98話 聖女
「クトー! こちらはどうなった!」
僕らが来た道から聞こえてきた声は、アルセラのものだった。
それから直ぐに彼女が姿を見せ、彼女に続くようにオリヴィア、フェリス、レイラ、ジェレと続いていた。
彼女たちは皆真剣な顔で僕たちを見つけると、ほっと一安心したように体の力を抜いていた。
僕とサナは体を返してもらって、皆の所に駆け寄る。
「みんなも無事だった!?」
代表してアルセラが話してくれる。
「ああ、私たちはあの後オリヴィア様達の援護に向かったんだ。そして、戦っていたのだが……急にメア様が砂になって消えてしまった。それでこちらで何かあったのかと思って来てみたのだ」
「砂に……?」
「ああ、ギーシュは一体どうなった? サナの様子を見る限り……問題はないのか?」
「うん。サナは大丈夫。黒蛇病も治って足も動かせるようになったよ。後、ギーシュは……」
僕はギーシュが壁にめり込んだ方を見てみるけれど、そこにはあの時は無かった砂の山が出来ているのを見た。
そして、その手前には少女の服を着ている白骨化した遺体が転がっている。
「あれは……僕が見てくるね」
「わらわも行こう」
僕に続いてダークネスも来てくれるらしい。
サナの体だけれど、神様がついて来てくれるとは心強い。
「よろしく」
僕らがそれに近付くけれど、特に何かある訳ではないようだった。
砂や遺体はピクリとも動くことはない。
「これは……」
『ギーシュと……その妹のミーシャであろうな』
僕の質問にはクラーケンが答えてくれる。
「2人の?」
『ギーシュはフェンリルの時のスキルを使って時間を止めていたのだろう。そして、ミーシャの遺体も同様にしていたに違いない。だが』
「わらわが奴の力を吸い取ったのでな。それで力を失って形を保てなくなったということであろう」
「それは……」
悲しいような……でも、サナを犠牲にしようとした事だから……という想いもある。
そんな僕の気持ちを察してか、ダークネスが答えてくれる。
「悲しむでない。本来のあるべき姿に戻っただけじゃ。それに……」
彼女は両手を組み、2人に対して祈りを捧げてくれる。
すると、
白骨化した遺体と、砂からほとんど消えそうな半透明の人型が立ち上る。
それらは僕らにギリギリ聞こえるような声で囁いた。
「解放してくれてありがとう。兄さんとやっと眠れる」
それはそれだけ言うと、天井をすり抜けてそのまま消えてしまった。
「今のは……」
「ミーシャの魂であろう。ギーシュは蘇らせたかったようではあるが……。彼女は望んでいなかったのかもしれぬな」
「…………」
僕はギーシュの事を想像して、何とも言えない気持ちになる。
もしも……もしもサナが死んでしまっていたら。
どうしていたのだろうかと。
僕もギーシュと同じように、サナを蘇らせたい。
そんな風に願って、行動を起こしていたのではないか……と。
キュッ
「サナ?」
僕の想いを知ってか知らずかサナが手を握ってくれる。
この時はサナだと確信できた。
サナ特有の優しい目をしていたのだから。
「兄さん。私も……私も……もしも死んだら。そのまま弔ってくれると嬉しいな。兄さんや……皆に愛されている事は知っているから。見送ってくれると嬉しい」
「サナ……」
「だから……ギーシュさんみたいに、ずっと……取りつかれたようにならないで欲しいの。約束して?」
「……うん。分かった。約束する」
「ふふ、ありがとう。お兄ちゃん」
サナはそう言って僕に抱きついて来る。
さっきまでは感情が爆発していてあまり分からなかったけれど、こうやって抱き締めるとサナの成長を感じられた。
小さい頃はもっと華奢で触れれば折れてしまいそうだったのに。
今は……しっかりとしたサナがそこにいる事を感じられるくらいには、大きくなっていた。
僕は、サナの成長を喜ぶように抱き締め返す。
「ちょっと、いつまでそうしているのよ」
「え」
僕は声のした方を向くと、そこにはレイラが眉を吊り上げて僕たちを見ていた。
「兄妹でそういう関係になるのは良くないんじゃない?」
それに続くのはフェリス。
彼女だけでなく、先ほどいた皆がいつの間にか僕たちの側に来ていた。
「サナ……貴方までライバルになると言うのですか? 友人として……貴方と戦いたくはないんですが……。でも、もし戦うことになっても、貴方はわたくしの1番の友人ですわ」
今度はアルセラが。
「クトー。レイラ様を悲しませたら私が許さんからな?」
それに続いてオリヴィアが。
「消化不良だ。クトー、わたしと戦え。メアとの決着はつかなかったが、貴様との決着はつけてから王都に戻りたい」
彼女はぶれない。
そしてジェレは……。
「好きにしたらいい」
そう言ってどこかに消えてしまった。
彼女も彼女らしい。
そんな事を思っていると、またしても入り口の方がどやどやとうるさく誰かが入ってくる気配を感じる。
「今度は誰?」
もう一緒に来たメンバーは全員がここに揃っている。
他にここに来るようなメンバーは居ないし、警戒心を強めて見ていると、アルセラと似た鎧をまとった騎士達が入ってきた。
その中には長い髭を伸ばしたいかにも偉そうです。
という様な老人までいた。
「神聖騎士団? と教皇猊下?」
レイラがそう呟いているのを聞いている間に、彼らは僕らを取り囲む。
「貴様ら……ここが一体どの様な場所か知っているのだろうな?」
顔には幾多の戦場を経験してきたのを物語る傷が豊富に刻まれた騎士が口を開く。
彼は僕たちを敵と見做しているようだった。
それを止めるのはレイラだ。
「下がりなさい騎士団長。貴方達が何も出来ていなかったという事を棚にあげて彼らを責める事はあたしが許さないわ」
「貴方は……レイラ殿」
「もう一度いうわ。下がりなさい」
「……皆の者。下がれ」
レイラの気迫に押されたのか、騎士団長は周囲を下がらせた。
「それでは話してもらえますね?」
「ええ、でも……ただの騎士はここから下げなさい。口の固く、拷問をされても吐かない者だけに言うわ」
「そこまでの事なのですか?」
「そうよ」
「畏まりました。教皇猊下、よろしいですね?」
教皇と呼ばれた老人はゆっくりと首を縦に振った。
他の騎士たちは直ぐに部屋から出ていき、レイラがこれまでに起こったことを話し始めた。
「それは……本当ですか?」
レイラの話を信じられないのか騎士団長も教皇でさえも目を丸くしている。
「本当じゃ。わらわの存在を疑うとは、不敬であるぞ」
ダークネスは圧倒的な圧力を出して、彼らに存在感を見せる。
「い、いえ……疑っている訳ではないですが……。その様な行ない……普通の者に出来るのかと……」
「そこにいるクトーがおらねば今頃ギーシュの傀儡にされておったであろうな。感謝するのじゃぞ」
「……はい。畏まりました」
そこで僕に話を振られたので驚いてしまう。
「い、いえ、僕はサナを助けたかっただけでそれ以上のことは……」
「いや、我々がここ数日の記憶が無く、唐突に動き出した時は皆が驚いたのだ。それに、教皇猊下も同意見であると思いますが?」
「ウム。クトー殿。貴殿の行ない。本当に大儀であった。教皇として感謝の言葉を述べさせてもらおう」
彼は渋い声でそう言って頭を下げる。
出会ったばかりの老人に……それも教皇なんて遥か雲の上の人に頭を下げられるのは反応に困ってしまう。
「あ……いえ……その……皆さんが無事であれば僕は気にしません」
正直それ以上言えること等あるだろうか。
なんせ相手は国王と並ぶほどの人なのだから。
僕の言葉を聞いた教皇は話し始めた。
「そうか……我々としても何があったかの原因究明に乗り出したい。それまでは暫くここに滞在してはくれないかね?」
「それはもちろん大丈夫ですよ」
サナは無事は元気だし、急いで戻らなければならない理由も存在していない。
というか、ここまでかなり急いで来たので皆も疲れが溜まっているだろう。
「それでは部屋を用意させよう」
「はい。ありがとうございます」
そうして僕たちはここで少しの間泊まる事が決まった。
割り当てられた部屋は国王が泊まるのかと思う程の豪華な部屋でかなり慎重に部屋を使うことになた。
******
数日後。
僕とレイラ、そしてアルセラは教皇に再び呼び出されていた。
教皇は豪勢な部屋でイスに座っており、その後ろには神聖騎士団団長がいる。
僕たちは彼らと向かい合うようにイスに座っていた。
「ここまで来てもらって感謝する」
教皇はそう言って直ぐに頭を下げる。
立場的にはそうそうに頭を下げていい人では無いと思うのだけれど……。
「い、いえ。お気になさらず」
「そうか。それでは今回我々が用意した物の話を早速させて頂きたい」
「用意したもの?」
「そうじゃ。我々の中に〈黒神の祝福〉が潜んでおったという事由々しきこと。それを暴き、倒してくれた諸君には感謝の印を送らねばならん」
「はぁ……」
印とはなんだろうか。
何か光の神の聖印でもくれたりするのかな。
だけど……僕は光の神の信者ではないんだけれど……。
なんせ近くに闇の神がいるのだ。
それなのに、新しくそれをもらうのは違う気がするけれど……。
「まずは、レイラ、君を正式に聖女として認める。君はこれからずっとここで暮す事が出来る」
「お断りします」
「断る……?」
教皇はなぜレイラが断るのか分からないらしい。
確かに、ここの暮らしは素晴らしい。
家具もお付きの人も食事も全てが全て素晴らしいのだ。
でも、それはレイラのやりたいことではないだろう。
ここに留まり、優秀な回復魔法をずっと金持ちのためだけに使い続ける。
彼女はそんな事をしたい人間ではない。
「理由を聞いても良いかね?」
「あたしは人々を救いたいのです。それは多額な寄付をしてくれる人のためではない。だから聖女になって、ここで生活を続けることになるのであれば、聖女という称号はお返しいたします」
「……なるほど。本当に君は聖女としての素質があるらしいな」
「?」
教皇は軽く笑い、見上げるようにして少し思考していた。
それから直ぐに視線をレイラに向ける。
「では、なおの事聖女になるといい」
「なぜです?」
「聖女は、確かにここに住むことが出来る。但し、それはあくまで権利であり、必ずしなければならないことではないのだ。そして、聖女は誰の判断も必要とせず、回復魔法、スキルを自由に使う権利が与えられる」
「それでは……」
「ああ、君が聖女として、多くの者を救うために外へ行きたい。そういうのであれば、我々は止めること等しない」
「それは……」
「アルセラももちろん護衛として付き添っても問題ない」
「分かりました。お受けいたします」
レイラはそう言って頭を下げる。
教皇もそれを見て嬉しそうに微笑んでいた。
「君がそういった本物の聖女の器で本当に嬉しい。今までの中には君が嫌うようにここで生活をして、貴族しか回復しない者もおったからな……」
「……」
レイラはそれに対して何かを言うつもりはないらしい。
教皇は次はアルセラに向かった。
「さて、では次はアルセラだな。と言ってもこれまで通りレイラの護衛が良いだろう?」
「はい。私はレイラ様のお側を決して離れません」
「ではそのままで位をあげるだけにしよう。出来ることは増えるが、やるべきことは聖女を守ることだけだ。それ以外は気にしなくてもいい」
「ありがとうございます」
「うむ」
そして、教皇は僕に向き直る。
「さて、後はクトー殿。君だな」
「はい」
「君には……これを渡そうと思う」
彼はそう言って、小さな箱を僕に向かって差し出して来た。
「これは……?」
「受け取ってくれ」
「はぁ……」
僕は箱を手に取り、蓋をとった。
そこには、真っ黒なコインが入っていた。
コインには小さくだけれど、9柱の神々が描かれた模様になっていて、重さは普通のコインでは考えられない程に重い。
「これは……?」
「それは我々の感謝の印だ。それを司祭以上の者に見せれば、必ず力になってくれる。受け取ってくれ」
「そんな……者を僕に渡していいんですか?」
「当然だ。君の活躍があったお陰で〈黒神の祝福〉の野望も阻止できた。ならば、我々が出来る限りの事はさせてもらう」
「……ありがとうございます」
しかし、こんな凄い物をもらっても良かったのだろうか……。
もし落としでもしたら正直申し訳がない。
そう思っていると、教皇がそのことについて話してくれる。
「そうそう。それを落としてしまった場合は気を付けて欲しい」
「やっぱり悪用されるからですかね?」
そうなるのであれば、机の中にでもしまっておかなければ。
「いや、そうではない。もしも、君以外の者がそれを触った場合、そのコインには呪われるように細工がしてあるからだ」
「そんな危険な物を!?」
「まぁ……と言ってもそのコインは近くの教会に届ける様にする。と言った物でしかない。それに、近くに教会がないなら教会へ行く者に渡すようにするといったものだ。誰かを傷つけるようなことはない」
「そ、そうですか……」
確かに誰かを傷つけたりはしないのだろうけれど、話を聞く限り正直恐ろしい感じがしている。
という気持ちしか湧かない。
「使わない時には机の奥にしまっておいてくれるだけでもいい」
「わ、分かりました。それではありがたく……」
僕はそれを受け取り、その日はいつにも増しての宴会の様なものになっていた。
それから数日して、僕たちは学園に帰ることになった。
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