第7話 不注意
「ふぅ」
絵里香の背中が見えなくなって一息つく。
無事に妹を送り届けることが出来たし、一旦家に帰ろう。
しかし、危なかった。
妹が可愛すぎて何度ニヤけそうになったことか。苦節17年、今まで絵里香の前では頼れるかっこいい兄だと思ってもらえるように頑張ってきた。
今更、妹の前で気持ち悪いニヤけ面を晒すわけにはいかないのだ。
でもまあ、この顔なら前世なら気持ち悪かったニヤけ面も絵になってしまう。微笑をたたえたクールなイケメンの出来上がりだ。
前世のニチャアが今世はフフッて感じである。
なんだか複雑な気持ちになるのは何故だ。
しかし、相談中に相手がニヤニヤしてたら誰でも嫌だろう。えりかに怒られてしまう。
最後に絵里香の言った『兄さんならそう言ってくれると思ってた』はやばかった。もう可愛すぎた。
可愛すぎて絵里香をめちゃくちゃ抱き締めたくなってしまった。急に抱きしめたりなんてしたら絵里香も怒るだろうし、嫌われたら嫌なのでしないけどね。
「あ、あの!」
「ん?」
「き、急に話しかけてすみません!」
茶髪の女の子が顔を真っ赤にして俺の目の前にいた。
ふと周りを見ると、いつの間にか数人の人集りが出来ていて遠巻きにこちらをチラチラと見てくる。
全員が中等部に入学予定であろう女子生徒だった。
ん?
あれ?
数瞬、なんでこんな事になっているのか考えた末にすぐに自分のやらかしに気が付いた。
いつもより、視界が澄み渡っている。
周りが良く見える、とても良いことのはずなのに、今世の俺に関してはそれが大問題だ。
俺の抱えている問題は、条件付きで発生する。
「やあ、どうしたのかな。可愛いお嬢さん?」
口からついて出るのは、自分では絶対に言わないような恐ろしくキザなセリフ。
「あ、あう……」
話しかけてきた女の子が真っ赤な顔になって俯いてしまった。
俺の身体は、顔を晒した状態だと口調がホストやどこかの英国紳士のようになってしまうのだ。
小学生までは普通だったが、中学校への入学が近づいてから事件は起こった。
ある日、勝手に動くようになった俺の口は、担任の先生だった女教師を口説き始めたのだ。
家族に対しては普通に話せるのに、それ以外にはペラペラとキザなセリフを吐き始める。
顔を覆うことで治まるが、それに気づくまでは本当に苦労した。
そうだ、今の俺って顔を隠していない。いつもなら学校に来るときは前髪で完全に目元を覆って隠してるのに。
妹の前では普通でいられるからそのまま隠さないでいたの忘れてた。うっかりだ。
完全に俺の過失。
絵里香と一緒にいたから気が緩んでいたな。
そもそも、何でこんなことになったんだ。
天罰か? 天罰なのか?
女神相手にがめつくイケメンになりたいと願ったのがいけなかったのだろうか。
家族といるときは問題ないのだ。
そもそも、この娘は誰だ?
制服を見るに、えりかと同じ新入生の子であってるだろう。
見たことないし妹の友達って訳でもなさそうだ。小柄な女の子で顔は結構可愛い。前世なら俺が赤面してるような子だ。
「あ、あの! こ、この学校に通ってる方ですか!」
「そうだね、高校の方に通ってるよ。今日は妹が入学式でね」
口調はあれだが、少なからず言動に俺の意思が反映されるのは幸いと言えなくもない。
「そ、そうだったんですね!」
可愛らしい子なんだが、微笑ましいというか、小動物地味た可愛さがあるな。
「うん、君も新入生だよね。入学おめでとう」
この状態の良い点としては、愛想がいいところだろうか。
言いながら微笑むと、周りで俺のことを見ていた人だかりから、黄色い声が上がった。
「は、はい……」
目の前のこの子は俯いて小さくなってしまった。
えっと……どうしよ。
なんだか心配になるな、この子。
熱があるんじゃないかってぐらい顔赤いし、眼が泳ぎまくってる。
そう考えたのがいけなかったのか、俺の身体が勝手に動きだした。
「顔、赤いね。熱はない?」
少しかがんで、女の子の額に自分の額を合わせた。
何をしとんじゃ俺は!?
初対面の女の子に対して絶対にしてはいけない。
下手すりゃ捕まる。
というか普通に捕まる。
「うん、熱はなさそうだし大丈夫みたいだね。よかった」
「あ、ありがとうございますぅ」
大丈夫じゃないのは、俺の行動だ。
うん、怒ってないみたいでよかった。
こんなこと、イケメンにしか許されないが、イケメンであることが問題なのだ。
「あの! つ、付き合ってる人とかいますか!?」
「気になるかい?」
気になるかい、じゃないわ。誰とも付き合ったことないだろうが。
この体の問題は、色んな相手に馴れ馴れしく接してしまうことだけじゃない。
それによって、相手に勘違いさせてしまうことだ。
この子も、これから告白でもしそうな勢いだ。
過去に初対面で告白されたことがある身としては笑い事じゃない。
これ以上変な事言う前に帰らせてもらおう。
「おっと、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」
「あ! そ、そうでした」
時計を確認してアワアワしてる。もしも妹と同じクラスになったら仲良くしてほしいものだ。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね」
「あう……はい」
よし、今度こそ帰ろう。
とりあえず、めっちゃ見られてるし直ぐに帰りたい。
俺の身体は勝手に周りの女の子に軽く手を振りだしたが、女の子たちの黄色い声を背中に聴きながら足早に校門から離れる。
ただ軽く話しただけで終わってよかった。連絡先とかも聞かれなかったしな。
いや、連絡先どころか名前すら聞かれなかったわ。
ああ、それにしても失敗したな。
顔を隠してないのを忘れるなんて、気が抜けすぎだ。直前まで妹といたのもあるが、最近はしっかり対策できてたからな。
俺も男だ。女の子に声をかけられるのは、正直嫌いじゃない。さっきの女の子も凄い可愛かったし。
イケメンに生まれたのは良いんだが、こんな問題が発生するなんて聞いてない。
一番、女神に文句が言いたい点かもしれない。
果たして、いつか治るんだろうか。
歩きながら、上げていた前髪を下ろして顔の上半分を隠しておく。
よし、これでオーケー。
所謂、目隠れギャルゲー主人公スタイルだ。
顔を何かで覆うと、素の状態で話すことが出来るのだ。
前髪でも抑えることが出来ることに気づいたのは僥倖。お陰で巣の状態で学校に通うことが出来ている。
変なことをいう心配もないし心置き無くぼっちを謳歌できる。1人でいることが落ち着いてしまうレベルには俺の引きこもり生活は長かったらしい。
俺の髪は妹の髪と違って母親の遺伝で毛先が軽くカールしているので、セットしなければモッサリとした仕上がりとなる。
妹の直毛も憧れるが、この髪質の方が顔を隠しやすいから問題は無い。
こうしておけば、誰彼構わず口説き始めることもない。精神的に楽だ。
普段、高校に通うときはずっとこのスタイルだ。俺は平穏な学校生活を送りたい。
学校の中で変な輩に絡まれても困る。
幸いなことに先生が髪型に対して文句を言ってくるようなこともないから助かっている。
学校でお面をつけたりするわけにはいかないからな。
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