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5話②

「カフェのバイトって楽しい?」


 望実が尋ねる。


「んー、基本楽しいよ。まあ土日とかすごい忙しいけど」


「そっかー」


「何、何? 望実もカフェバイトしてみたい感じ?」


 楓が興奮気味に顔を近づける。


「んー、興味はあるかなっ感じ」


「いいじゃん、一緒に働こうよー」


「いやー、うちは基本バイト禁止だからさ、まずは説得からだよねー」


「そっかー」


「望実ちゃんのお家は学業優先だもんね~」


 優香が付け足すように言う。


「優香の合気道教室は? 楽しんでる?」


「優香は楽しいよ~。子供たちがすごい可愛いの」


「そうなんだ。子供と関わる仕事もいいよねー」


 望実は思いを巡らせるように、まだ晴れ間の見えない空をふと見上げる。


「あっ、そう言えば」


 改札に入る前、優香が思い出したように携帯電話をポケットから取り出す。


「持つよ」


 楓が優香の荷物を持つ。


「今日写真撮ってないよね~? 撮ろ~」


 望実、楓、優香が笑顔で並んだ写真が保存され、楓の携帯電話にもデータが送られた。




 星良は自宅の最寄り駅で楓を見かけ、駆け寄った。星良も友人と遊んでいて、その帰りだった。


「お姉ちゃん! バイト終わったの?」


「あ! 星良ー! バイト終わりだよー」


 想像よりも遥かに明るい口調の楓に、星良は意表を突かれた。


「お姉ちゃん自転車は? バイト終わりに何で駅にいるの?」


 あはは、と楓は誤魔化すように笑った。


「バイト終わりに友達と会ってさー、ちょっと駅でお喋りしてたんだよねー」


「そうなんだ」


 二人は家に向かって歩く。ちょっとした沈黙があった。自転車がどこにあるのか、答えが返ってきていない。しかし星良は聞かなかった。


「今日晩ごはん何かなー。晩ごはんあるから早く帰ってきたんだよねー。急に外食しちゃうとママに悪いし」


 星良は、このやけにテンションが高くて親切な姉の姿に既視感があった。


「お姉ちゃん、元気だね」


「え? そう? まあ落ち込んでても仕方ないしね」


 やっと辻褄の合う返答が来たが、それでも星良の懐疑心は消えない。


「ねえ、お姉ちゃん」


 玄関の扉に手をかけようとする楓を足止めするように話しかけた。玄関の敷居をまたがせる前に尋ねなければならない。


「どうしたの?」


 気持ちが悪いくらい屈託のない顔だった。


「ラビテンは? 何が好き?」


 核心に迫った。


「え?」


「ラビテンは! 何が好きなの!」


「どうしたの星良」


 ヘラヘラする楓を星良は許せなかった。


「入るな!」


 再び扉に手をかけようとする楓を威圧する。


「お前誰? うちに入るな!」


「え? どういうこと? 何で入っちゃだめなの?」


 さも当たり前のように楓を模したそれは”妹がおかしなことを言っている”といった表情でこちらを見ている。


「お姉ちゃんなら合言葉知ってる。知らないなら、お前は本物じゃない」


「合言葉?」


 首を傾げながら、玄関口から再びコンクリートの地面に着地し、星良の前へ立った。


「言ってみろよ! 言えないんでしょ! お前は偽物だから!」


 言い切ったところで楓の腕が、星良の喉元を掴んだ。急に呼吸が絶え絶えになって呻くが、それも声にならない。


「ちょっとうるさいんだけど」


 あくまでそれは楓の声だが、人の血が通っていないような冷たい声に感じられた。星良は強く握られたまま、表札横の壁面に押さえつけられた。


「私が本物だよ。あなたがそう信じてくれるなら、私はあなたの良い姉でいる。今までよりずっと優しくて、素敵なお姉ちゃんになる。でももし、偽物だなんて戯けたことを言うなら……」


 ありえない握力だった。星良は顔を真っ赤にする。両手でその右腕をどうにか剥がそうとしても、ピクリとも動かない。身体が浮きそうなほど力を加えられ、星良は遠のく意識の中で死を感じた。


「この世に存在できなくしてあげる」


 そう言うと、楓はすっと手を離した。星良はやっとの思いで酸素を吸い込みそのまま崩れ落ちる。肩で息をして、目の前も暗くなってよく見えない。


 その言葉を最後に、楓の形をしたそれは街中のどこかへ立ち去って行った。星良は身体が痺れて、追いかけることも、声を発することさえままならなかった。




 消えかかりそうな下弦の月が星良を垣間見ていた。


 呼吸の落ち着いた星良はのっそり立ち上がり、家に入ろうとする。


「あれ、星良。何してんの?」


 自転車に乗った楓が帰ってきたのだ。


「おかえり。何でもない」


 消え入りそうな声でそれだけ言うと、逃げるように家の中へ入って行った。


「変なの……」


 満身創痍の二人はその日、互いの身に起こった出来事を話すことはなかった。


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