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2話③ 座敷童

 授業が終わり、楓はアルバイト先のカフェ、Karamelliカラメリで勤務していた。


「ここ押すとペーストが出てきて――」


 明日は新商品の発売日。人が空いたタイミングで、社員の渋谷芽しぶやめいに作り方を教わっていた。


「均等に混ぜて、カラメルかけたら完成」


「おー! おいしそー!」


「美味しそうだよね。冷蔵庫入れとくから後で飲んでみて」


「えっ、いいんですか? 楽しみー」


 芽がバックヤードに行く間に、さっき来た客が戻ってきた。


「これ注文したものと違うんですけど」


 強面の男が怒りを露わにしながらカウンター越しに楓を見下ろす。


「あ、すいません……。作り直すので、えっと、何を注文しましたか?」


「何で覚えてないの?」


「すいません!」


 楓は男に圧倒されて頭が真っ白になった。


「お客様、どうされました?」


 助け舟を出したのは凛都だった。状況を察して、男の後ろから走ってきたのだ。


「これ注文したものと違うんですけど。この子が何頼んだか覚えてないって」


「大変申し訳ございません」


 凛都が深々と頭を下げる。


「お客様はたしかコーヒーフラッペ、ラージサイズ、ホイップ追加、でしたよね?」


「おぉ……そうだよ」


 そのドリンクは凛都が作ることになり、楓は新しく来た客の対応をすることになった。凛都は芽に事情を説明し、芽は急いで次回使えるクーポン券をドリンクと共に男に渡した。




「すいません、今日は助けてもらってありがとうございました」


 営業時間が終わり、楓は礼を伝える。


「あー全然! ああいうお客さんだと怖いよね」


「注文、よく覚えてましたね」


「お客さん少なかったし、たまたまだよ。じゃ、お先に失礼します」


 雑談もほどほどに颯爽と去って行くその背中は活き活きしていて、楓は頼りがいを感じて胸が高鳴った。


「白川君ってあんな感じだっけ? 何かいい事でもあったのかな」


 芽が髪をほどきながら独り言のように喋る。


「何かキャラ違いますよね。そのおかげで今日は助かったんですけど」


 楓も同じように感じていた。昼間に大学内で会った凛都とのギャップも、その溝を大きくしている。


「二人ともお疲れぃ」


 裏口からひょっこり顔を出したのは店長の住吉彰すみよしあきらだった。


「わっ、店長!」


 芽が少し嫌そうに身体を引いた。


「何だよ渋谷~。せっかく後片付け手伝いに来てあげたのにー」


 楓がお疲れ様です、と小さく頭を下げると住吉はお疲れっ、と元気に手を上げた。


「清澄さん、ちょっとお願いなんだけど、日曜の昼間さ、四時間だけ出勤できないかな」


「あ~。日曜、ちょっと予定があって……」


「何デートとか?」


「あ、まあ、そんな感じです」


「えっ! 大学の人?」


 住吉が軽々しく聞く。しかし芽が黙っていない。


「店長! そういうプライベートなこと聞かないであげてください」


「あっ、ごめんごめん。うーん、でもデートかぁ。困ったな―」


 住吉は頭を掻き、そして芽の方をじっと見る。芽は目を合わせると、嫌そうに短いため息をつく。


「いいですよ。暇な私が出ますよ! ちゃんと手当てくださいよ」


「芽さん、いいんですか?」


 芽は楓に笑顔を向ける。


「デートは、大事にして!」


 力強い言葉に、楓も一段と深く頭を下げた。


 憧れの白川先輩とのデート。大事にしたい。そんな想いが、改めて楓の気持ちを強くさせた。




 アルバイト終わりに帰宅すると、いつも九時半頃になる。小中学生の時は家族揃って食事をすることが多かったが、いつの間にか少なくなっていた。大学生の楓はともかく、星良は自由人で、よく放課後に友達と遊んで外食してくる。自分より高校時代を楽しんでいる気がして、楓は少し羨ましく思っている。


「今日は餃子定食だね。美味しそう」


 父が手を合わせる。この日は楓と時間が被った。


「いただきます」


 二人が声を揃える。どんな時間であっても夕食が必要となれば、母は必ず温かい料理を食卓に並べた。


「あ、パパ、自転車の空気入れてくれてたでしょ。ありがと」


「え? パパじゃないけど。ママが入れてくれた?」


 ふきんでキッチンを往復していた母が手を止める。


「ママも違うよ。自分で入れたんじゃないの?」


「入れてないよ! 昨日までたしかにべこべこだったの。なのに今日の朝乗ったら入ってて」


「じゃあ星良?」


 母が言うと、父はそれはないでしょ、と笑った。


「うん、絶対違う!」


「そうよね」


 母も苦笑いし、満場一致だ。


 何も知らない星良は自分の部屋で友達と電話しているようだ。


「もう怖いんだけどー。わざわざ他人の自転車の空気入れる人なんかいないじゃーん」


 楓の言葉に母は昨日のカレーを思い出したが、ひとまず口には出さなかった。昼に自分が腹いっぱいに完食したことも言わなかった。


「不思議だねー!」


 父は面白がった。


「座敷童でも来てくれたかなー」


「来てくれたって……。気持ち悪くないのー?」


 楓が聞くと、父はうんー、と力の抜けた返事をする。


「だってー、座敷童が家にいると幸運が舞い込むとか言うよね」


「自転車の空気を入れてくれるなんて、働き者の座敷童だこと!」


 母もその様子を想像して笑い出した。


「もうー、笑いごとじゃないよー」


 あのカレーの件を体験した母だってきっと不気味に思っているはずだと楓にも分かる。それでも話を明るい方向へ持って行こうとしてくれている。二人の冗談半分な言葉に、楓も肩の力が少し抜けた。




 訝しい点はいくつもあったが、ぐうたらと金曜、土曜と過ごしているうちに楓の心も落ち着いていった。


 そしてついに、凛都とのデート当日がやって来た。


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