1話④ 何者かが家にいる
「お待たせしました! すいません、授業がちょっと長引いちゃって」
凛都との集合場所は大学の最寄り駅だった。
「全然! 俺もさっき来たところだから」
自転車を駅の駐輪場に止めて、楓たちは近くのファミリーレストラン、バーリへと向かう。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
快活な女性店員が二人を席に案内した。
「ここの店員さん、みんな接客がいいんだよね」
凛都はリュックを下ろして座るなりそう言った。
「そうなんですね! たしかにさっきの店員さん感じ良かったです」
「俺たちも接客業として見習わないとね」
凛都が微笑みを向ける。楓はその表情に面食らった。こんな明るい顔、できる人だったんだ。心の中でつぶやき、たしかに大きくなってしまった鼓動を隠すように顔を背ける。
凛都と楓の出会いは六月だった。夏休みにたくさん遊びたいという理由で始めたカフェのアルバイト。そこで偶然知り合った一つ上の先輩だ。同じ大学であることから、アルバイト中にも授業や教授についてあれこれ雑談をする程度で、踏み込んだ仲ではない。それに楓から見て凛都は少し、心に壁がある印象があった。人当たりはいいが、ふとした時に見せる寂しそうな眼差しがどうにも訳ありな気がしている。訳ありなイケメンとなると楓もますます興味を惹かれたが、考えても距離を縮める手立てはなかった。
「メニューの数多いですねー。お腹空いてきました」
パスタ、チャーハン、天丼。色とりどりのメニューが、楓の目を輝かせる。
「普段あんまりファミレスとか来ないの?」
「あー、ファミレスは行くんですけど、この店は初めてです。家近いんで、あんまり駅を利用することなくて」
「そうなんだ。そう言えば、バイトも自転車で来てるよね」
たわいのない会話をしながら、メニューをめくっていくとカレー特集のページがあった。
「あー、カレーもありだなー」
そう言いながら、何か引っかかりを感じる。
「ここのキーマカレー美味しいよ」
凛都の話が頭に入ってこない。
――あと今日は帰りにカレーの具材買ってきてー
「あっ!」
今朝の頼まれごとを思い出し、思わず大きな声が出た。
「カレー!」
驚く凛都へ説明もせずに、楓は携帯電話を取り出して母に電話をかける。
「はい? 何で電話?」
すみれはすぐに出たが、楓がなぜ電話をかけてきたのか意図が分かっていない口ぶりだった。
「ごめん、今日カレーの具材買ってきてって言ってたよね? すっかり忘れてて」
「ん? 何言ってるの?」
当然、小言を言われると思っていた楓は、母の反応を不思議に思った。
「さっき買ってきてくれたじゃない。三十分くらいしたらできるから下りてきなさいよ」
そう言って電話はあっという間に切れてしまった。
「買ってきて、くれた?」
母の言っていた意味が分からず、楓は暗くなった携帯電話を握ったままフリーズした。
下りてきなさいという言葉もおかしい。まるでもう家にいるような口ぶりだ。
妹と間違っているのか。しかし今までそんなことは一度もなかったのだ。
「どうかした?」
ぼーっとする楓を凛都が現実に引き戻そうとする。
「あ、いや……。何でもない、です」
代わりに買い物をしてきた何者かが家にいる。自然と沸き起こるそんな想像が、楓の頭を真っ白にした。




