62話 リャーチェの最期
「待ちな」
リャーチェは口の端から真っ赤な血を垂れ流しながら、ぼんやりした視線を僕に向けてくる。
その様子を見て、僕は悟ってしまった。
彼女は……もう助からないと。
「しかし……アンタ。強いね。500年生きてきてここまで強いのはあの方しか知らないよ……」
「一つ……聞いてもいい?」
「なんだい」
「どうして……神様を降臨させたいの? そこまでして、やらなければならない事なの?」
これだけ多くの人を不幸にして、国を裏から操ることもして、そこまでしてやらなければならないこととはなんなのだろうか。
彼女は、しばらく考えてから、口を開く。
「……それはね。あの方の為だからさ」
「あの方?」
「そう。あの方。あたしがずっと……憧れて……一緒に居たいと願い続けてきたあの方……。あの方が望んだから。だからあたしはここまでやってこれた。ここまでやることが出来た」
「じゃあ……フェリスや学園長を呪ったのも……その人の為という事?」
「ああ……そうだよ。あたしはあのお方の為にしか動かないからねぇ」
そう話す彼女の目は、どことなく恋をする乙女のものだった。
「それにしても、アンタ……。強すぎるよ……。あたしのスキルも効かない。呪術による洗脳も効かない。正面からの攻撃しか効かないなんて……。どうしたら良かったんだい」
「それは……僕に聞かれても」
「はは……まぁ……そうだろうね。でも、どうしてあたしのスキル【生命共鳴】が効かなかったんだい? あたしより弱い者の生命を吸収出来る能力なんだけど……効かなかったのはあの方以外アンタだけだよ」
「知らないって……そのスキルで若さを維持していたの?」
「そうだよ。消費を抑える為に小さい体になってね……。ま、どうせもうすぐ死ぬ。あの方の夢を叶えられなかった……ああ。あたしは……どうしてあたしは何も出来ないんだろうね……」
「そんなことないよ。貴方は強かった。正直、今考え直してもどうやって勝てたのか分からない」
彼女の得意な攻撃が僕にほとんど影響が無かった。
それが理由であることは分かるけれど、それでも、ギリギリの勝負だったようにしか思えない。
クラーケンの力というのも、完全に使いこなしていた訳ではないから。
「全く……勝ったくせにそんなことを……これだから若造は……」
「貴方より若造はほとんどいないよ」
「口の減らないガキが……。まぁいいよ。あたしに勝った褒美をくれてやろう」
「何?」
「といってもそんな大したもんじゃないよ。あたしたち〈黒神の祝福〉の本部を教えてやろう」
「本部……どこ?」
「教会の本部にあるよ」
「嘘……でしょ?」
信じられない。
教会の本部と言ったら、王城と同じくらいに警備が厳しい場所だ。
そんな場所に行けるはずがない。
「本当だよ。伊達に500年。この国に居続けた訳じゃないからさ」
「……でも、どうしてそれを僕に?」
サナを狙っている組織なら、本部の情報を教えてもいいことなんて無いと思う。
「まぁ……あたしに止めを刺すことを待ってくれた礼……と。後は、アンタにもあの方に会ってほしい。そうしたら……きっと……。アンタもあの方の素晴らしさが分かる」
僕はそんな理由で? ということを思っていた。
彼女がどうしてあの方という人に心酔しているのか分からない。
でも、500年もその人の為に働き続けたことを考えると、そこまでの人なのかもしれない。
「ああ……あたしはもう……行くよ……。ギーシュ様……。貴方の為に……生きてきて……幸せでした……」
「ちょっと!? リャーチェ!? リャーチェ!?」
彼女はそれから砂の様に崩れて行く。
そして、そこには彼女が着ていた服だけが残った。
「教会の本部……」
僕は、そう呟くことしか出来なかった。
******
そこは教会の本部のとある一室。
2人の男女が書物の整理をしていた。
「ギーシュ様。これはどうなさいますか?」
ギーシュと呼ばれた男は司祭の服をまとっていて、とても優し気な目を声をかけてきた女性に向けている。
綺麗な白銀の髪を女性の様に背中に垂らし、服には皺ひとつなく着こなしていた。
「メア。それは3番の棚に入れておいて」
「畏まりました」
答える女性は茶色の髪を三つ編みにして前に垂らして、助司祭の服をまとっていた。
背は高くなく、小柄だけれどその手にはかなりの書物を持っていて、力があることを伺わせる。
彼女はメガネをかけており、その奥の瞳はとても理知的だ。
そこに、真っ黒い鳥がギーシュと呼ばれた男の元に来る。
ギーシュはすっと手を差し出し、周囲に誰もいないことを確かめてからメアに手招きをする。
メアも分かったもので近くの机に書類を置き、何も言わずにギーシュの側に近付いて魔法を唱えた。
「『静寂よ』」
2人の周囲を静寂が包み、外の音は一切聞こえなくなる。
それを確認したギーシュは黒い鳥からの報告を聞く。
「……」
「……」
その報告を聞いた2人は驚きで目を開く。
「そうか……遂に……遂に現れたか。巫女が」
「これは……リャーチェの癖に、お手柄ですね」
「ああ、長かった……本当に長かった……。メアもお疲れ、リャーチェを労って出迎える準備をしないと」
「リャーチェに労いなどいりません。と言いたい所ですけど、今回は確かに必要な様ですね」
2人は顔を見合わせた後に、微笑み合い、行動をしようとした所で、ギーシュの顔が真顔に変わった。
それと同時に、彼の手のひらの上にいた黒い鳥も消え去る。
「ギーシュ様?」
「……」
「ギーシュ様? どう致しました?」
「……リャーチェの気配が消えた」
「!? そんな。あり得ません。あのリャーチェが……消える等……死んだ……という事でしょうか?」
「……恐らく。わたしとの繋がりが完全に断たれました。これは……相手方の戦力を把握しないといけません。それに、手駒も増やした方がいいでしょう。これからある場所に行ってきます。巫女の回収はそれからにします」
「畏まりました。私の手伝いは必要でしょうか?」
「いえ、メアはここで仕事を続けていてください。これも重要なお仕事ですから」
「お気をつけて」
「大したことではありません。あくまで時間稼ぎさえやって頂ければいいだけですからね。それでは」
次の瞬間にはギーシュは消える。
しかし、メアは驚いた様な表情は何一つ変えず、天を仰ぎ見るように呟く。
「リャーチェ……貴方の仇……私が取ってあげること位して差し上げます」
彼女はそう独り言をし、魔法を消した。
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