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小説家探偵

作者: てこ/ひかり

「教えてください……一体どうして……」


 静まり返った大広間に、チロチロと、暖炉の火が燃ゆる音がさざめく。広間には今、宿泊客が全員集められていた。大勢が輪になるような形で、真ん中にひとりの男を囲っている。皆の中心にいた男は、がっくりと跪いていた。男を見下ろし、客のひとり、長身の、細身の男性が尋ねた。


「どうして貴方は、仲の良かった友人たちを次々と殺してしまったのですか?」


 細長の声は淡々としていたが、しかしその答えは、此処にいる誰もが知りたいところでもあった。


 中央にいる男は、何を隠そう、この島で起きた連続殺人の容疑者だったのである。


 数日前から島を襲った、季節外れの台風。

本島と行き来ができなくなり、そしてそれを、狙い澄ましたかのように起きた凄惨たる殺人事件。

およそ数日間に渡り、宿泊客14名を恐怖と絶望のどん底へと突き落とした殺戮劇は、ひとりの若い探偵の鮮やかな推理によって、ついに解決へと導かれたのだった。


 探偵の名は、前田負家。

 本名は“克家“だったのだが、賭け事や恋愛、ゲームやじゃんけんに至るまで、あまりにも“負け“続けていたため、いつしか同業者からそう呼ばれ始めた。


 年齢は20代くらいだろうか。やたら背が高く、細身で、周りの客たちが普段着の中、何故かひとり和服を着ている。頭にはバケツのように大きな灰色のサンハットを被り、そのせいで目元が隠れ気味になっていた。少し垂れ気味で、切長の、探偵独特の隙のない目つきをしていた。帽子の下から、ボサボサの髪の毛が、蛸足のようにぐるんぐるんと伸びきっている。


 前田探偵は、右手に万年筆、左手には分厚い原稿用紙を持ち、今しがた自分の推理を突きつけた男の前に佇んでいた。広間はしばらく静寂に包まれていたが、やがて真ん中にいた男が、訥々と語り始めた。


「……仕方なかったんだよ。あいつらが、あいつらが悪いんだ。あいつらが借金を無理やり押し付けて……」

「……ふむ」


 細長が顎に手をやった。万年筆を持ったまま下顎を撫でようとしたので、首筋にペン先が刺さった。


「痛ぇ!」

「先生、真面目に聞いてますか?」

 不意に、前田探偵の隣に立っていた小柄な少女が咳払いした。

「聞いてるとも、レイラ君」

 前田は首から赤い血を流しながら少女に返事をした。横にいたのは、セーラー服姿の、まだ年端も行かない10代くらいの女の子だった。


「しかしアレだな。今回の動機はあまりにも……」

「……なんですか?」


 レイラと呼ばれた少女が、澄んだ青い瞳でジトっと前田を睨め付ける。地毛なのだろうか、綺麗に手入れの行き届いたブロンズを後ろでポニーテールに纏めてあった。何だか異国じみた、可愛らしい顔つきをしていたが、頬を膨らませて怒っている様は、大人でもたじろぐような威勢があった。前田が唸った。


「今回の事件、しかし残念ながら、決して傑作とは言い難いな!」

「はぁ……?」


 妙なことを言い出した前田探偵に、周囲の客たちも、犯人でさえ思わずポカンと口を開けた。


「ダメだ! これじゃ小説にならない!」

 

 前田が突然金切声を上げ、左手に持っていた原稿用紙をクシャクシャにした。唐突な行動だったので、客たちはギョッとした。


「な……なんですか?」

「小説?」

「ご心配なく。先生は『小説家』の気分を味わっているだけなんです」

 レイラが冷静沈着に答えた。

「小説家?」

「気になっていたけど、探偵さんがずっと持ってるあの紙は一体なんなの? 今回の事件と何か関係があるの?」

「あの紙は……」


 説明するのもバカらしくなって、レイラはどうしたものか迷った。あれは、前田が用意した『ボツ用原稿用紙』だった。『ボツ用原稿用紙』とは、探偵の必須アイテム(と前田は言い張っている)、『文豪がボツになった時の気分を味わうために丸める用』の原稿用紙である。本人曰く、紙をクシャクシャに丸める事で、何か『文学的』っぽい気分になるのである。


「このままじゃ、締切に間に合わないぞ!」

「また始まった……」


 のけぞって頭を掻きむしる前田の横で、麗矢レイラは、ひとりため息をついた。


「いい加減にしてください先生。人が殺されてるってのに、小説なんか書いてる場合ですか」


 レイラが半ば呆れたように前田の脇に肘打ちを入れた。


「そもそも先生は探偵で、小説家じゃないでしょう?」

「しかしだなレイラ君」

 前田は小さく呻き声を上げて嘆いた。


「今時『ただの探偵』一本じゃ、とてもやっていけないんだよ。周りのライバル達を見たまえ。


三毛猫探偵、霊能力探偵、古本屋探偵。高校生探偵、名探偵の孫、美少女探偵。イケメン探偵、少年探偵団、家政婦探偵。大学教授に貴族、マジシャンまで。他にも防犯コンサルタント、薬屋、鮫、外科医、ガリレオ、ヘミングウェイ、マサチューセッツ、ウーパールーパー、ウィンブルドン……」

「分かりました……もういいです」


 "貴族"の辺りからレイラが顔をしかめた。

「確かに色々いますね」

 ウーパールーパー探偵ってちょっとかわいいな、とレイラは思った。

「分かったかい? みんな何かしら、探偵以外にアピールポイントがあるんだ。何か付加価値が……これからの時代、探偵にも個性がなくては」

「それで小説家?」

 レイラは肩をすくめた。


「小説家兼探偵なんて、それこそ掃いて捨てるほどいるのでは?」

「だからって、今から三毛猫を目指す訳にも行かないだろう」

 吾輩は人間である、と前田は真面目な顔で言った。


「"ウーパールーパー"はどうですか?」

「何で三毛猫になるのを諦めて、ウーパールーパーを目指すんだよ。私の人生設計、どうなってるんだ」

「だけど、何で小説家?」

「だって小説なら誰でも書けるし……」

「フゥン……。でも、そう簡単に売れるとは限りませんけどね」

「だからこそだよ。だからこそ私はこの事件を、もっと傑作にしないといけない」


 しばらくふたりの会話を聞いていた周りの客達が、不安げに顔を見合わせ、おずおずと尋ねた。


「あのぅ……事件を傑作にするって、何なんですか?」

「あーつまりですね、もっとみんなに読んでもらえるような、()()()()()()事件にしたいと、そう思っているのです」

「えーと……つまり?」

 客達はなおも首をかしげたままだった。前田は万年筆をくるくると回した。


「つまり、もっとこう……誰か、意味もなく仮面を被ってみたり」

「仮面?」

「無駄に時計の針を数時間ずらしておいたり」

「何のために?」

「携帯を全部叩き割って、外部との連絡手段を絶ってみたり……。そうやって今回の事件に面白エピソードを交えながらですね、小説にして。いずれは私、文壇に『ベストセラー作家兼探偵』として、華々しくデビューしようと思っているんですよ」


 頬を紅潮させてそう力説する前田に、誰もが言葉を失った。この男は一体何を言っているんだ。


「小説家兼探偵……ねぇ」

「それでそんな格好をしているのか……」

「ちょっと待ってくれ! 面白エピソードって何だよ!」


 すると、膝をついていた犯人が顔を上げ前田を睨んだ。


「こっちは真剣なんだ! 人様の人間模様を、勝手に推理小説にするなよ!」

「え? じゃあ、私たちもその小説の、登場人物になるってこと?」

 人々がざわつき始めた。

「いやぁ……」

 前田は生き残った9名全員の顔を見渡し、ポリポリと頭を掻きむしった。


「残念ながらこのメンツじゃちょっと……読者も食いつかないでしょう」

「何よそれ! どういう意味!?」

 客達が騒ぎ出した。

「ちょっと失礼じゃない!?」

 前田はバケツサンハットを深く被り直した。


「だって、まず犯人が地味だ……意外性もない。最初っから犯人が分かりきっていたんじゃ、読んでいて面白くないでしょう」

「そんなこと言われたって……」

「そんなの、私たちにどうしろって言うのよ?」

「そうですね。こうしましょう。犯人は貴女に変更です」

 そういって前田は、唐突に目の前にいる女性を指差した。


「え!? 私!?」

 突然犯人に指名された女性は、ギョッとして目を丸くした。


「何でよ!? 私、殺してないし! 殺す動機もないじゃない。被害者とは何の面識もなかったのよ!?」

「だからこそです。意外性が生まれる。読者もまさか貴女が犯人だとは思わないでしょう?」

「だからって……」

「それって冤罪じゃないか」

「そうだよ。犯人はもう自白までしたのに……」

「そんなファッション感覚で犯人を変更するなよ」

「自白も地味だ!」

 前田が嘆いた。


「何ですか『借金を押し付けられて……』って。短すぎる! 一行で終わりじゃないですか! あのねえ、犯人が犯行動機を告白するって、メインディッシュもメインディッシュ、物悲しげなBGMとか流れ出して、ミステリの一大イベントなんですよ? それを一行って……もうちょっと訳わかんねえ感じでサイコパスっぽく攻めるとか、それっぽい悲しい過去を語って涙を誘うとか、やり方はいくらでもあるでしょう!?」

「なんで私たち怒られてるの?」

「人が死んでるのに地味も派手もあるかよ」

 人々は戸惑ったように顔を見合わせた。


「それに、トリックもどっかで見たことある!」

 しかし、前田の怒りは止まらなかった。


「ロープと滑車を使って……それどっかで聞いたことある! それじゃ著作権法違反だよ! 万が一シリーズものだったら、即ネタ切れですよ! 探偵(こっち)の身にもなって殺人してくれ!」

「そんな犯人聞いたことないわよ」

「これから人を殺そうって時に、トリックのネタ被りとか気にしてられないだろ」

「とにかく、これじゃ小説になりませんから。皆さんは明日までに、誰も読んだことのない画期的なトリックを考えておくように」

「え? 私たちが考えるの?」

「何でよ。事件は解決したじゃない」

「まだです。この事件は、まだ傑作じゃない。斬新なトリックと、()()()()動機が出来上がるまで、この事件は終わりとは言えません」

「何でだよ。言えるだろ」

「だけど先生」


 レイラがふと尋ねた。


「事実を捻じ曲げてまで小説にして……それで先生は満足ですか」

「何?」


 レイラは静かに澄んだ瞳で前田を見上げた。喧喧諤諤としていた大広間が、レイラを見つめシン……と静まり返った。


「先生、それでベストセラー作家になったとしても、探偵として大切なものを見失っているんじゃないでしょうか?」

「レイラ君」

 ハッとしたように前田は身じろぎした。


「大切なのは事件が読み物として傑作か傑作じゃないかではなく……被害者の無念を晴らし、これ以上悲しい事件を増やさないこと。先生は小説家である前に探偵なのですから。このままでは先生は、毎回毎回ありもしない事件をでっち上げて、作家とは名ばかりの、フィクションをセンセーショナルに掻き立てる俗物へと成り果てます。それじゃ探偵失格です」

「レイラ君……!」


 前田は少しバツが悪そうに視線を落とした。その様子に、レイラはふっと声色を和らげた。


「……ありのままで良いんじゃないですか。少なくとも今回の事件は……無理して傑作なんて書かなくても」

「そう……そうだな。確かに……」


 前田は顔を上げた。客達も今や、全員がふたりの会話に聞き入っていた。


「ありがとう、レイラ君。確かに私としたことが、金と名誉に目が眩んで忘れちゃいけないものを忘れかけていたようだ。おかげで思い出せたよ……」

「先生……」

「ありのままで行こう。事件を脚色せず、そのまま書く。レイラ君」

「はい」


 前田は余っていた『ボツ用原稿用紙』をクシャクシャにして、万年筆をレイラに手渡した。


「傑作じゃなくていい。ありのままの事件を……明日までに書いておいてくれ」

「分かりました」

「「「自分で書けよ!!!!」」」


〜Fin〜



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