4話③
平穏な水曜が訪れた。喉の痛みや咳もなくなっている。
望実と優香には形式的に心配されたが、次の瞬間には何事もなかったかのように楓に接した。このこだわりのなさ、サバサバした感じが良いのか、悪いのか、楓にはだんだん分からなくなってきている。
そして木曜には英語のテストが返却された。馬鹿でかい声で大門に褒められ、事前に言われていた通り、楓の成績は”A”だった。書いた記憶のない自分の字が並んでいる。こんなに気持ちの悪いA評価は初めてだった。
もう一人の自分の影に怯える日々だったが、金曜もとうとう何も新たにおかしいことは起きなかった。おまじないが効いているようだった。偶然遭遇したら老婆に礼を言おうと思っていたが、残念ながら出会うことはなかった。来週、饅頭でも買って持って行こう。楓はバイトを無難にこなし、静かな夜を過ごした。
”3時に太陽公園来れる?”
”行けます!”
凛都からのメッセージ通り、土曜は公園デートとなった。珍しくスカートを引っ張り出してきて、動きやすいようスニーカーと合わせた。
「清澄さんがスカート履いてるの初めて見たかも!」
そう言う凛都は薄手のスウェットシャツに、ゆったりしたスラックスを履いていた。
「あんまり普段履かないんですけどね。白川先輩は、かっこいいですね」
「かっこいい?」
「あっ、いやっ、服が! ダボっとした感じの服がよく似合ってるなって!」
「俺本体はかっこよくない?」
凛都は自分を指差し、表情を緩めた。
「いやいやいや、もちろんかっこいいです! はい!」
戸惑う楓に凛都はひとしきり笑い、やがて公園を一緒に歩き始めた。
太陽公園は広く、この季節でも一周すれば汗ばむほどだった。芝生に挟まれて舗装された細道を静かに進む。
「ていうか呼び方、凛都でいいよ」
「え?」
「白川先輩って呼び方、何か距離感じるし」
「でも急に呼び捨てはハードル高いです」
「うーん、まあちょっとずつでいいからさ。俺は、下の名前で呼んでいい?」
「えっ、いいですけど」
「楓ちゃん」
照れ隠しに素っ気ない態度をとったが、凛都はその壁を余裕で超えてきた。
「どうせ呼ぶならちゃんはいらないです!」
「じゃあ、楓?」
「はい……」
冷涼な風が二人を吹き撫で、深まっていく秋が徐々に紅さを帯びた。
半分ほど歩いた所にベンチがあった。凛都は公園内の売店に飲み物を買いに行き、ミルクティーを二つ持って帰ってきた。
「これで良かった?」
「ミルクティーあったんですね! ありがとうございます」
傾いていく陽がぽかぽかと背中に当たり、座った二人の影が地面に映し出された。
「あの私、白川先輩に話さなきゃいけないことがあって。それに聞きたいことも」
「何?」
こちらを見る凛都に、記憶にある紘の顔を重ねてしまって、月曜の罪悪感が蘇ってきた。
「私、月曜、紘?先輩に会いました」
「えっ、紘?」
「はい……」
「何で?」
急に口調に棘がついた。予想していたよりもずっと冷たい目をした。
鋭く刺さった胸が痛んだが、楓は怯まなかった。凛都と過ごす時間が楽しければ楽しいほど、その過ちの経緯を話さなくてはならなかった。




