三、こっくりさん
放課後、誰もいない視聴覚室でこっくりさんをしていた女子高生のA、B、Cは、好きな男子のことを聞いていたが、そのうち喧嘩になった。本命をこっくりさんにバラされたうえに、BとCに茶化されて、Aはキレた。こっくりさんは、終わらせてお帰りになってもらわないと呪われると言われているが、Aは途中で放り出し、出て行ってしまった。
頭が冷えて戻ってきたAだったが、教室には誰もいなかった。二人とも帰ったのかと思ったが、妙な胸騒ぎがして、教室じゅうを探した。奥に物置部屋があり、入ると棚にたくさんのPCモニターが置いてある。一台に強烈に嫌な感じを持ったAは、恐る恐る近づいて見てみたが、とくに怪しいところはない。電源が入ってないからあたりまえだが、画面にはなにもなく真っ暗だ。
ところが、急に背筋がぞっとして、あわてて両腕でモニターを抱えて、くるっと後ろ向きにした。後ろには無数の空気穴があいている。嫌な感じはそこから発せられている。
しかし、まだなにが気持ち悪いのか分からない。上下左右と、角度を変えて眺めたAは、真後ろへ来たときに目を見開いた。無数の黒い穴の向こう側に、一人の女の顔が見えたからだ。それはさっき一緒にこっくりさんをしていたBの無表情な顔だった。
お帰りにならなかったこっくりさんの呪いなのか、Bはこのモニターの中に閉じ込められてしまったのだ。
仰天して物置部屋から飛び出したAは、教室の真ん中にあるものを見て、さらに凍りつくことになった。こっちを向いている机の向こう側に誰かいて、セーラー服の黒い背中が見えている。しゃがんで机の物入れの中を覗いているような図だが、そのまま全く動かずにじっとしており、その雰囲気はあまりにも不自然だった。
ふと、そこから耳障りな音がしているのに気づいた。見れば、女の足元に赤い液体がちょろちょろと流れ出て、床に溜まって池になっている。
血だった。
Aはあまりにも恐ろしいので、これ以上見たくはなかったが、逃げることが出来ず、憑かれたように、ただじりじりと横に回っていった。相手の状態を知らねばならない、絶対にそうする義務がある、とでもいうように。
脇から見て驚いたのは、そのかがんでいる女の頭の部分が、全く見えないのだ。襟が机の物入れの口にくっ付いて、首がそこで終わっている。おびただしい血は、どうも物入れの中からあふれているらしい。首がなくなったのか?
いやちがう。
そうではない。
そう知ったとき、Aは全身の血が残らず凍りついた。
物入れの脇から血で濡れそぼった髪が垂れている。明らかに中から出ている。つまり、「首から頭部が消えた」のではなく……
頭部は、「物入れの中にある」のだ!
だが、そんなことはありえない。あんな狭いところに人間の頭が入るはずがない。無理に入れようとしても口にぶつかるだけだし、あるいは手間をかけて物入れを外し、そこに頭を置いて、また物入れで挟んだとしても、そうとう力を入れないと無理だ。というか、そもそも入るサイズではないのだから、頭を押し潰すのがオチであろう。
なんにしろ、机の物入れの中に人の頭を突っ込むことは、現実には絶対に不可能なはずだ。だが、それが今、目の前で起こっているのだ。
これも、帰してもらえなかったこっくりさんの呪いか? だとすると、さっき物置にはBがいたので、これはCだろう。そして、次はどう考えても自分の番だ。
そう思い、完全に固まったAの前で、その異常現象はおきた。
ずるっ……ずるっ……ずるっ……。
Cの背が急に後ろへゆっくりと動き出し、物入れの中に納まる自分の頭を引き出しはじめたのである。
箱の中にあふれる髪が下に伸びて、端からあまりにも末広がった白い頬のようなものが見えたとき、Aは悲鳴をあげて逆方向に駆け出した。ドアを出て、すっかり暗くなった廊下を死に物狂いで走る彼女の後ろに、ぺたぺたと気味の悪い足音が追ってくる。見たくないのに振り向いてしまった。明かりが非常灯しかなく、周りが暗くてシルエットしか分からなかったのが救いだった。
廊下を走ってくるそれは、首から下は制服の女子高生だが、頭部が異常に広く、座布団のように四角くて平べったくなっていた。それは、もとのCとはまるで似ても似つかない、ふくれ上がった頭を持つ身の毛もよだつ化け物だった。
それはそうだ。今まで机の物入れの中に突っ込まれていた頭を引きずり出したのだから、狭い空間の上下からの圧迫で、潰されていて当然である。きっと鼻もつぶれて折れ曲がり、頭蓋骨は砕け、肉も皮膚もつぶれてぐちゃぐちゃのはずだ。口も砕け、目玉など、どこかへ埋まってしまったか、取れて落ちてしまっているだろう。
そんな見るもおぞましい妖怪が、Aを追って暗い廊下を驚くような速さで駆けてくる。血に濡れそぼった足音をたてて。
ぺたぺたぺたぺた!
「きゃああああー!」
Aは悲鳴をあげて近くのトイレに飛び込み、個室にこもって、生きた心地もなく震えた。ふと、うえを見上げた。
どんっ!
びくっとした。相手が外から、この個室の扉に両手をついたのだ。
べた、べた、べた……。
這い上がる音がして、戸の上に、何本ものきゃしゃな指が出て、板をくっとつかんだ。そして、その向こうから、幅五十センチはあろう、広大な黒い肉の壁が、ゆっくりと見えてきた。上にはぐちゃぐちゃの髪が、荒れ放題の草のようにうねり、むせ返るような血のにおいを放っている。ここまで追いかけてきたCが、とうとう向こうからこの個室を覗こうとしているのだ。
(ひいいいい! こっくりさあん! どうかお帰りください! お帰りくださああい!)
恐怖におののき、今さら心で必死に祈ったとき、いきなり外でくぐもった声が聞こえた。口が潰れてひしゃげているせいか、男のような低い声になっているが、その響きには、どこかCの面影が感じられた。
それは悪意むき出しに、無力なAを嘲笑していた。
「ひっひっひ……! 帰らないよ……A!」
そして、後ろの小窓から差し込む白い月明かりの照らす、憎悪にぎらつく真っ赤な目玉を、Aは見た。
(Aはその後、この個室で死体になって発見された。死因は過度のショックによる心臓停止だった。この話は、霊媒になった星野小百合氏に乗り移ったAの霊が語ったものである)