29話 ローバーの本気
僕の体が自分の物じゃない様な感覚になる。
意識は残っているし、周囲を見ることも出来る。
けれど、体を動かしているのは誰か違う存在だ。
体が人の形態からタコの形態に変化し、徐々に大きくなっていく。
「こ……これが……」
ローバーが僕の姿を見上げている。
高さはどれくらいだろうか。
既に10mは超えるほどの大きさになっていて、触手も太さ1mはある程大きくなっている様な気がする。
「私の前にひれ伏しなさい!」
彼がスキルを使った様で、触手が全方位から巻きつかれ、つつかれる感触があった。
「バ……バカな……」
しかし、その糸全てが触手に対してダメージを与えることは出来なかった。
それどころか、うっとおしい様に少し触手を動かしただけで糸は簡単に千切れ飛ぶ。
まるで最初から存在しなかった様に、動くのを一切阻害した様子はなかった。
「私の……私のスキルはこの程度では終わりません! 【糸の円舞曲】!」
彼の周りで白い糸が何本も……何百何千と集まって行く。
その動きに合わせて白い糸がまるで踊っているかのようだった。
「行け!」
彼は焦った顔でスキルに指示を出す。
踊っていた白い糸は彼に言われるままに僕に向かって来る。
「そ……そんな……」
でも、糸が幾ら集まっても所詮糸。
クラーケンの前では意味を為さない。
触手の上を優しく撫でるだけで終わってしまった。
僕はじっと……ローバーを見つめ続ける。
体も同様に、次は何をして来るのか楽しみにしている様だ。
今の世界の実力を測る。
その為にやっているとでも言いたげだ。
「ふ……ふふふ。全くダメージがないからと言って傍観ですか……いいでしょう。いいでしょう! そこまでコケにされたのなら私の全力をお見せしましょう!」
彼はそういうと懐から注射器を取り出し、それを自分の腕に打ち込んだ。
何をしているのだろうか。
そう思ったのも束の間、直ぐにスキルを使う。
「これは長時間出来ない私の必殺技です! 【糸は束なり力となる】!」
ズアアアアアアア!!!
彼の周りで見たこともない糸が吹き荒れる。
それがどうなるのかと言うと、全て彼の体に入っていく。
これはまさか……。
「そうです。今日の授業でやっていた物ですね? こうやって体に糸を入れ込み、私の力として使う。今までは使う事が出来ませんでしたが、グレーデン君の協力のお陰で大分前進しました。貴方も私に協力してくれれば使わせて上げるんですけどね?」
彼の体は元の数倍にまで膨れ上がり、様々な部分が裂けて血が噴き出ている。
でも、先ほど打った注射は痛覚を消すものか。
そのお陰か、彼は普通に動いているし、スキルも使っている。
「ですが、まだまだこんなものではありません! 私のスキルで強化する事も出来る! 【糸装甲】!」
彼の周囲で舞っていた糸だけでなく、ゴブリン達に巻きついていた糸も全てが彼の元に集まり大きく膨れ上がった体を包み込んでいく。
自身の体を糸で何十にも何百何千と包んで全身真っ白になった大男になる。
「これが私の本気……【糸の暴虐】とでも言いましょうか。フン!」
彼は言いながら地面に向けて拳を叩きつける。
ドゴオオオオオオオオオオン!!!
緑豊かだった草原は割れ、触手の1本がその中に落ちる。
繋がってはいるけれど、その圧倒的な威力に目を見張るものがあった。
「まぁ、この程度は当然ですね」
「……」
彼はゆっくりと僕に向かって歩いてくる。
その顔は勝利を確信した顔をしていた。
「こういうのはどうですか!」
歩きながら、彼はまたしても地面に向かって拳を打ち込む。
ドガアアアアアアアアアアアン!!!
彼が2度目の拳を打ち込んですぐに、僕の体は地面に吸い込まれていく。
彼が地面に打ち込んでいたのはただの脅しではなく、身動きを取れなくする為だったようだ。
僕の体のほとんどが地面に吸い込まれ、鍋に入れられたタコの様な状態になる。
「こうでもしないと逃げられるかもしれないと思ったのでね。殴らせやすくさせて頂きましたよ」
「……」
「言葉が話せるほどの知能はありませんか……。まぁいいでしょう。一度大人しくさせて、しっかりとどちらが上下関係にあるかを教えましょう! 食らいなさい!」
彼は僕の顔に向かって正面から拳を繰り出してくる。
真っ白な装備をして、月明かりに照らされる彼の姿はある意味で美しかったかもしれない。
全身真っ黒で、全てを吸い尽くす僕とはまるで違った様に思う。
でも、彼は所詮……人でしかなかった。
ポス
「へ?」
彼の必殺の一撃は、僕の体に当たり、柔らかい音を立てて受け止められる。
「……」
「……ま、まだまだぁあああああああああ!!!」
彼はそれから全力で連撃を繰り出してくる。
拳だけでは飽き足らずに蹴りで頭突きで手刀で様々な方法で攻撃をして来るけれど、僕にダメージが通ることはない。
何かされているのは分かるけれど、反撃はしない。
落ち葉が当たったからといって全力で振り払うこと等しないのと同じだ。
そもそも、彼の攻撃程度では脅威にすらならない。
「バ……バカな……。これだけ強化したら……Aランク冒険者は当然Sランク冒険者と言えど無事では……」
「……」
驚いている彼を尻目に、体がゆっくりと動き出す。
そして、触手が彼の体を掴む。
パキパキパキパキ
「ぎゃああああああああああああ!!!」
触手が彼の体を握りつぶす。
腹のあたりを掴み軽く力を入れただけで、彼の装備は壊れ、体はもう動けない様にボロボロにされた。
少し力を入れただけでこうなってしまった。
僕の体は興味を無くしたかのようにそれを投げ捨てる。
「あ……ふ……ふふ、私の体を自由にするとは……【糸は束なり力となる】」
ローバー先生は全身が砕かれても、糸を体の中に入れて体を操作し始める。
「ふふ、私の想像を超えていたのは認めましょう……。その力……確かにクラーケンの力……。恐ろしい程に強い……。ですので、ここは引かせて頂きましょう。では」
(待て!)
彼はそのまま背中を向けて物凄い速度で走り去ってしまう。
今の僕の体はタコ。
走ってもそこまで速くない所か遅い可能性すらある。
水の中でなら違ったのかもしれないけれど、地上では……。
「逃がすと思うか……人形風情が。【次元間の門】」
大きさ2m程の黒い渦が出来たと思うと、僕の体はそこに触手を差し込む。
差し込まれた触手は反対側に出ることなく、どこか別の場所に現れ、現れた場所で何かを掴んでそれを放り投げた。
「うわああああああああああああああ!!!」
ズン!
先ほどローバーが走り去った方から、ローバーが飛んできた。
そして、そのまま受け身を取ることもできずに地面に突き刺さる。
「な……何が……ひぃ!」
僕の体は次元を超えて繋げられたのかもしれない。
「……人形に心はいらぬ」
僕の体は恐怖に怯えるローバーを掴むと、顔の前に持ってくる。
「ひぃぃぃぃ! 許して! もう敵対しませんから! だから! だから許して!」
「狂気の狭間に消えろ【精神崩壊】」
僕がローバーに何かをした。
何をしたのかは体の感覚では分からないけれど、触手に捕まっているローバーの顔が百面相の様に変わっていくのだ。
「あ……へ……」
少しすると、事が切れた様に意識を失ってしまう。
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