四、赤い目の女
その女の顔は、向かって右に大きくかしげてこっちを見ているのだが、顔全体がへこんだ鏡に映った像のようにゆがみ、右頬側にややカーブして曲がっていて、ナスを平らな場所に置くと、こんな感じだろう。この異様な横向きの顔は、上側にある右目が、下の左目よりも明らかに一回り大きく、そのうえ笑うように弓なりにあがり、右の細い眉は横にまっすぐだ。対して、その下にある小さめの左目の方は、逆に下向きにUの字に曲がって白いまぶたをよく見せ、恨みがましい視線でこっちをじっと見すえている。こちらも右にある眉がU字に下がり、表情の陰気さ暗さをさらにましている。肌は白紙のようにまっしろで、完全に死人の色だ。
だがもっともぞっとしたのは、目の中だ。ウサギのようにまっかなのだ。その中心に瞳がぽつんとくりぬいたようにあり、色が薄すぎて白っぽくなった虹彩の中に、小さな点のような黒い瞳孔があり、生気がまるでない。見ているだけで、思わず背筋が凍るほどの不気味さだ。
両目の左に延びている鼻筋も下へぐにゃりと曲がり、鼻の穴が不自然に右頬のほうへ寄り、右目の目頭の、まっすぐ下についている。つまり鼻筋がカーブして、鼻の頭が右目の下に来てしまっているというわけ。まるで事故などで圧迫され、潰されてしまった顔だ。
鼻の下には少しひらいたおちょぼ口。唇は水死体のように蒼白く、何かを言おうとしてそのまま固まってしまったような不穏さがある。
そして、やや長い黒髪が、柳の枝のように肩の下まで垂れ下がり、着ている服はワンピースだろうが、胸から腹から一面べったりとまっかな血が塗りたくられ、柄もなにもわからない。両腕はだらりと下がり、ややひらく両足で突っ立っている。どう見ても外見が死体なのに、なんとこいつは、自分で立っているのだ。
私が凍りついて見ていると、その足がふらふらと動いた。ゆっくりとこっちへ歩いてくる……! そのひしゃげた事故死体の顔、恨みに満ちたまっかな目が迫ってきた。
その先は覚えていない。というか、その前も記憶がない。
その場所はどこかの廃屋のようで、時間はたぶん遅かったと思う。というのは、どういうわけでそんなところへ入ったかは覚えていないが、その朽ちた部屋に入ったとき、自分が持っている懐中電灯を奥に向けると、わっとそいつがいたのだ。その血染めの女、首を右に傾けた、曲がった顔に赤い目をした気味の悪い女は、もしかしたら以前にどこかで見たことがあり、知っている女かもしれない。ただ顔が捻じ曲がってしまっているために判別できなかったのだろうか。しかし、あの印象的な目を見て、知り合いなら思い出さないはずがないのだが。
女の顔が迫り、気づくと、アパートの自分の部屋にいた。服も脱がずに畳みの上にあおむけに倒れていた。夢だったのだろうか。
「夢じゃないよ……」
女のしわがれ声が背後でして、振り向くと玄関から畳みにひょろりと長い影が伸びていた。狂ったように窓から外に出た。二階だったが、なんとか雨どいを伝って降りた。
地上で見上げると、窓から誰かが見下ろしていたが、辺りはすっかり暗くなって顔は見えない。だが、その目だけはまっかに光り、左右の輝きがちがう。あの女だ。
そのまま近くの交番へ向かった。この世のものではないにしろ、いちおう侵入者がいるわけだから、警察に頼むしかない。
ところが、夜のせいか道を間違え、気づくと、また自分のアパートの前にいた。戻っていたのだ。仕方なく部屋まであがると、ドアはあけっぱなしで、恐ろしかったが覗いてみた。明かりはそのまま、ひととおり見たが誰もいないようで、ほっとした。
ところが、すぐに妙なことが起きた。とつぜん数人の若い男女が、わいわいしゃべりながら、玄関から土足で部屋にあがってきたのだ。
「ここ、前はアパートだったんだけど、住んでた女が外で車にはねられてね。顔と首がひん曲がって恐ろしい形相になったんだが、根性でここまで這ってきたんだと」
一同から苦笑がもれた。部屋は明るいのに、立っている私に、どういうわけか誰も気づかない。
「じゃ、その女の霊が、今もここに?」
「そう。話じゃ、この部屋の奥に向かって、こう明かりを向けると……」
懐中電灯をこっちに向けるや、彼らはすさまじい悲鳴をあげ、ひっくり返って逃げていった。
さっきの話でだいたい事情がわかったので、私は大人しく部屋にいることにした。
そのはずだったが。気づくと、走る車の中だった。
目の前に誰か男のうなじがある。さっきの男女のようだが、あの陽気さはどこへやら、車内はしんとなり、みんな暗く沈んで口をきかない。
そのうち、助手席の男が振り返った。私と目があうと、その顔はこの世の終わりを見たようになった。
「おい、○○!」
彼は私の前にいる男に、おびえきって叫んだ。
「なに、連れてきてんだよ!」
ふと向かいのバックミラーに顔が映った。横向きになった女の顔で、顔全体が上にカーブしてひん曲がっており、右目が左目よりも一回り大きかった。そしてそれは、どちらもウサギのようにまっかだった。
(以上は、霊媒になった星野小百合氏に乗り移った女性の霊が語ったものである)