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一家転生  作者: RYO
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5.スラムの人たちと盗賊

それからしばらくして、復興も少しずつ進んでいき、俺たちは自分たちの家に帰ることにした。

帰る途中、そういえば異世界に来ていたんだ、という事や現実では経験できなかったであろうことが起きた数日間に、皆高揚して笑っていた。

こうやって笑いあうことも、何年ぶりだろうか。

因みに、ネッツとメーヒェンとは街で別れた。

街には二人の力が必要だろうし、向こうの方が暮らしやすいだろうとその時の皆の意見は満場一致だった。

そうして現在。

俺は久々のふかふかベッドに全体重を預け、全力でリラックスして天井を見つめて、色々と考え込んでいる。

この数日間で、とりあえずの問題は解決したが、魔王の事や、メーヒェンのこと……色々と謎は残ったままだ。

「ホント、大変だな……ここの世界は……でも」

俺はそんな謎に対して、不思議とわくわくして、一人高揚していた。

こうしちゃいられない。

「よいしょ」と俺はベッドから勢いよく起き上がり、勉強机に乱雑に置かれた教科書や雑誌の下敷きになっていた埃だらけのノートパソコンを引っ張り出す。

「懐かしいなぁ……」

とても古く、分厚い旧式のノートパソコンで、俺が小学生の時に買ってもらったもので、しばらく開いていない。

俺はウェットティッシュで粗方の汚れを拭きとって充電ケーブルを繋いで、ノートパソコンの電源ボタンを押してみる。

しかし、思った通り画面は真っ暗のままだ。

ただ充電が無いだけなのかもしれない。

そりゃ、何年も放置されてたらバッテリーも劣化するだろうし。

俺は真っ暗な画面を見つめ、不意に映った自分の顔が気持ち悪くて「うわ、キモっ」と目を逸らした。

俺は自分の顔が昔からどうも嫌いで仕方がない。

それから五分くらい経っただろうか。

俺が目線をノートパソコンにやると、勝手に起動していたようで、青いログイン画面が表示されていた。

確かそんな仕様だったかもしれない。

俺は何も不思議に思わず、パスワードを打ち込むが、ログインできない。

画面には『パスワードが違います』と表示されている。

俺は直ぐに諦め、机の引き出しを片っ端から漁り始めた。

しかし漁っても漁っても、懐かしい物や見たくもない物だけが出てくるだけで、パースワードのような文字が書かれた紙やノートは出てこない。

俺は何とかそれっぽい文字の羅列の紙やノートを持って、ノートパソコンの前に戻る

するとどういう訳か、ノートパソコンのログインは既に済んでいて、画面には懐かしいデスクトップ画面が広がっていた。

俺は余りの懐かしさにログインされていた事など気にもせずに、画面に食い入る。

涙ながらにクレジットカードで買ってもらった某サンドボックスゲームや今や売られて居るのかも分からないギャルゲー、書きかけの小説テキストファイルなど。

そこには過去の俺の夢や希望が詰まっていた様に見えて、色々とファイルを漁ってしまうこと数十分。

久々のブルーライトに目が疲れてきたので、一度天井を見上げて両の目頭を親指と人差し指で押さえる。

すると、ノートパソコンの方からカタカタと音が聞こえてきたので、瞬時に目をやると、開いた覚えのないファイルが表示されており、中には『GAPFEL.exe』というexeファイルが入っていた。

俺は最初怪しんでそのファイルを閉じようとしたが、アドレスバーに表示されていたファイルの置かれている場所が見切れる程長く、二度と見れないかもしれないと思ったら、そのexeファイルのことが無性に気になってしまった。

俺はマウスカーソルを合わせ、押す前に体を出来るだけノートパソコンから離し、目を瞑ってexeファイルを開いた。

ゆっくり目を開けると、ソフトが開いていて『ダウンロードが完了しました』とう表示と、右下に『完了という』押しボタンがあったので、俺はそれを押した。

すると一瞬ノートパソコンの画面がブラックアウトし、直後にデスクトップが表示されたのだが、そこには不思議な生き物がふわふわと移動しているのが見えた。

過去、アヒルがデスクトップを歩くソフトを入れたことがあった俺は、それ系列のソウフトだったのかと胸を撫でおろす。

俺はマウスカーソルをその生き物に合わせてクリックしたり摘まんだりしてみると、その生き物は怒ったようにマウスカーソルを攻撃したりしていたが、ふと生き物が止まったので、再びクリックしてみると、その生き物は正面を向いて俺の方をジーっと見ているようだった。

するとその生き物の表示は少しずつマウスカーソルよりも大きくなって、デスクトップのファイルよりも大きくなって……どうやら俺の方に近づいてきているようだった。

そうしてその近づいてくる勢いも速度を増してきて、画面にぶつかってくる。

そんな気がして俺はノートパソコンを電源も切らずに閉じてしまった。

そうすると、何も起きることはなくシーンとした空気が流れ、俺は恐る恐るノートパソコンを開いてしまう。

するとノートパソコンが少し開いた時に隙間からコウモリの羽のようなものがひょいと飛び出してきたので、俺は勢いよく両腕でノートパソコンを押さえつける。

だが、その生き物の力は以上で、俺の力ではどうすることもできなかった。

その生き物はノートパソコンを上に打ち上げながらくるくると回ってその姿を現した。

その生き物は、人の目にコウモリの翼が生えた、勿論元居た世界では見たことのない不思議な容姿をしていた。

俺は地面に打ち付けられブラックアウトしたノートパソコンをよそ眼に、パタパタと音を立てて飛んでいる生き物を腰を抜かしつつも凝視する。

すると、その生き物は俺の方を見てきて、目が合ってしまう。

一つしかない瞳に反射して俺が見える。

腰を抜かして地面に尻もちをついている情けない姿だ。

そうして睨みあっていると、先に動いたのは不思議な生き物の方だった。

その生き物は俺の方へ凄い速さで突進してきたのだ。

俺はそれに反応できず、不思議な生き物と頭をぶつけてしまった。

しかし、不思議と痛くなく、むしろふかふかしていた。

俺は瞑っていた目を開け、不思議な生き物がどこに行ったかを確認する。

すると、その生き物は正面に跳ね返っていたようで、ノートパソコンと共に壁にぶつかってしまっていた。

俺は恐る恐る近づき、ベットから引っ張ってきたキルトケットを挟んで不思議な生き物を持ち上げて顔の高さまで持ってくる。

すると、分かり易く、くるくると目を回していて意識も朦朧としているようだった。

そんな生き物を俺はふかふかと手で押したり戻したりして遊んでいると、ふと部屋の扉が開かれた。

「悠兄、凄い物音が聞こえたけど、大丈夫か―――」

俺はその伶音の声に反応して、ゆっくりと振り返ると、顔を青ざめてこっちを見ていた。

「あ、伶音。丁度良かった、見てくれよこれ」

「―――うわぁああああ、悠兄の目ん玉があぁああ」

そう言って扉を開けたままどこかに行ってしまった。

「……何だよ」

すると直後、母さんと稟花姉、そして恐る恐る扉の端に伶音と父さんが顔を覗かせてやってきた。

「悠君くん! 目玉が取れたって本当!?」

「大丈夫なの!? 悠君!」

そう訳の分からない事を言って近づいてくる二人を、俺は自分の目をわざとらしく見開いて見つめる。

「これは俺の目じゃねぇよ! くりっくりの目がついてるだろ! それに人の目はこんなにデカくないし、翼も生えてねぇよ!」

「いや、死んだ目だろ、てかツッコみ長すぎ」

「……うん、そうだね。伶音ちゃんの言う通りだ……情けない」

奥の覗き込んでいる二人のそんな声が聞こえてピキっときた俺は、その方向に向けて不思議な生き物を投げつけた。

「「ぐぎゃぁあああっぁあぁ」」

そう叫びながら不思議な生き物を避けて逃げようとする二人だったが、直後の出来事で二人は足を止めた。

それは、不思議な生き物がくるくると回って宙で受け身をとり、飛び始めたと思ったら、急に喋り始めたのだ。

しかも、よりにもよって瞼を閉じた時に出てくる、大きな口からだ。

「ゴホン、ッゴホン! ガァア! ゴホン! 聞こえているかね、諸君」

何か詰まっているのか、心配になるような咳をしながら話始めた。

声はおじいさんのような渋い声で、とても不思議な生き物から発せられているとは考えにくかった。

俺たち一家はそんな突然の出来事に、声の一つも出せない。

すると、不思議な生き物の目が開き、一家を見渡すと、再び目を閉じて話始めた。

「ック、ッゴッホン! え~驚くのも分かるが……反応してくれんと、聞こえとるかどうか、え~、心配になるかじゃろうが!」

突然叫びだすおじいさんに、俺は自身のおじいちゃんの認知のそれを感じた。

「す、すみません。おじいさん」

俺がとりあえずそう返すと、口がコッチの方を向いてきて返してきた。

「悠くん! おじいさんって呼んじゃ―――」

「―――誰がおじいさんじゃ! 口を慎めぃ!」

「ごめんなさい」

俺は職場の癖で、叫ばれすぐに腰を九十度に折り、謝ってしまう。

すると、コッチを向いていた口の端が緩むと、優しい声で続けた。

「分かれば良いんじゃ……分かれば」

そう言いって改めて一家を見渡す不思議な生き物。

その間に、伶音から発せられた「ダサ」と言う罵倒を、俺は聞き逃さなかった。

「ッゴホン! え~では、本題に入るんじゃが、先ずは自己紹介をば」

「ッッゴホン! 今諸君らの前を飛んでいる、ッゴホン! 目の玉のようであり口でもあるこの生物は、え~ッゴホ! ガプフェルと呼ばれている偉大なる御方、ッグゴハ! 魔王様の召喚なされた諸君らを監視するための魔物である」

説明を真剣に聞くが、死にそうな咳をしていて話が全く入ってこない。

しかし……監視って、何のために。

「そして、ッッッグボファシャ! いまガプフェルを通じて話しておるわしは、ッゴホ! 偉大なる魔王様に仕える幹部が一人、ッブシャ! アルターである!」

そう叫ぶアルターだったが、場は静まり返ってしまう。

「……アルターさん。お体、大丈夫ですか?」

母さんがそう聞くと、口は母さんの方を向いて返した。

「ッゴホ! 心配される程ではない……ッゴッホン! 只今の沈黙は体に触ったがな!」

母さんはそう叫ばれ、しょんぼりしてしまった。

それを見て、父さんがガプフェルに飛びかかる。

「貴様! よくも母さんえを―――」

しかし、ガプフェルの羽によって突き飛ばされ、父さんは壁に頭を打ち、気絶してしまった。

「ッッグゲボァ! ええい、自己紹介などもう良いわ! 伝えたいことだけ言わせてもらう!」

俺と稟花姉が父さんの方に向かうと、アルターはそう叫んだので耳を傾ける。

「ッッグッホガシャ! 諸君ら一家を魔王城へ招待、ッグ! いや、ッゲホァ! 魔王城へと来てもらう! ッグハ! 理由は知らぬ! ッハ! 魔王様がそうおっしゃったのだ! ッゲッハ! わしらもそれが不思議でならん! ッグ! 以上! ッガッシャ! では、ガプフェル!」

アルターはそう言いたいことだけ言うと、ガプフェルは再び目を開き、さらに光彩から瞳孔までも開き始めた。

すると、それはまるでブラックホールのように周りのものを吸い込み始める。

どうやら俺たちの考え等まるで無視で、魔王城へと誘拐する気らしい。

今、魔王に合うのは相当マズい。

「皆! 早く周りの物に掴まるんだ!」

俺がそう叫んだが既に遅かった。「

「悠くん!」

まずは落ち込んで一人ブツブツ言っていた母さんが。

「悠君! これを!」

続いて稟花姉が吸い込まれていったが、その際にイディオを俺に投げてきた。

「母さん! 稟花姉!」

俺は体を支えながら何とか受け取ったが、既にそこに二人はいなかった。

「悠兄! こいつ吹き飛ばしちゃって良い!?」

「は!?」

伶音はそう言うと、どこから持ってきたのかエレキギターを取り出し、ピックと共に構えた。

そうして音を出す。

その時だった。

「……すまん、伶音ちゃん」

「おい! バカおやじぃ!」

父さんが耐えきれなくなったのか吸われ始めたのだが、その際に伶音の足を掴んでしまい、二人はあっけなく吸い込まれていった。

「ッグッガ! もう良いぞガプフェル! ッガ! 元より魔王様が呼んだのは先の四人だけじゃからな」

その合図でガプフェルはブラックホールを閉じ、再び空中を漂うだけの目になった。

「……ククク、どうする気だ?」

静かになった部屋の中、ぼさぼさの髪も気にならない程放心している俺に、イディオがそう話しかけてきた。

「行くしかないだろ、魔王城に」

「クク、場所は分かるのか?」

「聞きに行くさ」

「ククク、まさか、ファゥル様にか?」

「あぁ、アイツなら知ってるだろ?」

そこで初めて俺はイディオの方を向く。

すると、顔は元より見えないが、下を見て俯いていた。

「話すとは、到底思えねぇけどな」

一片の笑いも見せないイディオ。

ファゥルに会うのが嫌なのかもしれない。

しかし他に選択肢はない。

「……嫌かもしれないが、稟花姉を助けるためだ」

そう言うと、イディオの肩がピクッと動いた。

「クククク、そうだな」

その時俺は、こんなに分かり易い奴がいるのかと驚愕した。


それから俺たちはすぐさまアーランドへと向かい始めた。

「ククク、何でこいつを連れてきたんだ? 斬っちまえばいいだろ?」

「いや、そいつはそいつで魔王城へのヒントになるかもしれない」

「クク、そうは思えねぇがな」

再びガプフェルがブラックホールを開かないかと、家で色々やってみたが、ガプフェルは意外と戦闘力が高く、ボコボコにされたので諦めた。

その際、イディオが大爆笑で見ていたのを俺はまだ根に持っている。

それから特に会話もなく、ガプフェルが前を横切ったりしてイライラして殴りかかったら、翼で軽く伸された事以外特に起こらずアーランドへと到着した。

前回訪れた時から全く時間は経過していないのだが、復興はかなり進んでいるのか、市場などが開かれていて、さらに活気づいていた。

俺たちは街に入ろうとするが、パタパタと音を立てて飛ぶガプフェルがどうしても邪魔で仕方がない。

俺はイディオと目を合わせ、互いに頷くと、別途持ってきた袋を広げ、暴れて抗うガプフェルを何とか袋の中に押し込んだ。

「ふぅ、ホント、何てバカ力なんだよ」

「……クク、本当だ」

俺は額に浮かぶ汗を拭いながら、街の方をに顔を向けると、街の人々が訝し気に俺たちの方を見ていた。

「なぁに? あの人」

「さっきの生き物って……」

と、ひそひそと話しているのが聞こえてきた。

俺たちは急いで袋を門近くの草むらに結んで固定すると、走って街の中へ逃げた。


「はぁ、はぁ……ここまで来れば、大丈夫だ

「ククク、スタミナ無さすぎじゃないか?」

「ふぅ、うるせぇ」

ニヤニヤと煽ってくるイディオを無視して、ファゥルの居たであろう方向に体を向ける。

夢中で走っていて気が付かなかったが、街中央にある広場まで来ていたようで、その方向では野菜や武器などが売られている市場が開かれていた。

「アンタたち、人探しかい?」

俺たちの横から声がしてその方向を見ると、噴水の側に腰かけ、フードを深く被って顔が見えない、謎の人物がいた。

「えぇっと……はい、ファゥルを探していまして……」

俺は困惑したが、ファゥルの場所を知れるチャンスだと思い、何とか声を絞り出した。

するとそれを聞いて、謎の人物が手を出してきた。

その手を見ると人差し指と中指の間に紙を挟んでいてた。

俺は恐る恐るそれを受け取って中身を確認する。

するとそこにはこう書かれていた。

『ファゥルは街の北部で復興の手伝いをしている』

俺はそれを読んで、驚きを隠せずにその人物の方を見た。

「これ……いつ書いたんですか」

俺がそう聞くと、その人物は立ち上がった。

「フォーマント……覚えておいて損はない名だ。今回は無料でいい」

そう言ってフォーマントはフードを靡かせ、颯爽と消えて行ってしまった。

「ククク、何だ、アイツは」

「さぁ……でも、情報は貰った」

俺は改めて紙に書かれた文字を読む。

「クク、あんな得体のしれない奴の情報を信じるのか?」

「仕方ないだろ、時間もないんだ」

「ククク、ここから街の北部へ向かって居なかったらどうだ? それこそ時間の無駄だと思わないか?」

確かにイディオの言う通りだ。

イディオは冷静で、いつも的確なアドバイスをくれる。

一人じゃなくて良かったと改めて思う。

「……そうだな」

俺は紙をクシャっと丸めると、ポケットの奥にしまって、お店の方へ歩き始めた。

まず俺が訪れたのは、ふくよかで顔の長い女性が営んでいる八百屋だった。

そこは、ただでさえ混雑して人が入り乱れている通りの中でも、より一層人が混んでいる所だった。

何でか知らないが、この街の市場の店主は刺青が入っていたり、異常なほどムキムキだったり、人じゃなかったりで、とても話しかける気にならない人ばかりで、唯一話せそうな人がこのお店の人だったので、人混みを気にせずこのお店を選んだのだ。

「クク、日和ったのか?」

「……うるせぇ」

イディオには的を得た発言を控えて頂きたい。

俺は人混みに揉まれながら何とか店主の元へと近づこうとするが、進んでも進んでも待っているのは人混みで、本当に前に進めているのかも怪しい。

周りの人々の背が高いせいで、肘や腕、手で顔を押されるし、力負けして弾かれるし、気が付けば人混みの外に投げ出されたりで散々だった。

俺は人混みからいったん離れ、膝に手をついて、はぁはぁと息を切らす。

「クックク」

俺の顔の横で、イディオが愉快そうに笑っている。

洞窟で出会った頃よりも、良く笑うようになって良い傾向だと思ったが、こうなるとストレスの原因でしかない。

俺はイライラを隠しながらイディオを無視し、再び人混みに入ろうと助走をつける。

と、その直後「あ! 悠さんじゃないですか!」と後ろからネッツの声が聞こえてきた。

しかしつけた助走は止められない。

俺は人混みに突撃し、再び呆気なく外に弾かれてしまった。

「大丈夫ですか!?」

地面に突っ伏す俺の元へ、ネッツが駆けつけてきた。

「あぁ、大丈夫です」

イテテと言いながら俺は体を起こし、ネッツの方を見る。

「本当ですか? よければ救護の方へ案内いたしますけど」

そう言いながら俺の手を取ってくるネッツ。

少し慣れてきたが、俺だって一男だ。

少しビクッと驚いて、ゆっくりと優しく手を引き剥がす。

「いえ、急いでいるので。この程度の傷で諦めるわけにはいきません」

言ってから俺は立ち上がり助走を取る。

「ちょ、ちょっと! 待ってください!」

そんな俺の腕を、ネッツが思いっきり引っ張ったせいで、足だけが前に行って後ろにコケてしまった。

そして勿論、俺の腕を引っ張ったネッツは前に倒れてくるわけで。

倒れて頭を打った俺の顔の上に、柔らかい膨らみが乗ってきて、息が苦しい。

俺は朦朧とする意識の中それに気が付き、勢いよく横に転がってラッキースケベを回避した。

「あぁ、すみません! 悠さん!」

俺は先の出来事で脳がフル稼働なので、体を起こしてネッツの方を見て「大丈夫です」と言った。

するとネッツはホッとした表情を浮かべて「良かったです」と小さく呟いた。

「で、何ですけど……あのお店に何の用事があるんですか? 今は近づかない方が得策だと思うんですけど」

お店の方を見て言うネッツに合わせて同じ方向を見る。

確かにネッツの言う通りだ。

だが、この店以外に無いのだ……だって怖いもん。

「いえ、急いでいるので」

俺がそう言って立ち上がると、ネッツも立ち上がった。

「そういう事なら……私に任せてください!」

「え?」

俺の前に出て腕をビリビリとさせるネッツに驚いて、俺は立ち尽くしてしまう。

すると、直後にネッツは地面に手を置いて何かを唱えたかと思えば、お店の前に並んでいた人々がバタバタと倒れてしまった。

その様子を、口をあんぐりと開けて驚愕して見ていると、最後に残ったのは同じような顔をして立ち尽くす、先に見た店主の女性だった。

「ね、ネッツさん……何てことを……」

立ち上がり、ふんと息を荒げて満足げなネッツに、俺はそう声を掛ける。

「急いでいるんですよね、だったら手短に説明しますが、今のは神の微調整をしてありましてね、ほんの二分だけ意識を奪うという、素晴らしい技でして! さぁ、皆さんが起きて殴られる前に、さぁ早く!」

どうしたら良いか分からず、説明も大して耳に入って来ていない俺を無視して、腕を引っ張ってお店へと近づいて行った。

いやこれ、お店の人に殴られるだろ。

イディオに関しては、倒れた人を不思議そうにツンツンして遊んでいた。

そういう癖なのかもしれない。

とその様子を見ていると、あっという間にお店の目の前まで来ていた。

しかし、俺の予想とは裏腹に、店主の女性は俺たちの方を見て目を輝かせていた。

「あら~! ネッツちゃん! お久しぶりねぇ! 元気、してた!?」

俺をよそ眼に、店主の女性はネッツに抱き着く勢いだ。

「あぁ、お久しぶりです! ジーナさんのお店だったんですね! 通りで……ってそんな場合じゃないんです! 悠さんの話を聞いて上げて下さい!」

そう言われてジーナと呼ばれた店主の女性は俺に気が付いたのか、目を合わせてきた。

「あら、貴方は……へぇ~そう……」

俺とネッツを交互に見て、ニヤニヤし始めるジーナ。

何を考えているかは容易に想像できたが、タイムリミットは二分しかない。

この二分を過ぎれば、生死の想像は出来ないのだ。

「質問! よろしいでしょうか!」

俺がそう言うと、ジーナはハッとして顔を赤らめたまま「あぁ、はいはい。大丈夫ですよ」と言ってくれた。

「ファゥルが今何処に居るか、教えてください」

そう質問すると、何故かネッツの方から「え?」と聞こえてきた。

「あら、そんなこと聞きに来たの?」

ジーナも呆気に取られているようだ。

「悠さん! 質問ってそんなことだったんですか!?」

「っと、ネッツちゃん悠ちゃん、揉めてる時間はなさそうだよ」

俺はネッツに両肩を思いっきり掴まれたまま、顔だけを動かしてジーナの向く方を見る。

すると、如何にもな男性が目を覚ましたのか、四つん這いになって首を横に振っていた。

「悠さん……逃げましょう!」

「その方が良いかも知れないですね!」

俺とネッツは同じ方向に全力で走り出す。

その際「あらあら」とジーナの声が聞こえてきたが、それどころではなかった。


結局、ネッツに導かれてファゥルの元にやってきた俺たちだったが、街の北部という情報は全くの嘘であった。

何なら街の最東部の高い壁の傍にファゥルは居たので、本当にあの人は何だったのか分からない。

イディオはニヤニヤして誇らしげだし、何にも良いことがない。

俺は改めてファゥルの方を向く。

ファゥルはあの後解放されたにも関わらず、この街の最東部に残るという選択をしたらしい。

ネッツから聞いた話によると、子供たちに理解されたい、そう考えているらしい。

そして現在、ファゥルはメーヒェンを中心とした、子供たちに囲まれて何やら壁に絵を描いているらしかった。

「あの子たち、元からファゥルのこと、敵視して無かったみたいなんです、純粋で繊細な子達ですから心配だったんですが……どうやら無用だったようです」

俺の横に並ぶネッツがそう言った。

「そうなんですね……あの時のファゥルはトラウマ物でしたが……子供は思っているよりも強いんですね:

「それに、ファゥルがいると普段できないこともできるって言って、ず~っと一緒に遊んでいるんですよ。今も、ファゥルの手や肩に乗って大きい絵が描けるって楽しそうですよ」

「へ~、確かに大きい絵ですね……これって猫の絵ですか?」

「猫、というのは分かりませんが……私にも何を描いているのかさっぱりで……」

「そうなんですか……」

……。

止められない。

あんまりにも楽しそうに遊ぶ子供と、それに困惑しているファゥル。

この空気、壊す気になれない。

俺が立ち尽くしていると、ネッツが顔を向けて来た。

「悠さん……話しかけづらいですか?」

「あぁ、えっと……無理ですね」

「でも急いでいるのでは?」

「そうなんですが……」

「でしたら、私にお任せください」

そう言うと、ネッツは腕まくりをしてファゥルと子供たちに近づいて行った。

しかしそんなネッツにみんな気が付いていないようで、楽しそうに絵を描き続けている。

するとネッツは右手の人差し指を上に向け、その先に赤色に光る核とその周りに青い光がパチパチとしている球体を作り出した。

少しづつ大きくなっていき、目的の大きさになったのか、ネッツは腕を振り上げ、その勢いで球体も上に打ち上げられた。

そうしてある程度の高さまで球体が行くと、その場でくるくると周りはじめ、それから少しして、球体は大きく弾け、まるで花火のように光って消えた。

俺は薄く目を開け、腕でその光を遮りながらファゥルと子供たちの方を見る。

すると、流石に皆その光に気が付いたようで、何人かの子供が目をキラキラと輝かせてネッツの方を見ていた。

ネッツはそんな子供たちに向けて、自身の両手を口の両端から挟んで三角形にすると、大きい声で話しかけた。

「みなさ~ん。ごはんですよ~」

その言葉に、ファゥルの周りにいた子供たちのほとんどがネッツの元へと集まってきたのだが、メーヒェンを含む五人の子供たちは、未だに絵を描き続けていた。

「すみません悠さん……っちょっと、待ってください皆さん! これ以上は手助け―――うわ! ちょっと、待ってください、今から……ちょ、グボァ」

ネッツは子供たちに取り囲まれ、その姿すら見えなくなってしまった。

多分これ以上は手助け出来ないと、そう伝えたかったのだろう。

にしても、ネッツの上に乗ったり足を引っ張ったりと、最近の子供たちは凶暴なんだな~と小並感で感じてしまう。

俺はそんなネッツに感謝しつつ、両手を合わせた後にファゥルの元へと近づいた。

「おい、お前たちも行った方が良いんじゃないか?」

「いやだ! まだ描き終わってないもん!」

「ファッグは描き終わるまで止めないよ、芸術家気質だからな」

「ッく、うるさいぞ! グルッグ!」

「ほんと、ファッグは子供ね~」

「ね~」

「ロス! リッヒ! お前らもなのか!? 助けてくれよメーヒェン!」

子供たちは絵を描く手を止めて、ファッグと呼ばれる男の子をいじったり、ツッコまれたりと、わいわいと楽しそうに話していた。

一方の助けを求められたメーヒェンはその言葉を無視して黙々と壁に絵を描いていた。

ファゥルの頭に乗ったまま真剣に絵を描いているメーヒェンは、傍から見ると少し面白かった。

その様子を見ていると、横で飛んでいたイディオは「クククク! リッヒじゃねぇか」と言ってどこかへ行ってしまった。

俺はそれを見届け、改めてファゥルの方へ話しかける。

「ファゥル! ちょっといいか?」

ファゥルの耳にも届くよう大きい声で言うと、ファゥルは少し肩をビクッとさせてゆっくり俺の方を向いた。

しかしそのせいで、メーヒェンは壁の方から俺の方へと向きを変えられてしまう。

それが不服だったのか、ファゥルの頭をぺちぺち叩いていた。

「……何だ、お前か……何の用事だ?」

ファゥルはどうしてか俺を見て胸を撫でおろすと、改めて話を聞く格好になってくれた。

その際、メーヒェンがファゥルの上から器用に地面に降りてきて、何故か俺の右の足を踏みつけてくるのだが、とりあえず無視しようと思う。痛くないし。

「すまん、時間は取らせない。後、答えたくなかったら答えなくても大丈夫だ」

「何だ、勿体ぶらずに言え」

いざ質問するとなると、過去を思い出させるようで悪い気がして、声が詰まったが時間がない。

俺は何とか声を絞り出して「魔王城の事なんだが……」と話始めたのだが、直後にファゥルは両手で頭を抱えて震え始めてしまったので、話すのを辞めた。

「ファゥル! 大丈夫か!?」

俺がそう声を掛けるも、声は届いていないようで、顔は真っ青にも見えた。

そんなファゥルを心配してか、子供たちが口々に声を掛けてファゥルを慰めていた。

俺も近づこうとしたが、子供たちに睨まれて肩身が狭い。

そんな折、足元に居たメーヒェンが俺の右太ももをパンチしてきた。

「……あんまり、心配をかけさせないであげて」

そう言ってメーヒェンはファゥルの元へとてとてと駆け足で行ってしまった。

俺は凄く凄く申し訳なくなって、体育座りでそんなメーヒェンの様子を見守る。

すると、メーヒェンはファゥルに触った途端、メーヒェンの左の青い目が光を帯びて、次第にその光はメーヒェン、そしてファゥルを包んだ。

その光景を、その場にいた全員が息を飲んで見守る。

そうしてその光はゆっくりと収まっていき、気付けばファゥルの震えは止まっていた。

その直後、子供たち全員の視線はメーヒェンへ、そして俺へと向けられた。

その眼の光はどれも赤く光って見え、俺はさらに縮みこんで小さくなった。

優しさ、俺にも分けてください。

俺は俯いて顔を内側へと埋めて現実逃避する。

すると、そんな俺の頭上に、小さな両手がポンと乗せられた。

「だいじょうぶ、だれも、悪くない」

俺はそんなメーヒェンの優しい声で、目が潤んでしまい「ありがとう」と小さく零してしまった。

「そうだ、みんな。コイツは悪くない……さぁ、丁度いい、ご飯でも食べてくるんだ」

ファゥルもそう擁護してくれて、皆笑顔で頷いていて納得したようだ。

後の四人も加わって、再びネッツをもみくちゃにし始めた。

俺はそんな様子を見て、本当に心優しい子達なんだなと、改めて感じた。

「すまねぇな……さっきの話だが、俺ゃ、アイツ―――魔王の事については何にも話せねぇんだ。すまねぇな」

ファゥルは改めて話す格好になると、俺にそう話しかけてきた。

俺も地べたに座りファゥルを見上げて話す格好になる。

そんな俺の足の上にメーヒェンがドスンと乗ってきたが、体重もほとんど感じないため無視しようと思う。

「いや、大丈夫だ。無理も承知のお願いだったからな、仕方がない」

「すまねぇな……この前の出来事があってから、どうしても魔王の野郎に見られてる気がしてならねぇんだ……情報を言ったら殺すって、そんな殺気まで感じる」

「俺にすら監視は付けられたからな……確かに、それじゃぁ話せないな」

俺はそれを言ってから、メーヒェンの両脇を持って立ち上がる。

すると、そんな俺を見てファゥルは焦ったように話始めた。

それに合わせてメーヒェンを地面に降ろしたが、相当嫌だったようで、股間を殴ってきてそのままネッツの方へ行ってしまった。

これは……無視できない、のかも知れない。

「あぁ……だがお前にゃぁ借りがある。一つ情報をやる、だからそれで勘弁してくれ」

「情報?」

俺は痛む股間を押さえ、重要そうな会話に集中する。

「あぁ、ある情報屋の話だ。どこに居るかもわからねぇし、人間側にも魔物側にも情報を流す狂った情報屋なんだが……」

その話を聞いて、ある人物がパッと浮かんできた。

「ひょっとして、フォーマントって名前か?」

俺がその名前を口にすると、ファゥルは驚いたような顔をして返してきた。

「お前、アイツに会ったのか……!?」

「あぁでも、嘘の情報を流されたけどな」

俺はくしゃくしゃの紙を取り出して、ファゥルに手渡す。

その紙を見て、ファゥルは話始めた。

「この前、ある盗賊とその情報屋が会ったって話を聞いたんだ。だからこれは、その盗賊がお前宛に送ったものだと思う。情報屋を通じてな、アジトの場所も街の北部と聞くし、丁度一致する」

「そうか……でも、何でそんなことをするんだ?」

「お前ら一家は既に有名人だからな……観光客を追いはぎする現地の人間と、やってることは同じだろうな」

「分かった、ありがとう。じゃぁその目的を果たした情報屋が、盗賊の奴等と会っている可能性があるんだな」

「あぁ、そうだが……一人で行くのは危険だぞ……家族はどうしたんだ?」

「……魔王に攫われたんだ。だから時間がない、迷ってる暇はないんだ」

「いや、ちょっと待て。なるほど、大体の事情は読めた……だが、一人で行くのは死にに行くようなもんだ」

「でもじゃぁ、どうしたらいいんだよ」

俺が聞くと、ファゥルは顎に手を当てて考え始め、直ぐに結論を出してきた。

「そうだ、丁度盗賊に恨みを持ってる奴を知ってる。そいつと一緒に言ったらどうだ?」

「それって、誰の事だよ」

「ライターって奴だ……きっと、お前たちは面識があるはずだ」


そうしてそれから一時間が経過したころ。

ご飯を食べた子供たちが、再び絵に取り組み始め、解放されたネッツに案内されて俺はライターが住んでいる家へと訪れた。

その際、どうしてか付いてきたがったメーヒェンを背負っているのだが、直ぐに寝始めたので目的が掴めない。

あと、イディオが何処かに行ってしまったのだが、良かったのだろうか。

「ライター! お客さんを連れてきましたよー」

ネッツが扉を叩きながら大きい声でそう言った。

二人は仲がいいのかもしれないと、笑顔のネッツを見てそう思った。

しばらくして、確かに見たことのある男が、扉を開けて出てきた。

「何だフラウ、俺に客人なんて―――」

ネッツの陰に隠れ、顔だけを覗かせていると、ライターと目が合った。

「―――お前はあの時の」

「どうも」

俺は軽く会釈して挨拶する。

ネッツは横に体を向け、狭い踊り場でも互いの全身を見ることができた。

ライターは前見た時とは違い、灰色の布の服を来ていたが、上からでも分かる隆々の筋骨が威圧感を与えてきた。

しかし、当のライターの表情はそんな威圧感はなく、柔らかい表情で俺の方を見ている。

「すまない、今会議をしててな。直ぐに終わらせるから少し待っててくれ」

「一体何の会議を?」

横からネッツが質問すると、急に目つきを悪くしたライターが答えた。

「例の盗賊の件だ、奴等、俺の大切なもん取っていきやがったんだ」

それを聞いて、俺とネッツは顔を見合わせる。

ネッツは腕を前に出して、グッと小さくガッツポーズし、改めてライターの方を向く。

「それですよライター」

「あ?」

「私たちもその盗賊に用があるんです」

それを聞いて、ライターの表情が困惑から喜びへと変わったのを、俺は見逃さなかった。

家の中に入ると直ぐに大きなテーブルがあり、そこに街の地図が敷かれ、ペンなどの筆記用具が乱雑に置かれていた。

そして、それを囲うようにして大勢の男が居て、その中でもひと際目立つ、傷だらけのスキンヘッドの男がライターに近づいてきた。

「おいライター、早く決着つけようぜ、俺は忙しいんだ」

「すまないランス。だが、思わぬ助っ人が来てくれた」

狭い廊下で、目をライターが歩いて居て気が付かなかったのか、ライターが避けたおかげでランスと初めて目が合った。

ランスは睨みを利かせ、その凄みに俺はビクビクして後退りしたが、誰だか分かったのかランスの顔はパァッと明るくなった。

「アンタ、もしかして鉄さんの息子さんか!」

叫ぶランスの声が部屋中に響き渡り、瞬間、部屋に居た男たちが湧き始めた。

「鉄さんの息子だって!?」

「そんな人が助っ人に来てくれるなんて! 百人力なんてもんじゃねぇぜ!」

「おい、サイン貰ってもいいのかな」

「恐れ多いだろ! 俺も後でついて行くぜ!」

と、聞いただけで苦笑いが漏れるような歓喜の声が聞こえてくる。

前に居た時から、何故か父さんはこの街の男達に崇拝されているのだ。

本当に謎で仕方がない。

そんな崇拝が、一人息子の俺にも飛び火しているようで、大迷惑している。

「悠さん、何故こんなにもお父様は人気者なんでしょうか」

男たちの勢いに負け後退りを続けていると、後ろからふわっと花の匂いがして、部屋の男臭い匂いをかき消しながら、ネッツが話しかけてくる。

俺はそのネッツに驚き、ビクッとしながら一歩前に出て返す。

「俺が知りたいですよ……父さんが熱い男達に好かれるなんて、考えてもみなかったです」

現実世界だと男受けが悪かったらしいが……この街の男は現実世界の男とは比べ物にならないくらい熱いので、逆に受けがいいのか……それとも有り余る威厳、オーラが受けたのか。

どちらにしろ不思議である。

「まぁ皆、盛り上がるのも分かるが、少し落ち着いてくれ」

ライターのその一言で、場は静まり返った。

「盗賊の拠点は掴んでる、それに強力な助っ人も来てくれた……なら後は、誰がその拠点に行くかだ」

それを聞いて、俺を含めその場の男たちが不思議そうな表情になった。

「全員で潰しに行っちゃ駄目なのか?」

その場の一人の男がそう質問すると、ライターは首を横に振って続けた。

「今はあくまでも街の復興が優先事項だ。この盗賊相手に人数を割いている余裕はない。それに、警備も必要だ。いつ魔物が来るか、油断できない状況だからな」

「それに」とライターは続ける。

「俺はこんな大変な時に盗みを働くクズを、自分の手でぶん殴りたいし、不意を突かないと奴等の逃げ足だと逃げられる。それを含め、少数精鋭の方が良いんだ」

それを聞いて一同は納得したが、改めてランスがライターに質問した。

「じゃぁ一体誰を連れて行くんだ?」

男たちは一斉にそわそわし始めた。

我こそはと言わんばかりに、骨を鳴らしたり武器を取って鳴らしたりしていた。

そんな中、ライターは一息置いてから話始めた。

「だから今回、盗賊を倒しに行くのは、俺と鉄さんの息子、そしてネッツ。この三人で行こうと思う」

「え? 私も行くんですか?」

ネッツは名前を呼ばれて驚いているが、それは俺も他の男たちも同じだったようで、目を丸くした後、男たちはライターに詰め寄った。

「おい! ネッツちゃんを危険な目に合わすって、お前!」

「昔っからの付き合いだろ! お前に情はねぇのか!」

「最低だ! 見損なったぞ!」

と口々に言いたい放題言われ、ライターの眉間がピクピクし始めた。

そうして限界が来たのか、机を思いっきり叩いて、場を制した。

「お前ら……忘れたのか、俺たちを助けてくれたのは他でもない、フラウ・ネッツだぞ」

それを聞いて、横に立つランスはうんうんと首を縦に頷いた後でライターに続く。

「ネッツが鉄さん一行を連れて来てくれたし、鉄さんたちの能力を目覚めさせ、使い方も教えた。それに、自分自身でファゥルの洞窟にまで来たんだ、もうあの頃の泣き虫ネッツじゃねぇんだ」

聞いて、男たちはハッとしてネッツを見る。

「泣き虫……?」

俺もネッツの方を見たが、顔を赤らめて下を向いてしまっていた。

「あぁ、フラウも十分に戦える……それどころか、フラウの能力はこの中の誰よりも強いはずだ。昔はちょっと使っただけで倒れてたが、今じゃファゥルの洞窟の罠を全て無効化できる力を持ってる」

「た、確かに。俺の硬化能力よりは、よっぽどつえぇな」

「俺の火球が出せるとかよりよっぽど強いぞ」

「そうか、そんなに強くなったのか……」

男たちは手のひらを返したように、心配の目から憧れの目をネッツに向けていた。

それを見て、ライターは呆れた顔を浮かべる。

「お前らなぁ……まぁ、そこが良いところでもあるんだが」

言って、ライターは俺とネッツの方に近づいて来た。

「っていう事で、二人とも大丈夫か?」

「はい、俺は大丈夫です」

「……私も、悠さんの力になれるなら……」

まだ顔を赤らめているネッツと俺は、ライターの顔を見上げて返す。

「そうか、じゃぁ時間もないし。今日にでも行けるか?」

ライターがそう言ったので、返そうとすると、背中越しにひょこっとランスが顔を出して言った。

「ちょっと待った。鉄さんの息子さん……じゃなくて、兄ちゃん」

ようやく一単語で呼んでくれたランスの方をしっかり見て続きを促す。

「俺は武器屋をやってんだが、その鉄パイプ、見せてくれねぇか」

「あぁ、はい」

俺は横に避けてくれたライターの前まで行って、鉄パイプをランスに手渡す。

それをランスはじっくり眺め、ポケットからアンクルを取り出して、隅々まで見始めた。

「じゃぁ、俺は準備してくる。二人は準備が終わったら噴水の所まで行っといてくれ」

「はい」

「分かりました」

二人の返事を聞いて、ライターは奥に行き、男たちに指示をし始めた。

そんな中、ランスは満足したのか、アンクルをしまって俺の方を向いた。

「兄ちゃん……こんなもん、どこで拾ってきたんだ」

低いトーンで真剣な表情になって、ランスはそう言うが、俺も知らない。

「えっと……ネッツさん、これは一体どこで」

俺はネッツの方を見るが、当の本人は右上の天井を見ながら口笛を吹いていた。

「兄ちゃん、こりゃぁもう使わねぇ方がいい」

そんなことを言い始めるランスに、状況が掴めない俺は困惑して質問する。

「何でですか? そのただの鉄パイプに何か秘密でも?」

「……そうだな、だがまずは安全な場所に行こう。丁度、俺の店が噴水の近くにあるんだ」

そう言うがいなや、ランスは馬鹿力で俺とネッツを両脇に抱え、メーヒェンを肩にのせて自分の頭に寄りかからせると、凄い勢いで家を飛び出した。

「うおぉー! 早いですね! 悠さん!」

「ちょ、今は話しかけないで!」

「すぴ~」

飛んでいく景色とその揺れに吐きそうになっていると、あっという間に噴水まで到着した。

そこでランスは息を切らしながら俺とネッツを降ろすとメーヒェンを乗せたまま「こっちだ」と言って歩き始めたので、俺たちはそれについて行く。

「いや~、楽しかったですね悠さん」

「うっぷ、ちょ、今は、放って、おいて、ください……う」

俺は今出せる力を使って返すと、ネッツは笑顔のままランスの元まで駆け寄って行った。

「ランスさん! 久しぶりのランスコースター楽しかったですよ!」

「……あぁ……うん、はは」

ランスもまた、吐きそうになっているのか、愛想笑いをしていた。

しかしネッツは笑顔を絶やさず、ランスの店を知っているのか、ランスよりも前に出てウキウキで歩いていた。

俺たちは、お腹を抱えながらゆっくり着実に歩いて進んで行く。


噴水から西側の道を進み、二つ目の曲がり角を曲がった雑居ビル二階にランスの店はあった。

俺がランスの後ろをテクテクついて行きながら曲がると、ネッツが鼻歌を歌いながらその建物の前に立っていた。

俺は一人でこの街に来て、改めてネッツがこの街の事が大好きなんだと認識させられた。

「兄ちゃん……二階、二階に店があるから。楽になったら、来てくれ」

「……はい、わかり、うっ」

ランスは気持ち悪そうにビルに入って行っていき、メーヒェンは入口上部に頭をぶつけて地面に落下した。

それでも寝続けるメーヒェンは、痛覚がないのかもしれない。

そんな中、ネッツは建物に入らずにハッと暗い顔になって俺の元に駆け寄ってきた。

「ごめんなさい悠さん、私だけ楽しそうで……悠さんのご家族が大変だというのに、私忘れて……」

「い、いいんです。よ。この街には、明るさが、必要ですから……それに、俺の家族のことは、気負わなくて、大丈夫ろぉぉr」

俺は近くにあったゴミ箱に駆け寄り、吐いてしまった。

昔っから乗り物酔いが酷かったのだが、ランスコースター……恐ろしい。

「大丈夫ですか!?」

ネッツはそんな俺の背中を摩ってくれる。

「あ、ありがとぶるぁ」

第二ウェーブを吐き切り、喉が熱かったが吐き気は消えたので俺はネッツの方を見ないよう、下を向いて地面に座る。

「ネッツさん、メーヒェンがハエみたいに上向いて寝てるので、起こしてあげてください」

顔を見ないのは、恥ずかしいからだったのだが、ネッツの申し訳なさそうな「はい」を聞いて、俺は後悔した。

顔を上げると、陽が差してめまいがしたが、倒れている場合じゃない。

俺は立ち上がり、メーヒェンを担いだネッツに並ぶと「行きましょうか」と建物に入っていったネッツに続いて俺も建物に入り階段を上がる。

建物の中は閑静で、階段を上がる音が響き渡った。

カタカタと足音が響き、メーヒェンのスースーという寝息を聞きながら踊り場まで来た頃、ガシャガシャンという音が聞こえ、「ぐわぁ」というランスの悲鳴が聞こえてきた。

俺は頭を叩いてめまいを抑えると「先に行きます」と言ってネッツを追い抜かし、階段を駆けあがって、物音のした部屋の扉を開いた。

扉の入り口には『ランスの武器工房』と提げてあった。

部屋の中の壁には綺麗に武器が並べてあったが、中央部は部品やら何やらで山になり雑に散らかっていて、その中からランスの腕が天に向かって伸びていた。

手に何か握っていたが、それを無視して俺は腕を思いっきり引っ張る。

すると、ボゴォンという音と共に、部品をまき散らしながらランスの巨体が飛び出してきた。

「あったぞ兄ちゃん、これがその鉄パイプの秘密だ」

頭を打ち意識が朦朧とする俺に、何もなかったかのようにランスは先程見た紙を突き出してきた。

しかし、その紙に『竜と人』と書かれているのを見た後、俺の意識は途絶えてしまった。


目を覚ますと、メーヒェンの顔が目の前にあって俺は飛び跳ねた。

しかし、その逃げた先にはネッツの胸があり、バウンドしてベッドに叩きつけられた。

「良かったです、悠さん! 脱水症状で倒れて、私、死んじゃったかと……」

「縁起でもねぇこと言うなぁ、ネッツ」

俺の思ったことをそのまま、横に居たランスが顔を覗かせて言ってくれた。

「あ、すみません」

「いえ、助けてくれてありがとうございます」

「で、兄ちゃん。時間がねぇから、手っ取り早くだ。これを読んでくれ」

そう言って先程の紙を俺に投げてきた。

メーヒェンはスッとその紙を避けて、俺の横に来ると再び寝息を立ててしまった。

俺はそんなメーヒェンから少し距離をとって紙を手に取り、目を通してぺらぺらと紙をめくる。

竜の生まれ方や生息地、飼えるかどうかなど書かれていたのだが、俺の目に留まったのは『竜の鱗とその性質について』という頁だった。

『・前項にも書いたように、竜にはそれぞれ種族があり、その鱗もまた、別々の特性を持つことが知られている。しかし現在、竜の存在が確認できず、宝具として残っているものの鱗しか存在しないが、次頁で性質を書いて行こう』

「宝具って……鉄パイプと何か関係が?」

「まぁまぁ、次のページを読めや」

俺が顔を上げると、暇そうにしていたネッツが上から覗いてきたのに気が付いたが、無視して次ページを読み始める。

『・まず、竜の鱗は元々種族によって赤や青色等、色鮮やかなのだが、その本体の体から剥がれ落ちると、無色透明になり認識が難しくなる。一・炎の竜の鱗について。炎の竜の鱗は、剥がれる以前は深紅に輝く美しい色をしている。また、炎の竜は最初に討伐された種であり、直ぐに消えてしまったため鱗の情報は<深紅>という事しかなく、形や大きさなどの情報は存在しない。炎の竜の鱗は温度を蓄積し、外に逃がしにくいという特性がある。また、呪力を与えることで強力な炎を出すことが可能であるとされている。現在、炎の竜の鱗を使用した武器は、現在二種類確認されており、どちらも宝具と認定されている。一つは剣に、もう一つは当時必須だった、熱水用に利用されていた鉄パイプである。また、そのどちらも鍛冶屋によって加工されており、温度の上昇や下降が使い手によって自由自在だと言われている。上は使い手の技量次第で、下は氷点下までいけるらしいが……真偽の程は、ここでは書かないでおこう』

「えっと……なんか唐突に鉄パイプの名前が出てきてビックリ何ですけど……」

「あぁ、だけどよ兄ちゃん。そりゃぁ間違いなく兄ちゃんの持ってる鉄パイプのことだ」

「でも、宝具って書かれてますよ? 何でこんな所に……」

俺はネッツを見る。

またしても、ネッツは目を逸らして口笛を吹いている。

「ネッツさん……本当にどこで拾ってきたんですか、こんなもの」

ひゅ~ひゅ~と掠れた口笛を吹いて答えようとしない。

「まぁ兄ちゃん、その先だ。重要なのは」

俺はその言葉で、もう一度紙に目をやる。

『追記:先の文を書いてから何年が経過したかは覚えていないが、これだけは書いておく。竜の鱗が使われた宝具は使うべきではない。現在の私がそうであるように、竜の呪いに飲まれ、自我を保つのが難しくなってしまうからだ。もう、私が私であるかすらも理解していない。考えたことを全て書いている、ただその行動をしているだけである。だからこそいえる、絶対に使うべきではない。私は炎の竜の鱗を使用した宝具を失去自我宝具とし、呼び方を失我宝具と呼ぶことにしたのだが、その言葉が世に広まらないよう祈るばかりである。私はその失我宝具をある街の墓地に隠した。見つからないことを祈る。以上』

「……失我宝具、ですか」

「その鉄パイプ、まさにそれだ……ネッツ、お前」

ネッツは名前を呼ばれ、肩をビクッと震わせて恐る恐る顔を上げる。

瞳を見ると、涙が浮かんでいた。

「ど、どどどど、どうしましょうランスさん! 私、鉄パイプにそんな呪いがあったなんて、知らなかったんです! お墓参りに行ったらたまたま見つけただけで! ちょっと幽霊的な呪いは怖いな~とは思ってたんですけど!」

「呪われてるかもしれないと思った時点で、こんなもん渡さないでくださいよ!」

「おい兄ちゃん、こんなもんとは聞き捨てならねぇな! 確かにやべぇ代物だが、その技術は確かなんだからな」

俺が恐ろしくて地面に転がした鉄パイプをランスが拾って怒った。

そのランスの声で、恐怖に覆われていた俺の脳も我に返った。

「でもランスさん……その鉄パイプが無いと、俺の力は使えないんです」

「ってーと、どういうこった」

鉄パイプを下げ、不思議そうな顔をするランスに、俺は右手を前に出して拳を握る。

すると、右腕は温度を上げ赤くなるが、拳の方は白く輝いている。

これは温度の関係で色が変わっているのだと思う。

街の復興を手伝っている際、重い木箱を運ぼうとして力んだらその力に気が付いたのだ。

勿論その木箱は中身と一緒にドロドロに溶けて、それ以降手伝わせて貰えなかったのだが、それは終わった事なので気にしない。

「……なるほど、熱を通しやすいこの鉄パイプが必要な意味が、分かったぜ……だが、こいつは使わねぇ方がいい」

「……そうですか」

俺は正直鉄パイプが怖かったので、その言葉に安心して返すが、そんな俺とは裏腹にランスは鉄パイプを俺に突き返してきた。

俺は右腕の温度を下げて、あえて左手で受け取ってランスを見上げる。

「が、俺が持っている意味もねぇ。兄ちゃんにこそ、必要な時が来る。だが常に使う必要はねぇ、ちと待ってろ」

それだけ言い捨てると、ランスは部屋の奥に消えていった。

「……悠さん、本当にごめんなさい」

俺がボーっとランスの背中を見届けていると、ネッツが前に来て頭を下げた。

「……気にしないでください。見ての通り、ほら、自我残ってますし」

俺は神妙な顔をするネッツを前に変顔を披露した。

しかしネッツの顔は曇ったままで、返してきた。

「いえ……嘘をついてしまったので……私が悠さんをこの世界に呼んだのに……街の事しか考えて無くて、自分勝手でした」

変顔を無視された挙句重い空気になり、何を思ったか俺はネッツの頭をポンポンと撫でた所で、ランスがガラクタをバラまきながら現れた。

「ほら兄ちゃん」と言いながらランスがハンドガンの様な形をした銃を、ネッツ越しに投げてきたので、俺はそれを体のバランスを崩しながら両手で体を伸ばして受け取る。

引き金に指を掛けないように慎重に持ち、改めて銃を隅々まで見る。

銃の見た目はコルト・ガバメントに近く、ほとんどそのまんまだったが、銃口を横から見ると、螺旋の溝があるのは分かったが、天井の光が反射してキラキラと輝いていた。

俺はオタクとまでは行かないが、銃が好きなのである程度の知識はあったが、当然本物を持ったことはないので、その重さに苦笑いが出るくらい重かった。

そんな銃を上下にポンポンしている俺を見ながら、ランスが解説を始めた。

「ソイツはさっきの『竜と人』を書いてた奴が使ってたもんでな、宝具を見つける前に使ってたらしいが、そんなことはどうでもいいか」

俺はワクワクして話の内容があまり入ってない。

銃のマガジンキャッチボタンを右手の人差し指で押して弾倉を左手で受け取り、ベッドの上に置いて銃のスライドを後退させると、銀色に輝く弾がキィンという甲高い音を出しながら跳ねた。

スライドはロックされたが、俺は驚いた顔を隠せずランスを見た。

すると、ランスはそれを見て右の頬をぽりぽり掻きながら近づいてきて、ネッツの左側に並んだ。

「す、すまねぇな。確認してなかった……が、そのハンマは飾りでな。弾をよく見てみろ」

俺は言われて銃をベッドに置いて、さっき跳ねた弾を体を伸ばしてベッドに擦りながら拾う。

銀色に輝く弾は重かったが、火薬が入っているようなカートリッジは無く、一つの形をした弾そのものだった。

「その弾は銀で出来ててな、熱伝導率が高けぇんだ。それはその銃も一緒でな、側以外は銀で出来てる。発射の条件は高温によって高圧になった空気を、そのハンマの形をしたピストンで押し出すって感じだ」

俺は改めて銃を持って観察する。

「だからこんなに重いんですね……でも」

「「威力」」

「だろ?」

ランスはお見通しみたいな自慢げな顔をして解説を始めた。

「それを解決するのが、その銃口だ」

言われて俺は銃口を見る。

先程を同じように、天井の光を反射してキラキラと輝いている。

「その銃口はな、炎の竜の鱗で作られてんだ」

「え? でも、炎の竜の鱗が見つかる前から使ってたんですよね」

「あぁそうだ、その銃は宝具なんてもんが見つかる前から使われてた。だがな『竜と人』を書いた奴は宝具を見つけた後も、その銃の事をどうしても使いたかったらしくてな。訳の分からんことに、炎の竜の鱗を使った剣の方の一部分をわざわざ砕いて、その銃口に加工したらしいんだ」

俺はその解説を、少し時間をかけて噛み砕いて質問する。

その間ネッツはあまり興味が無かったのか、俺の横に座って覗き込んで来た。

「一体なんで剣の方を砕いたんですか?」

俺は銃からランスに目線を移して質問する。

「……さぁな、考えても分からん。竜の鱗に純度なんて無いと思うしな、気まぐれだろ」

お手上げだと言わんばかりに答えるランスに、次の質問をする。

「それで、銃口が竜の鱗だからって何が変わるんですか?」

「そりゃお前……撃ちゃ分かるだろ……撃ちゃよ……」

あらぬ方向を見て答えるランス。

「……書いてなかったんですか?」

聞くと、口笛を吹き始めてしまった。

この街の住人はばつが悪くなると口笛を吹くのが癖らしい。

「まぁ、そんなことは気せずによ、兄ちゃん。とにかく、鉄パイプはいざという時にだけ使うようにな。それ以外はその銃で戦うようにしろ」

「分かりました。わざわざありがとうございます」

「あぁ、分かったらさっさと行った方がいい。時間掛けすぎちまった。ライターはキレると怖えぇからな」

俺は立ち上がりメーヒェンを背負い、それに合わせてネッツも立ち上がった。

「じゃぁ、失礼します」

「ランスさん! また会いましょう!」

「あぁ、勿論だネッツ。兄ちゃん、こいつの事、頼んだぞ」

部屋を出る俺の背中にその言葉を受けて、俺たちは広場の噴水前へと急いだ。


噴水前に到着すると、右足を小刻みに地面に打ち付けて、明らかに不機嫌そうなライターが腕を組んで立っていた。

俺たちは急いでいた顔を作り、小走りでライターの元へ駆け寄った。

するとライターはそんな俺達に気が付いたのか、体をコッチに向けて「遅い」と低く枯れた声で言った。

「すみません、ちょっと長引いちゃって」

「良いじゃないですかライター、おかげで悠さんが助かるんですから」

「何してたかは知らんが、時間がないんだ。急ぐぞ……おい、その女の子も連れて行く気か?」

メーヒェンを指さして言うライターに、俺は軽く跳ねてメーヒェンを背負い直して答える。

「大丈夫です。守りますから」

それを聞いてライターは小さくため息を吐いて身を翻すと、小走りで先に進み始めたので、俺たちもそれに合わせて前に進む。

少し進むと、街の嗅ぎ慣れた匂いも薄くなっていき、今度は木々の青臭い匂いが鼻の中を一杯にした。

木々には虫が所々に見え、虻や蜂のような虫もブンブン羽音を立てて飛んでいる。

俺の後ろにいるネッツは蜘蛛の巣に引っかかったのか、手をブンブン回していた。

「ライター、本当にこんな所にアジトなんてあるんですか?」

ネッツが蜘蛛の巣に引っかからないよう俺の右腕にピッタリくっついて、ライターに質問した。

「こんな所だからアジトを作るんだろ、それにここにあるのは森だけじゃない」

そう意味深な事を言って神妙な顔をしたライターが振り返った。

その顔を見て、俺は何が居るのかと生唾を飲み込む。

「い、一体何が」

「それはな……」

ライターが一息溜めて目を瞑り、何かを言おうと目を開けた瞬間。

ライターの後ろから巨大な何かが現れ、俺たち全員を覆うくらいの影が差した。

それに気が付いた俺とネッツは恐る恐る顔を上げて、驚愕する。

「ケルベロスっていう大きな三つ首の犬がいるんだ。そいつは元々この森には居なかったんだが―――」

「―――ライター! 何かいますよ!」

俺は見上げ、ネッツは俺の体から顔をひょっこり出して、囁き声でライターに警告する。

しかしライターは気が付かず、鼻高々に話を続ける。

「魔王がこの街の見張り役としてそのケルベロスを置いたんだ。まぁでもそのケルベロスって奴は怠惰でなぁ、近づかない限り―――」

―――ボトン。

そう音を立てて、ライターの頭の上にドロドロとした臭い液体が落ちてくる。

そこで初めてライターは顔を上にあげ、口を大きく開けた。

ライターの癖なのか、解説中に上げていた右手の人差し指の他の、四本の指が真っすぐ伸び、ライターは俺たちの方に向かって思いっきり走ってきた。

「逃げろお前ら! こいつがケルベロスだ!」

俺たちの脇を、物凄い勢いで通り過ぎたライターに呆気に取られていると、ケルベロスも走り出すのか、後ろ右脚をバタバタと前後に動かして地面を蹴り始めた。

俺たちは何とかライターの逃げた方向を向いて、全力で走り出した。

その直後に、ケルベロスの走る地響きのような轟音が森中に響き渡った。

俺は道中コケそうになったネッツの腕を取り、息を切らしながら走る。

そして見えてきた街を前に、俺とネッツは急ブレーキを掛けた。

「これ以上街に近づくわけには」

「いきませんね」

後ろを振り向くと、舌を出しながら血相を変えて走ってくる、不細工なケルベロスがもうすぐそこまでやってきていた。

このまま左右どちらかに逃げるのも良いが、下手をすれば街の中へ入って行ってしまう可能性がある。

「悠さん、合図を出したらケルベロスの方へ走ってください」

「え!?」

ネッツが俺の背負うメーヒェンを引き剥がしてそんなことを言ったので、俺は驚いて固まってしまう。

「説明している暇はありません! ケルベロスの股下に入ったら攻撃を!」

「ちょ、まって」

「いきますよ~! せーの!」

メーヒェンを背負い右手一杯に光を溜め始めたネッツの合図が聞こえ、本当に考えている暇は無いと、俺はケルベロスの方へ走り出した。

その直後、背中越しにも分かるくらいの光が周囲を覆い尽くし、手が届きそうな程近づいていたケルベロスが後退りして怯んだ。

それを見て覚悟を決めた俺は、腰から銃を取り出してケルベロスの股下に滑り込む。

そして引き金に指をやり両手で構え、ケルベロスのお腹めがけて発射した。

カチンという音を立てて銀の弾がポロリと銃口から落ちてくる。

そこで俺は、温度を上げるという事をしていないことに気が付いた。

後ろからネッツの走ってくる音と、ケルベロスが唸る音が聞こえてくる。

真横にあるケルベロスの大きな足がジリッという音を立てて踏み込まれた。

ネッツが危ない。

俺は振り返って寝そべり、右手の温度を上げて改めて構える。

そこで気が付いた。

温度を上げると両手で支えることができないのだ。

しかし覚悟とか何とか言っている暇はない。

目が覚めたケルベロスの真ん中の個体が今まさにネッツに噛みつこうとしていたのだ。

周囲の時間がスローモーションのようにゆっくり流れるように感じる。

俺はゆっくり息を吐き、改めてケルベロスのお腹の中央へとサイトを合わせ、引き金を引いた。

すると今度はガッゴン、と重い音を立ててピストンが弾を押し、一瞬シュゥウという音が聞こえて弾が進んでいるのを感じた。

その間コンマ数秒という短い時間だが、俺は確かにそれを感じることができた。

弾は銃口から飛び出して来るが、その際に竜の鱗がキラリと赤黒く光り、弾を炎で包み込んでいった。

その炎の弾はケルベロスの腹部に当たってもその速度を止めることはなく、しかし柔らかい弾力がある肌なのか、貫く様子はなく、ケルベロスの体が宙に浮いてネッツを越して一回転し、仰向けにひっくり返ってしまった。

俺は反動で地面に打ち付けた右の肩を左手で支えながら起き上がる。

シュゥウという音を立てて温度を下げる銃に合わせて、俺も右腕の温度を下げる。

そんな俺の元に、ネッツが驚愕の顔を浮かべたまま目の前まで走ってきた。

「凄いですね悠さん! あんなに大きい生き物を吹き飛ばしちゃうなんて!」

「えぇ、まぁ……代償は凄いですけど」

そこでネッツは俺の右肩に気が付いたのか、顔を青ざめてさらに近づいてきた。

「ちょ、悠さんその右肩! 見せてください!」

「大丈夫ですよ! そんなに心配しなくても!」

無理やり服を脱がそうとしてくるネッツを、俺は何とか止めようとするが、途中で右肩に激痛が走って全身の力が抜けてしまった。

そんな俺の体をネッツが支えてくれたので、何とか無事に地面に膝を着いて座る。

ネッツは俺の服を脱がして右肩を見たのか、ハッと息を飲んで驚いた顔をしていた。

「悠さん、この傷では……一度、街に帰って見てもらった方が……」

「いえ、時間が無いので……」

俺は起き上がり、服を適当に羽織り直して前を向く。

それに合わせてネッツも立ち上がるが、心配そうに俺を見ていた。

俺は物凄く痛い右肩を前後に動かして「大丈夫ですよ、ほら」とネッツに言うが、間違いなく涙目なので、逆効果だったのかさらに心配そうな顔になってしまった。

「じゃあ、ライターさんと盗賊のアジトを探しましょうか」

「そうですよ! あのライターとかいう裏切者はどこに行ったんですか! 全く!」

振り返って元の道を歩き始めると、石を蹴りながらネッツはそう言って怒っていた。

「……どこ行ったんですかね、街に戻ったわけじゃ無いと思うんですが」

と、そんなやり取りをしていると、背中の方からグルルという、聞き覚えのある唸り声が聞こえてきた。

俺とネッツはまさかなと思いながら振り返り、その先に居たケルベロスを見て驚愕した。

しかし、流石に効いていたのか真ん中と右の顔は白目を剥いて気絶していて、左の方も意識が朦朧としているのか、真っすぐに俺たちの方を見てきているわけではない。

俺は横にゆっくりと左に動きながら、驚きの顔を浮かべて動けなくなっているネッツの服の裾を引っ張って、ゆっくり逃げる意思を伝えたのだが、それに驚いたのか「マグワァ」と聞いたことのない叫び声を上げてから口を塞いだ。

が、時すでに遅く。

俺たちの場所が分かったのか、左の頭が叫び声を上げて俺たちの方を見た。

俺は今銃を撃てないし、ネッツもケルベロスを倒せるほどの呪文を使うことができない。

そんな絶望の中。

俺たちの周囲を風が吹き荒れ、そのあまりの強さに左腕で顔を覆って眼だけ出してケルベロスの方を見ると、その頭上には先程まではなかったライターの姿があった。

ライターは全身に風を纏っていて、その発生源は先程まで着けていなかった右腕のブレスレットの様なものだった。

ケルベロスはそんなライターに気が付いてないのか、俺たちに向かって咆哮してきていたが、その直後。

ケルベロスの左の頭の上に、目で捉えられない程の速さのライターの拳が落ちてきた。

バゴッという音を立てて頭が凹んだ様に見え、その後ケルベロスは白目を剥いて地面に顎から突っ伏してしまった。

俺とネッツはその様子を口を開けて見ていることしか出来なかった。

「すまん、風の力を溜めるのに少々手間取ってしまった」

「本当ですよ! 悠さんが大怪我しちゃったじゃないですか!」

ケルベロスの頭の上で手をパンパンと払いながら言うライターに、ネッツがそう怒ると、ライターは怪訝な顔になって地面に降りて近づいてきた。

「どこだ、見せてみろ」

「いえ、大丈夫ですよ。ほら」

そうライターに無事であることを伝えたかったが、もはや右腕は動かせすらしなかった。

そんな俺の言葉を無視して、ライターは羽織っていた服を脱がして右肩を見て絶句してしまう。

「……これのどこが無事なんだ……ちょっと待ってろ」

そう言うと、ライターは森の奥に急ぎ足で消えて行ってしまった。

それを見届けて、俺は近くの木に寄りかかって座る。

その時、ネッツに背負われたメーヒェンがようやく目を覚ましたのか、少し暴れてから地面に降りると、キョロキョロと周りを見て状況を確認し始めた。

「先程あの大きな犬と戦っていたんですよ、悠さんが私たちを守ってくれたんです」

「……そうなんだ」

それを聞いて、メーヒェンは俺の前まで来て「ありがとう」と言ってから、急ぎ足で倒れているケルベロスの元へ駆け寄った。

俺とネッツはそのメーヒェンの様子をジーっと見ている。

メーヒェンは手をケルベロスの頭の上にポンと乗せると、ファゥルの時と同じように、メーヒェンの目がキラキラと輝き始め、青色のオーラがメーヒェンとケルベロスの体を包み込んだ。

その青色の光が森の暗闇を照らし、周囲の葉っぱに反射して辺りを真っ青に染めた。

そうして少し時間が経ち、青色の光が収まると、メーヒェンは俺の方を向いてふらふらと歩き始めた。

そんな、倒れそうに歩くメーヒェンを支えようとネッツが駆け寄ったその時、ズズズという音を立てながら、ケルベロスが顔を上げ始めたのだ。

始めは俺も驚いて警戒したが、直後に開かれたケルベロスのキュルルンとした目を見て呆気に取られてしまった。

それはネッツも同じだったようで、腰を抜かして地面に倒れた後に苦笑いでケルベロスの方を見ていた。

気が付くとメーヒェンは俺の目の前まで来ていたようで、パタンと俺の胸の中に倒れてきた。

そんな時カサカサと草を別ける音が聞こえ、その方向を見るとた。

ライターは、手に持っていた草をパラパラと地面に落としながら、ネッツと同じような苦笑いを浮かべていた。

「お、おい。ソイツ、大丈夫なのか?」

「……大丈夫も何も、この目を見て、まだ害があると思えますか? ライター」

まんまるキラキラキュルルンお目目で見られてか、ライターは後退りするが、直ぐに目を逸らし、顔を赤らめながら小走りで俺たちの方へ近づいてきた。

そうして目の前までやってきたライターは「俺はアイツが苦手かもしれない」とか何とかブツブツ言いながら、石を地面に置いてその上に草を置き、もう一つの石ですり潰し始めた。

「それって薬草って奴ですか?」

俺はゲームでしか見たことない形をした草を見てワクワクしながら質問した。

するとライターは目線を薬草から動かすことなく答えた。

「薬草なんて良いもんじゃない、痛みが少し引く程度だが、無いよりはましだろ」

「そうなんですか」

なんだ薬草じゃないのか、と俺は内心がっかりしながら答えた。

すると、そんな俺の横にネッツが座り、同じくライターを見ながら言った。

「薬草って凄く高価な物なんです。それもこれも魔王が全部刈り取っちゃったせいなんですよ! ホント、迷惑ですよね」

ネッツはその辺にあった木の枝を両手で折って、怒ってそう言った。

「この森も、昔は薬草が沢山自生しててな、アーランドの特産品みたいなもんだったんだがな。おかげで街の人たちのケガも治せねぇし、周りの街と交易できねぇしで最悪だよ」

ライターも怒りで力がかかったのか、気付くと草は原型を留めておらず、ネバネバして塗り薬の様になっていた。

俺は話を聞きながら、ボーっとそんな草が石で引き延ばされる様子を見ていた。

すると完成したのか、ライターは残しておいた一枚の草にその塗り薬を乗せて、ネッツに渡した。

「フラウ、それを傷口が隠れるように貼ってやれ」

「はい、分かりました」

「塗るわけじゃないんですね」

ネッツは俺の服を脱がして、傷口にゆっくりとその草を貼り付けた。

触れた瞬間は突き刺すような痛みが走ったが、直ぐに楽になってきた。

「あぁ、塗っただけじゃ効果が薄いんだ。まぁ、そのおかげで魔王軍の奴等には気付かれなかったんだから、万万歳だな」

「……魔王は治療系の物を、人間から全て奪いたかったんでしょうか」

「さぁな、だが他の街じゃそう言った話を聞かない」

ネッツはゆっくり服を戻してくれたので、俺は今度はちゃんと腕を通して服を着た。

「魔王はなんだかアーランドに当たりが強い気がします。私も他の街に行ったことがありますが、アーランドとは見違えるように栄えていたりしますから」

「過去に何かあったのかもな、まぁ、俺達には知る由もないさ」

ライターは立ち上がり、腕のブレスレットを外して懐にしまって俺に手を伸ばしてきた。

俺はメーヒェンを左腕で抱えて右手でライターの手を取る。

驚くことに先程まで動きすらしなかった右肩の痛みが引き、動かせるようになっていたのだ。

俺は立ち上がってから嬉々として腕を振り回そうとしたが、それをライターが止めてきた。

「やめとけ、痛みが引いただけだ。重症なのに変わりはない」

「そうですよ悠さん。これから街に戻るにしろ、盗賊を探すにしろ、絶対に右腕を使っちゃダメですからね。戦闘はライターに一任しましょう」

「一任って、お前な……さっきも見ただろ、俺はわざわざ走ってこのブレスレットに風を溜めなきゃ力を使えねぇんだ。お前も戦え」

ライターはブレスレットを取り出し、人差し指でクルクル回しながら言った。

よく見ると、そのブレスレットの中央には風を表しているかのようなマークが掘ってあり、中心には何かが埋め込まれているようだった。

俺は何故かそれが気になり、ライターに質問する。

「ライターさん」

「あ?」

ライターは回す指を止め、ブレスレットを手でしっかりと握った。

「その真ん中のやつって……」

「あぁ、これか? これは竜の鱗だ」

ライターは当然のように答えたが、竜の鱗を使った物が宝具と呼ばれている事を知っている俺とネッツは目をひん剥いて驚いた。

「ライター! そんな貴重なもの、いつから持ってたんですか!?」

「あ? 貴重ってお前」

「本当ですよ! それひょっとして宝具何じゃ無いんですか!?」

「ちょ、お前ら待て! 宝具とか何とか知らないが、俺の探してるゴーグルにはもっとデカいのが埋め込まれてるんだ! どちらかといったらそっちの方が―――」

興奮してブレスレットに近づく俺とネッツの頭を片腕で制しながらライターはそう叫んだ。

その時だった。

俺の背後からガサガサという音と、気味の悪い笑い声が聞こえてきた。

「シャッシャァ! おい、聞いたかよディープ! やっぱりあの獲物はとんでもねぇ価値のモンだったらしいぜ!」

「キャッキャァ! リスクを取って盗んだのは間違いじゃ無かったってこったなぁ!」

その明らかな盗賊の声を聞いて「ライターさん」と前を向くと、ニヤリと笑いながら「やっぱり大間抜けだなぁ!?」と叫んで声の方向に走り始めた。

「……ハ、ネッツさん行きますよ! メーヒェン! そろそろ起きてくれ!」

「は、はい! 行きましょう!」

もはやどちらが悪人か分からない程の怒声に怯んだが、直ぐに気を取り直した俺たちもライターを追いかけるように走り出す。

俺はメーヒェンを担いで走り、少し後方にはネッツと、ケルベロスが楽しそうに付いてきていた。

「ちょ、ちょっと! 何でケルベロスまで付いてきてるんですか!」

「知らないですよ! ちょ、ケルベロスさん! 走りにくいので付いてこないでください!」

ドスン、ドスンとケルベロスが地面に足を着くたびに俺たちの体も少し浮いてしまう。

そのせいか、足を取られてまともに走ることができない。

しかし、どういう訳かそんなに進んでいないのに、ライターの背中が直ぐに見えてきて木に隠れて顔だけを出し、何かを伺っている様子だった。

「ちょ、ライターさん!? 何で止まってるんですか!」

「おい! お前ら止まれ! 目の前に盗賊のアジトが―――」

それを見て俺たちは急ブレーキを掛けるが、気が付くのが遅かった。

叫ぶライターの横をすり抜けて、目の前にあった建物を俺は右に、ネッツが左に避け、ケルベロスがその巨大な足で吹き飛ばしてしまった。

ポーンと上に飛ばされた建物のあった場所を振り返って見ると、そこには先程の声の主であろう盗賊の二人が、目を飛び出して口を大きく開け、酷く驚いている様子だった。

奥の木で隠れていたはずのライターも、体を出して同じような表情をしている。

確かに驚いたが盗賊に逃げられる訳にはいかない。

俺は右側で同じく驚いているネッツの名前を叫んでメーヒェンを投げ飛ばすと、両手で鉄パイプを構える。

右足を踏み込み左足を大きく開いて、全速力で盗賊の元へ駆け寄ると、大きく振りかぶった鉄パイプで、盗賊の一人のお腹を捉えた。

「ッグッパ」と声になってないうめき声を出して、体をくの字に曲げて吹き飛んだ盗賊の一人は、ライターの前で地面に突っ伏して動かなくなってしまった。

「ロイィィイィイ」

そう叫ぶ盗賊の一人が、先程の話声からディープであることが分かる。

ディープはキリっと目つきを変え、目線をロイから俺に動かして付近にあった小さい斧、トマホークを手に取って構えた。

「どうやったのか知らねぇが、ケルベロスを懐かせて俺たちの家を吹き飛ばすとはな! よくもやってくれたな! 絶対に許さんからな!」

大声で叫ぶがディープに警戒して俺は構えるが、一向に攻撃してくる気配がない。

ディープはゆっくり横に動き、付近の棚の上にあった黒い球体を手に取った。

「だが、まぁ、今回に限っては、許してやらん事もヴァ―――」

そんなディープの背後から、ゆっくり近づいていたネッツが両手で肩を掴むと、体が硬直するくらいの電気が流れたのか、ディープが体をピンと伸ばして喋らなくなってしまった。

「逃がすわけないでしょう、あばずれ盗賊人間を。さぁ、悠さん! 早く拘束しちゃってください!」

「分かりました!」

俺は付近にあった拘束できそうな道具を見つけ、ディープに近づいて巻こうとしたその時だった。

ディープの正面に立った時、それまで上を向いていた目が俺の方を向いて、口角がグッと上がってにやけ始めたのだ。

俺はそれを見て驚いたが瞬時に「ネッツさん危ない!」と声をかける。

しかしそれと同時にディープは足の裏で俺を突き飛ばし、ネッツの方を向いてトマホークを構えた。

「その程度の電流でこの俺様が掴まるわけが―――グッポァ」

そんな危機的状況で倒れている場合じゃない俺は直ぐに立ち上がったのだが、既にそこにはディープは居なかった。

そこに立っていたのはメーヒェンを抱えるネッツと、スケルトンだった。

「こんな事もあろうかと、あらかじめ出しておいたんです。ありがとうございます、スケルトンさん」

それまでファイティングポーズを取っていたスケルトンは、そう言われてネッツの方を向くと、分かり易く照れていたが、直後にネッツが頭をハンマーで叩いて粉に戻してしまった。

ネッツは悪者には口が悪くなるし、モンスターに対する扱いも、少々酷いのかもしれない。

俺はスケルトンが吹き飛ばしたディープを目線で追うと、そこはロイが飛んで行った方向と同じで、既にライターがロイをツタで拘束していた場所だった。

ライターはツタをパンと音がする程引っ張って、ディープを拘束しようとした。

しかし、ディープもまだ諦めていない様子で、左手に未だに大切そうに持っている黒い球体を寝っ転がったまま地面に思い切りぶつけたのだ。

その直後、ボンという音を立てて辺りを白い煙が包んだ。

ライターが鬼の形相でディープに飛びかかるのを最後に見たが、数秒後、白い煙の中からツタで拘束されたロイを脇に抱えたディープが飛び出して来て、森に消えていった。

俺はそれを追いかけようと走り出すが、そんな俺の腕を煙の中のライターが引っ張って止めた。

「ちょっと待て、アイツは俺が捕まえてやる」

「捕まえるったって、あんな速度で逃げられたら間に合いませんよ」

「いや、ちょっと来てくれ。俺に考えがある」

「……はぁ」

そう言って、俺の来た盗賊の拠点に歩き出したライターについて行くと、そこではネッツが既に何かを見つけたのか、誇らしげな表情で両腕を腰に当てて鼻息荒く待っていた。

「ライター、これですよね!」

そう言ってライターに突き出した右手には、ライターの形見であろうゴーグルが提げてあった。

「あぁ」

ライターはそれをひったくると、大切そうに頭に装着して、ゴーグル部を目にかけた。

そして走る構えをとり「ありがとな、お前ら」と、そう言って走って行ってしまった。

ネッツはそれまでライターの後ろでぷくっと頬を膨らまして怒ってたが、走って行ってしまったライターの方を向いて笑顔で「いってらっしゃ~い」と手を振った。

さて、どれくらい待つのだろうか。

俺は早く家族を救いたい気持ちで、そわそわと盗賊の拠点を物色し始めたのだが、突然物凄い突風が吹き、辺りの物を吹き飛ばした。

「うぉ! 危な!」

「な、何ですか!? 急に!」

俺は刃物や危険そうな物を何とか避け、ネッツも無事そうなので安心して顔を前に向けると、そこには盗賊を両脇に抱えたライターが、ゴーグルを首に下げて立っていた。

盗賊の頭にはたんこぶが山ほどついていて、顔もあざだらけなので、余る程ボコボコにされたのが分かる。

「悪い、遅くなったな」

ライターが喋ると、口から緑色の空気が流れているのが見えて、そこでようやくライターを包む緑色の風に気が付いた。

ゴーグルの中央部と両端が濃い緑色に光っていて、そこから風が出ているのだと瞬時に分かった。

「か、かっけぇ」

俺はついそんな事を口にしてしまった様で、ライターの顔が引きつって気持ち悪い物を見る目で見てくる。

「あぁ、このゴーグルの事だろ? 宝具とか何とかいう奴は」

「そうですよライター! それ、凄く貴重な物なんですよ!」

「俺にとっちゃ、んなことはどうでもいいんだよ。これはじいちゃんの形見だ、もとより価値のつけられねぇものなんだ」

ゴーグルを見て物思いにふけった顔になったライターに、一瞬考えた後、どうしても気になったので質問した。

「あの、ライターさん。一つ聞いても良いですか?」

「あ? 何だよ」

「そのゴーグル、ライターさんの力を使った時、何か違和感とかって無かったですか?」

「そうですよ、確かに」

「あ~、確かにちょっと頭は痛いが……それ以外は別に無いな。何でだ?」

「……そうですね。ライターさんに黙っている必要もなさそうですし」

俺は鉄パイプを盗賊を地面に雑に落としたライターに手渡して、説明を始める。

「実はこの鉄パイプ、炎の竜の鱗が使われた宝具なんです」

「……こんな物がか?」

「俺も最初は疑ったんですけど、本当っぽいんですよ」

「ふ~ん、これも俺のゴーグルみたいなもんなのか?」

そう言いながら、ライターは鉄パイプを上に上げて見つめる。

太陽の光が反射して、鉄パイプはキラリと輝いた。

「多分、ライターさんのゴーグルに埋め込まれた鱗とは種類が違うと思います。ですが大事なのはそこじゃないんです」

「……まさか、副作用的なのがあるんじゃ無いだろうな」

キリっとした目で俺を見てライターはそう言った。

「そのまさかです、宝具には呪いがあるんですよ。因みに、その鉄パイプは使い続けると自我が無くなって来るらしいんです」

「はぁ~? 本当かよ」

鉄パイプを俺に返してきたライターの表情は、どこか怪しんでいるようだった。

「俺もまだ良く分かってないんです。でも、確かにその力は読んだ紙に書いてあった通りでしたし、信じるしかないんですよ」

「まぁ、俺もこの力を使って長いわけじゃ無いから、その呪いってのがあったとして、気が付いてない可能性は大いにあるが……」

「ライター、さっき言ってた頭痛」

「あ?」

ネッツは言いながらライターに近づいて、顔をグッと寄せた。

「さっきの頭痛って、それが呪いかもしれませんよ」

「そ、そんな訳ないだろ」

それで怯んだライターが後退りして離れるが、それを追いかけるようにネッツはズイっと間合いを詰めて続けた。

「だって別に普段頭痛が起きるわけじゃ無いんですよね」

「さっきはほら、運動した直後だったらたまに頭痛が起きたりするだろ? あれだよ」

遂には尻もちを付いたライターに、ネッツは腰を曲げてさらに詰め寄って続けた。

「ライター、貴方は頭痛関係の病気を患ってない健康体ですよね! それに普段走ったり炭鉱夫として働いてた時は頭痛は起きたんですか!? 能力を使った時だけ頭痛が起きてたんじゃ無いんですか!? 一回でもその能力を使って長距離を移動したりしたことがあるんですか!? ひょっとしたら能力を使う時間によって物凄い頭痛が伴って最悪死んじゃったりしたらどうするんですか!? 危険な事をして貴方が死んだら、街にどれだけの損害が出るか―――」

「―――ネッツ、止まって」

ヒートアップして顔を真っ赤にしながら言うネッツを止めたのは、さっきまで背中でぐっすり眠っていたメーヒェンだった。

「あ、すみません」

その声を聞いて、ネッツはスッと姿勢を良くして静かになった。

驚くことに顔色まで戻っている。

すると、メーヒェンはネッツの背中の上でバタバタと暴れ始めた。

「ちょ、ちょっと。どうしたんですか!」

「ほっ」

ネッツはそれに耐えきれなくなったのか、腕を話してメーヒェンは地面に綺麗に着地した。

そして俺の方を向いて目をキラッと輝かせたので、嫌な予感がして俺は森の方に逃げた。

そんな俺の背後から、ドスンドスンと明らかにメーヒェンでは無い足音が聞こえ、走りながら顔を後ろに向ける。

すると、そこに居たのはケルベロスに跨るメーヒェンだった。

やはりケルベロスはメーヒェンに懐いて居るらしい。

俺はそれを見て考えるのを辞めて只は知ることに専念した。


それから意外と直ぐに街が見えてきて、ケルベロスが気付かれるといけないので、俺は諦めてケルベロスに吹き飛ばされた。

起き上がると既にメーヒェンが立っていて、背中に乗っかってきて眠り始めた。

それだけなら別に逃げる必要は無かったなと思いながら、トホホと歩いて戻っていると、方向を間違えたのか街の門の所に出てしまった。

俺はケルベロスを急いで屈ませると、そこでガプフェルとか居たなぁと思い出し、袋を探して見つけると、それを前の方で抱えて、再び歩き出す。

そうして、ある程度歩いたところでやはり方向が分からなくなっているようなので「すまんケルベロス、さっき居た所、分かるか?」と、ケルベロスに前に進んでもらう事になった。

そんな時、森が少し開けて来たのでケルベロスの横に出て前の方を見ると、先程の拠点が見えた。

俺は嬉々として「ありがとう」とケルベロスに言って前に出る。

その時だった。

真横に並んだケルベロスが地面に叩きつけられ、苦しそうな声を上げ始めたのだ。

「どうしたケルベロス!」

「遅かったじゃないか」

声が前から聞こえ、視線をその方向に向ける。

するとあろうことか、ネッツとライターも苦しそうに地面に突っ伏していて、隣にはフードを深く被った、情報屋が立っていた。

「これはお前の能力か! 早く解放しろ!」

俺は走って情報屋に近づいたが、不思議と体が重くなったように感じて、足が動かせなくなってしまう。

「それは出来ない願いだと、言う前に分かると、そう思うんだが……まぁ、それもこれも邪魔をした君たちがいけないんだ、悪く思うなよ」

「俺たちがお前の何の邪魔をしたんだよ」

情報屋はゆっくりと歩きながら、盗賊の道具を漁り始めた。

「まず一つは君が騙されてくれなかったこと、そして二つ目は報酬を貰いに来たら依頼主が掴まっていたことだ」

「掴まった……?」

「あぁ、このライター君の能力のせいで、既にあの二人は監獄の中。アイツらが何処に金を隠しているか、それさえ分かれば良かったんだが、もうそれも知ることが出来ない。全部パーだよ、時間を返してくれ」

「知らねぇよそんなこと……」

「あまり、生意気を言わないことだ。唯一私の能力を倒せるネッツちゃんもこの通り。今この場で最強なのは私だよ。生殺は私の機嫌次第で決まっちゃうよ?」

そう言うと、情報屋は手のひらを地面に向けてケルベロスの方に向けると、徐々に下に押していった。

すると、ケルベロスがバッグォンと音を立てて地面を割りながらさらに深く埋まっていった。

「止めろ! 情報屋!」

「あ? 情報屋だぁ? 私の名前はフォーマントだ、教えたはずだぞ?」

言ってさらに下に押していくフォーマント。

「っくそ」

駄目だ、フォーマントの言っていることは正しい。

ここは落ち着かないと駄目だ。

「分かった……だったら取引だ……」

俺も足がパンパンで膝も悲鳴を上げている。

よくよく考えれば、メーヒェンとガプフェルの分まで背負っているのだ。

「取引?」

「あぁ……俺が情報を買う」

俺がそう言うと、フォーマントは俺の方を向いて一度拳を握りしめて縦にすると、下に振り下ろした。

その直後、感じたことのない重力が俺に掛かり、肺が押し潰されるような感覚になるが、俺は何とか耐える。

足は地面を割り、立っているというより突き刺さっている方が正しい。

そんな時、背中に乗っているメーヒェンが目を覚ましたのか、苦しそうに唸り始めた。

それだけじゃない。

前に居る俺に見えるくらい、赤く光始めたのだ。

それを見てフォーマントは怯えた表情で固まっている。

「な、何が起きてるんだ……大丈夫か……メーヒェン」

俺はめまいがして辺りをまともに見れていない。

だが、そんな俺にもわかるくらい、辺りがどす黒くも赤いオーラで包まれている。

そして次の瞬間。

背中に乗っていたメーヒェンが急に仰け反って声になってない低い音を漏らすと、オーラが弾けるように消え、急に体が軽くなった。

メーヒェンが背中でぐったりと倒れたのが分かる。

前の方ではネッツ、ライターが気絶していて、フォーマントも白目をむいて後ろに倒れそうになっている。

俺は急いでそれに駆け寄ると、ガプフェルを左手で抱え、右手でフォーマントの胸倉を掴んで頭が地面にぶつかるのを防いだ。

その勢いでフードがハラリととれ、フォーマントの顔が初めて見えた。

水色の髪のショートカットで前髪を髪留めで止めていて、童顔で整った顔、特徴的なピアスをしている。

髪留めとピアスがキラリと光ったが今はそんなことどうでもいい。

「おい……起きろよ」

全部の力を抜いて倒れているフォーマントの頬を、叩く勇気がない。

てか、女の子を殴れる気がしない。

俺は何とか起こそうと、右手を前後に揺らして起こそうとする。

そんな時。

「わ、私に……任せてください……悠さん」

ザリ、という音と共に、ネッツがフォーマントの隣に屈んで、手を体の左上と右下の腰辺りに当てると、電気を流したのかフォーマントの体が仰け反って次の瞬間目を開けた。

フォーマントは逃げる様子はない。

むしろ、怯えた表情をしてメーヒェンの方を向いている。

「そ、その子は何なんだ!?」

その声が、今の俺には凄く耳障りだった。

それはネッツも同じだったのか、フォーマントの頭を軽くはたいた。

俺はナイスと思いつつ、話を続けた。

「取引だ、魔王城の場所を教えてくれ」

「今!? この状況で!? 私は今その子に殺されかけたんだぞ! 心臓をキュッとやられて止められたんだぞ!」

再びネッツがフォーマントの頭をはたいた。

今度は痛かったのか、頭を両手で抑えてネッツを涙目で睨んだ。

「いいから、教えてくれ」

「魔王城の場所か!? あぁ教えてやるよ! 家族を救いたいんだろ!? 行き方は一つだよ! 悠が左手に持ってるソイツだよ! ソイツだけが唯一の通行手段なんだ! マヌケ! 変態! クズ!」

俺はゆっくりフォーマントを地面に降ろす。

「そうだったのか……」

「あぁ! そうだよ! マヌケ! 変態! ブサイク!」

俺は左手に持つ袋を持って後退りして尻もちをつく。

そんな俺の元にネッツが近づいてきて心配そうに目を合わせてきた。

「は、悠さん……どうして泣いてるんですか」

「ック。何でも、無いです」

女の子に暴言を吐かれたから何て死んでも言えない。

「満足だろ! 報酬はいらん! もう帰る! じゃぁな! このキモブタザル!」

フォーマントはフードを深く被って森の闇に溶けて消えてしまった。

「は、悠さんッ!」

そう言って慰めなのかネッツが抱きしめてきたが、むしろ情けなくて死にたくなった。

「ん、ネッツ。離れて」

そんなネッツをメーヒェンが引き剥がし、ようやく話が進む。

「結局、こいつしか答えがないなんて……」

「でも、皆さんが攫われた時に悠さんだけ置いて行かれたんですよね?」

「はい……振り出しですよ……はぁ」

そんな時、袋が勢いよく宙を舞い中からガプフェルが出てきた。

「こ、これがガプフェルさん、ですか」

「はい、なんか見張り役で残されたんです。だから逃げないと思いますよ、多分」

ガプフェルは久しぶりの外だからか、パタパタと楽しそうに飛び回る。

「あれ、ガプフェル」

しかし、そうメーヒェンが言うと、ガプフェルはビクッと体を震わせて恐る恐るメーヒェンの方を向いた。

明らかに、目が泳いでいる。

ガプフェルは体ごとブルブル震わせて分かり易く怯えている。

「久しぶり……おいで」

「何だ、知り合いだったのか?」

「うん、一年くらい一緒だった。急に消えちゃったんだけど」

「へーそうだったんですね。私、見覚えないです」

と話している間もガプフェルは来ようとしないので、メーヒェンは痺れを切らしたのか、俺の頭を踏み台に、ガプフェルに飛びついた。

その瞬間。

ガプフェルがクルクル空中で舞うと、ある程度の高度でパタパタと止まり、我を忘れたかの様に、瞳すら動かさず止まってしまった。

「あれ、どうしちゃったんでしょう」

「さぁ……おーい」

俺とネッツはその以上に気が付いて目の前で手を振ったり、驚かせようと猫だましをしたりする。

そんな中、ガプフェルの上でメーヒェンが姿勢を整えてからバッとガプフェルの瞳を覗き込んだ瞬間。

ガプフェルはさらに体を震わせて、遂に一家が攫われた時と同じようなブラックホールを出現させたのだ。

ネッツがそれに真っ先に吸われそうになったのを、俺は手を掴んで引っ張るが、直ぐに俺も足が浮いて吸われてしまう。

その手をネッツが取ろうとしたのを俺は避けて叫んだ。

「大丈夫! 俺の家族は、俺が救いますから! ここまでありがとうございました!」

「嫌ですよ! ここでお別れなんて!」

そう聞こえたのを最後に、声が先に届かなくなってしまう。

無音の中、何があったのか気が付くとメーヒェンに髪を引っ張られて進んでいる。

本当に何があったのか分からないが、よりによって髪を引っ張るのは止めてほしかった。

しかし、俺は外を見るのを止めない。

ネッツが入ってくるのが怖かったからだ。

そんな時、ネッツがライターに体ごと引っ張られてブラックホールから助けられるのを見て、安心して暗闇とメーヒェンの方を向きなおした。

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