96話 引っ張り上げろ
「【氷次元の装甲】!」
僕は2属性乗せたスキルをダークネスに叩き込んだ。
「かっはっ……」
彼女は口から空気を漏らしながら吹き飛ぶ。
僕は彼女に近付き追撃しようとした。
しかし、クラーケンはそれを止めてくる。
『待て』
「どうして? もっと衝撃を与えないといけないんじゃないの?」
『様子をみろ』
「?」
彼に言われるままに彼女の様子を見ると、目の前の彼女は頭を抑えて呻いている。
「く……ぐ……誰じゃ……わらわの中におるのは……。私……いや……わらわは……わらわで……」
『今だ。彼女の中に入ってサナを引っ張りあげろ』
「引っ張り上げる?」
『ああ、その間の体は我が守っておいてやる。だから行って来るが良い』
「分かった」
僕は彼女に近付き、両手で彼女の顔を挟む。
目と目が合うように……彼女の瞳の奥を覗き込むようにしてスキルを使う。
「【タコ化:クラーケン】【精神崩壊】」
【精神崩壊】それは使った対象の精神を自由に書き換える。
精神は繊細な物だ。
少し弄っただけで崩壊を向かえてしまう。
故に崩壊の名が与えられている。
けれど、このスキルは相手を丁寧に扱う事が出来るのであれば、入ることも可能になるのだ。
僕は2つのスキルを組み合わせて、彼女の中に入って行く。
サナを助け出す。
その可能性を信じて。
******
「わらわの中に入ってくるのは誰じゃ!」
サナの顔を憤怒に歪めたダークネスが我を見る。
「ダークネス……そろそろ落ち着いてはくれぬか」
彼女の攻撃を体中に受け、激痛で歪む顔で何とか笑顔を作りながら我は話す。
「ふざけるなふざけるなふざけるな! わらわがどれほどの時を……どれほどの時間を1人で過ごしたと思っておる!」
「他の神達がいたであろう」
「あ奴ら等大事でもなんでもない! わらわ……わらわの大切な子……あの子をもう一度……もう一度みたかったのに……会いたかったのに……。邪魔をするなら……決して許さぬ」
「……仕方ないか」
我はクトーが帰って来るまで彼女の相手をすることに決めた。
そうしなければ、彼女も……帰っては来られないかもしれないから。
「母を……頼んだ」
その呟きは誰にも聞かれる事は無かった。
******
彼女の中に入った僕は気が付くと真っ暗な水の中の様な場所にいた。
上下左右、どこを見ても真っ暗で、見ているという表現が正しいのかも分からない。
だけれど、僕にとってそんな事は重要では無かった。
探している相手はサナ。
サナを見つける事が出来るのであれば、他に何もいらない。
「こっち……か?」
なんとなく、なんとなくでサナのいると思われる方に向かう。
体を動かしているけれど、体を動かす様な感覚とは違っていた。
体がスーッと動いて行くような……。
学園長に『浮遊せよ』をかけてもらった時のような感覚と言った方が良いだろうか。
ゆっくりとだけれど、そちらの方に向かって進んでいく。
すると、手のひらサイズの泡が浮かんでいた。
それは仄かに光っていて、中では何か動いている。
僕はそれをそっと覗いた。
中に映っていたのは僕がサナの車いすを押して、学園を案内している所だった。
「懐かしいな」
僕はそれを見て、ふとそんな気持ちになる。
この時から色々な事があった。
グレーデンにAランクダンジョンに突き落とされたり、クラーケンの力が発現したり……。
期間としてはそこまで長く無かったけれど、1年はあったような濃さだったと思う。
次の泡はサナがフェリスやレイラと会っているところだ。
この頃には僕も友達が増えて来ていて、毎日が楽しかったのを覚えている。
レイラとは一緒に食事をしよう。
そんな事を言っていたけれど、実際にやるまでには酷く時間がかかった物だ。
フェリスも今とは全く違った高貴な雰囲気が出ていて、これが王女様か。
と思えるようなふるまいを泡の中のフェリスは行なっていた。
僕が進むに連れて、サナの記憶の泡がこれでもかと溢れ出てくる。
村にいた時のもの、僕と一緒にお風呂に入った時のもの。
そんな様々なものを見せつけられて、僕はこれらがサナの大事な記憶であると分かる。
「やっぱり……この奥にいるのかな」
暗闇の中、奥に進めば進むほど、サナの温かい雰囲気で満たされているのが分かる。
奥に進めば進むほど、泡から放たれる光は濃くなり、サナがそこにいると確信できた。
僕は、それらの泡に決して触れないように気を付けながら先へ進む。
それらの泡は……僕の推測が正しければサナの記憶。
何一つとってもそのままにしなければならない大事なもの。
ゆっくりと……何時間もかけて僕は奥に、サナに会いに行く。
どれくらい進んだだろうか。
気持ちの上では何時間か……何日か。
それほどに長い時間をかけて奥に辿りつくと、そこにはサナがひざを抱えるようにして漂っていた。
僕は優しく起こすように声をかける。
「サナ」
「……」
「サナ」
「……」
「サナ!」
「ぅ……」
「サナ!!!」
僕は声を徐々に大きくしていく。
彼女が目を覚まさないなら、僕はそう声をかけるしか出来ない。
それに、今の体でサナを触ってしまうと、もしかしたら……壊れてしまうかもしれない。
「サナ……起きて」
「……兄さん?」
「サナ!」
僕が声をかけ続けると、サナはゆっくりと目を開いて僕を見つめた。
「兄さん!? ここは……どこ?」
「多分……サナの心の中。話は後だ。一緒に行こう」
「行くって……どこに?」
「どこにって……」
そこまで聞かれて確かにと止まってしまう。
クラーケンには引っ張りあげろと言われていたけれど、どこに引っ張りあげるのか。
上に向かって行くという事でいいのだろうか。
「兎に角、僕について来て」
「え、ええ……」
僕はサナを先導するように上に向かって登り始める。
進む先には泡が数多く漂っていたけれど、サナが目覚めてからは僕の進む先の泡は僕から離れていく。
しばらく進むと、周囲の泡がなくなっていることに気が付く。
「あれ?」
不思議に思ってサナの方を見ると、サナは僕よりも下の所で動きを止めていた。
「サナ?」
僕は戻って彼女に話しかけると、彼女はじっと下の方を見つめていた。
「どうしたの? サナ?」
「私……行かなくちゃ」
「ええ!? どうして? 一緒に戻ろうよ」
「ダメよ。私……放ってはおけない」
「放っておく……?」
「うん。兄さんは先に戻っていて、私もちゃんと追いかけるから」
彼女はそう言ってドンドンと深く、下に潜って行ってしまった。
「サナ!」
サナが潜って行くのであれば、僕がついていかない訳にはいけない。
僕も、サナの後を追った。
「サナ。僕も行くよ」
「兄さん……いいのに」
「サナが……誰かを見捨てられないのは知っているから」
サナだって、どこかでフェリスの噂位は知っていたはずだ。
それを知っていて友達になったサナの優しさを、僕は知っている。
だから、僕に出来ることは、そんな優しい彼女を守ることなのだ。
深く潜って行くにつれ、更に黒く、重たい雰囲気が周囲を支配する。
ここに来るのは人の来るべき空間ではない、そんな雰囲気すら感じさせた。
「こっち……かな?」
だけれど、サナはそんな雰囲気など気にした様子もなく、どこに行くべきか分かっている様だった。
「あ、いた」
「?」
サナが見つけたと言った方を見ると、そこには20歳位の女性が三角座りをするようにして漂っている。
ただ、その周囲は真っ黒い霧に覆われ、近付くことは躊躇われた。
でも、サナは気にせずに彼女に近付いて行く。
「サナ。大丈夫?」
「ええ……彼女は……きっと寂しいだけ。私も……分かるから」
「そうなの?」
「……うん。それに兄さんがついてくれているなら。大丈夫。行って来る」
サナはそう言って、彼女に近付いて行く。
自分よりも大きい相手だけれど、サナは近付いて構わずに抱き締めた。
「! だ、だれ……」
抱きしめられた方は近くにいたことすら気付いておらず、サナに抱き締められて初めて気付いていた。
そして、驚いて飛び上がっている。
サナはそんな彼女に気にせずに優しく、子守をするような雰囲気で話しかけた。
「初めまして。私はサナ」
「は……初めまして」
「貴方のお名前は?」
「わらわは……ダークネス……」
「!」
そう言われて僕が驚いてしまった。
外で戦っているダークネスがこんなにも……辛そうな雰囲気を出しているとは……。
ただ、サナはそんなこと気にした風もなく、優しく話かける。
「そう。ダークネスっていうのね。いい名前」
「あ、ありがとう……」
「それで、どうしてこんな所でうずくまっているの?」
「わらわ……ずっと……ずっと会いたい者がいるんじゃ……。けど、どちらとも会えなくて……寂しくて……」
「そう……それは辛かったわね……」
「ずっと……ずっと待っておったのに……でも、会うのは難しいことも知っておって……。それで……それで……」
「私が一緒に探してあげようか?」
「難しいと思う……。普段から……どこか遠い……遠い場所におるから……」
「でもいるんならきっと見つけられる。だから……一緒に探しに行こう? 私もずっと手助け出来るとは言わないけど、少しは……手伝えると思うから……さ」
「本当?」
「うん」
「わらわが……貴様を少し借りてもいいのか?」
「私を借りる?」
「そうじゃ……。少し……借りたい」
どういう意味か僕には分からない。
2人が何を喋っているのか、何の意味があるのか。
でも、2人の間ではそれは通じているようだった。
サナは答える。
「いいよ。貸してあげる」
「本当?」
「うん。でも、私も普通に使うからね」
「うん。それでもいい。少しだけでいいの」
「良かった。それじゃあ一緒に行こう」
サナはそう言ってダークネスに向かって手を差し出す。
「……よろしく」
「うん。よろしくね。クーネちゃん」
「それは……?」
「ダークネスだから、真ん中をとってクーネちゃん。嫌?」
「ううん。嫌じゃない」
ダークネス……クーネちゃんはサナの手を取る。
その瞬間、2人が光輝き僕は意識を失った。
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