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なんて晴れ晴れしい日なんだ。空には一点の曇りもなく、太陽が圧倒的な存在感で佇んでいる。寒々しい冬を越え、街路樹が道行く人の色彩をある瞬間だけ奪っては戻し、緑葉の筋が水を通して太陽の光を照り返す。まだ所々に雪は残っているが大部分は溶け、砂糖水を垂れ流したように水とは違う特殊な透明感とドロリとした濃さをガラス越しに感じさせる。
春がやってくる。そして、僕はもう高校生になる。そう考えると、どうも落ち着いていられない。学校に馴染めなかったらどうしよう、友達はできるだろうか。とりあえず部活には入らないといけないけど、運動は苦手だから文化部にしよう。用具代が高いのはNGで、そうなると放送部とかだろうか。暗い青春になりそうだと思ったが、夜遅くまで近所のイオンでだべったりゲームしたりして過ごしてもいいかもしれない。そういう青春もアリだ。だが、結論をつけてしまうのは何だかもったいない気がしてあれこれと妄想が膨らんでしまう。
その瞬間、僕の身体は車を置き去りにし勝手に動いた。不意に車が止まって堪えられなくなったのだ。僕は勢いとは裏腹に運転席のヘッドレストにゆったりと顔を突っ込んだ。運転しているのは父だ。
「ちょっと、しっかりしてよ。」
相席で母が口うるさく言った。
「おう、すまん。急に止まったから。」
父は前の車を指さした。
会社の転勤が決まり、中学を卒業するとすぐにこちらに引っ越した。ゲームセンターはないし、アミューズメント施設も郊外に行かないとほとんどない。だけど、水はきれいで食べ物は美味しいしカラオケぐらいなら競い合うように立ち並んでいる。そしてなにより、天を立つように聳える山々はビルに隠れることもなく、僕を見守ってくれているような気がした。この山は何百年、何千年と生き続け、息を吐いては雲をどかす。
空に一本の煙突が突き出ていた。出ている煙は不定期に揺れ過ぎているようだった。下の方を見ると、そんなに遠くのことじゃない。そういえば車が止まったままだ。
「父さん、進まないの?」
「検問みたいだ。」
何やら騒がしい。仁王立ちした迷彩柄にあれはアサルトライフルだろうか。自衛隊だ。普通のことじゃない。それに人数も多い。30人ぐらいはいる。二人ずつに分かれて車に近づいている。
「車から出ろ!」
「おい、そこ動くな。」
いきなり言われたものだから、何がなにやらわからなかった。
「どうしたんです?」
父が聞いた。こういう時に空気を読めないのは悪いことだと思う。だから飛ばされたんじゃないか、とまでは言わないが。
「うるさい、黙れ!」
「おとなしく従え!」
車のドアを強引に開け、胸倉を掴む。僕の軽い身体は為す術なく外に放り出された。体中に擦り傷ができ、赤く滲んできた。
「なにすんの。訴えてやる!人殺し!」
ヒステリックに叫ぶ人もいる。たしかに、訴えれば勝てる。でも、そんな時じゃなかった。何か緊急事態が起こっているという確信があった。
「今、この近くには爆弾が仕掛けられています。皆さんは、我々に従って速やかに避難してください。」
あの煙のあったところだろうか。しかし、爆発しても車なら安全に早く避難できるから、犯人捜しでもするのか。周りを見渡すと、100人以上はいるように感じた。それに、この道路だけじゃないとなると、かなり大規模だ。愉快犯とかそういうことではなく確実に何かある。
「ほら、さっさとしろ!」
指示に従って前に進んだ。どうやらある病院に向かうらしい。
「あんた、憶えてなさいよ。」
周りで不満の声があがる。こんなことをして、ただで済むはずがない。となると、爆弾以上の何かがあってもおかしくない。
「大丈夫だからな。」
父が言った。その声は少し震えているように感じた。どうやら僕と同じようなことを考えているらしかった。