“フローズ”の最後の仕事
その日も私は青みがかった黒いマントを羽織り、フィオーレ王国の国境に攻め入っていた。
右手には自分が開発した巨大怪物を産み出す装置を握り、毎度毎度邪魔しに来る、花に選ばれし戦士達を見据える。
……今日は五人か……。
『花の守護者』……“フラワーガーディアン”。花を愛し、人々を守りたいという強く正しい心を持った一握りの者達だけがなれる国の守護戦士。その力の源はフィオーレ王国中に咲き誇る花々らしい。だからこそ、『花の守護者』と呼ばれるのだろう。
……くだらない……。
心の中だけで吐き捨てると、私は装置を起動させた。
「“全てを枯らせ!出て来い!フロスター”!」
「フロー!!」
私の声に反応して、装置が化け物を産み出す。
奇妙な鳴き声と共に現れたのは、巨大な氷の怪物……フロスターだ。
フロスターから常時発せられる冷気によって、国境近くに咲いてある花達が萎れていく。
それを見て、フラワーガーディアン達は一斉に臨戦体制を取った。
「全くもう!現れる度にお花達を萎れさせるなんて、相変わらず酷い人ね」
「お花は人の心!花を虐めるなんて絶対に許せないんだから!!」
藤の花を司るフラワーガーディアンと桃の花を司るフラワーガーディアン二人が、それぞれフロスターに向かっていく。一方は蹴りを、もう一方はパンチを繰り出すが、それくらいでやられる程フロスターは柔じゃない。
無様に二人の攻撃がフロスターに跳ね返されたのを見届けて、私は立っていた岩場から別の岩へと飛び退いた。
その直後に後方から聞こえてきたのは、岩の割れる音。
「あれ?気付かれてた?」
「完全に気配を消したと思ったんだが」
「あ〜、やっぱり一筋縄じゃいかねぇ!めんどくせぇな、おい!」
四つ葉、椿、鬼灯をそれぞれ司るガーディアンが、先程まで私が立っていた場所に攻撃を仕掛けていた。残念ながらその攻撃は見事に空振りし、無意味に帰したわけだが、三人のガーディアンが悔しがる姿に私はフッと笑う。
隙を突いて本体を叩こうとするのは理に適っているが、甘い甘い。まあ、私を倒したところで、フロスターは消えないが。
「残念だったね。お生憎様、気配には人一倍敏感なんだ。私に構ってる暇があるなら、お仲間二人を助けた方が良いんじゃない?」
小馬鹿にしながら、指先を左へ向ける。そちらでは、藤と桃のガーディアンがフロスターに押されていた。
クッと奥歯を噛み締めた三人は、私を一瞥して仲間の元へと駆けていく。
ガーディアン五人対フロスター一体。数では不利だが、力は僅差といったところだろう。
それでもガーディアン五人の連携は凄まじく、段々とフロスターが押されていく。
……ここまでか……。
色とりどりな花吹雪がフロスターに向かって舞ったところで、フロスターは地面に倒れた。
倒れた衝撃によって、周りの花や植物が一斉に凍っていく。フロスター内部に溜まっている冷気が、倒されたことで一気に爆発したのだ。
かなり力を使ったのだろう。肩で息をするガーディアン達を見つめると、私は鼻で笑った。
「ご苦労様。何十本の花達を犠牲に、フロスターたった一体撃破、おめでとう。毎度毎度ホントよくやるよね。それじゃあ今日はもう引くよ。またね」
片手を振ると、フラワーガーディアン達に背を向ける。
そう。ここまではいつも通りだった。
いつも通りフロスターを召喚し、少なくない数の花を犠牲にしてフラワーガーディアン達にフロスターを倒させる。一体倒されれば、そこで撤退。
それがいつものこと。
だが今回はそうはいかなかった。
「そう毎回毎回逃げられると思わない方が良いよ」
「は?」
四つ葉のガーディアンが意味深な笑みを浮かべる。
気付いた時にはもう遅かった。
身体に力が入らなくなって、その場に膝から崩れ落ちる。
……何か盛られた!?クソッ!いつの間に……。
記憶を辿るが、思い当たる節はない。
そんなことを考えている間に、ガーディアン五人が私を囲むようにして立ち塞がっていた。
「幸運の象徴……クローバーの実力思い知ったか!ワッハッハ!」
「……否、単にお前の性格悪い作戦が上手くいっただけで、運とか関係なくね?」
「まあとりあえず、これで貴女も終わりね。フローズ」
「お花をいっぱい枯らしたこと、たくさん反省しなさい!!」
「これから牢がお前を待っている」
口々に言われた後、身体に縄がかけられる。
それが“フローズ”としての最後の仕事だった。
〜 〜 〜
「……何で処刑を止めた?」
そして時間は今現在。
慈愛の微笑みを浮かべた、目の前のいけ好かない男を私は睨み付ける。
ここはフィオーレ王国の城の地下……罪人を収容する為の牢の中だった。未遂に終わった公開処刑の後、私は結局この薄暗く湿った牢屋に戻ってきた。
格子越しに私の前に立っているのは、この国の王太子……国民全員に愛されるロゼ・フィオーレ殿下。
牢に入れられてすぐ、私の様子を見にわざわざ地下まで来てくれたらしい。
そして、先程のセリフだ。
何故敵国デゼールの元幹部であった自分の処刑を止めたのか。
意味が分からなすぎて気味が悪いし、そもそも浮かべている笑顔が気に食わない。
精一杯睨み付けるが、当の殿下は何処吹く風。
優しい笑みを一ミリたりとも歪めることなく口を開いた。
「突然で驚いたよね?……ごめんね。どうしても君をこのまま処刑してしまうのが嫌だったから……」
そう言うと、王太子殿下は申し訳なさそうに眉を下げた。
いかにも心苦しそうな表情である。
まあ、私には関係ないことだ。
変わらず睨み続けていると、殿下は話を続ける。
「調べてわかったことだけど、君はデゼールの人間じゃなく、元々はフィオーレの出身だったそうじゃないか。それなら私の守るべき民の一人だ。……と言うのは建前なんだけど……」
そこで言葉を区切ると、殿下は恥ずかしそうに頬を赤らめる。意味がわからなくて顔を顰めれば、「本当は」と躊躇いながら殿下は口を開けた。
「初めて見かけた時から、ずっと君のことが好きだったんだ。愛しているよ、氷の女性」
「…………………は?…………………」