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2話④ やけに大きな月

 予定は十五時だったにもかかわらず、楓は朝の七時に目覚めた。どうして楽しい予定の日だけ早起きできるのだろう。朝日をぼーっと浴びていると、徐々に居ても立っても居られなくなり、今日のデート服を姿見の前で合わせ始めた。




 最近買った黄色のチェックシャツ。いつものパンツスタイルに、大学には持って行かない白い皮のショルダーバッグ。一時間は鏡の前で悩んだベストコーディネートだった。


 楓は時間より早くエイトーモールに到着したので、どんな店があるか正面入り口の案内板を眺めていた。電車で十分くらいの場所だが、大学と反対方向なので家族以外とあまり来たことがない。


「お待たせ。今日はちょっと暑いね」


 凛都は清潔感のあるシャツにデニム。シンプルゆえに引き立つ端正な顔立ちを、楓は長く見つめることができない。


「最近できたカフェが入ってるんだけど、行ってみない?」


「行きたいです! 冷たいもの飲みたい気分です」


「俺も」


 エスカレーターで一段上に乗った凛都の背中は迫力があった。おそらく汗ばんでいるにもかかわらず、爽やかないい匂いが漂ってきた。


「清澄さんは行きたいお店とかある?」


 不意に振り向く凛都に、楓は思わず目線を外してしまった。


「あ、雑貨屋。雑貨屋行きたいです! 気になってるお店があって」


「分かった。カフェで涼んだら後で行こっか」


 最初こそ緊張していたものの、フランクで柔らかい口調の凛都に、楓のお喋りも弾んだ。薄くなったミルクティーを最後にひとすすりして、二人は雑貨屋、Hi Fiveハイファイブへと移動した。


「かわいい~!」


 カラフルな店内には流行りのファンシーグッズが並んでいた。デコレーションされた2000年代の携帯電話風のミラーや、きらきら光る立体的なシールは特に楓の心を躍らせた。


「あ、これ、子供の頃に流行ってた!」


 楓が指差したのは、小学校低学年の頃に見ていた女児向けアニメのキャラクターグッズだった。


「あー、見たことあるかも」


「このうさぎ! そうだ、ラビテン! 懐かし~」


 楓は一通り店内を騒ぎながら回り、手のひらサイズのラビテンのぬいぐるみを購入した。


「すいません、私ばっかりはしゃいじゃって」


 凛都は優しく微笑む。


「いいんだよ! 清澄さんが楽しんでくれたみたいで俺も嬉しい」




 二人の時間がどんどん混じり合って、溶け込んでいった。こんなに二人でいるのが楽しいのなら、傍観していないでもっと早く仲良くなれば良かった。楓は西日の仄かに残る窓際の席で多幸感に包まれていた。


「どうかした?」


 雰囲気の良い店で、いくつもの間接照明が凛都の目鼻立ちをより立体的に見せる。


「いや、今日は楽しかったなーっと思って」


「良かった。俺も楽しかったよ。また一緒に出かけよう」


「はい! 出かけましょう!」


 絶対に交わらないと思っていた凛都との運命。突然動き出した想い。


「え、凛都じゃーん」


 その熱い胸に冷や水を浴びせてきたのは、凛都の友人たちだった。


「あっ、ヒロ! 久しぶり!」


 男女四人組で、大人っぽいというより、柄が悪い印象を楓は受けた。凛都が明るく対応するので、そこそこ仲良しのようにも見受けられる。


「えっ、新しい彼女?」


 メイクの濃い派手な女が楓を指差す。


「違う違う。バイト先の後輩だよ」


「なるほー」


 女は値踏みするように楓をまじまじ見ている。

 

「相変わらずいつでも女いるなお前は」


 ヒロ、ではない方の黒いキャップを被った男が嫌味っぽく言う。


「おいやめろってー」


 遮ったのはヒロだった。


 楓はもう一人の黒髪の女とも目が合ったが、どうも機嫌が良くないらしく冷たく視線を逸らされた。


「邪魔して悪ぃ! またな!」


 ヒロが話を切り上げて、ちょうど凛都と楓から見えない位置の席へと向かっていった。


「じゃあね、凛都の後輩ちゃんー」


 女は気さくだったが楓は特に喋ることもなく一礼した。


「えっと、今のは?」


「あー、高校の時の友達。今はあんまり付き合いないんだけどね」


 凛都がどんな高校生だったのか、急に想像からかけ離れてしまい楓は困惑した。


「ご注文のシーザーサラダLと、シーフードピザです。ごゆっくりどうぞ」


 その後も凛都は何事もなかったかのように振る舞っていたが、楓は何か大事な話に蓋をしているように見えた。しかし何も聞かなかった。きっと話したくないことだってあるだろう。何より楽しかったデートの一日に傷をつけたくなかった。


 サラダもピザも思っていたよりずっと早く完食してなくなってしまった。あんなにゆっくり落ちていた夕日に代わって、いつの間にかやけに大きな月が浮かんでいた。


 そして二人は駅で静かに解散し、楓はちょっとした疑問を背に、家路につくこととなった。


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