2話② ラッキーガール
「セーフッ!」
楓はコンピュータ室にぎりぎりで到着した。他の生徒は静かに三十人ほど座っていた。勢いに任せて出た言葉に視線が集まってしまい、楓は赤面した。
「あ、楓ちゃんおはよう~」
優香はその空気を気にせず、遠くからパソコン越しに手を振って楓に声をかける。望実は少し恥ずかしそうにして、楓の方を見ない。
「朝から元気だね~」
「あ、うん。ちょっと元気すぎたかも」
あはは、と苦笑いして優香の隣に着席する。
「今日は楓ちゃんが遅刻するかしないか賭けてたんだよ~。優香は遅刻しないに100ベット。望実ちゃん、今日は優香の勝ちだね」
両手をグーにして望実にアピールしている。
「ちょっと変な賭けで遊ばないでよー」
「楓が毎日時間ぎりぎりに来なかったらこの賭けも成立しないんだけどねー」
望実はわざと意地悪そうに言ったが、楓はそれ以上反論する言葉がなかった。
「あ、楓ちゃん。今日授業で使うプリント持ってきた?」
「え!?」
始業のチャイムが鳴った。幸いまだ講師は来ていない。
「来週また持ってきてくださいって言ってやつだよ」
優香がホッチキスで止められたプリントの束を見せてきた。さすがの楓も見覚えがある。
「やばっ、すっかり忘れてた!」
「楓~。また忘れ物?」
望実が呆れた視線を送る。
「うわー、ワンチャン入ってないかなー」
一縷の望みにかけて、楓はリュックを漁る。
「うおおおおおお!」
楓の叫びに、周りから冷たい視線が浴びせられる。
「楓うるさい」
望実が人差し指を顔に当て、小声で指摘する。
「ごめん。でも見て。あった」
楓も小声で喋り、リュックから出てきた束を二人に見せびらかす。
「おー! 良かったね」
優香が音が鳴らないように手を叩く。望実は、昨日もこんな光景を見たような……と顔を引きつらせながら良かったね、と優香を真似た。
「すいません、遅れましたー。始めます」
講師が数分遅れて到着した。
「これはラッキーガール」
楓はリュックを下ろし、得意げに親指を立てて見せた。
授業が終わり、三人は次の教室に移動する。8号棟は遠いため、いつも早足で向かうことになる。
「そう言えば昨日イケメン先輩と会ったの?」
望実が聞くと、楓はにやにやして会ったよ、と答えた。
「何、なんかいいことあったの?」
「日曜デートするっぽいんだ」
「え!?」
望実と優香が声を揃えて驚く。
「誘われたの。私ともっと仲良くなりたいんだって」
「そう言われたの!? すご、積極的」
いつも冷静な望実も、これには目を大きく見開いている。
「何か、先輩ってもっと大人しいイメージだったから急にアプローチされてびっくりしてる」
「でも嬉しいんでしょ~?」
優香が満面の笑みで肘で楓を突くようなポーズを見せる。
「そりゃもう!」
デートの話で盛り上がった三人は、いつもより早く8号棟についた気がした。エレベーターが下りてきて開くと、そこには噂の渦中の人物が乗っていた。
「あっ!」
まさに話題にしていた凛都を前に、楓は戸惑った。一方の凛都は表情を変えない。
「お、お疲れ様です!」
アルバイト終わりのような挨拶になった。望実と優香は状況を察すると、目を合わせて訳もなく頷いた。
「あ、お疲れ様……」
凛都は一礼すると、三人の横をさっと通り過ぎてあっという間に遠くへ行ってしまった。
望実と優香は言葉をかけず、ひとまずまた目を合わせて首を傾げ合った。
疑問を残したまま三人は四階へ上る。
「何か元気なかったな」
楓がつぶやく。
「昨日とちょっと雰囲気違ったね」
「急いでたんじゃない?」
「楓ちゃんと二人じゃないと恥ずかしいのかな?」
望実と優香は悪いことは言わずに、他の可能性を推測する。
「まあ日曜のデートは決まってるんだし、そのうち人となりも分かるんじゃない?」
四階への扉が開いた。望実は一番に下りて振り返り、不安げにする楓に笑みを浮かべた。
楓も自分の顔が暗くなっていたことに気づいて笑顔を作る。そうだよね、と明るい返事をすると、いつもの楓の朗らかさが戻ってきた。




