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一家転生  作者: RYO
4/5

4.復興の開始とファゥルの過去

暗闇の中、周りからは喧騒が聞こえてくる。

そのせいで俺は意識を取り戻し、しかし体が重いせいで目は開けないでいる。

次第に、意識だけでなく体の神経が繋がって、感覚が戻ってくる。

……誰かが右手を強く握っているのが分かる。

俺はさらに目を開けるのが面倒臭く感じてしまう。

何か恥ずかしいし、もう一眠りして隙を見て起きよう。

そう思ったのだが、お腹に誰かが乗ってきたのか、鈍い衝撃が走って「うっ」という声を漏らしてしまった。

「ネッツ……起きた」

お腹の上から、メーヒェンの声が聞こえた。

「え? 本当ですか?」

右からネッツの声が聞こえてきて、手を握ったまま俺の肘を曲げて、体を前のめりに覗き込んで来るのを感じる。

「さっき……声が聞こえた……」

「寝言では無いのですか?」

「……んん」

俺の両頬に柔らかく小さく冷たい手が触れたかと思ったら、少しして抓られたような鈍い痛みが走った。

「イタタ」

あまり痛くない筈なのに、ついオーバーすぎるリアクションで俺はメーヒェンの腕を優しく掴んだ。

「あ……本当ですね」

メーヒェンはジト目で俺を睨んで、ネッツは驚いたように目をまんまるにしている。

「……寝すぎ」

メーヒェンはそう言って俺の手を払うと、ひょいと俺の上から飛び降りた。

その直後、ネッツが手を離して思い切り抱き着いてきた。

「いやぁ! 良かったです! 本当に!」

「ちょ、ちょっと待ってネッツさん! 今の状況を教えて!」

そう言いながら、さらに力を増してギュゥという音を立てているネッツを落ち着かせるために、俺は今の状況を聞くことにした。

すると、思った以上に力が入っていたことに気が付いたのか、ネッツはパッと俺から離れると、奥の方に顔を向けた。

俺はその方向を見るために上半身を起こす。

すると、そこにはどういう原理か壁に縫いつけられたファゥルと、たくさんの人達が群がっていた。

「あの後、囚われていた男性たちがファゥルを拘束し、他の女性や子供たちを解放した後、街に戻ったんです」

「なるほど、良かったです」

確かに、気を失う前に見たむさ苦しい光景とは違って、女性や子供たちの姿も見えた。

「そして現在、皆さんで街の復興に当たっているんです……が、余りにも物資がなくて困窮中、って感じです」

「そうなんですね……ところで一つ、聞きたいことがあるんですが」

俺はひとまず胸を撫でおろしたが、それよりも気になるものが目に入ってきた。

「はい? 何ですか?」

「あれ、何してるんですか?」

俺が指さした方向、そこには俺以外の高木一家が、沢山の人や子供たちに囲まれて、各々何かをしていたのだ。

父さんはむさい男たちのキラキラした目に囲まれて何か会話をしていて、伶音は何かエレキギターの様なものをおじいさんに手渡されて、目を輝かせている。

その少し奥で、稟花姉は小さなテントで炊き出しの様なことをしていて、あのイディオがその手伝いをしている。

「いやぁ、私、感動しました。もしも、あなた達高木一家様が居なかったらと思うと」

ネッツの方を見ると、安心したような、優しい目を街の方に向けている。

要するに、高木一家が復興の手伝いや交流をしている、ということだろう。

しかし。

「あの、母さんはどこに居るんですか?」

「え? お母さまですか? 先程まで、衣服を作っておられましたが……」

俺とネッツはキョロキョロと辺りを見渡して、母さんを探す。

「あ、居ましたよ、お母さま」

すると少ししてネッツはそう言いながら、ファゥルの方へと指をさした。

その方向を凝視すると、人混みの中に確かに母さんの姿を確認できた。

しかしどうしてか、ハンカチを持って涙を拭うような仕草をしている。

「何で母さん泣いてるんだろう」

「……行ってみますか?」

ネッツはそう言って、手のひらを上に向けて俺の方に差し出してきた。

俺はネッツの方を見て目を合わせる。

すると、ネッツは優しくにっこりと笑い「行きましょう」と言ったので、俺は素直に手を乗せ、ブルブルと震える足を何とか地面につけてゆっくり歩き始める。

「あ、そうでした。これ、どうぞ、稟花さんからです」

と、その直後に立ち止まってネッツは懐から小さな飴のようなものを取り出して俺に差し出してきた。

「これ、何ですか?」

「きっと、傷が少し治る的な奴? だと思います……すみません、忘れてました」

素直に謝るネッツをなだめつつ、俺は飴を口に放り投げる。

その飴はとんでも無く硬く、とてもかみ砕けるものではないが、溶けていくにつれて少しずつ体が楽になるのを感じる。

「ありがとうございますネッツさん、もう歩けそうです」

どうやら末端から効いてくるようで、直ぐに歩けそうな気がした俺は、ネッツの手をスッと離して、自立して歩き始める。

ゆっくりと、風を感じて歩くと、久しぶりに気持ちが良いと思えた。

「……本当に、稟花さんの料理には頭が上がりませんね」

地面を見て立ち止まるネッツに俺は手を差し出す。

「すみません、まだファゥルの所までは行けそうにないので……支えて貰っても良いですか?」

俺がそう声を掛けると「はい!」と言って直ぐに駆け寄って手を掴んでくれた。

それからしばらく、ファゥルの所までゆっくりと進んで到着する。

人混みを掻き分け、母さんのところまで辿り着いたが、道中どうしてか泣いている人が多く居た。

「母さん、何があったの?」

俺は母さんの右に立ち、そう声を掛けると、少し肩をビクッと上に跳ねさせて、驚いた顔を俺の方に向けた。

「悠くん! 良かった無事で」

抱き着いてくる母さんを支えられず後ろに倒れそうになる俺を、ネッツが後ろから背中を支える形で何とか耐える。

しかしネッツの腕は明らかにプルプルと震えていて、これ以上耐えられそうもない。

俺は直ぐに母さんを押し返し、態勢を整える。

「お、落ち着いて母さん」

未だに抱き着こうとしてくる母さんを片手で制しながら、そう叫ぶと、母さんは直ぐにハッとなって冷静になった。

少し顔を赤らめながら、ネッツに謝罪を始める母さんに、同じ質問をした。

「で、母さん。何があったの?」

聞くと、母さんは神妙な顔になり、また泣き出しそうな顔になる。

「それがね、悠くん。ファゥルというゴブリンはね、只の悪人、って訳じゃ無さそうなの」

母さんは顔を上げ、ファゥルの方を向いたので、俺もを向くと、目を覚ましていたらしいファゥルは、俺の方をジーっと見てきていた。

その目は怒りなどの感情はなく、どこか申し訳なさそうに見えた。

「一体、どういう事なの?」


俺は、それから母さんとネッツにファゥルの過去について全て聞かされた。

俺はその話を聞いて、母さんの言った通り、只の悪人では無いと思えた。

これから、一から説明しようと思う、ファゥルという名の、哀れで孤独な復讐者の過去を。


今から三十八年前、ファゥルは本名、ディレッヒャーとしてこの世界に誕生する。

その時はまだ魔王がこの世界を統制仕切っておらず、人間と魔物の戦争が各地で繰り広げられていた。

ファゥルの居たゴブリンの一族もまた、人間の街を襲う魔物の一つだった。

しかし、ゴブリン一族はどういうわけか魔王から認められてはおらず、せいぜい小さな田舎街を攻撃する程度の仕事しかさせてもらえなかった。

それから十四年の時が経ち、魔物側は優勢になりつつある状況の中で、ゴブリンの戦士の一部が、未だに田舎町しか攻撃させてもらえないことに不満を持ち始めていた。

ファゥルの一家は戦士の家系ではないため、このままでもいい、そう考えて魔王城から少し離れた集落でひっそり暮らしていた。

そんな時、次の任務書が集落に届くと、街の戦士たちが怒号を上げた。

どうやら、またしても山奥の小さな町を攻撃しろとの命令が来たようで、それに不満の声を上げたのだ。

そして戦士の一部が魔王様に講義をしに行くと、そう言い始めたのでファゥルの父親や、それに反対する者が、戦士に言い寄って、その愚行を止めようとした。

すると、あろうことか先頭に立っていたファゥルの父を、戦士のリーダー格の男が剣で切り付けたのだ。

それを見た住民は皆一歩後退りし、距離をとる。

そんな中、泣き出すファゥルの母と、今にも意識の無くなりそうな父のもとに駆け寄るファゥルは「どうして、仲間にこんな事が出来るんだ!」と強く叫んだ。

しかし、戦士はまた剣を振り上げる。

どうやら、ファゥルをも切る気らしい。

そんなファゥルのもとに母は駆け寄り、命乞いをした。

ファゥルはそんな母の胸の中で、下唇を強く噛み締め、何が本当の正義なのか涙を流して考える。

戦士を何とか説得した母は、ファゥルや、父と仲の良かった者たちと一緒に火葬した。

その際に、魔王城への旅の支度を整えた戦士たちが、唾を吐き捨てて通り過ぎるのを、ファゥルは黙って気持ちを押し殺しながら見ていた。

それから数日間、ファゥルと母は周りに介護されながら何とか生活出来ている状況だった。

そんな時、空気が突然重く、暗くなり、その異様な雰囲気に町の住人たちは家を飛び出して魔王城の方を見た。

すると、町の戦士たちが血を流しながら、傷だらけで走ってきているのが見えた。

その恐怖に引きつった顔の戦士を見たのは初めてで、ファゥルは何故か高揚し、ざまぁみろ、そう思った。

が、そんな考えも一瞬でかき消される。

戦士が集落の門を潜ろうとしたその時、目の前で居なくなってしまったのだ。

泣き叫ぶ戦士の声が一瞬にして消え、姿さえも見えなくなったことに、集落の全員が息を飲んだ。

するとしばらくして、重い空気が集落全体を十分に覆い尽くしたころ、門の先に、あろうことか、魔王やその幹部たちの姿が見えた。

一体こんな集落に何の用事があって来ることがあるのだろうかと、住民の全員がそう考えるが、その後の魔王の言葉で、絶望した。

鼓膜が裂けそうな程の大きく重い声でこう言ったのだ。

「我が命令も黙って聞けぬ戦士も! その一族も! いや、種族そのものの! 存在を私は認めない!」

大きく息を吸い、さらに大きい声で。

「自らの力の小ささすら把握できないような! 愚かなゴブリン一族を! これから撲滅する! これも我のため! そう悪く思うなよ」

それからは地獄の様な光景だった。

知り合いのお兄さんも、おじいさんも、友達も皆目の前で消えるなり、燃やされるなり、吹っ飛ばされるなり、力の限りで攻撃を仕掛けてきた。

その際「余り時間もかけれん! 黙って目の前に来てくれ!」とそう心の無い声が聞こえた。

ファゥルは不思議に思った。

どうして、こんな奴に忠誠を誓うのかと。

ファゥルは母に腕を引っ張られて逃げ惑う中、魔王のことを睨みつける。

今では考えられないが、当時のファゥルに積もった恨みや憎しみは、魔王に対する恐怖をも凌駕するものだったのだ。

その際、ファゥルは見つける。

魔王の横に立つメイドが大切そうに抱えている、赤ちゃんを。

そして魔王が「メーヒェン、見ていろ、これが力だ」とそう言っていたのを。


何も飲まず食わずで雨に打たれボロボロになりながら、ファゥルとその母は何とか生き延びることができた。

知り合いもいない、頼りにできるものは何一つない。

絶望の中、ふたりは深く暗い森を歩き続ける。

するとしばらくして、森を抜け明かりが見え始める。

そう、そこはスラム街アーランド。

人間の街の中でも経済的迫害を受ける、古く錆びだらけの金属で、歯が軋むような空気の流れる所だった。

二人はその街を見つけたはいいものの、入る勇気が持てない。

夜まで待って明かりも消えたころ、二人は食料や水を求めて彷徨う。

しかし、そんな時、暗い路地を小さな動物が箱をなぎ倒しながら、キャッキャッと駆けて行った。

その物音に、とうに限界を超えていた二人は気絶してしまう。


次に目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

上半身を起こし、隣に寝る母を見てファゥルは安心するが、直後にドキッとして心臓の動きが早くなる。

「ここは……人の里か……!?」

ファゥルは飛び上がり、母さんを起こそうと「母さん! 母さん!」と力一杯に揺すって起こそうとする。

そんな時、奥から人影が近づいてくるのが見えた。

ファゥルはそれに恐怖し、後退りで壁に思いっきり激突するが、その痛みも気にならない程怯えていた。

そうして、やってきたのは、小さく背も曲がった、白い髪と髭を伸ばした老人だった。

この人間なら倒せる。

ファゥルはそう覚悟を決めたが、その老人と目が合うと「お! 目を覚ましたか!」と満面の笑みを浮かべたのを見て呆気に取られてしまう。

「そうじゃ、今からご飯を持ってきてやるからの!」

そう言って老人はその歳では考えられない程の機敏な動きで、どこかに行ったかと思うと、直ぐにファゥルのもとへと戻ってきた。

手には、少しカビの生えた緑がかったパンと、穴の開いたチーズが握りしめられていて、ファゥルは母さんを今度は優しく起こすと、涙を流しながら食べた。

心の中で、魔王と人間、どちらを信じれば良いのか、子供の頃から教え込まれたことは違っていたのか、ぐちゃぐちゃになって分からなくなっていた。

でも、今は。

生きていることがとても嬉しかった。

それから老人は少ししてスープまで持ってきてくれた。

母さんと「温かい、ありがとう」と感謝を辞めずに食べ終えたころ。

老人のお腹がギュルギュル~、と音を立てて鳴った。

ファゥルと母は、目を見開いて仰天する。

「あ~……気にすることは無いぞ! これは癖じゃよ、癖!」

そう言って、背をピンとして両手を曲げて上にあげ、スクワットを始める老人に、笑顔まで貰った二人は、何か手伝えることはないか、感謝を形にして返すことを決めた。


それからというもの、二人は驚く程に街に溶け込み、街の人もまた、快く迎え入れてくれた。

そんな街で仕事を手伝いながら、二人は集落に居た時よりも充実した生活を送っていた。

そんなある日、街を耳の痛くなるような甲高い鐘の音が鳴り響いた。

「都市部の戦士が来るぞ! 村長以外は家に避難しろ!」

何故町全体が隠れなければいけないのか、その時のファゥルは理解できなかった。

二人は老人の家に隠れた。

しかし狭く隠れる場所も少ないので、ファゥルはタンスに、母はチェストボックスにすっぽりと隠れた。

そしてしばらくの沈黙が流れる。

と、それを切り裂くような悲鳴が聞こえてくる。

「村長!」

「おじいちゃん!」

その次に叫び声。

「早く、ゴブリンを出せと! そう言ってったはずだぞ!」

「だから、知らないって! 言ってるでしょう!?」

ファゥルは自分のせいで、あんなに良い人であった村長が斬られたと、心臓がキュッと痛くなって、涙がボロボロと零れた。

「なら仕方ないか! お前ら! 一軒一軒探して回るぞ! 情報を出さない奴は斬って構わん!」

それを聞いて、ファゥルは家を飛び出そうとした。

しかし、玄関で待っていた老人に止められた。

「なんで! なんでとめるんだよ! 知り合いが! ともだちが! 斬られてもいいのか!」

ファゥルは強く叫んで、老人を蔑んだ。

しかし老人の手は震えている事に気が付いて、顔を見上げる。

「誰も……罪のない人間を、犠牲にできない、そんな奴等が集まってできた街、それがアーランドなんじゃよ」

するとそんな時、家の玄関がドンドンと強く叩かれた。

「おい! 開けろ! さもなくば叩き切るぞ!」

老人はファゥルの背中を強く押して、また隠れろと促してきたので、ファゥルは素直に従った。

街の、罪のない老人を傷つけないだろう。

そう思ったが違った。

部屋に入ってきた戦士が、血だらけのぼろ雑巾の様になって脱力している老人を摘まみ上げていたのだ。

流石のファゥルも、そのショックは大きかった。

頭に血が上って、何も考えられなくなる。

「アイツを……殺す!」

小さくそう言って飛び出そうとしたその時。

チェストボックスに隠れていた母が突然飛び出して、戦士に飛びかかったのだ。

ファゥルはそれを見て唖然とし、何故か冷静に、いや、絶望した。

戦士は母を薙ぎ払い、そんな母がファゥルの隠れていたタンスに叩きつけられた。

ファゥルは母を助けようと飛び出そうとするが、母がタンスを押さえているのか、どれだけ押しても出ることができない。

「母さん! そこ、どいてよ!」

「ファゥル……貴方はこの街の人と、良い人や魔物と、楽しく暮らしてね……お母さんには、出来なかったから」

二人は泣いていた。

ファゥルは脱力し、背中をタンスの奥へとつけて泣く。

声を出したらバレるとか、そんな考えにまで及ばない。

そんなファゥルを気遣ってか、母は大きい声で叫ぶと、戦士の頭を鷲掴みにして部屋を出て行った。

その戦士がリーダー格だったのか、他の雑兵もそれを追いかけるように出て行った。


ファゥルはその後泣き続けた。

意識がなくなるまで、声が出なくなるまで、目から血が出るまで。

幼いファゥルにはこの数日間の出来事の負担は計り知れないものだった。

目を覚まし、外に出ると、そこには村長と老人、その他の犠牲者、それに……母の亡骸もあった。

ファゥルは静かに近づき、枯れて何も出ない自分が嫌になって、血が出るまで強く手のひらを握りしめた。

周りの住人も、そんなファゥルを静かに見守っている。

その街の全員、ファゥルの責任だとは思っていなかった。

むしろ「ごめんな、ファゥル」とまで言い出したのだ。

その言葉を聞いたファゥルは、ふざけるな、そう思った。

何で自分は許されているのか、不思議でしょうがなかった。

この街に必要な人間が多く死に、何で自分が助かって、どうして謝られなければならないのか。

ファゥルの中で、えもしれぬ怒りが沸々と湧いてくる。


その時、ファゥルは誓った。

この街は、自分の手で守らなければならないと。


「それから、あの洞窟で暮らすようになったんですね……」

「うん……そういう事みたい」

俺と母さん、ネッツは地面にお尻をつけて座り、ファゥルを見上げる。

周りの人たちは、気付けば居なくなっていた。

その際に各々がファゥルに励ましの声をかけていたので、アーランドが話の中で出てきたような街であることは明らかだった。

「ネッツさんはその時にファゥルに出会ったんですね」

「はい……だから、私の手でファゥルを止めるのは」

「そんな過去を知っていたら、確かに、難しいかもしれないですね」

しかも、街の囚われていた人たちのほとんどは、ファゥルに従うままに行ったというのだから驚きである。

「でも、さっきの話で一つ聞きたいことがあるんですが……」

「はい? 何でしょう」

「いや、これはファゥルに直接聞くべきかもしれません」

俺は立ち上がり、ファゥルの目を見つめる。

「なぁ、ファゥル。話の中でメーヒェン、って赤ちゃんが出てきたが……それは、今俺たちといるメーヒェンなのか? とてもそんな年齢には見えないんだが」

俺が聞くと、ファゥルは前のめりになるのをやめて、背を正し天井を見上げた。

その際に縫われていた箇所がビヨンと垂れて、不格好になった。

「……俺は、間違ったことをした」

ファゥルは重い口を開け、低く地響きのするような声で話し始める。

俺たちは、それを静かに聞く。

「……幸せや、平和って言葉に執着して……周りの事なんて一つも考えちゃいなかった」

ファゥルはゆっくり顔を動かし、目線を俺たちの後方に向けた。

俺たちもそれに合わせて振り向くと、そこにはメーヒェンが稟花姉の料理を子供たちと食べていた。

「……アイツの事も、魔王の娘としか見てなかった……とにかく、憎かったんだ……魔物共と、この街を傷つける人間が……」

改めてファゥルの方を向くと、目を瞑っていた。

「だがもう、その必要もない……思い出した、この街の人間の強さを……今じゃお前たちみたいな不思議人間達も居ることだしな」

ファゥルは目を開け、無くなった片足を見つめる。

「お前たちは俺を止めてくれた、この恩は一生忘れねぇ……だけどよ、アイツ―――レイブンサイト・クロイツ・メーヒェンについて、俺から離せることはねぇ」

申し訳なさそうな顔をしながら、俺たちの方を向くファゥルが、少し可笑しかった。

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

俺は笑顔で返すと、ファゥルは気持ち悪いものを見るような顔になった。

さっきまで闘っていたんだ、仕方がない。

「えっと……じゃあもう、ファゥルちゃんは解放しちゃっても良いよね?」

そう言いながら、母さんは金の針を取り出した。

すると、ファゥルは「やめてくれ」と糸を解こうとする母さんを止めた。

「どうして?」

「まだ……今はまだ、俺を恐れる人間、特に子供は大勢いる……それに、俺自身も怖い。しばらくは、このままで放置しておいてくれ」

そう言われて、どうしたもんかと母さんは俺たちの方を向いた。

それに答えたのはネッツだった。

「お母さま、ファゥルの言う通りにしましょう。大人は大丈夫でしょうが、幼い頃から囚われていた子供たちに理解されるのは、もう少し掛かりそうですし」

言って、ネッツは母さんの前に出てファゥルの足に触れた。

「ファゥル、これから貴方は、理解されるように努力しなさい……そして、もう二度とこのような過ちを犯さないでください」

俺は目を尖らせて怒った顔をするネッツの横顔を見て、こんな顔もできるんだ、と思った。

「あぁ、おめぇに言われなくてもそうするよ」

先程とは打って変わって、ネッツに対しては口角を上げて煽るようにそう言った。

そんなファゥルに対して、ネッツは怒ったのか次の瞬間、ファゥルの周りを目に見える程の電流が走った。

しかし直ぐにそれも止み、ネッツは脱力してしまう。

母さんが何とかそれを支えたが、無理な態勢だったのか二人とも地面に倒れてしまう。

俺は良くなって来た体を動かし、二人を起こして、動けなくなったネッツを背負って横にできる場所を探しに歩き始めた。

そんな俺の背中に、ファゥルは最後に「そいつを……たのむぞ」と言って、気絶してしまった。

仲が良いのか、悪いのか。

俺は二人の不思議な関係に「ふっ」と小さく笑ってしまった。

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