表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一家転生  作者: RYO
3/5

3.ファゥルと謎の男

しばらく無言の中、ドゥムの持つ明かりだけを頼りに闇の中を進んでいくと、木製の大きな扉が見えてきた。

後ろから父さんたちが来ることを期待したが、分岐がいくつもあったので多分無理だろう。

一応、ボロボロの布を小さく破りながら落としていたが、風に飛ばされてどこかに行ったか、そもそも真っ暗なので気が付かないか、どっちかだと思う。

ドゥムは立ち止まり、扉をリズム良く叩いた。

すると、扉はガッガガと鈍い音を立てて開き、ドゥムは中に入って行ったので、俺もそれに続いた。

扉の内側を見ると、滑車とロープが繋がれていて、それを布のズボンだけを履き、帽子を深く被った上半身裸の男が引っ張っていた。

体格は筋肉質で背も高く、影になり見えない顔の唯一見えた口を横一文字に固く結んでいた。

俺が中に入って、先に進むドゥムについて行くと、扉はまた鈍い音を立てて閉まった。

「ファゥル様! 侵入者を連れてまいりました!」

進んだ先でドゥムがそう叫ぶと、洞窟の左右の松明が突然燃えて、辺りを照らした。

そうして先の方が見えるようになったので、奥の方を注視すると、そこには巨大な椅子がおいてあり、ファゥルが偉そうに座っていた。

横にはすでに、ネッツと母さんが縛られて座っていた。

「おぉ、ドゥム! 良くやったな。そこで待っていろ!」

「キヒヒ! 分かりました!」

ファゥルに褒められて、ドゥムは嬉しそうだ。

そんなドゥムは俺の方を向いて睨みを利かせてきた。

「キヒ、本来なら縛り付けてやりた所だが……今のお前は客だからな。そのかわり、動くんじゃねぇぞ」

ファゥルの前だと性格が変わるのか、口調が先程とは違うドゥムに俺は動揺したが、会社にもこんな奴が居たので、どこにでも似たような奴は居るんだなと感心した。

「動かねぇよ」

俺は、何故か奪われない鉄パイプを強く握りしめてドゥムと睨みあうと、静寂の中奥のファゥルの会話が聞こえてきた。

「……おい、ネッツ。そろそろ吐いたらどうだ? あのガキ《・・・・》はどこに行ったんだ?」

「……何度言ったら分かるの? あの娘に罪はないの、諦めたらどう?」

「チッ……まぁいい。喋りたくなるようにしてやるよ」

ファゥルは立ち上がり、その巨体を露わにした。

遠目で見たことしかなかったが、想像以上の大きさだった。

パツパツの汚い布の服とズボンを履いており、体のしたから半分は露出していて、立派な出べそは飛び出している。

そんなファゥルは、付近に適当に地面に突き刺さっていた斧を一本抜くと、俺とドゥムの方へ歩いてきた。

一歩歩くごとに、地響きが鳴り、揺れた。

しかし、ドゥムは飛んでいるからか、ファゥルが近づいて来ていることに気が付いていない。

「キヒヒ、どうした? 奥のファゥル様が怖いか?」

俺の視線が奥に向いたことに気が付いたのか、ドゥムはそんなことを言った。

ドゥムは振り向き、既に真後ろまで来ていたファゥルの顔を見上げた。

「キヒヒ! すみませんファゥル様、もうやってしまわれるのですね」

ドゥムはどうしてか声を震わせ、怯えたようにしている。

「あぁ、ドゥム……お前は、役に立つ」

重く、地響きの様な重い声で、ファゥルはドゥムを見下ろして話しかける。

ドゥムはそんなファゥルの顔の高さまでふわふわと浮きながら返し始める。

「キヒヒ、ファ、ファゥル様……すみません、近くまでいらっしゃっている事に気が付かず……前に立ってしまい」

「あぁ……なんだぁ、そんなことか」

「お願いですから、ポップ《・・・》のようには……」

そのドゥムの言葉を聞いてか、ファゥルのオーラが急に増したように感じる。

ゴゴゴゴという音が聞こえてきそうなほど、歪で紫色のオーラだ。

「ドゥム……お前のさっきまでの行動は、俺に利益のある、有意義な行いだった」

「キヒヒヒ! 勿論です、ファゥル様のためなら……あ、そうだこの男にはのうりょくぐあわぶ」

ファゥルはドゥムの頭を大きな手で鷲掴みにした。

「だがな……お前は今、俺にお願いをし、そして思い出したくもないポップという名を口にした……それは、許される行為か? ドゥムよ……」

ドゥムはバタバタと抗い、ウゴウゴと何か言いたいようだが、口がふさがれているようで、何も発言できていない。

「……残念だ。息子を、消してしまう様なものだ」

直後、ドゥムの手は紫色になり、その色はドゥムを包んでだ。

そして、ドゥムはただの抜け殻になった。

ファゥルはドゥムだった人形を離すと、俺の目の前にポトンと落とした。

俺は後退りし、距離をとる。

「どうしたぁ! ビビってんのか!」

大きな声で、唾を飛ばしながら、目を見開いてそう叫ぶ。

それを皮切りに、戦闘が始まった。

ファゥルは斧を大きく振り上げ、凄い速さで振り下ろしてきた。

俺は何とか後転してゴロゴロと攻撃を避けた。

斧を中心に砂塵が舞い、視界が悪くなる。

よく見ると、斧は固い地面を抉り取り、刺さってすらいない。

あんなの食らったらひとたまりもない。

アダムで何とか受けきれた俺が、受け止めれる筈はない。

人形なんて、ファゥルからしてみればただの人形に過ぎなかったのだ。

俺は立ち止まることなく、右方向に大きく回ってファゥルの後ろを取ろうとする。

しかし、その巨体から考えられない程ファゥルは素早く、俺の前に突然現れた。

人形程の速さではないとはいえ、俺の不意をつくには十分だった。

ファゥルは既に斧を横に振っていて、俺の方へと勢いよく攻撃してきた。

俺は避け切れないと思い、鉄パイプを縦にして、斧の方向へ持っていく。

右腕の内側に左腕を持ってきて支えとし、体を捻って足二本が浮くようにして受ける。

衝撃を体に受けるより、吹き飛ばされた方がダメージが少ないと考えたからだ。

しかしそんな心配も無用だった。

俺の右腕と鉄パイプはほぼ同時に温度を上げ、斧にぶつかった瞬間に溶け、ドロドロになった。

ファゥルは違和感に気が付いたのか、直後に斧を止め、上から覗き様子を伺ってきた。

「あぁ? 何だ、これは」

人の形に溶けた斧を、持ち上げて不思議そうに眺める。

「うぉりゃああぁあ」

俺はその隙にファゥルの足元まで滑り込み、松井もビックリのスイングを右足の腱めがけて振り切った。

「イっっダダ!」

温度が高い間に攻撃できたのか、肌が薄い部分だからか、鉄パイプは肌を貫通して、ファゥルの肉体に直接攻撃することができた。

ファゥルは右足を両手で持ち上げ、仰向けにひっくり返って倒れた。

「はぁ、はぁ。何とか、効いたか」

俺は息を切らしながら、距離を離す。

「悠さん! 気を付けて」

左からネッツの声が聞こえ、俺はファゥルの方を顔を上げて見る。

すると、どうやら既にファゥルは起き上がっていたようで、その巨体を宙に浮かせて、右腕を振り降ろしてきていた。

俺は潰されるすんでの所で回避し、到底拳を地面に打ち付けた時に鳴らないであろう爆音と、巻きあがった砂塵に紛れて隠れる様に走る。

既に鼻で呼吸できる程の運動量では無いので、俺は着ていた服のジッパーを限界まで上げて、鼻と口が隠れるよう深くかぶる。

「ガハハァ……どこ行きやがった!」

ファゥルは巨体のため砂塵の中でも容易に位置を把握することができるが、ファゥルは起き上がっても俺の場所が把握できていないようだ。

俺はファゥルの後ろを取るように動き、何とかもう一度温度を上げようと右腕に集中する。

しかし、温度は昨日とは違い少しずつ上がっているが、ファゥルにダメージを与えられる程ではない。

俺は慎重に動き、その時を待つ。

「ガハハハハハ! 隠れても無駄だぞぉ? 俺ゃ人質取ってんだぜ、一緒に来てたってこたぁ、この女……割と大事な奴じゃぁねぇのかよぉ!」

ファゥルは突然走り出し、母さんの体を大きな手で鷲掴みにして持ち上げる。

母さんは先程から気絶していたようで、ぐったりしている。

「ちょっと、ファゥル! 卑怯じゃ無いですか!」

「ガハハハ、黙ってろよ、フラウ・ネッツ!」

その会話だけが聞こえ、前にゆっくり近づいていくと、ネッツは「うぅ」と下を俯いていた。

しかし、このままでは母さんがマズい。

「おい、ファゥル! コッチだぞ!」

俺はある程度離れた位置で、安全の上でそう言ったつもりだった。

しかし、俺の声を聞いてファゥルはニヤリと不気味な笑みを浮かべ、鋭く尖った吊り目を俺の方に向けてきた。

「そこかぁ!」

ファゥルは動き出し、付近にあった巨大なつるはしのような武器、ウォーピックを左手で取り出すと、片手で自信満々に横に大きく振って攻撃してきた。

しかし、どう考えても届く距離ではない。

俺はとりあえず鉄パイプを構え、次の攻撃に備えようとした。

しかしその考えは覆される。

なんとファゥルの振ったウォーピック、伸びたのだ。

俺の方まで、優に届く程に。

俺はそんなこと予想だにしなかったので、避けれる態勢ではない。

しかも、武器のスピードが早すぎるせいで、その考えにすら至っていない。

今まさに、こめかみにウォーピックが突き刺さる。

その時。

トン、と俺の背中を何かが押した。

触られたことのない感触の何かに押され、俺の背筋に悪寒が走ったが、それも後頭部をギリギリのところでウォーピックが通り過ぎ、どうでも良くなった。

ファゥルは当たった感触がないことを不審に思ったのか、急いでウォーピックを縮めると、ドスンドスンと俺の方にに近づいて来た。

右手にはまだ母さんが捕まったままだ。

まずは母さんを助けないと。

「悠兄! 大丈夫かぁ!?」

遠くの入口から、伶音の声が聞こえ、俺はそれに驚いて勢いよく振り向く。

砂塵の中見えた影は、伶音と何か布のようなもの持った稟花姉、そして荷物とメーヒェンを背負ったままの父さんが居た。

「悠君! まだ生きてる!?」

伶音と稟花姉は、俺の影を見つけたのか、駆け足で近づいてくる。

「待ってふたりとも! ここは危ない!」

俺が叫ぶと、頭上に影が差し、ファゥルの声が聞こえた。

「あぁ? 何だぁ? まだ居やがったのか……報告には無かったがなぁ……まぁ、いいか」

ファゥルの影が伸び、俺ふたりから目を離し、ファゥルの方を見上げる。

すると、既にファゥルはウォーピックを上に構えていて、勢いよく振り下ろしてきた。

俺が避けると、ふたりが危ない。

俺は受ける態勢を取って、鉄パイプを上に構えると、息を吐いて右腕に集中する。

すると、先程まで上がっていた温度に合わせ、何とか思い通りに温度を上げることができた。

しかも、今までにない温度、感じたことのない興奮と煮えたぎるような血液の流れを感じた。

「グオォォオオオ」

「クッソがァ!」

ウォーピックの先端が鉄パイプに触れると、衝撃を感じる間もなく瞬時に溶ける。

俺はその溶けた質量も感じない鉄の残骸を振り払うと、ファゥルの元、ではなく伶音と稟花姉の元へと走る。

その間に、右腕の温度を平均まで下げる。

「悠兄!」

「悠君!」

俺はふたりが手を上げて名前を呼ぶのを無視して両手で持ち上げる。

ふたりとも引きこもりニートのやせ型で本当に助かった。

俺は父さんであろう影を見つけて走るが、何故か影が二つ見えた。

しかし止まることは出来ないので、姿を確認するまで近づく。

「ちょ、ちょっと悠兄! どうしたんだよ!」

「悠君!? こんなに力持ちになったんだね……」

稟花姉は何故か少し泣いている。

父さんの姿が見えてくると、その向かいに立っている自分物が見えてきた。

その人物とは、門を開閉していた謎の男だった。

「父さん!」

俺がそう叫ぶと、父さんは左手の平を突き出して、俺に止まるよう指示を出してきた。

何やら謎の男と父さんは会話をしていたらしく、口元が動いていたが、突然謎の男が膝をついて土下座し始めた。

「すまない! この通りだ! ファゥルを、どうにか倒して欲しい!」

俺は伶音と稟花姉を下に降ろしてから父さんの元へと近づいて、事情を聴く。

すると、父さんは大きな粒の涙を零して泣いていた。

「父さん、何があったの?」

「……あぁ、だが、一から説明している暇はなさそうだ……」

父さんは俺たちの背後のファゥルへと視線を向けた。

すると、突然目を見開き、怒りのどす黒いオーラを纏い始めた。

「お母さん……」

どうやら、父さんはファゥルの右手に捕まっている母さんを見つけたようだ。

父さんはリュックサックをドスンと下に落とし、メーヒェンを優しく俺にお姫様抱っこで渡してきた。

「父さん、ちょっと待って」

歩き出す父さんに声を掛けるが、目つきは悪くなっていてオーラも増している。

どうやら、声は届いてないようだった。

「やはり……あの人は凄い」

気付くと謎の男は立ち上がっていて、感心した様な口元をしてそう言った。

「……貴方は、悠さん……ですよね。貴方には、事情を簡単に説明しておきたい」

そんなことを言う謎の男の方を向くが、今はそれどころではない。

父さんの攻撃が通用するか分からないからだ。

無謀に突っ込んで、命を無駄にするのを黙って見ておくわけには行かない。

俺は、リュックサックからレジャーシートを雑に引っ張り出し地面に敷くと、そこにメーヒェンを寝かせる。

「謎の男さん、貴方が誰かは分かりませんが……さっきの会話を聞く限り、ファゥルを倒したいというのは、俺たちも一緒です」

「は、はい……ですが」

「だから、事情はファゥルを倒してからでも、遅くないんじゃないですか?」

俺は会話を切ると、父さんを追いかけるようにして走る。

「よーし、伶音ちゃん! 私たちも行こう!」

「おう、稟花姉! 勿論だ」

俺の後ろに続くように、ふたりも走り出した。

父さんの背中が見えてくると、既に戦闘を開始していた。

父さんのオーラは既にファゥルの右手を捉えていて、いつでも電流を流せる状態だ。

しかも、父さんのオーラがあってか、ファゥルは冷汗をかいていて、怯えている様にも見えた。

「父さん! 大丈夫!?」

俺が聞くと、父さんは真剣な表情を俺達に向けた。

「すまん……どうにか奴の右手に傷を入れてくれないか……母さんを避けてオーラを纏わせるのが、案外難しくてな……」

「よーし! 私に任せて、お父さん!」

後ろから来た稟花姉は俺の前まで走って出てくると、右手に持っていた布切れを前に投げ飛ばし、その後左手でワークショップを前に突き出した。

すると、中心にある宝石が光始め、黒い影が飛び出して、布切れに入っていったように見えた。

その布切れの様子を伺っていると、その布切れは次第に形を取り戻していき、なんとイディオと呼ばれていた、影のような人形の姿になった。

俺はそれに驚いて、戦闘態勢を取る。

しかし、稟花姉はそれを見て目を輝かせ、俺を見て小さく笑った。

「大丈夫だよ、あの子、もう私たちの味方だから」

ファゥルもその様子を見てたようで、怯えた顔から驚きの表情に変わった。

「おぉ! イディオじゃないか!? この大一番! やはりお前しかいない!」

「ククク、ファゥル、さま。俺はな……友を傷つける、お前が嫌いだった……友を……リッヒ《・・・》を、返してもらうぞ」

イディオは体を捻りながら左右に目にもとまらぬ速さで動き、ファゥルの右手に姿を現すと、刀をいつ抜いたかも分からぬ速度で切り付け、ファゥルの右手は切り刻まれて血だらけになった。

イディオでも、あの程度の傷しかつけられないのか。

俺の恐怖したイディオも、ファゥルの防御力を貫通できないと考えると、やはり一人では絶望だったと思い知らされる。

しかし、そんなイディオをファゥルは捉えていたようで、一瞬の隙に左手でイディオを掴み取ろうとしていた。

すると、それに気が付いていたのか、俺の左に居た伶音は一歩前に出て、ポケットから少し大き目のクラッカーを取り出した。

「弾くくらいなら!」

そう言って、伶音がパァンとクラッカーを鳴らすと、その音は目にも見えるくらいの威力まで強くなってファゥルの左手に届いた。

耳鳴りがするほどの音になってバゴォンと鳴ると、ファゥルの左手を大きく弾き、ファゥルは地面にグラグラと倒れそうになる。

その隙に、イディオは稟花姉の所へ逃げ、またワークショップに逃げ込んだ。

俺はファゥルの右手の下まで走る。

「いいよ! 父さん!」

「……頼んだ!」

その会話の直後、父さんはオーラに乗せて、電気をファゥルの右手に流した。

確かに効果があるようには見えない。

だが、確実に傷口に電流が効いているようで、ファゥルはパッと手を開いて母さんを落とした。

俺は母さんを受け取ると、一気に奥まで駆け抜けて、ネッツの元へと到着する。

遂に地面にドンと倒れたファゥルを確認し、俺は無言でネッツの拘束を解いて、メーヒェンと謎の男の元までふたりを担いで走った。

すると、そんな俺をファゥルは倒れたまま顔を動かして見ていた。

しかし、今攻撃することは出来ないはずだ。

俺は、大きく楕円状に回り込んで、メーヒェンの元へと到着する。

母さんとネッツをレジャーシートの上に座らせると、改めてファゥルの方を見る。

「……すみません、言い忘れていたのですが……」

ゆっくりと顔をこちらに向けようとしているファゥルを睨んでいると、ネッツがそう話しかけてくる。

「ファゥルにこの子を見られると、非常にマズいと言いますか……」

「この子って、誰のことですか?」

「……メーヒェンさん、です」

もう遅い、と思いつつ「どうしてですか」とその理由をネッツを見て聞く。

「ファゥルはメーヒェンさんを見ると……我を忘れて、暴れだすんです」

それを聞いて冷汗を流しながら、ファゥルの方を向きなおすと、目をパチクリさせて俺たちの方、いや、メーヒェンを見ていた。

「レイブンサイト・クロイツ・メーヒェン……よくも、ノコノコと、ここに戻ってこれたぁ!!」

直後に目を真っ赤にしたファゥルは立ち上がり、ドスドスと自分の椅子に戻ると、奥から巨大な石のグレートソードと大槌を両手に持ち「ガハハハハハ!」と大きく笑って、真っ赤な目をメーヒェンに向けた。

何のうらみがあるのか知らないが、俺たちの攻撃なんか忘れているような状態だ。

「謎の男さん! お願いです、母さんとメーヒェンを出来るだけ遠くに運んでください」

「し、しかし……私も力に」

「いえ、何か知りませんけど、メーヒェンを守ることが、俺たちの今後の戦う理由になりそうな、そんな予感がするんです。だから、逃げてください!」

俺がそう言うと、謎の男はメーヒェンと母さんを両手に抱えて、門を出て行った。

「逃がすかぁ!! ガハハハハ!」

ファゥルは父さんたちを無視し、俺を通り過ぎて門を出て謎の男を追いかけようとする。

俺はそんなファゥルの右足めがけ、温度を上げた鉄パイプを長嶋もビックリのフォームで振った。

すると、タイミングよく当たり、特に重さも感じることなく、ファゥルの巨体を少し打ち上げる。

ファゥルはバランスを崩し、前のめりに倒れるが、それでも門に行こうと立ち上がろうとする。

しかし今度は傷が深かったのか、ファゥルはなかなか立ち上がらない。

それに追い打ちを掛けるように、父さんのオーラがファゥルの右足を纏い、傷口に電流を流す。

これでしばらく動けないだろう。

俺は前に回り込み、留目を刺そうと右腕の温度を上げる。

この戦闘の機会のおかげで温度を上げることは出来るようになってきた。

しかし、ファゥルの顔の前まで来ても、目が合うことはない。

ファゥルの目は、ずっと門の先を向いていた。

一体どれだけの恨みが……いや、考えるのは、辞めよう。

少しでも同情すれば、やられるのは俺たちの方だ。

俺は鉄パイプを振り上げる。

「すみません悠さん……無理を承知なんですが、どうか、最後に会話を……」

すると、ネッツはそう話しかけて来るが、俺は「いえ」と言って続ける。

「今しかないんです。最悪、気絶するだけかもしれませんし。離すのはその時でも、遅くはないんじゃないですか?」

「で、でも」

俺はネッツを無視し、鉄パイプを振り下ろす。

その時だった。

ファゥルは「グオォォオオオ」と叫び、自身の右足を切り離した。

そうしてそのまま、痛がる素振りを見せずに、左足だけで前にジャンプしながら進み始めた。

その際、俺は体当たりをもろに食らってしまい、突き飛ばされて地面にうつ伏せに倒れてしまった。

ファゥルは門を突き破ってそのまま行ってしまった。

他の全員も、その衝撃の光景に、唖然とし動けなかったのだ。

まさか、自分の足を切り落としてでも、メーヒェンを狙うとは、誰も思わなかった。

「り、稟花姉! 追うしかないよ!」

「そ、そうだね……お父さん! お母さんが危ないよ」

「……うん」

三人は、ファゥルを全力で追いかけて出ていく。

その際、伶音が足を止め「悠兄! 大丈夫!?」と駆け寄ってきたが、手だけで先に行けと、意思表示すると、直ぐに追いかけて行った。

俺は咳をしながら仰向けの態勢にひっくり返って、深呼吸をする。

「母さんとメーヒェンが危ない……急がないと」

体当たりの影響で、肋骨数本がやられたかもしれない。

骨折経験はないが、こんなに痛むのは初めてだ。

俺は何とか上半身を起こし、地面を見て荒くなった呼吸を整え、燃えるように熱い体温を下げようと試みる。

「悠さん、ごめんなさい!」

その時、ネッツが土下座気味に滑って俺の前までやってくる。

ネッツは正座し、拳を強く握りしめている。

その拳からはギュギュという音が聞こえてきて、血も見える。

「私……ファゥルに同情しちゃいました……そのせいで皆さんを……」

今にも泣きだしそうなネッツの方をゆっくり体ごと向けて、声をかける。

「……ファゥルの過去を知っているのは、ネッツさんだけです。俺だって古くからの知り合いだったら、目を背けたり、止めたり、話したくなったり、すると思います」

「悠さん……」

ネッツは泣き出しそうな顔を俺に向けるが、突然覚悟を決めた様な、キリっとした顔になった。

「でも、私のせいでこんなことになったのは間違いないんです……そうなれば、私も覚悟を決めます」

そう言って、腰に提げた袋から謎の茶色の球を取り出した。

「それは一体……?」

俺はその球を眺める。

特に危険そうな感じはしない、だが、覚悟を決めていたということは、何か起きるんだろう。

「これは、簡単に言うと『アドレナリン球』です」

「アドレナリン球?」

「はい、別名があった気がしますが、忘れました」

自信満々に、真剣に言うネッツについ笑いが零れてしまった。

「これを飲むと、一時的に体力馬鹿になって、リミッターが無くなるんです。その結果、魔力も暴走し、目的以外の全てを排除して達成しようとします」

「……それって、結構危なくないですか?」

「はい……それに、目的を達成した後は安心してか、数日は気絶して動けなくなります」

俺はアドレナリン球を見ながら生唾を飲む。

「……それ、俺にくれませんか?」

「いえいえ! 絶対に駄目です!」

「でも、俺たちの目的はファゥルだけじゃないんです。明日のことも分からない俺たちよりも、ネッツさんが無事なのが第一なんです!」

俺はネッツの掴んでいるアドレナリン球を掴む。

「駄目です! 恩人を危ない目に合わせれません!」

グググ、と互いに力を込め、引っ張り合いになる。

すると、ネッツは後ろに尻もちをついて倒れ、アドレナリン球は宙に浮いた。

そうすると、アドレナリン球に近いのは自然と俺になる。

俺は痛む体を無理やり起こし、その球を飲み込んだ。

それを見てネッツは青ざめる。

前に倒れた俺をネッツは支えてくれたが、アドレナリン球を吐き出させようと、背中をトントン叩いた。

でも優しすぎて、どうやったって吐き出すわけがない。

俺は脱力し、ネッツにのしかかる。

が、次の瞬間。

体の奥から、何かが押し寄せてくる。

それは体全体に、そして脳に辿り着くのを、神経全部で感じ取る。

そうすると、体の痛みや疲れも消え、何でもできそうな、そんな大きな気を持って立ち上がる。

頭からは湯気が出そうなほど熱い。

俺は頭の中にファゥルを倒すことを目的に考える。

すると、それ以外考えられなくなってくる。

鉄パイプを拾い、強く握りしめ、覚悟を決めて門の方を見る。

そうして俺は、走り出していた。

今まで感じたことのない速度で、ただ熱い体を覚まそうと、ファゥルを倒したいと、ただその考えで走る。

すると、前の方に先に追いかけて行った三人が見えてくる。

やはり体力はないのか、全く追いついているような気配はない。

「な!? 悠兄! はっや!」

「え、悠君?」

「……グフッ」

三人は膝に手を当てて、ギリギリ歩いていたが、俺が横を通ると、全員立ち止まって俺の方を見ていた。

俺はそんな三人を無視して、ファゥルが居そうな、そんな気がする道をひたすらに走った。

そうして走ること数分。

謎の男はファゥルに追いつかれてしまったのか、所々ボコボコと窪みや切り込みがあり、ファゥルが暴れた物と思われる。

俺はそれを頼りに進むと、直ぐにファゥルの背中が見えてきた。

予想通り、謎の男はファゥルの攻撃を何とか避けているという状況だった。

当たるのも時間の問題だろう。

「レイブンサイト・クロイツ・メーヒェン! お前だけは! 必ずこの手で!」

また、その名を叫ぶファゥルの後頭部を、俺は自分じゃ考えられないジャンプ力を駆使して、鉄パイプで右から左に叩いた。

勿論、温度は今の自分が出せる最高点だ。

ドゴン! という音を立て、ファゥルは態勢を崩して横に倒れそうになるが、左手に持っていた大槌を杖代わりに倒れるのを阻止したファゥルは、その勢いのままに右手に持つグレートソード空中にいる俺に振り下ろしてきた。

空中では避けることはできる、鉄パイプを体で支え受けるが、後ろにあった岩に打ち付けられてしまう。

しかし、ここにきてファゥルは反撃してきた。

つまり、効いているということだ。

俺は血の味がする口の中の唾を吐いて立ち上がり、今度はファゥル足めがけて走る。

ファゥルはそんな俺に大槌を振り下ろして潰そうとしてくる。

その大槌の大きさに避けられないと思ったが、想像以上に俺は動けるようで、横に大きくステップしてギリギリ避けると、次のグレートソードの刺突を避けてファゥルの足元に辿り着く。

俺は再び温度を最高点まで上昇させて飛びあがり、全身全霊で皮膚の薄いファゥルの膝を叩いた。

グシャ、という音を立てて、若干逆方向に曲がるファゥルの足は痛々しく、高温で叩かれたからか、真っ赤になって沸々と燃えている。

そこまでしてようやく、ファゥルは岩に向かって倒れる。

岩を粉々に砕き、倒れるファゥルだが、まだ諦めていないようで、その際にグレートソードと大槌を謎の男に向かって投げつけた。

しかし、謎の男は素早く、それをひょいひょいと避けると、俺の隣まで飛んできた。

「これで、ファゥルは動けない……よな」

「はい……多分……」

俺は力が尽き、とどめを刺す前に仰向けに倒れてしまった。

皮肉なことに、ファゥルと同じ態勢である。

ファゥルは未だにじたばたと動いているが、最後に振った腕が変な方向で岩に固定されたせいで動けない様だった。

「はぁ……はぁ。あ、ありがとう、ございます。メーヒェンと母さんを……守って、頂いて」

「喋るな、横になって寝てるんだ。後は、俺たちでやる」

言うと、メーヒェンと母さんを横にして、ファゥルの方向へ歩き始めた。

「お、俺達?」

俺は前に進んだ謎の男の男を追って顔だけ上げると、そこには同じような格好をした男たちが、岩の上や下にいつの間にか大勢立ち並んでいた。

その中でも、謎の男と仲がいいのか、五人の男女が集まってきた。

そこで、俺の意識は途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ