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再び華が咲く日まで  作者: 井ノ上雪恵
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本音

「それで?どういうつもりですか、ロゼ様?」


 会議が終わり、自室に戻った瞬間にハクから詰め寄られる。

「お前はアリシア殿か」とツッコみながら、は椅子に座った。


「どうもこうも、彼女を生かした理由ならさっき話しただろ?」

「私が聞いているのは、そのことではありませんが?」


 目線で「わかってることを一々はぐらかすな」と脅される。目線だけと言えど、自分の仕える主を脅すなんて肝の座った奴だなと感心した。

 まあ、ハクが聞きたいことはわかっているので、「そう目を吊り上げるな」と言って口を開く。


「告白した理由……だろ?純粋な恋心とは思わないんだな」

「ロゼ様が純粋だったのは子供の頃までだけですので」

「酷い言われ様だな」


 随分な言われ方をされるが、その通りなので大して怒りもせずクツクツと笑う。

 一通り笑って満足すると、いつもの嘘臭い仮面えがおじゃなく素の笑みを浮かべた。


「まあ、恋心なんかじゃない……ハクの予想通り、な。理由は……会議で話した彼女を生かした理由の後者の方とも被ってくるんだが……彼女を生かした理由は?」

「フロスターの対抗手段を開発して貰うため……でしょう?」


 急なフリに戸惑うこともなくアッサリと答えるハク。相変わらず面白味に欠けた男だ。


「その通り。では、あの女が本当に開発をしてくれると思うか?わざわざ“平和の象徴(フィオーレ)”を裏切って“不幸と争いの象徴(デゼール)”に身を堕とした人間が?絶対に有り得ないだろ」

「では司法取引をしては?力を貸す代わりに罪を軽くすると言えば頷いてくれるのでは?」

「……取引ねぇ……」


 ハクの提案に、やれやれと両手の平を天井へと向け首を振る。そんな俺の様子に苛ついたのか、ハクが「ウザい」と目線だけで悪口を言ってきた。

 本当に王太子に対して態度のデカいことだ。

 ハクを揶揄うのも飽きてきたので、そろそろ意図を明かしてやろうと口を開く。


「司法取引は最終手段だ。そもそも取引というのは、互いに利益があって初めて成立するものだ。つまり多少の優位劣位はあるものの、基本的には対等な関係となってしまう。それは御免だ。相手は罪人……絶対に俺の方が上でなければいけない」


 司法取引というのはただの口約束ではない。書類を通して法の下で行われる、正式な契約だ。その契約は例え王太子の権力をもってしても、簡単に反故にはできない。

 つまり相手に提示してしまった利益は、確実に払わなくてはいけないということだ。

 彼女に払うことになる利益は恐らく罪の減刑、もしくは帳消し。

 だが俺は彼女に利益を払う気が一切なかった。


「ハク、よく考えてみろ。そもそもあの女の撒いた種だ。アレがフロスターなんて化け物を作らなければ、こんな面倒な話にはならなかった。自分で起こした不祥事は自分で片付ける……当然のことだろ?何故俺がわざわざ対価を支払わなくちゃいけない?」

「……」


 ハクは何も言わない。どうせ呆れているのだろう。

 構わず俺は続けた。


「それに、俺はあの女が死刑になろうがなるまいがどうでも良いんだ。開発さえやってくれればな。用さえ済めば、公開処刑なり何なり勝手にすれば良い。見せしめとしては丁度良いだろ」

「……では、対価を払いたくないから告白を?」


 ハクがようやく口を挟む。その表情かおには「どちらにせよ告白する繋がりがわからない」と書いてあった。

 ニヤリと笑みを深めると、俺は「ああ」と頷く。


「この世には無償のモノがいくつかある。空気、太陽、風、そして優しさや愛……まあ後者二つは時に有償だがな。罪人の女に優しさなど期待するだけ無駄だ。だが“愛”は?この俺が本気で口説いて落とせない女なんていないだろ?愛する男の唯一の願いだ。大抵の女は断らない」

「つまり“愛”で釣って、利用するだけ利用しようと。用が済めば、その場で捨てるつもりなんですね」


 ハクの語彙には少しばかり軽蔑の色が混じっていた。正しい感覚だろう。

 自分でさえ、自身の性格の悪さには驚いている。少なくとも“平和の象徴”を背負って立つには相応しくない器だ。

 だからこそ、普段は猫被りをしているわけだが……。


「まあ、面白ければ玩具として隣に置いてやっても良いさ。今日も面白かったしな。外見を褒めて、身体目当てだと勘繰られたのは初めてだ。あれには驚いたな。思わず吹き出すところだった」


 地下牢での会話を思い出して口角が上がる。

 いつもは絶対に剥がれることのない仮面が一瞬だけ外れてしまった。

 というより、向こうもこちらに負けず劣らずの捻くれ者だ。


「ああ、こちらはヒヤヒヤしましたけどね。罪人と言えど、殿下に対する態度ではなかったので」


 ハクもハクで地下牢でのことを思い出したのか、視線をあさっての方へ向ける。側近ハクにとっては胃の痛む時間だったことだろう。


「罪人に礼を弁えろと言う方が無理があるだろ。別に礼儀なんて一々気にしないさ。それよりも…………俺は会ったすぐの女をいきなり襲う程、飢えた男に見えるのか?」

「……気にしてたんですか?」


 意外とでも言いたげに目を見開くハク。失礼な反応だなと思いながら、「違う」と否定する。


「俺が褒めてやって、顔を赤らめなかった女が初めてだったから、気になっただけだ」

「ああ、殿下は顔だけは人並み外れてご立派ですから」

「……お前そろそろクビにするぞ?」

「そうすれば、ロゼ様は息抜きできる時間が無くなってしまいますね」


 クビというのは勿論冗談だが、全く戸惑うことも怯えることもしないハクの切り返しにつまらないと溜め息を吐く。

 息抜きはできても、ハクとの時間は退屈だった。


「つまらないな。すべきことは山の様にあるのに、全部退屈だ。これならあの女と話していた方がいくらか有意義だな。デゼールの情報も聞き出さないといけないし……」

「昨日、捕らえてすぐに行った尋問では何も吐かなかったそうですね」

「ああ。この国で拷問は認められていないし、情報を聞き出すには懐柔する必要がある。……それより、今日あの女に贈った宝石、中に確かに盗聴機を仕掛けてあるんだよな?」


 左耳に付けてあるピアスを手で触りながら、ふとハクに尋ねる。

 今日彼女に渡した宝石は何も口説く為の道具として贈ったわけではない。彼女を監視する為に仕組んだものだった。

 宝石の中に取り付けてある盗聴機から拾った音は、左耳のピアスに送られて来る筈なのだが、先程から少しの息遣いも聞こえてこない。


「ええ。確かに取り付けていますが、ロゼ様が敢えて性能を低くしろというので、余程近くに持っていなければ音なんて拾いませんよ。それに、彼女は昨晩一睡もしていないそうですし、命が助かったと思えば気も緩み、もう就寝中なのでは?何故距離が近くないと音を拾えないような盗聴機にしたんですか?」

「盗聴機を付けたのは、ただの監視の為じゃない。彼女が俺の贈り物を身につけているかを確認する為でもある。身につけていれば、少なくとも俺のことを信じているという証明になるだろ?」


 監視役なら看守が居る。今一番知りたいことは、彼女がどれ程俺に気を許してくれているかだ。現段階では、とてもじゃないが信用の“し”の字もないだろう。

 それでも、確実に落とせるだろうと確信していた。


「さて、どれくらいで落ちるかな」


 小さく呟くと、偶然にも彼女の瞳の色と同じルビーのピアスにソッと触れた。




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