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一家転生  作者: RYO
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2.特訓と人形たち

その後ご飯を食べた俺たちは、動きやすい格好に着替えて恐る恐る外へと出た。

ネッツは「私についてくれば……きっと大丈夫です!」と言っていたが、どうも怪しい。

周りを警戒しつつ、家の裏、スラムとは逆の方向へと進むこと数十分。

当分運動してなかった俺たち一家にとっては、既に特訓レベルの運動量だったのか、物凄く息を切らしている。

「ね、ネッツさん……まだつかないんですか」

そう言って立ち止まる父さんは、凄く情けなかった。

「もう少しで開けた場所に出るので、頑張ってください」

言いながら、足を止めることなく進むネッツ。

俺たちを召喚した時点でピンチだったのを考えると、よほど時間がないのだろう。

それを察したのか、父さんも真っ赤になりながら小走りでついてくる。

それから一分も経ってないだろう。

森が急に開けて、草原が広がっていた。

奥にはもっと高い山と雄大な森が広がっていて、その手前には一本の大木が立っていた。

「では早速」

そう言うと、疲れて膝に手をついている俺たち一家をよそ眼に、ネッツは腰にぶら下げている小袋の一つを取り出した。

俺はそれを不思議そうに眺め、隣にひょひょこやってきたメーヒェンも、その様子を眺めていた。

ネッツは小袋を結んでいた紐をひゅるりと解くと、ひっくり返した。

すると、中から白い粉がパラパラと落ちてくる。

そうしてそれを眺めていると、メーヒェンは何かを察したのか俺の後ろに隠れる。

その時だった。

粉はさらさらという音をたてながら一か所に集まり始める。

すると、だんだんと固形化し、上へ上へとその形を形成していく。

そうして数十秒後、目の前に俺より少し背の低い位のスケルトンが現れた。

よくゲームとかで見ていた分、俺はあまり驚かなかったが

一家は驚愕の表情を浮かべていた。

「では、このスケルトンを相手に特訓しましょうか」

そう言ってネッツは、何もしてこないスケルトンの背中を押して俺たちの前まで誘導する。

すると、急にそのスケルトンの目に光が宿り、ボクサーのようなファイティングポーズをとった。

「では、えーっとそうですね。お父様から」

そう言われた父さんは、素直にスッと立ち上がってスケルトンの前に出る。

やる気は十分のようだ。

何だかその背中は頼もしく見える、

そう言えば、『昨日の私の力』と言っていたが、何か能力でも使えるようになったのだろうか。

すると、そんな父さんに向かってスケルトンは右ストレートを繰り出す、その速度には目をやったが、父さんは避けることができずもろに食らってしまう。

そして突き飛ばされてしまった父さんは、地面にうつ伏せになって倒れてしまう。

しかし、父さんも負けてはいない。

「ック」

と声になっていない音を漏らして、立ち上がる。

そして口元の血を拭うと、父も構える。

スケルトンは、小さくジャンプして、いつでも動ける様子だ。

そうして睨みあう両者だったが、勝負は一瞬だった。

スケルトンが再び右ストレートで殴りかかってくると、父さんはそれを避けることなく体で受け、背中にまで衝撃が来ているのが分かるほどのダメージを負い「ウっ」と漏らすが、足に力を入れて何とか耐えると、スケルトンの腕を両手でつかみ、力を入れる。

するとどういうわけか、父さんの背中からどす黒い、靄が飛び出してきて、スライムを飲み込むまで膨張し、その後ビリビリと周りを小さな電気のようなものが包み、一瞬だけバリィという音が聞こえ、父さんとスケルトンが黄色い光に包まれた。

……しかし、スケルトンには雷は効果がないようでその後に飛んできた左フックで吹っ飛んで行ってしまった。

それを呆然と眺めていると、稟花姉は父さんに駆け寄り、スケルトンはそれを狙って動き出した。

それをネッツがどこから取り出したのか、鉄ハンで頭を「えい」と軽くたたくと、スケルトンは粉々になってしまった。

それをネッツは急いで集め、袋にしまうと丁寧に紐を締めた。

その後、居たって冷静に俺たちに話しかけてくる。

「今のがどうやらお父様の能力なんです。昨日は黙っていてくれと言われたので、言わなかったのですが……おかげでその能力のことを解析することができました」

俺は生唾をごくりと飲み込んで言葉の続きを待つ。

するとネッツは一拍置いてから人差し指をピンと立てて解説を始めた。

「ズバリ、お父様の能力は、『自分のオーラを具現化し、自分の受けたエネルギーを相手に流すことが出来る』能力みたいです。因みに、そのオーラで包んだ部分のみにだけ、エネルギーを流せることができるようです」

「か、カッケぇ」

俺はそれを聞いて、ついそう漏らしてしまった。

「だから昨日ネッツさんから受けた電流を今流せたんですね」

「はい、ですがスケルトンには全く意味がないので、駄目でしたね」

てへっ、というような顔をするネッツ。

分かっていて戦わせたのか、と怖くなったが、能力の解析が正しいかどうかを確認するためには致し方無かっただろう。

しかし……父さんの能力は十分に敵と戦う力を有しているのでは無いだろうか。

驚愕で動けない俺たち一家に、ネッツはコホンと一度咳をして俺たちの一家全員を見渡した。

「で、何ですが……お父様は大体分かっていたので戦っていきましたが、他の方を闇雲に戦わせるのは申し訳ないので……私なりに、考えてみたんです。皆さんの能力がどんなものだろうかと」

「そんなの、大体分かるものなのですか?」

後ろの母さんが、ネッツにそう聞いた。

当然の疑問だろう。

俺たちはネッツの方を見て、返事を待つ。

「……これはあくまで予測に過ぎないんですが、きっと能力として覚醒するくらいなので、その人の特徴や好きな事、精神力が大きく影響してくると思うんです」

「なるほど」

そう言いながら、俺は自分の右手を眺める。

「ですから……まずは皆さんの好きな事や特徴を、私の独断と偏見でまとめて来ました」

と、ネッツは、またどこから取り出したのか、大きな表の書かれた紙を前に出した。

「別に聞いてくれれば答えるんですけど……」

母は困惑してそう言うが、興味津々に表を眺めている。

俺もそれに続いて内容を確認するが、案外的を得ていた。

「……良くまとめましたね」

「まぁ、偏見しか書いてないので、合っているかは分かりませんが」

「いや……ムカつくけど、的を得てる」

珍しく伶音もそう唸っている。

因みに、そんな伶音の欄に書かれていたのは『高木伶音さん:短気で怒りっぽいが、実は怖がり。よく気を失うので、精神力はイマイチ……? 音楽が好きそう……?』だった。

性格の面は分からないが、趣味が合っているのには驚いた。

俺はゲーム、母さんは裁縫、稟花姉は料理、父さんは……散々書かれていたので目を背けておこう。

「で、何ですが」

ネッツは、俺たちがまじまじと見ていた紙をくるくると丸めて懐にしまうと、腰に掛けたもう一つの小袋を取り出して、パンパンと二回軽く叩いた。

そうしてスルスルと青色の綺麗な紐を引っ張って解くと、中身をゴソゴソと漁って、何かを取り出した。

それらを地面に並べていくネッツを、静かに俺たちは見守る。

右から、金色に輝く小さな針、真ん中に青色の宝石を埋め込んだスチームパンク風の六角形の何か、そして何故かトライアングルと、急に物理的な鉄パイプだ。

後半に行くにつれ、能力と関係あるのか分からなくなり、俺は気が付くと苦笑いを浮かべていた。

「はい! これが、あなた達の力を最大限に生かせると、私が考えたモノたちです」

「えーっと……右から誰の道具か、教えてもらっても?」

母さんは道具たちを前に前屈みになり、興味津々だ。

そんな母さんに続くように、俺と伶音、稟花姉も道具の前に並ぶ。

「はい、右からお母さま」

ネッツは言いながら、針を母さんに優しく渡す。

母さんはその針をつまんで、不思議そうに眺める。

「そして、これが稟花さんですね」

「へー、何ですか? これ」

ネッツから道具を受け取って、稟花姉は重そうにそれを突いたりして確かめる。

「簡単に説明すると、キッチンですよ」

「……キッチン?」

どう見てもキッチンには見えないが、ネッツは道具を渡すと、次のを取りに戻ったので、質問できなかった。

俺はその二人の道具を、遠目から良いなぁと思いながら眺める。

「で、これが伶音さんです」

そんな俺をよそ眼に、ネッツはトライアングルを伶音に手渡す。

「……何でトライアングル?」

「あー、えっと……正直楽器なら何でもよかったので……安上がりですみません」

言って戻るネッツから、トライアングルに目を向けて、伶音はえぇと言った困惑の表情を浮かべる。

「で、これが悠さんの道具ですね」

そう言って、結構思い鉄パイプをネッツから手渡される。

「……なんか俺だけ適当じゃないですか?」

「まぁ、その辺に落ちていた物なので」

そう言ってから、ネッツは俺の耳元まで顔を寄せてきた。

「正直、お母さまと稟花さんの道具が高額すぎて、お二人の分のお金が無かったんです」

「そ、そうですか……」

それだけ言って、ネッツは最後ににっこり笑って戻って行った。

俺は、微かに残るネッツの体温を、右手で触って確認する。

……いい様に誤魔化された気がするなぁ。

鉄パイプで戦うのは良いが……格好悪いんだよなぁ。

俺は一人、ヒーローっぽくない武器に落ち込む。

すると、そんな俺を関せずにネッツは再びスケルトンをその場に出した。

今度はネッツの右手には最初から鉄ハンが握られている。

「ではまず、お母さまから―――」


―――それから数時間。

俺以外の三人は何とか能力を使えるくらいまでに成長した。

簡単に説明すると、母さんは針を使用することで硬度も自在なフェルトや服、編み物までも生み出すことができた。

しかも、その針で父さんの切り傷まで治していた。

凄く万能な能力である。

稟花姉の能力は、六角形の道具―――ワークショップを使い、簡易的なキッチンを呼び出し、料理を作ることができた。

しかも、稟花姉の作る料理にはバフ効果が付与されている。

既に、何種類かの料理は父さんで試している。

突然元気に走り出したり、内側の傷である骨折が治ったり、スケルトンの攻撃を笑顔で耐えたり、一発で粉々にしたりと、すごく便利な料理だった。

しかもそれだけではなく、あのワークショップという道具は、料理を出来立てのまま保存でき、稟花姉が攻撃を当てられそうな時に構えていると、歪ではあったがバリアを張ったのだ。

俺は最初、それを見て……良いなぁと思った。

そして、伶音の能力は、自身がモノを通じて出した音が具現化し、相手を攻撃するというものだった。

最初はチリンチリンと鳴らしているだけのトライアングルだったが、次第にその音は攻撃性のある物へと変わっていき、スケルトンをその振動で粉々にした。

他にも、伶音はネッツから鉄ハンを借りて軽く石を叩いて、スケルトンを倒したりもしていた。

どうやら、その音の特性や威力をその音が持つらしい。

それを見て俺は……良いなぁと感じた。

続いては俺だが……説明するまでもない。

ただの鉄パイプである。

というより、俺が未だに能力をコントロール出来ていないせいで、その鉄パイプがどういう物なのかすら把握できていない。

俺は数時間、皆の輪を離れ、一人巨木の下で風に吹かれながら右腕に集中していた。

そんな時、後ろからメーヒェンがとことこやって来て、ペタンと足を前に出して座った。

チラッと見ると、目を瞑って風を感じているようだった。

その時だった。

上からガサガサという音が聞こえ、パッと上を見ると、巨木の葉の下に、糸を出しながらぶら下がる、巨大な幼虫のようなものが居た。

その幼虫は俺と目が合い、その瞬間にボトンという音を立てて、粘液まみれの体をメーヒェンの上へと落とした。

「メーヒェン! 待ってろ!」

俺は気持ち悪いながらも、瞬時にその幼虫に向かって体当たりする。

しかし、重すぎてびくともしない。

幼虫からはみ出したメーヒェンの手が、幼虫を必死にタップして、苦しそうだ。

俺は体当たりを辞め、両の手を幼虫に押し当てて力を思いっきり入れる。

その時だった。

俺の右腕は一気に温度を上げ、幼虫の粘液と反応し凄く小さな爆発を起こした。

その衝撃で幼虫は坂を転がって視界から消え、その下に居た粘液まみれの息を切らしたメーヒェンが姿を現した。

その後、メーヒェンは駆け足でネッツの元へ行き、終始俺のことを睨みつけてきていた。

俺はそんなメーヒェンの視線を感じながら、自分の右腕に再度意識を向けるが、一向に何の変化も怒らない。

……ピンチの時には出るんだけどなぁ、と思いつつ、そんな能力が果たして何の役に立つのかと、自分が嫌になった。

そして現在。

俺とネッツ以外の全員がボロボロになっていたり、粘液まみれになっていたりと、満身創痍の様子だ。

「じゃぁ、今日はこの辺にして、帰りましょうか」

「はぁ、またあの道を帰るのか」

「まぁまぁ、伶音ちゃん、これも特訓だと思って頑張ろ!」

「そうよね……私も頑張らなくちゃ」

「うんうん」

伶音は面倒くさがり、母さんがそれをなだめ、稟花姉は一人呟いて意思を固め、父さんはそれを後ろから満足そうに眺める。

確実に仲を深めたことだろう。

ネッツも楽しそうにそれを見守っている。

そしてメーヒェンは俺を睨んで来ている。

俺は一人、少し離れた場所でそれを見守る。

自然と鉄パイプを持つ手に力が入る。

「頑張らなくちゃな」

すると、俺の右腕が少しづつ温度を上げていくのを感じる。

俺は自分の右腕に意識を向ける。

楽しそうな皆の声も途切れ、そして消えた。

腕の温度と、鉄パイプの温度が同期して上がっていく。

どうやらこの鉄パイプ、熱伝導率が以上に高いらしい。

俺はある程度まで上がった腕の温度を、今度は下げることに意識を向けた。

今度は自然と、自分の不甲斐なさではなく、昨日のゴブリンやスライム、そして今日の巨大な幼虫を憎む方へと考えが行った。

すると、温度は下がり始め、鉄パイプもそれに同期して温度を下げた。

「成程……分かった気がする」

俺は元の温度に戻るよう意識をしつつ、皆の輪に加わった。

「悠さん……大丈夫ですか?」

「はい、問題ないです。帰りましょう」

ネッツの心配そうな顔と声に、俺は元気よく返す。

すると、気持ちが途切れたのか俺の腕と鉄パイプは温度を上げた。

「「「「「あっっっっつぅ」」」」」

やはりまだ俺には修行が必要のようだ。

頑張ろう。


家に帰り、お風呂やご飯など寝る準備を整え、リビングに集まる。

「さて、明日の予定ですが……」

ネッツは神妙な顔になって一家を眺める。

「もう時間が無いので……早速ファゥルの元へと向かいたいのですが……どうでしょうか」

俺たち一家はそれを聞いて顔を見合わせる。

父さん以外は不安そうな顔をしている。

「……昨日の今日で覚えた能力で、ファゥルに対抗できるのでしょうか」

母さんは真っ先にそう質問する。

「伶音ちゃんや稟花ちゃん、悠くんに何かあったら私……」

母さんは暗い顔になり、奥に居る父さんは、私は? と言った別の意味で暗い顔になる。

「えぇ、それは勿論、私が命をもってお守りします……私も今日寝れば、ある程度の力も戻ってくる筈ですから」

そう言いながら、ネッツは俺の方を向く。

「実を言うと、この中でファゥルに対抗できるのは、悠さんだけだと思うんです」

「えっと……どうしてですか?」

突飛な発言に、俺は焦ってそう質問する。

「ファゥルはゴブリンで元より打撃には強いんです。そして脂肪も多いため電気はほとんど通用しません。お父様のオーラでも怯むことは無いでしょうし……」

「ですから」とネッツは続ける。

「急激な温度変化による打撃、それがファゥルにダメージを与える、唯一の方法だと考えられるんです」

「……なるほど」

理屈は分かった、だが。

「唯一の望みの俺が、未だに能力をコントロールできないんですよね」

「悠君……」

隣にいた稟花姉が、肩にポンと置いてくる。

「悠兄、一人で背負いこむ必要ないだろ、私たちにもダメージを与えられないっていう訳じゃないんだろうし……ねぇ、ネッツさん」

伶音までもが珍しく、庇ってくれる。

凄く有難かったが、そんな自分が少し惨めに思えた。

「あぁ、私も居るんだ。悠がその能力を使えるようになるまで、私たちで援護しよう」

「えぇ、そうね」

父さんと母さんも、庇ってそう言ってくれる。

「では……悠さん。明日、決行ということで、よろしいですか?」

俺は悩む。

もし俺が能力をコントロールできなければ、全員倒されてしまうかもしれない。

……俺に出来るのだろうか。

だが、ここまで庇ってくれた一家にも、ネッツさんやメーヒェンにとことん関わると、覚悟を決めた以上、選択肢はないのかもしれない。

「……分かりました。明日、ファゥルの元へと向かいましょう」

俺がそう言うと、ネッツは真剣な顔で手を前に出した。

「では、結束のエイエイオーとやらをしましょう」

そんなことを真剣に言い出すネッツに一家は苦笑いを浮かべつつ、手を前に出す。

すると、メーヒェンも俺の右側からひょこっと現れて、手を前に出した。

「それでは皆さん、明日は頑張りましょう」

「「「「「「「エイエイオー」」」」」」


そして翌日。

決戦の日。

俺たちは、昨日に引き続き動きやすい格好に着替え、一つのリュックサックに食料や飲み物、道具をパッキングしてパンパンに詰めて家を出た。

ネッツに導かれるまま、スラムの入り口に到着する。

遠目では分からなかったが、縦横に乱雑に立ち並んでいる家々は、錆びた鉄板と釘で適当に継ぎ接ぎして何とかその形を保っていた。

空気は砂が混じっているようで、鉄や錆びや血の入り混じった、歯が痛くなるような匂いがする。

「では、アーランドに入ります……よろしいですね」

ネッツは振り返り、俺たち一家全員と目を合わせて、最終確認する。

「はい、行きましょう」

母さんが一家を代表してそう言う。

俺は、その後ろで鉄パイプを強く握りしめる。

「では、ファゥルの拠点まで、一直線に向かいます……道中何か起きたり、見たりしても立ち止まらないでください……ファゥルを倒せば、済む話ですから」

俺たちは、その言葉の意味がイマイチ理解できず、? を浮かべる。

ネッツはそんな顔を見る間も置かず、正面を向いてその歩みを進めた。

俺たちは、ゾロゾロとそれに続く。

そうしてしばらく、ガランとして耳が痛くなるほどの閑静な街をキョロキョロとしながら進んでいると、突然物音と叫び声が聞こえてきた。

音の方向を確認すると、そこは真っ暗で、四角い箱や樽などが乱雑に撒かれている路地だった。

叫び声と怒鳴り声の内容は聞き取れないが、足を止めているとネッツに置いて行かれるので、俺は稟花姉の肩をポンと叩いて、先に進んだ。

すると、しばらく無言だった稟花姉が、小さい声で俺に話しかけてくる。

「今の……助けなくて良かったのかな……」

「……今は、ネッツさんの言葉を信じるしか無いよ」

「……そうだね」

稟花姉は少し下を向いて落ち込むが、顔を上げて駆け足で先に居る母さんの横に並んだ。

俺はその背中を見ながら、暗くジメジメする道を少し後ろの方を歩く。

その時。

俺の左腕の服の裾が何者かに引っ張られた。

俺は立ち止まって、恐る恐るその人物を見る。

するとそこに居たのは、眠そうな目を擦っているメーヒェンだった。

「何でここに居るんだよ」

俺は呑気に欠伸をするメーヒェンと同じ高さに目線を持っていってそう話しかける。

「……疲れた」

メーヒェンはそう言うと、目にも見えない速度で俺の背中に乗って寝息を立て始めた。

質量も温度もあまり感じないメーヒェンを起こそうと、体を揺らしたりジャンプしたりするが、目を覚ます様子はない。

俺は諦めて立ち上がると、駆け足で同じ距離まで進む。

俺たちは、メーヒェンが寝ていることを確認して、危険な目に合わせる事は出来ないと満場一致で、家に置いてきたのだが……まさか着いてきていたとは。

「……まぁ、無事で何よりだったか」

俺は後ろに倒れそうになるメーヒェンのために、少し前屈みで小さく飛んで、態勢を立て直して先に進んだ。

わざわざ報告するまでも無いだろう。

緊張感ある雰囲気で前を進む一同を見て、俺はそう一人で確信した。

この時は、そう思っていた。


しばらく歩き、何事もなく目的地へと到着した。

ネッツが足を止め、それに合わせて一家は足を止める。

俺はその時も、少し後ろで一人遅れて足を止めた。

そこは、金属やレンガが楕円状に横広に積まれてる場所で、正面に少し大き目な穴が空いていた。

いかにも悪人が隠れていそうな場所だ。

するとネッツは振り返り、一家に目線を配る。

その時、俺の背負っているメーヒェンに気が付いたのか、一瞬目を見開き「来てしまったのですね」と小さくそう言ったような気がした。

「……では皆さん、ここがファゥルの住んでいる場所です」

ネッツが改めて手を穴の方にやると、一家は少し横に出て、洞穴を睨みつける。

「ふむぅ」

「ここに……」

「……」

「すっご」

父さんは仁王立ちで睨み、母さんは少し不安そうに見て、稟花姉は緊張を顔に分かり易く出して見て、伶音はその現実では見たことのない光景に見とれていた。

俺は、背負っているメーヒェンを自分の前で抱えるように器用に持ってくると、左手でメーヒェンの頬をつねって目を覚まさせる。

すると、メーヒェンは少し不機嫌な顔になったが、直ぐに申し訳なさそうな顔になった。

「……昨日は、ごめんなさい」

そう言って、猫みたいにするりと下に着地した。

「昨日……何かあったっけ」

メーヒェンはトテトテと前に行ってしまったので、聞くことができなかった。

俺はその背中を見て小さく笑いが零れる。

鉄パイプを再び強く握りしめ、前にでる。

「さぁ、行きましょう。ファゥルを倒しに」

俺は、眺める一同を縫うようにして避け、リュックサックを父さんに押し付けて、真っ先に洞穴の先に入る。

するとそんな俺に呆気に取られていたネッツが「悠さん! ちょっと待ってください」と叫んだ。

なんだ? と思った俺は後ろを振り返るが、どうやらその忠告は遅かったようで、洞穴の奥、暗闇から甲高く耳障りな金切り声が聞こえてきた。

「ファゥル様! 侵入者です! このドゥム《・・・》めがご連絡させていただきましたぞ!」

目を凝らすと、目も慣れてきたのかそれを言っているであろう人物が見えてくる。

そのドゥムという人物はトランシーバーとフォークの様な武器を持っている……驚くことに、人形のように見える。

しかも、幼児が作ったものと思える程に、不細工で糸も継ぎ接ぎなとても不細工な人形だ。

俺の後ろの一同もその声を聞いたのか、駆け足で近づいて来る。

その時も俺はドゥムか目を離さなかった。

その時、どこか高台に居たのか、ドゥムはトランシーバーを後ろに放り投げて、物凄い速さで俺の目の前まで出てきた。

「キヒヒヒ。もう、逃げられないよぉ~」

その五月蠅い金切り声を俺の頭を一周しながら言うと、奥の暗闇へと消えて行ってしまった。

「大丈夫ですか!」

「あぁ……はい、大丈夫です」

突然のことに驚いている俺の傍にネッツが走ってきて、俺は目を覚ます。

「大丈夫だった悠くん!」

「おい、大丈夫かよ悠兄」

「……良かった」

母さんと伶音がネッツに続いて俺の傍まで近づいてきて、メーヒェンを背負っている稟花姉が、遅れてそう声をかけてきた。

「うん、大丈夫、何もされ無かったよ」

「もう、勝手に進んじゃうんだから。駄目だよ?」

そう言いながら母さんは頬を軽くつねってきた。

「イタタタ」

俺はその手を叩いて辞めさせると、真っ赤になっているであろうつねられた頬を押さえる。

「そうだぞ、何があるか分からないんだからな。悠兄ってRPGとかでもたいして計画せずに進んでいくタイプだよな」

「……そうだよ」

伶音は何故か心理テストをしてくる。

一方父さんは、前に出て暗闇の奥を眺め「むぅう」と唸っている。

「それより……すみませんネッツさん……ファゥルに、バレてしまって」

「いえ、無事で何よりですよ……それに、バレたのは悠さんだけですから、人形は頭が悪いので、大丈夫なはずです」

言いながらネッツは目線をメーヒェンに向けた。

「この子だけは、バレてはいけませんから」

小さく言うネッツに、質問しようか悩むが、命がかかっているので何とか声にして質問した。

「どうして、メーヒェンが気付かれると駄目なんですか?」

ネッツは顔を上げ「それは……」と口ごもる。

ネッツは目を瞑り、間をおいて再び目を開けて話始める。

「それは……ファゥルの過去に問題があるのですが……長くなるので」

言いにくそうに目を逸らして言うネッツに、それ以上深追いする気は無かった。

「そうですか……まぁ、僕しかバレていないのであれば、話が早いですね」

え? とネッツは驚きの顔を俺に向ける。

「俺が先に行きます。ネッツさんは母さんたちを連れて、後ろから着いてきてください」

「でも……」

「駄目だよ悠くん! 先に何があるか分からないんだから!」

「そうだよ悠兄、その時は私も付いて行くから」

母さんと伶音が俺の肩を掴みそうな勢いでそう言った。

しかし。

「……この先、どんな罠があるか分からないし、得体の知れない俺が来たことがファゥルにはバレてしまっている」

俺が言うと、二人は口ごもる。

「だったら、一人でも多くの捕らえられている人を助けれるよう、尽力すべきだ」

「だから……」

二人は口を横に結んで、俺から少し距離を取った。

俺は今、緊張やら恐怖やらで感情がぐちゃぐちゃになって、少し涙まで流している。

そんな俺の、覚悟を汲んでくれたのかもしれない。

「俺は先に行く。何かあったら叫ぶから……バレない距離で着いてきてくれ」

俺は一度、自分の両頬を強く叩き、気合を入れて奥の暗闇の方を向く。

すると、俺の左肩に硬く重い手が乗った。

「悠、任せたぞ」

父さんだった。

声は少し震えていた。

「うん、行ってくるよ」

俺は、一歩足を進める。

するとその時。

俺の進めた右足が、僅かに沈んだ。

次の瞬間。

右の壁の方からドン、と鈍い音が聞こえ、同時に鋭い金属片が付いた竹槍が襲い掛かってきた。

「うおわ!」

「あぶないっ」

避け切れない、そう思った俺だったが、横から体当たりしてくれたネッツに助けられた。

「いててて……大丈夫ですか?」

「すみません、ありがとうございます」

俺は、恐怖で閉じたままだった目を恐る恐る開ける。

そこには、俺に覆いかぶさったネッツが見えた。

しかし先程までとは違い、頭に被っていたウィンプルは外れ、綺麗で艶のある金色の髪を下に伸ばしていた。

「あ、すみません」

ネッツは俺の上から素早く退くと、辺りをキョロキョロと見渡す。

その様子を、起き上がりながら見ていると、何かを見つけたようで駆け足で向かった。

俺は立ち止まったネッツに近づこうとしたが、直後に来た家族によって動けなくなってしまう。

「大丈夫!? 悠くん!」

「あぁ、うん。ネッツさんのおかげで何とか……」

一家は一斉に、立ち止まったままのネッツの方を向く。

すると、ネッツはそんな視線に気づいたのか、一瞬肩を震わせ振り向くと、両側に綺麗な丸い穴が開いたウィンプルを被って、顔を赤らめたまま「やっぱり、皆で行きましょう」と元気よく言った。

被った勢いそのままに、穴から綺麗な金色の髪が飛び出し、ツインテールみたいになった。

そんなネッツを見て、緊張の糸が解けたかのように、母さん、伶音、稟花姉はクスクスと笑った。

「そうよ、悠くん。やっぱり一人じゃ危険よ」

「いや……でも……」

そんな、納得していない俺を見てか、ネッツはパンパンと砂を払い近づいてきた。

「分かりました。ファゥルがどう侵入者対策しているかも、今ので大体理解しました」

「罠をたくさん張り巡らしているって事ですか?」

「はい、ファゥルは元々そういった工作は得意でしたから」

「……先に行ってくださいよ」

俺が言うと、少し申し訳なさそうな顔をして、ネッツは三歩俺たちより前に進んで、地面に両手をついた。

「二日間で貯めた力を、ここで使うので後は役立たずになりますが」

そう言ってからネッツは何やらブツブツと唱え始める。

俺たちは、それを黙って見ていることしかできない。

その直後、洞窟全体が一瞬にしてその暗闇を解いた。

キラキラと洞窟の外壁を光り輝いていて、雷のようなものが走る。

そうして数秒後、その光は消え、元の暗闇が戻ってきた。

ネッツは立ち上がり、俺の前まで来る。

「これで、罠のほとんどは使えなくなった筈です。作戦はそのまま、続けて行きましょう」

「……ありがとうございます」

呆気に取られていた俺だったが、これでネッツは力が使えない。

俺のためにそこまでしてくれたのだ。

そう自覚し、俺は再び前に進み始めた


そうして進み始めてどれだけの時間が経っただろうか。

ネッツのおかげで、たまにカチカチ地面のスイッチを踏むが、特に何かが起きる様子はない。

まぁ、そのたびに心臓は跳ねるんだけど。

因みに、俺以外の一同は、数百メートル離れた位置から、俺を追いかけてきている。

特に分岐もなく、唯一ある光もネッツが力一杯に出してくれた、俺の右上を飛んでいる小さな球だけなので、迷子にはなっていないだろう。

そんなネッツは、脱力して現在父さんに背負ってもらっている。

俺は慎重に、一歩一歩慎重に進む。

すると、左右の壁が突如としてその広さを増し、ジメジメとした空気も、より一層強くなった。

俺のゆっくり進む、小さな足音も、反響してむしろ大きくなって耳に帰ってくる。

俺はその周囲を確認しようと立ち止まり、目を細めて暗闇の中にある障害物を確認しようとする。

その瞬間。

俺を中心とする、左右と上からスポットライトのような強烈な光が襲い掛かってきた。

俺は左腕で影を作り、何とか状況を確認しようとするが、なかなか前が見えない。

しかし、その必要もないようで、甲高い耳障りな金切り声が、あのドゥムという人形の声が聞こえてきた。

「キヒヒヒ、まさかファゥル様の罠を抜けてここまでやってくるとはなぁ。俺たちでやってしまおうかシャイ《・・・》?」

そう他の誰かがいるかのように話しかけるドゥムの向く方に、逆光で真っ黒になっている、他の人形が三体いることに気が付いた。

「キャハハ! そうだなぁ、ドゥム。コイツを倒せば、ファゥル様もお喜びになられるだろうからなぁ! どう思う、リュクト《・・・・》?」

「ギャハハ! 俺は賛成だぜ、奴隷の薄汚れた人間の血にも飽きてきたところだ。なぁアダム《・・・》、お前もだろ?」

「グギギ、そうだなぁ。元の姿が分からなくなるまで、刻んでやろうかなぁ!」

言って、アダムと呼ばれていた人形が、物凄い勢いで突進してきた。

俺はもろにその突進を食らったが、何とか受け身を取って態勢を整える。

鉄パイプを手に、強く握りしめる。

……ここで、倒せないと。後の家族やネッツ、メーヒェンに被害が及んでしまう。

俺は慣れてきた目を開き、次の攻撃を仕掛けてくるアダムに備える。

が、正面に立っているアダムとは別の方向。

左側から、シャイと呼ばれていた人形が槍の様な武器を脇に締め、勢いよく突進してくる。

「キャハハ! 呆気ねぇなぁ!」

避け切れない。

何とか急所は避けねば。

咄嗟にでたその考えも間に合わず、槍が刺さる、そう思った瞬間。

シャイの周りを凄い勢いで金色の糸が囲った。

その糸はシャイを強く締め、固定する。

「キャハ! 何なんだこの糸は!」

シャイは力一杯に暴れるが、糸は全く緩む様子を見せない。

それどころか、糸は力を増していき、強く食い込んでいく。

「キャハハ! オレ―――」

―――次の瞬間、シャイは糸屑と化し、その影を残さず風に飛ばされていった。

一方金色の糸はというと、その糸が飛んできた場所へと戻って行った。

その方向を見ると、息を切らした母さんとネッツが居た。

「だ、大丈夫? 悠くん、」

立ち尽くす俺の服を、パンパンと叩きながら母さんがそう声をかけてきた。

「気を付けて、まだいるから」

俺は母さんの腕を掴んで、ネッツの近くまで一緒に行く。

「ネッツさん、多分コイツらを倒すのは、母さんの能力が一番聞くと思うんです」

「はい」

ネッツは緊張の様子を顔に浮かべ、真剣に耳を傾ける。

「俺が今みたいに囮になるので、母さんが攻撃できるように、サポートお願いします」

「……分かりました。ですが、一つ伝えておきたいことが」

歩みを進めようとした俺を、ネッツがそう引き留めた。

「どうしました?」

「先程、お父様が窪みに躓いてコケてしまい、右足を捻挫して動けなくなってしまったんです」

「はぁ」

「その時に物音が聞こえたので、その場は稟花さんと伶音さんに任せて、急いで来たら今の状況に……」

「……まぁでも、むしろ好都合だったかもしれませんね」

俺は一歩、ネッツより前に出て顔を上げる。

そこには、先程いた人形の残りの三体と、深くフードを被った同じサイズの人形が増えていた。

「……これ、無限湧きとか、言わないよな」

俺がそう呟いたとき、緊張で引きつった笑いを浮かべていた、リュクトと呼ばれていた人形が、勢いよく突っ込んできた。

リュクトは、次第に巨きに満ちた笑顔に変わり、手に持っていた直剣を両手で握り、上に構えた。

「ギャハハ! シャイは油断しすぎなんだ! 手柄は貰ったぁ!」

俺は前進し、ネッツから距離を離して、鉄パイプを横に頭の上で構える。

「うぐ」

「ギャハ!」

そうしてリュクトが直剣を振り下ろし、狙い通り受けることができたのだが、余りの威力に前進していた筈の足は止まり、力んでも止まらず後ろに弾き飛ばされてしまった。

何とか空中で態勢を整えて地面に着地すると、勢いを止めることなく俺は鉄パイプをもう一度構え、前に大きく跳ねる。

「まだまだ!」

前を向くと、どうやらリュクトも後ろに弾かれていたらしく、空中でくるくる回っていた。

俺は鉄パイプを握る右手に意識を向け、くるくる回るリュクトに勢いよく振り下ろした。

しかし、カァンという甲高い音を立てただけで、リュクトはビクともしない。

むしろ、俺の右腕に全ての衝撃が帰ってきて、力が入らなくなった。

「ギャハハ! 俺のこの甲冑は本物の金属で出来てるんだよぉ!」

頭をブルブルと横に振った後、リュクトは再び大きく直剣を横に構え、両手で力強く大きく振った。

俺は咄嗟に鉄パイプを左手に持ち替え、体を捻って受けるが、態勢が悪く力が入らず、鉄パイプが体に押し付けられ、ミシミシという音を立てて俺の体は横に飛んだ。

しかし運がいいことに、近くに岩があったおかげで、あまり勢いがついてない状態で岩に押し付けらる程度で済んだ。

が、俺は地面に手をつき、顔を上げることしかできない。

「ギャハハ! 何だ、余裕じゃねぇか!」

リュクトはわざわざ地面近くで浮上して、俺を見下ろした。

「ギャハ! 最後に何か言いたいことは無いかぁ?」

直剣を触りながらそう言うリュクトを無視し、俺は視線を左後ろの母さんに向ける。

すると、母さんも同じことを考えていたようで、小さく頷くと、金の針を取り出し、糸をリュクトの方へ勢いよく飛ばした。

その時だった。

金の糸は空中でバラバラになり、ほぼ同時に母さんが「キャ」という声を上げて地面に倒れてしまった。

「……こんな、小細工に、シャイはやられたのか……」

声の方向を見ると、先程増えていたフードを被った人形が金色の針を持っていた。

腰には先程使ったであろう刀を提げていた。

「おいイディオ《・・・・》! 何で女に手を出した! ファゥル様に怒られるだろうが!」

「……助けてやったというのに」

リュクトは振り向き見上げ、イディオを睨みつけ叫ぶと、リュクトは同じ高さまでゆっくり降りてきた。

すると、次の瞬間にリュクトの頭が宙を舞った。

余りにも突然の出来事に、俺は目を丸くした。

ポトンという軽い音を立てて、リュクトの頭と胴体が地面に転がった。

それに合わせてイディオは降りてきて、金の針をプスプスとリュクトの胴体に刺し始めた。

俺はその様子を、黙って見ることしかできない。

鉄パイプをも凌いだあの甲冑を、いとも簡単に切ってしまった。

こんな奴に、勝てるわけがない。

俺の心は、そんな絶望に苛まれていった。

「キヒヒ、おいイディオ! その針さえ無ければ怖いものはないんだ! さっさとその男を倒せ!」

そう叫ぶドゥムの方をイディオが見上げると、ドゥムは小さく「ウゥ」と唸って黙ってしまった。

「ドゥム……貴様ごときが、俺に指図するなよ……俺は、切りたい時に切る、それだけだ」

「キヒ! 分かったよ! だったらよぉ、アダム! 俺たちでやるぞ!」

「グギ、了解」

言ってからドゥムは右に、アダムは左に大きく膨らんで俺を挟みこむようにして動いた。

俺は何も出来ない母さんとネッツを巻き込まないよう、前に大きく踏み込んで走り出す。

その際にイディオの後ろを通ったが、イディオが動くような様子は無かった。

俺はヒヤッとしたが、ひとまず安心し、前の暗闇の中、岩を縫うようにしtえ、訳も分からず走る。

「キヒヒ! どうした! 逃げてばかりじゃ、終わらねぇぞ!」

「分かってるよ!」

「キヒ!」

俺は叫んで煽ってくるドゥムに、大きい声で返す。

声でドゥムの位置は掴めた。

俺を中心に、右後ろの離れた位置に居て、俺の場所は分かっていないようだ。

俺は急ブレーキをかけ、左に直角に方向を変えて走る。

すると、目の前をアダムが凄い速さで素通りしていった。

その時初めて見えた姿は、ボロボロの布切れを纏った人形で、曲剣を右手に握っていた。

俺はアダムの後ろに着くように右に曲がり、全力で走る。

すると案外直ぐにアダムの背中が見えてくる。

「グギギ……どこ行ったんだぁ?」

立ち止まり、キョロキョロと顔を動かしているが、後ろを振り向く様子はない。

俺はそれを見て勢いを止めることなく、さらにスピードを上げて全力でジャンプする。

普段の運動不足から、口の中は血の味がして、さらに脇腹がギンギン痛む。

俺は両手で鉄パイプを握りしめ、大きく振り上げる。

「うぉりゃああぁぁああ」

アダムが射程圏内に入ると、俺は振り上げた鉄パイプを勢いよく振り下ろす。

態勢を前に傾け、全体重を乗せた一撃が、アダムの頭上に襲い掛かる。

その時、アダムは素早く体を捻り、曲剣の内側で鉄パイプを受け流す。

しかし流石に威力が高かったのか、アダムは横に吹き飛び、鉄パイプは地面を抉って穴を開けた。

衝撃で腕が痺れたが、今のアドレナリンがドバドバに出ている俺は直ぐに持ち直し、吹き飛んでいったアダムの方を向く。

「はぁ、はぁ」

俺は息を切らし、煙の中のアダムの影を注視する。

「グギギ……不意打ちかぁ、やるねぇ」

すると注視していたはずのアダムの影が急に消えた。

俺は、鉄パイプを握りしめ辺りを見渡す。

しかし、しばらく待ってみても吹く風と闇が辺りを漂っているだけだ。

その隙に俺は息を整え、前屈みだった姿勢を真っすぐにして、改めて鉄パイプに力を入れる。

その時、右方向の風がふわりと揺れた気がしてその方向を向くと、アダムが動いているような影が見えた。

俺はその影を見逃さないように意識を集中させ、鉄パイプを構える。

右へ進みながらふわりと浮き続けるアダムの影は、その距離を確実に縮めてきている。

「グギギ! コッチだぞ!」

すると、そう後ろから聞こえ、振り向くと、アダムが曲剣を体ごと捻って回しながら突進してきていた。

俺は何とか反応して、構えていた態勢をそのままに曲剣を受けた。

その衝撃で後ろに押されるが、左膝を曲げて何とか受けきる。

「グギギ、油断したなぁ! これが、不意打ちだよぉ!」

「クソッ」

言ってから、アダムは再び砂埃に影を潜めた。

あの影の正体を掴まないと、俺がアダムに勝てることは無いだろう。

俺は辺りを見渡し、再び影を見つける。

注視し、その動きを伺う。

今度はその影は右に左に動いて浮いている。

俺はまさかと思い、砂埃に突っ込んでその影に近づく。

すると、その影に伸びる糸の様なものが、砂埃に混ざる金属と反射してキラリと光る。

俺はその糸を掴み、思いっきり引っ張る。

「グギギ! 何だぁ!?」

すると、頭上からアダムが落ちてきて、影のように見えた布切れも近づいてくる。

「人形の考えることは、分かりやすいな!」

「グギギ! バレてたからってどうってこと無いんだなぁ!」

アダムは糸を切り離すが、その落下の勢いをさらに早め、曲剣を構えた。

俺はそれを受ける覚悟を決め、鉄パイプを右後ろに構え、体を捻って大きく勢いよくアダムに当たるタイミングで振る。

ギャン! という音を立てて、アダムの曲剣とお手の鉄パイプが衝突する。

互いに力は負けていない。

俺は負けじと、我を忘れて歯を食いしばり力を込める。

「グギギ! どうしたぁ! 俺の力はまだ出るぞぉ?」

そう言うと、アダムは言葉通りさらに力を増してきた。

俺は膝を曲げ、何とか耐えるがもう持たない。

「くっそぉぉ!」

俺は現実世界でも出したことのない大声を上げ、同じく込めたことのない力を入れる。

すると、俺の右腕がボッと赤くなって温度を上げた。

「グギ! 何だぁ!?」

その熱は直ぐに鉄パイプを伝う。

すると、アダムの持つ曲剣は、みるみるうちにその原型を留めないくらいに溶け、鉄パイプはアダムに直撃した。

溶けた曲剣の一部が俺の顔の横を通り、切り傷をつけるが気にしている場合じゃない。

俺はさらに力を振り絞る。

「グギギ! お前も力を持ってるとはなぁ!」

アダムは、最後の力を振り絞ってか、ドゥムやイディオにも聞こえそうな声量で言った。

そうして、アダムは糸を吐きながら、奥の岩に叩きつけられる。

俺は息を切らし、膝に手をついて立ち止まる。

「はぁ、はぁ」

初めて、これだけ必死になって、誰かと戦った。

命が危なくなると、声も力も、限界を超えて出すことができた。

……能力も使えたしな。

俺は動けるくらいに息が整い、振り返ってドゥムが居たであろう場所へ向かう。

すると、そう探さない内にドゥムが目の前に現れた。

「キヒヒ! まさか、アダムはやられちまったのか!? こんな男一匹に!?」

俺は痛む脇腹を押さえていた左手を離し、攻撃に備える。

しかし、ドゥムはなかなか攻撃してくるそぶりを見せず、フォークの様な武器を左手でトントンしながら、何か考え事をしている。

「う~む……そうだな、こうしないか?」

俺は反応せず、睨みつける。

しかしドゥムは気にするそぶりを見せず、ふわふわと俺の周りを飛びながら続けた。

「キヒヒ、お前、ファゥル様に合わせてやるよ」

「は?」

予想外の提案に、俺は声が出てしまう。

それを見て、ドゥムはニヤリと笑う。

「キヒヒ、勿論、タダじゃねぇよ。あの二人だ、あの女二人を俺たちに渡したら、お前をファゥル様の所へ連れて行ってやるよ」

俺はそれを聞いて、つい「ふっ」と小さく笑いが出てしまった。

「そんな条件、呑むわけ無いだろ?」

俺がそう言うと、ドゥムは「キヒヒヒ!」と大きく笑った。

「呑むかどうかは関係ない! イディオ!」

ドゥムが叫ぶと、見えない速度でイディオが飛んできた。

二人は向き合って話し始める。

「キヒヒ! 終わったか?」

「……あぁ、二人は拘束した」

二人はそれだけ会話すると、俺の方を向きなおした。

「キヒヒ! と、そう言うわけだ。お前に選択肢はない!」

ドゥムは楽しそうにそう叫ぶが、どうしてかイディオは先程会ったようなオーラは無く、顔は見えないがどうやら申し訳なさそうに見えた。

「……分かった。ついて行く、だから二人は開放してくれ」

「キヒ! お前は黙ってついて来ればいい。女たちは既に、ファゥル様の元へ運ばれている頃だろうよ!」

言い終わると、ドゥムは俺の前をふわふわと浮遊したまま進み始めた。

俺は一瞬、進むのを躊躇ったが、素直に歩いてついて行く。

その際イディオとすれ違ったが、小さく「すまない」そう聞こえた気がした。

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