意味のない名前
「……さて、デゼールの情報は話してもらったことだし、ここからはリズのこれからについて説明しようかな」
薄いようで濃かったリズの話を頭の中で咀嚼し終えると、いつも通りの笑顔を浮かべてリズに話しかける。対するリズは「対フロスター用の兵器を開発すれば良いんだろ?」と今更何言ってんだとでも言いたげな表情をしていた。
まあ、実際してもらうことはそれで合っている。
「その開発についてだけど、城の庭園奥にある離宮の中の研究所で、フィオーレの研究員達と一緒に明日からしてもらおうと思ってる」
「……“一緒に”……本気で言ってるわけ?」
リズが鋭い目で睨み付けてくる。予想はしていたことだ。
リズの話を聞く限り、“フローズ”時代にリズはたった一人で研究や開発を行っていたのだろう。いきなり誰かと協力しろと言われても抵抗感があるに決まってる。そもそも、協調性があるタイプにも見えないので、“誰かと一緒”というのは想像以上に、リズにとって苦になることかもしれない。
だが決定を変える気はなかった。
「勿論、本気だよ。研究員と言っても、研究対照は“奇跡の力”……つまり花のエネルギーだったわけだから、どちらかと言えば『技術者』と言うより『学者』に近いんだ。技術者としては皆ひよっこの新人ばかりなんだよ」
「余計邪魔になるだろ、そんなの」
「まあ否定する気はないけど、だからかな。リズは技術者としてデゼールの幹部に名を連ねる程天才なんだろ?でも、今回開発してもらうのは、王族かフラワーガーディアンにしか扱うことのできない“奇跡の力”に関すること。完成した装置はフラワーガーディアンが使うことになるわけだからね。リズは“奇跡の力”についての知識はそれほど持ってないだろ?だから、リズの持ってない知識を他の研究員達から貰って、研究員達が持ってない技術をリズが皆に与えてあげれば良い。お互いに協力し合いながら……否、“利用し合いながら”頑張ってよ」
「……」
俺の説明を聞いて口を閉ざしたリズ。まだ納得いってないという表情だが、とりあえずは受け入れてくれたらしい。
「あぁ、そうそう。リズの部屋のことだけど、城の三階奥にある客室でこれからは生活してね」
「は?牢屋じゃねぇの?」
「確かにリズは罪人だけど、司法取引をした以上、立場は俺と同等だからね。自分と同等の人間に牢屋で過ごされると俺が困るんだ」
素直に言えば、リズにハッと鼻で笑われた。その顔には「いい性格してんな、こいつ」と書かれてある。
今更自身の性格の悪さについて思うところも直すところも何もないので、リズの嘲笑をスルーしながら、一層人当たりの良い笑みを浮かべた。
「他に質問はあるかい?なければ、君の世話係もとい監視役を紹介して、君の部屋と研究所を案内したいんだけど」
「……聞きたいことはある……だがその前に、監視役って誰?フラワーガーディアンとか言わないよな?」
「勿論、フラワーガーディアンさ」
笑って告げれば、リズの顔が最大限に歪められた。予想通りの反応に思わず笑みが溢れる。
誰だって自分と今まで戦ってきた相手が監視役だと知れば、そうなるだろう。
だが、フラワーガーディアンであることに間違いはないが、リズの思い浮かべているであろう面々ではなかった。
「安心して、リズ。フラワーガーディアンと言っても、つい最近花に選ばれた新人で、まだ“奇跡の力”も満足に扱えない見習いだ。君とは初対面の筈だよ」
まだこちらを睨み続けるリズ。全然信用する気はないらしい。
気の強い猫みたいだ。
ついついリズの頭と顔に猫耳とヒゲを想像してしまって、吹き出しそうになるのをグッと堪える。
「それで?聞きたいことって?」
笑いそうになるのを誤魔化す為に話題を変えれば、リズが変わらず睨み続けたままゆっくりと口を開いた。
「…………名前……何で『リズ』な訳?」
「……」
予想の斜め上な質問に、思わずポカンと惚けてしまう。
静かに告げられた問いは、当然と言われれば当然の質問だが、随分と拍子抜けする内容だった。
失礼だとは思うが、名前の意味に頓着するような性格に見えなかったので、余計に意外に思える。それでも隠す必要もないので、「あぁ、それは」と話し始めた。
「俺の母の名前がエリザベスというんだけど、父からの愛称が“リズ”でね。子供の頃、その愛称を聞いた時、綺麗な響きだと思ったんだ。それだけ……特に深い意味は何もないよ」
「………意味はない…………」
ギリギリ聞き取れるくらいの音量でリズが呟く。
そして気付いた。
深い意味も何もない名前を与えるのは、逆に無礼なのではと。相手は罪人だが、取引相手。本性を知られているとは言え、友好的になるのにこしたことはない。むしろ気分を害して、取引を白紙にされても困る。
何か適当に意味をでっち上げようと頭を働かせたところで、リズの方からフッと控えめな笑い声が聞こえた。その様子を見るに、別に機嫌を損ねた訳ではなさそうで安心する。
「変だと思ったんだよね〜。“スティーリア”は氷柱のことだけど、“リズ”なんて言葉全然知らなかったから。殿下に何か知識で劣ってるものがあるなんて信じられないし、冗談じゃない。なるほど、愛称ね……意味がないならそれで良いさ」
「……お望みなら、意味を作ってあげようか?」
リズの発言に多少苛ついて嫌味を返せば、「要らない」と一蹴される。
くだらないやり取りもそこそこに、時間が勿体ないので「他に質問はあるかい」と尋ねた。
「別に、もうないけど」
「そうか。じゃあ、早速これから君の監視役となる者を紹介しよう。さあ、こっちへ」
言いながら椅子から立ち上がって、リズへと右手を差し出す。勿論その手を取られることはなく、リズは一人で席から立った。
構わず俺は尋問部屋の扉を開ける。
扉の向こうには、まだ年端もいかない子供が顔面を真っ青に染めてガクガクと震えながら立っていた。
「ユリア、お待たせ。リズに自己紹介を」
震えていることは気になったが、一々指摘する時間が惜しく気付かなかったことにして話を進める。
俺に自己紹介を促されたユリアは「は、はいぃ!」と噛みながらビシリと敬礼をリズに向けた。
「こ、この度!リズさんの世話係にえら、選ばれました!ユリア・リフィネストと申しましゅ!よ、宜しくお願いしまッす!!」
「「…………」」
至る所で噛みまくるユリアを見つめるリズの心情は、恐らく俺と全く同じだった。
…………コイツ、本当に大丈夫か?…………