30話 従え
僕の体は気を失ったローバーを、ポイっと興味が無くなったかのように捨て去った。
そして、普通のゴブリンナイトと戦っているレイラとアルセラを見る。
特にレイラの事を見つめている様だった。
「……消すか」
レイラに向かって触手を伸ばす。
道中にいたゴブリンナイトはゴミのようにひき殺されてしまう。
僕は何とか体の操作を取り戻そうとするけれど、触手が近付く速度を落とすので精一杯だった。
ちゃんと自分のスキルと向き合うようにはして来たつもりだけれど、直ぐにそれが出来る訳ではない。
でも、今ここでやらなければレイラやアルセラが……。
「レイラ様!」
「きゃ!」
アルセラがレイラに抱きつき横に飛ぶことで何とか回避することが出来た。
「前回は逃がしたが、今回は始末する」
僕の体は触手を3本持ち上げ、2本は両サイドから挟むように、残りは上空で逃げてきても問題ないように待ち構える。
(ダメ! ダメダメダメ! レイラとアルセラは僕を助けに来てくれたんだ! だから殺させない!)
「ではやって見せろ」
僕の体は僕の意思なんて関係ないと言う様に触手をレイラ達に向ける。
「クソ! クトーはどうしたんだ!」
「今はきっとクラーケンの力に振り回されているのよ! 『聖なる光で浄化せよ』」
レイラがアルセラに抱えられながらスキルを僕に放ってくるけれど、このサイズを覆う程の『聖なる光で浄化せよ』は放てない。
一部分が焼け焦げるだけで終わる。
ただ、その一撃に少し警戒していたのか、僕は触手を少しだけ逸らす事が出来た。
(レイラ! アルセラ! 逃げて!)
「無駄だ。この体の制御は我が握っている」
少し触手を動かされたのにイラついたのか、今の体は煩わしそうに言い返してくる。
(それでも出来ることはするんだ! 僕のスキルなら、僕の言うことを聞け!)
「我を従わせられる存在等ない。【始まりの海】」
スキルがそういうと、足元で音がした。
ちゃぷ
ほんのりと冷たい。
下を見ると、草原一面が水に水没していた。
水かさは最初こそ1,2センチだったけれど、あっと言う間に10センチを超えて1mになる。
「ああ、やはり海は素晴らしい」
スキルはそう言いつつもレイラ達から目を離さない。
それどころか、水が増えて動きやすくなったのか触手を彼女たちに向ける。
「それでは、逃げてみるがいい」
(させるかぁあああああああああ!!!)
僕は必死で理性を取り戻そうと意識的に体を自分で動かそうとする。
けれど、海になったせいか、中々自分の思うようにいかない。
海であればある程、僕の体を動かしている何者かのやりたいようになっている気がする。
アルセラ達は間一発でよけ、少しでも下がろうと必死だ。
「クソ! クトー! 早く何とかしろ!」
「クトー! あたしと食事に行くって言ったでしょうが! 妹も一緒に連れてきていいから早く戻りなさいよ!」
「レイラ様! 前に出られては!」
「あんた! いつからそんなタコ野郎のままになっちゃったのよ! スキルに操られてんじゃないわよ!」
「レイラ様!」
レイラが僕の為に……危険な場所であるのに、僕に向かって言ってくれる。
僕の……僕の為に……。
彼女は聖女だ。
たとえ、自分の身が危険になっても、それでも僕を助けようとしてくれているんだろう。
それに、ちゃんと僕の大事な人の事を知ってくれている。
分かってくれている。
サナが大事なんだと。
サナの為に、彼女は力を使ってくれると言ってくれた。
サナ……そうだ。
僕はサナが大事なんだ。
目の前の敵を見ることばかりでサナの事を忘れかけていた。
サナ。僕にとって大事な……命よりも大事な存在。
このままスキルの言いなりになっているのではいけない。
僕のスキルは、僕が操るんだ!
(僕に……従えええええええええええええええ!!!!!)
「ぐぅ……! 貴様……我に任せておけば全て消してやる。悩みも邪魔者も。全て、時空の彼方に引きずり込んでやる。それが分からんのか!」
(そんなことはお前には頼まない! お前の力は貸すだけでいい! 勝手な事をするな!)
「貴様の為にやってやろうとしているのが分からんのか!」
(それを決めるのは僕だ! サナを守るのもサナを助けるのも僕だ! 全部……全部……僕の責任で、僕が決める事なんだ!)
全て僕が決める。
スキルの言うことの方がいい。
そんなことは関係ない。
僕は僕がやりたいことをやるために生きて、その為に死ぬ。
だからお前にはやらせない。
「失っても知らぬぞ。大切な関係も、大切な者も。全て……全て失ってからでは遅い! ならば最初から作らなければいい! 最初からなければいい! ずっと……ずっと奥底に引きこもっておけばいい! そうであろうが! そうであれば傷つかない! 傷つけられる事も相手を傷つける事もない!」
(傷が何だって言うんだ! 人は生きていれば何かしら傷をつけ合う! どうあがいても、何をしても近くにいるだけでそうなってしまうんだ! でも、人といるからこそ、傷は癒やし合える! 一人でいるだけではただ傷の重さを感じるだけだ! 傷を治したいのなら、人と関わりあい続けるしかない!)
「そんな……そんな事があるか!」
僕の思いを聞いたスキルは、全てを塗りつぶすかのように重い存在感を放つ。
「もういい……消す……全てを消し去る」
僕の体がピタリと動きを止める。
(なんだ……何が始まるって言うんだ)
「この近辺。周囲100キロは海に沈める。その為の準備だ」
(そんなこと! させない!)
「無駄だ。時間はかかるが一度発動すれば止められぬ。時でも戻さぬ限りな」
それっきり、奴の反応は消え去ってしまう。
でも、体は確実に奴の支配下にあることは確かだった。
何とか……何とかならないのだろうか。
僕が出来ること……僕が出来ることは……。
考えようとすると、触手の先が少し動く。
ん? どうして……。
そう考えた所で、スキルは僕の体でかなりえげつない事……それこそ、どうしようもないくらいの事をやろうとしているのだ。
ただし、そちらの方に集中力を持って行かれて、体の制御が甘くなっているのかもしれない。
ならば、何とかして一部分だけでも動かして、レイラ達に伝えなければ。
逃げれるのかどうかは分からないけれど、それでも、何か対策してくれるかもしれない。
地面は……水で無理……。
文字を書いて伝えることもできない。
そもそも口の制御を取り返せば……無理だ。
頭に近付けば近付くほど奴の支配下にあって触れない。
どうしようかと周囲を見回すと、グレーデンがいつの間にか起き上がってこちらを呆然と見上げている。
その口からは火がチロチロと出ていて、触手の腕はだらりと垂れさがっていた。
これだ!
僕はグレーデンに最も近い触手を動かし、グレーデンの触手に触る。
「う、うわぁ!」
グレーデンは驚いているけれど、水に足を取られているからか動きは鈍い。
僕はすぐに触手でグレーデンの触手を捕まえる。
「ひぃぃぃ!」
僕はそのまま絶対に出来ると信じ込む。
(グレーデン! 聞えるか!)
「ひぃぃぃ! タコが! タコが!」
(グレーデン! 時間がないんだ! 聞いてくれ!)
「こ……この声は……クトー?」
僕は内心ガッツポーズをしながら話す。
(レイラ達に急いで伝えてくれ! 時間はかかるが周囲100キロを水没させてしまうかもしれない。そうなったら、大変だ! その代わり今の僕はほとんど動かない! だから逃げるように何とかして伝えてくれ! 早く!)
「わ、分かった!」
グレーデンは僕の言っていることの大変さが分かったのか、急いでレイラ達の元に向かい説明した。
「本当!?」
「本当だ! 俺様の触手に言ってきたんだ!」
グレーデンは必死に伝え、レイラは何か考えているようだ。
アルセラも焦った顔をしているけれど、ある種、覚悟の決まった表情を浮かべていた。
「アルセラ。使うわ」
「畏まりました」
「何だよ……何をするって言うんだよ……」
「あたしのスキルを使うのよ」
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