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3話② 不確かな昨日

 自宅近くの最寄り駅に自転車を置いた楓は、勤務先を飛び出したその足でエイトーモールへと向かう。


 電車が到着するまでにリュックの中身を確認する。奥底にラビテンのぬいぐるみが入っている。


 本当は望実と優香に見せるつもりで持って行ったのだが、朝からそれどころではなかったため、ラビテンは筆記用具と教材の間に窮屈に挟まる羽目になっていた。


 楓はレシートはもらわないかすぐに捨ててしまうタイプのため、購入した物の記録は残っていない。しかしこのラビテンは、日曜に楓が雑貨屋、ハイファイブに凛都といた確たる証拠になる。そう見込んだのだ。


「いらっしゃいませー」


 エスカレーターも早歩きして、ハイファイブへと入る。昨日レジ担当だった店員ではないことは見た目で明らかだった。


「あの、昨日私、四時前とかにこの店来てぬいぐるみ買ったんですけど、何か記録とか残ってないですか?」


 気持ちに任せて勢いで来てみたものの、自分がいた証拠を掴んでその後どうするんだ? という冷静な気持ちにもなってきて、店員を前にして迷いが出た。


「記録? すいません、私バイトなんで店長いないとそういうの見れないです」


 ぶっきらぼうな態度にも戸惑ったが、無駄足にしたくない思いが勝った。


「店長さんは今日はいないですか?」


「いないですね。明日とかならいると思いますけど」


「あの、防犯カメラの映像とかも、見れないですよね?」


「んー、たぶん見れないです」


 話が進まないのでリュックを下ろす。


「あのー、ラビテンっていうぬいぐるみなんですけど、昨日売れたかどうかだけ分かればいいんですけどー」


 チャックを開けて奥で挟まるラビテンを手探りする。


「あー、店長に聞いときますね」


 店員は無気力に言う。


「あれー?」


 どれだけ奥に手を突っ込んでも、あのふわふわした感触に辿り着けない。全開して、ノートの間や底の底、ポケットまで見たがラビテンはなかった。


「ちょっとないみたいなんで、また来ます」


 買った実物を見せようとしたのだが、さっきまでたしかに入っていたラビテンがない。取り乱し、リュックを握りしめたまま店員の元を去る。


 店を出る時、わざとラビテンが売っていたコーナーを横切った。同じ顔をした四、五体のラビテンが並んでいた。楓が買ったラビテンの場所が抜けているようなことはなく、店員が新たに並べ直したのか、補充したのかは分からなかった。


 楓は店を出た後もラビテンを探した。リュックの再確認はもちろん、来た道で落としたのかと同じ場所を辿った。しかしリュックは閉まっていたのだ。やはりなくなるはずがなかった。


 ――案外、デートしてた方の清澄さんが偽物だったりして


 改めて凛都の軽い言葉が、今はより胸に刺さる。


 ――これじゃあ、本当に私が。



 色々なショックが重なったままエスカレーターを下る。まもなく駅への連絡通路に差し掛かった時、正面にいた男に声をかけられた。


「あれ、凛都の後輩ちゃんじゃないー?」


「あ、昨日の……」


「覚えててくれたんだ! 今日は一人なの?」


「あ、はい」


 楓は全く人と喋りたい気分ではなかったが、森下紘もりしたひろは矢継ぎ早に質問してきた。


「何してたのー? 買い物とか?」


「いや、ちょっと探し物してて」


「え、何か失くしたの? 俺も探そっか?」


「いえ、悪いんで。大丈夫です」


「いや頼ってよー。凛都の後輩ちゃんが困ってるのに放っておけないよー。ね?」


 そう言って笑顔で距離を詰めてきた。ダメージ加工された細いデニムがどうも気に入らなかったが、半ば押し切られる形でぬいぐるみ探しに協力してもらうことになった。


「俺、ホームに落ちてないか全部見てくるから、その間に駅員さんとかに落とし物ないか聞いといてよ」


 連絡通路や改札前に落ちていないことが分かると、紘は駅構内を走り回り始めた。なぜそこまでしてくれるのか楓は申し訳なく思ったが、最初の印象ほど悪い人ではないことはたしかだった。


 結局、紘は汗を流しながら戻って来て、駅員にも首を横に振られるだけだった。後考えられるのは自宅の最寄り駅のみだが、探せば探すほどラビテンがだんだん幻として遠ざかっていくようだった。


「いやー、ないね。ちょい疲れたし近くでご飯とかしない? 奢るよ!」


「いや、探してもらった上にそんなの悪いです!」


「そう? じゃあさ、休憩にうち遊びに来ない?」


「え?」


 風向きが変わるように、紘の雰囲気も一変する。


「俺んち、こっから電車で一駅なんだよね。何か思い詰めた顔してるしさ、俺で良かったらゆっくり話聞くよ? 帰り送るし」


 身構える気持ちと、甘い言葉に落ちそうになる気持ちが拮抗した。


「いや、でも……」


「大丈夫。俺一人暮らしだし、誰にも気使わなくていいから」


 何が大丈夫なのかは分からなかったが、優しい口調に乗せられそうになる。


「あの……」


「ん?」


 この瞬間さえ”楓”という役割を奪っている何者かが暗躍しているかもしれない。そんな恐怖がいつの間にか付きまとっていた。またアルバイトに行っているかもしれないし、老婆を助けたり、家族と接触しているかもしれない。失われたラビテン。存在を保証してくれない不確かな昨日。


「私が、今日紘さんと一緒にいたって証明してくれますか? 何があっても、私はここにいたって言ってくれますか?」


 消えかかりそうな自分を、何か確実な所に預けたくなってしまったのだ。


「おう。今日は一緒にいようぜ!」


 何も詳しいことは聞かずに紘は楓を連れていった。


 楓はというと、凛都の顔が自然と浮かんできてしまって、何か悪いことをしているようで少し居心地が悪くなっていた。凛都を思い出さないように無理やり紘の平坦な横顔を見つめ、中身のない会話に終始した。

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