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第7話:濃いメンツで行く

 騎士には、誉れと誇りがある。

 けれど、それらは力に裏打ちされたものだ。

 騎士は暴力で誉れと誇りを勝ち取ってきた。勝ち取らなければ、騎士である資格がない。古今東西変わらない、武人階級の鉄の掟だ。


 私は家族が嫌いではないけど、家業は嫌いだった。幻滅しきっている。ここではないどこか、優雅でお気楽な上流貴族の令嬢として生まれていたらって……何度も思った。フォルベック家は騎士の中の騎士、蛮族の中の蛮族だから。

 誰にも、そんな世をナメ腐ったおセンチを吐き捨てたことなどない。


 マルテ様は、そんな蛮族たちの頭領たる辺境伯の娘として生まれた。

 なのに、私の他愛もないセンチメンタルを見破り、それに同意した。


「私だって思うところはあるよ。これはろくでもない蛮習だと理解している。でも私、強いからさ」


 強ければ強いほど、自由から遠ざかっていく。強いのに好き勝手に生きてる奴は、誰かに理不尽を押し付けているだけだ。


「平気になってくるんだ。人を魔法で焼き殺しても、死体を剣で解体しても、なんとも思わなくなる。それが辺境伯の娘として素晴らしいふるまいなんだとみんなが誉めそやすから、私は平然と仕事をこなす」


 本来、人を傷つけて平気な人間なんか殆どいないだろう。そもそも共同体において、暴力的な人間は生きづらい。傭兵たちが都市に受容されづらい理由も、根幹はそこにある。

 それでも共同体を守るために暴力は必要だから、暴力に向いた“外れの血筋”をまとめて兵隊にする。それが騎士の起こり。


「でもね、こんな生き方をしているとお嫁に行けないよ。レーナちゃんなら分かるはずだ」


 辺境騎士の娘は、「男に負けるな」と「男を立てろ」の板挟みに遭う。正解は相手の価値観によって違う。両立はできない。私は外れを引いて、ヘルムートに見放された。こんな複雑な気風に浸っていたら、また過ちを犯す。


 マルテ様の手が、私の髪に伸びた。私の気性にはまったく似合わない赤毛を、情熱的で素敵だと言ってくれた。


「君が望むなら、自由に生きられるよう計らう用意がある」

「えっ!?」


 思わず声が大きくなった。

 マルテ様の愛おしむような手つきは変わらず、私の痛んだ枝毛を何度も梳いていく。


「それは、どういう……」

「やだな、今度は君が耳を寄せてよ。私に何度も背伸びをさせるな」


 今一度、粛清の魔女の顔を見つめる。

 お酒で少し赤らんだ頬が艶やかだな、とか……そんなことはどうでもよくて。目は優しげで、口元は薄い笑みで……ダメだ、読めない。

 試されているのかどうか、判断がつかない。


「ほら、内緒話なんだからさ」


 マルテ様は自分の唇に人差し指を立てて見せた。それがどうにも蠱惑的で、私なんかにそんな仕草を……って、どきどきしてしまう。

 そっと耳を、彼女の口元に近づける。


「お聞かせください、マルテ様」

「ん、よろしい」


 くすぐったい息遣いで、彼女は秘策を語ってくれた。


 憐れみ、なのだろうか。同じ、騎士の娘としての。彼女が私に優しくする理由なんて、他に思い当たらなかった。

 救われたいと願ったことはある。私だけに優しい白馬の王子様が、あらゆる理不尽を蹴散らして私を連れ去ってくれることを、祈ったことがある。それがマルテ・フォン・ヴァ―ルシュタットであるとは夢にも思わなかった。


 マルテ様のお誘いは、輝かしく、魅力的で、自由で――無責任だった。


 ◇◇◇


 翌朝、朝食の後に供回りの選別を行った。いちおう危険が伴う任命なので、練兵場に志願者を集めてみたところ。


「レーナお嬢のためにいいいいい!」


 オウッとどよめく男衆。うちの男性親族と騎士と従騎士と従卒と下男と執事まで……とりあえず戦えそうな奴らが全員集合してしまった。

 私の傍らで、マルテ様はくすくすと愉快そうに肩を揺らしている。


「レーナちゃん、愛されてるんだね」

「血の気が多すぎる……」


 お恥ずかしい限り。もうちょい冷静になれよ。

 放っておいたら討ち入り参加権を巡って勝手に取っ組み合いを始めそうだったため、さっさと強い順に四人選抜することにした。

 まずフォルベック家で最強の騎士は父……と言いたいところだけど、父を連れて行くのは避けた方がいい。親が子の無礼討ちに助勢するのは「余裕がない」と見做されがちだからだ。


「娘の仇討ちに立ち会えぬとは……!」

「私死んでないから。父上は家で大人しくしててください」


 血の涙を流しそうな父を屋敷に追い返し、選抜作業に移る。


 次に強いのが、ヴィルヘルム叔父さん。『血祭りヴィリー』の名で知られ、その巨体にふさわしい豪快な剣で敵を薙ぎ払う。気性も荒く、ヴァ―ルシュタットで叔父さんを畏れない悪党はいない。先鋒を務めるのに相応しいだろう。


「俺っちがいるからには、レーナには楽させちゃる! 大将首までっちまったらゴメンなぁ、ガハハ!」


 叔父さんは喜び勇んで愛剣のツヴァイハンダーを天に突き上げた。轟音と共に風が巻き上がる。


「ヘルムートとミリアの首は私のだから。先走らないでね……」


 叔父さんの人間性は微妙に不安だけど、とにかく強いのが大事だ。叔父さんはマジで強い。そしてデカくて頑丈で目立つので、メイン盾を任せられる。家人を死なせたら後味が悪いし、その心配をしないで済むのは助かる。


 続いて私が選んだのは、ヴィルヘルム叔父さんの従卒であるジークさん。クールな優男で家領の女性たちには人気が高い。都会の貴公子かと見紛みまごうくらいのイケメンだけど、いざ荒事となれば長剣二刀流の苛烈な戦い方をする。人呼んで、『血染めのジーク』。


「ククク……レーナ様、どうぞご安心なさい。このジークめが、血染めのカーペットをエスコート(・・・・・)して差し上げますよ」

「ジークさんそんなキャラだったんだ?」


 ジークさんは私にアピールするように、二振りの愛剣をペロリと舐めた。刃を舐める奴、物語以外で初めて見たな……。


 三人目に選んだのは、温和な執事長のハンスさん。祖父の代から我が家を切り盛りしている忠臣だ。本来なら荒事に加わる立場ではないけれど、もともとは祖父の従騎士として幾度も戦役を経験した古強者だったという。素早い身のこなしとナイフ捌きは今でも健在で、『血塗れハンス』の異名は現代でも語り草になっている。


「ふぉっふぉっふぉ。レーナ様のために、このハンスめが薄汚い血をお掃除(・・・)して差し上げますよ」


 ハンスさんは研いだばかりのナイフに舌を這わせ、凶悪な笑みを浮かべた。


「ハンスさんジークさんとキャラ被ってない?」


 というか異名も全体的に被ってない? 誰の命名なの? 


 最後のひとりは、私の従卒であるガウ。特に異名とかはないし、戦場で身を立てたとかでもない。ただコボルトの亜人というだけあって身体能力が高く、五感も鋭いため夜戦にはうってつけの人材だ。他のメンツが特攻ブッコミ野郎ばかりなため、彼にはクロスボウでの狙撃を担ってもらう。


「誉れある役を任じて頂き、至極恐悦っす。お嬢の品格を落とさないよう、節度を守って戦うっす」


 ガウはもちろん、クロスボウを舐めたりはしない。私に選ばれたのが嬉しいのか、代わりに自分の鼻をペロペロ、尻尾をふりふりしている。可愛い。


「ガウはかしこいねぇ……えらいねぇ」


 シンプルな忠義が身に染みる……。ガウは実績も実力もまだまだだけど、選んだ四人の中では最も安心して背中を預けられる。というか他の男衆が荒ぶりすぎなんだよな。


 供回りの選抜が終わった後、四人はマルテ様に討滅の誓いを立てた。君主(今はマルテ様が代行)の手に接吻し、「ぼくたち私たちは君主の名誉に誓って無礼討ちをやり遂げます」って具合に。


「よろしい。レーナ・フォルベックに対するお前たちの仁愛、しかと領主代行マルテ・フォン・ヴァ―ルシュタットが見届けよう。見事、貴婦人の受けた恥を雪いで参れ」

押忍オスッ!」


 暑苦しい返事と共に、四人は捧げ剣の構えをした。私はそれを、ただ眺めていた。

 彼らは、私のために鉄火場へ斬り込むことになんのためらいもない。私の命が脅かされたわけでもないのに、彼らは私の名誉を取り戻すという……たったそれだけのために命を賭けてくれた。


 私は祝福されて生まれた。

 私は愛されて育った。

 私は恵まれている。


 それでも辺境騎士の社会は、どうしようもなく野蛮で下品で窮屈だ。

 誰が討ち入りしてくれって頼んだ。誰が浮気性なクソガキの嫁にしてくれって頼んだ。誰が戦う才能をくれって頼んだ。誰が騎士の娘として産んでくれって頼んだ。平穏無事な人生を、私が何度夢に見たと思っている。私がこの血生臭い男たちと同じ血が流れてることに、何度絶望したか知っているか。


 本当の私を……誰も知らないくせに。


「レーナちゃん。そろそろ返事を聞かせてほしいな」


 肩をくっつけてきたマルテ様が、また内緒話のジェスチャーをした。

 耳を、彼女の唇に寄せる。悪魔のささやきが、私を誘惑する。


「君らしく生きたい? 本当の人生を謳歌したい?」


 私らしく。本当の人生。たいへん耳ざわりの良い言葉。

 試されてるのか、もう気にするのも疲れた。

 ええ、本音で答えましょうか、マルテ様。あなたが粛清の魔女であることをしっかり理解したうえで。


「マルテ様。私は……自由が欲しいです」


 粛清の魔女は、音もなく笑った。恐ろしいほど深く口を歪めて、それでもなお彼女は美しかった。


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