任務に対する報酬は、騎士一人分の俸禄ほうろくの半分にも満たなかった。


 俺は『夜鷹の隊』の抗議を聞き、彼らと交渉するよう親父に伺いを立てた。確かにミリアたちの言う通り、不公平だと思ったからだ。だが親父は騎士たちのメンツを保つため、下賤な傭兵たちにいい思いをさせるわけにはいかないと答えた。


 そして、親父に殴られた。


 ミリアはボコボコにされた俺を見て、哀れむどころか更に怒った。無様に鼻血を流す坊ちゃんに、「パパの言う通りだからお給料は上げられません」なんて言われたらそりゃキレるだろう。

 彼女は俺を拉致し、俺の身柄と引き換えに報酬を踏んだくろうとした。あまりの理不尽っぷりに当時の俺は呆れかえったものだが、彼女の誇らしげな言葉を今でも思い出せる。


『お坊ちゃん。自由ってのはね、理不尽なのよ』


 俺は……その言葉に惚れた。


 だから、人質戦法なんかよりよっぽど面白おかしくて理不尽な稼ぎ方を考案し、『夜鷹の隊』と共に時間を掛けて実行した。


「騎士の連中は、みんな俺のことをバカだと思ってる。だが、バカはあいつらの方だ」


 ベッドで気だるげに髪をいじるミリアに、こんなことを言っても仕方ないのは理解している。愚痴みたいなものだ。


「分かってますよぉ……ヘルムート様。あなたが一番、賢いですぅ」

「いいや、俺はバカだ。だが奴らの方がもっとバカだって話だ」

「……そですか」


 ミリアはまるで興味なさげに俺の方を一瞥した。外向けの仕事・・がない日は、彼女は昼頃まで惰眠を貪る。社会不適合者だが、嫌いじゃない。社会ってのはクソだからだ。


「ミリア。お前は今、自由か?」

「あー……? まぁ、そうなんじゃないですかぁ? 寝るのも、呑むのも、セックスも、ヘルムート様は自由にさせてくれますし」

「じゃあ俺は今、自由か?」

「……ん~、はい……」


 ミリアは心底ウザそうに目ヤニをこすった。

 めんどくせー男だってのは、理解している。女は説教を嫌う。男だって、説教が好きなふりをしているだけだ。


「退屈かい、ミリア」

「そーですね。そろそろ血を見たいなぁって、思ってます」


 レーナに婚約破棄を言い渡してから三日、俺とミリアは私邸での謹慎処分を受けていた。だが、彼女を含む元傭兵たちを匿い始めてから、もう三年が経過している。

 ミリアには、ずっと猫を被らせていた。そろそろ飽きが回ってきたころだろう。


「さっき、シュナイダー本家に潜り込ませたネズミから連絡があった。あちらの一族会議は今晩で終わる。ゆえに作戦は今晩、決行する」


 ミリアの指が髪からほどけ落ちた。

 俺の方を振り返った彼女の笑顔は、すっかり化けの皮が剥がれ落ちていた。


「待ってました、ヘルムート様ぁ♡」


 俺は自由な女が好きだ。この女は、しみったれた辺境女と違って自分の望むがままに生きている。あの陰気なレーナ・フォルベックより、ずっとマシだ。

 ……そう、マシなんだ。たとえ殺人とセックスしか趣味がないイカれ女であってもな。


「じゃ、みんなを呼んできますねっ!」


 ミリアは喜び勇んでベッドから跳ね起きた。裸で。


「おい服着ろ!」


 結局俺が屋敷中を回って要員を集めることになった。ミリアは脱ぐのは早いが化粧がクソほど遅い。


 ◇◇◇


 別邸で働く人員はすべて掌握してある。ミリア含む子飼いの元傭兵を匿うには、別邸から寄越された使用人たちも買収しておく必要があった。奴らの口は堅い。


「さて、諸君。待たせたな」


 応接室に元傭兵たちを集め、改めて計画のあらましを振り返ることにした。

 頭が悪い奴は三日前どころか今朝喰った飯のことすら忘れているからな。特に元傭兵の連中は身分の都合でほとんど屋敷から出せなかったため、いい加減ボケが回っている頃合いだった。


「三年間、ご苦労だった。計画は本日、決行する」


 元傭兵たちが一斉に野蛮な歓声を上げた。


「待ちわびたぜ、ヘルムート坊や!」

「お高くとまった田舎騎士どもに、一泡吹かせる時が来たってわけだ!」


 買収した使用人たちも、下卑た笑いをこらえきれない様子。


「おお、ヘルムート坊ちゃん! おめでとうございます!」

「その、坊ちゃん、少しばかり分け前はいただけるのですよね? 母が病気で……」


 口々に飛び交う喜びの声を手拍子で黙らせ、再度注目を集める。

 これを宣言できる日を、俺も心待ちにしていた。


 渇望していたのは自由じゃない。俺はただひたすらに自由なのだという証明を、このしみったれた辺境に叩き付けてやりたかっただけだ。


「領都の大金庫を襲撃するぞ。目標はシュナイダー本家が管理する戦役準備金、その全額。辺境騎士どものメンツを潰して叩いて伸ばしてこねて、金の延べ棒にしてかっぱらうんだ」


 家の金を持ち逃げして、気の合う仲間と共に傭兵団を立ち上げる。南部国境を超えてモンドラゴン聖王国に渡り、しがらみから解放された世界で自由に生きる。そしていつか、向こうの諸侯と手を結んでヴァ―ルシュタットに攻め入る。くだらねー掟に縛られたカス共を蹂躙し、「ざまぁみろ」って叫ぶ。


 この身に流れる恥ずべき辺境の血をすすぎ、自由な人生を始めるのだ。


「これより最終確認を行う。よく聞いとけよ」


 計画の第一段階は、この別邸から領都の大金庫に通じる坑道を掘ること。『夜鷹の隊』と俺が買収した使用人の中でも体力自慢の男たちを、ここに籠もりっきりで掘削に当たらせた。

 三年も掛けたのは資材搬入の都合もあったが、辺境伯軍の魔力探査を避けるためにすべて手作業で行ったのが大きかったな。魔法さえ使えれば数か月で済んだはずだった。


「モグラ班、今までご苦労だった。大金庫に突入したら、金の運搬も担ってもらう。今は体力回復に務めろ」

「はっ!」


 モグラ班というのはミリアがふざけて付けた名前だが、すっかり馴染んでしまった。彼らの背は曲がり、肌は薄汚れている。それでも、彼らの顔には誇らしさが溢れている。建前ばかりの騎士の掟なんかより、余程大事なものの為に彼らは働いてきたのだ。


「お前たちが頑張ってくれていた間、俺も大金庫の警備に穴を開けるべく奔走していた」


 第二段階は、大金庫の警備を手薄にすること。領都の大金庫は戦争のための資金――主に傭兵を雇うための金を多く管理しているため、シュナイダー家の裁量が大きい。

 つまり、シュナイダー家の人員を大金庫から剥がしてやればいいわけだ。


「俺とミリアが引き起こした婚約破棄騒動のせいで、シュナイダー家はフォルベック家からの報復を恐れている。本家に潜り込ませたネズミによると、奴らは大金庫の警備を引き揚げさせて本邸を固めさせているようだ。一族会議にかこつけてな」

「あはっ」


 ミリアが新しい酒瓶を開けながら、愉快そうに唇を歪めた。


「表向きは、伯爵様が仲裁したんですよね? レーナ・フォルベックに私たちを無礼討ちさせて、それで手打ちにしようって話なのに」


 謹慎状態でも、家を巡る情勢はしっかり掴んである。シュナイダー本家は、俺を暗に見限ることでフォルベック家と和解するつもりだ。辺境伯が騎士家同士を潰し合わせるわけがない。そこは既定路線として想定していた。


 それでも、家同士の確執は根深い。血の気の多いフォルベック家を、シュナイダー家が恐れないはずがないのだ。だからシュナイダー家は無礼討ちについて暗黙の合意をしながらも、万一に備えている。そして、彼らが人員を引き抜ける部門は大金庫の警備部門しかなかった。


 奴らのメンツを重んじる習性。蛮習の裏に隠れた臆病さ。俺には、手に取るように分かった。


「偉そうに構えながら、本心では自分の誇りが蹂躙されるんじゃないかとビビりまくってる……これが辺境騎士って奴らなんだよ」

「あなたも辺境騎士の男なのに?」

「同族だから、分かるのさ」


 ミリアの皮肉にも、笑って返せる。俺と奴らは同族だが、同類じゃない。


「だが、奴らも最低限の要員は残しているはずだ。ミリアたち、タカの班が大金庫の制圧を担う。長らく戦いはお預けだったが、今夜は存分に暴れろ」

オウ!」


 タカの班――元『夜鷹の隊』を中心とした戦闘員たちが、頼もしい返事をした。彼らにはこの三年間、腕が鈍らないよう別邸の中で鍛錬を続けさせた。今日こそ暴れ散らせると聞いて、みんな殺意がみなぎっている。


「ミリア、人殺しだーいすき♡」


 ヘラヘラと乾杯の仕草をするミリアは、特に鳥肌が立つような殺気を発している。異常者でも、おもしれー女は好きだ。


「残りの者は、ウサギ班として逃走経路を確保する。各員、馬車の手配をぬかるなよ」

「お任せあれ!」


 この別邸に元からいた使用人たちは、運搬も戦闘も担えない者が大半となる。彼らにはできることをさせればいい。幸い土地勘のある者ばかりなため、逃走の際には頼りになる。


 大金庫周辺には番兵ゴーレムが配備されているが、それらのアクセス権を持っているのはシュナイダー家の人間。本家に潜り込ませたネズミに掌握させておいた。俺たちの逃走を阻むものはもう何もない。


「では、各班長の下で撤収前の確認事項を洗っていけ! 指差し確認だぞ! 終わったらチェックシートを俺に提出しろ!」


 長年を共にした手勢たちが、いそいそと撤収作業を進めていく。自由を歌い上げるその時を、彼らは待ちわびていた。


「見てろよ、レーナ」


 鼻持ちならないあの女に、突き付けてやる。

 雌伏の時は、もう終わりだってな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ