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中編



なんの臭いだろう、なにか臭い……




「だ……ぶ……さま……聖…さまっ…」

声が聞こえる?


「大丈夫ですか?聖女さま?!」


「ん、?え、あ、あなた、たしか私付きの?」


「そうです、侍女のカリスです。良かった、お気づきになられて」


心配そうに見守るカリスに手を引かれ、起き上がる。

160cmほどな身長、たれ目の優しい感じの侍女だ。


「ここは?」


「レブン領、ナヤ町のケプラ男爵の保有する倉庫と思います」


周りを見ると箱のような物が積んである。

たしかに倉庫のようだ、しかしあちこちにすき間があり、日差しが差し込んでいる。

まるであばら屋だ。

閉じ込められた、ということよね。


「誘拐された?!」


「はい、私は聖女さまのお世話をしようと聖女さまのお部屋に向かったのですが、部屋の前で衛兵が倒れているのが見えて、慌てて後ろを振り返ったら口を塞がれて…」


「私の誘拐に巻き込まれたのね」


「あ、いえ、私がもっと早く気がついていればこのような事は」


「同じよ、状況は変わらなかった、悪かったわね」


「いえ!、聖女さまのせいではありません、そんな、謝らないでください!」


「わかったわ、それよりこの匂いはなに?、なにかが腐ったような」


「そ、それは……」


カリスはうつむいて黙ってしまった。


「?」


ガタン、扉の音だ。


「!!」


ララベルはビクッとして、扉から離れる。

扉が大きく開かれ、そこに数人の男達が立っていた。

その内、見覚えがある男がいた。


謁見の間で見た痩せた貴族の一人だ、最後に一番迫ってきた人!


「これは、これは聖女さま、またお逢いできました、これも水神リューネ様のお導きですかな、いや、ありがたや、ありがたや」


「……私をどうするつもり!?」


「いや、大したことではないのです、あなたには何もしないでいただきます。」


「は?」


男は、後ろに腕をくみながらララベルの前に進む。

痩せこけていたのでかなり年配に見えたが、近づくとシワも少なく意外と若い。


それにしても、訳がわからない。

私が混乱して考えていると、カリスが男に問いただすように話しだした。


「ああ、ケプラさま、どうかお止めください、奥様が悲しみます、メディさまはどうされるおつもりですか!」


「うるさい!カリス!、もうおしまいなのだ!、さんざん私の陳情に耳をかさず、有力貴族ばかりに支援し、浄化の精霊石も手にはいらない、いまさら聖女さまの救いで奴らだけが救われるのは許さない!!」


「メディさまは?!、ま、まさか」


「…………」


カリスが目を見開き、ケプラに声をかけるがケプラは無言でかえした。


なるほど、王国の支援が末端までいきわたっていない、地方貴族が割りを喰ったというところだろうか、でもあのギリウルがそんな失策をする?

いえ、私には関係ないわ。

いまは、一刻もはやくユラシドの世界に帰るのよ。


ズキッ


?なぜかな、今、胸が痛かった。

これは、ううん、だめ!、だめよ、私は早く帰らないといけない!


だから今、この話しをしないと。


「いいわ、私には時間がないもの。あなたの望み通りに[なにもしない]、そのかわり、私の望みも叶えてくれるかしら?」


「?!、せ、聖女さま?」


「ほう、水神リューネ様が遣わした聖女さまが私にご協力頂けると?、それで?、聖女さまは何を望まれますかな」


ケプラは無表情に私を見る。


「私は一刻も早く元の世界に帰りたい、帰る為に神殿にある私の杖を取り戻し、魔法陣のある部屋に行きたいのよ」


「なるほど、聖女さまは帰りたい、ですか、この国を救う力をお持ちなのに、皆を見捨てて帰られる、なるほど…」


ケプラは焦点がさだまらないのか、目をキョロキョロさせている、正気でない?!

私は、この男から少しずつ後退る。


「…ご、誤解があるようだから話すけど、私の意思に関係なくここに連れてこられたの、私は元の世界に急ぎ戻らないといけない理由があって「……めです…」、は!?」


なんだ、後ろ?、カリスの声か?振り返るとカリスが涙を浮かべて震えながら立っていた。


「だめです、聖女さま、そんな事を言わないでください、ああ、お願いいたします、どうかお願いいたします」


「カリス?!」


カリスは私に涙目で、訴えるように話しだした。


「誓ったんです、家族に誓ったんです、聖女さま付き侍女に選らばれ王宮に向かう朝、聖女さまがこの国を救うところを見届けるっ!、私が聖女さまのお世話して、聖女さまに微力でもご助力して、聖女さまが気持ちよくお力を振るえるようにって、だから、だから、お願いいたします、どうかお願いいたします…」


「ああ、聖女さま、彼女はね、全滅したこのレブン領ナヤの出身なんです。もちろん、あなたの部屋が知れたのも彼女のおかげですけどねぇ」


ケプラはつまらなそうに、あさってのほう見ながら言った。

なんだか、私の事はどうでもよくなっている?


それにしても、カリスはケプラ男爵を知っていたという事よね、私の部屋の位置をケブラはカリスから聞き出した、という事はカリスは彼らとグルなの?


「ああ、彼女の名誉の為に言いますけど、あなたの部屋がわかったのは私の部下に彼女の尾行を頼んだからです、彼女が聖女さまの誘拐の場面に居合わせた事は誤算でしたが」


フゥッと、ケプラはため息をついてから私を見る。

カリスはうつむいて震えていた。


「彼女は元々私の屋敷の侍女だったんです、娘に年齢が近かったので娘の遊び相手に雇ったんですが娘がよく懐きまして、姉妹のようになってよく仕えてくれました。」


「あ、あのメディお嬢様は!、どうされているのです?!」


カリスが思いついたようにケプラを問い詰める。


ビクッとケプラの身体がはね、後退った。


「妻が、半年前に毒水で死んだんです。その時に妻が自分の分まで娘を幸せにしてほしいと、約束しましてね、妻の分の精霊石を託されまして、娘に渡してたんですよ」


ケプラは、カリスの問に答えず淡々と話しだした。


「魔王の毒水は一見、普通に透明なんですが水面に黒いもやが漂うんです。これに精霊石を入れると一瞬、黒く濁ったあとまた透明になると浄化されるんですが、浄化した水量で精霊石は小さくなって最後はなくなってしまうんです。」


(まるで魔障霧みたい?、だとしたら私の聖魔法で浄化できるはず)

ララベルは思ったが、ケプラの話しが続く。


「娘のメディはね、そこのカリスとは二歳違いの十五歳ですが優しい子でね、レブン領に一つだけ孤児院があるんですが、よく通って子供たちの世話を手伝っていたんです。それでね、渡した精霊石を寄付していたんです。だから気づきが遅れた……」


ケプラは顔を両手で覆い、膝をついた。


「その精霊石は使っても小さくならなかった」


「ま、まさか!ああ、そんなぁ、いやあああ!」


カリスが泣き崩れる、どういうこと?!


「その精霊石はこのナヤ町である商人が売っていた、王都からの配給が滞りだしたころからね、調べたら砕いた精霊石の粉を似たただの石に塗っただけの粗悪品だったんです。」


ケプラはまた無表情で立ち上がると、私を見る。


「ええ、娘も子供たちもみんな、カリスの家族と同じように、ナヤ町の全ての住民も、肌が黒く変わって死にました。臭いでしょ、町が死に絶えたので死体がそのままだから。商人?、もちろん捕まえて拷問して殺しました。そしたらね、王都のある有力貴族がこの厄災に乗じて荒稼ぎをするために、遠隔地での精霊石の流通を制限していたんです。ヘッケン侯爵でしたか、ええ暗殺しました。当然の報いですよ、はい、それでね、そんな輩を野放しにしていた王族や王都に住んでいる奴らはみな、死ねばいい、という結論になりました。ああ、私の後ろにいる皆さんはナヤの生き残りの方々で私の同志です。」


ケプラは淡々と語った。

後ろには数人の男たちがいた。

みな私を敵視している!?


ララベルは後退るが泣き崩れていたカリスに肩が触れるくらいに下がっている。

カリスの後ろはすぐに壁だ。

ケプラはララベルが下がった分だけ前にでている。

ケプラとの距離は1メル(1メートル)しかない。


私は攻撃魔法は使えない、支援魔法と結界魔法が主体だ。

だが、結界魔法を使うにしてもこの距離では詠唱する間に阻まれてしまう、どうしよう?!


冷や汗をかきながら考えていると、ケプラがいきなりララベルの首筋を掴んだ、そのまま引き上げられる。


「が、?!、ぐ!!」


「貴方もある意味、王族らの被害者なんでしょうけどここは、確実にするためにはこうするしかないんです」


そのまま首を絞められる、力強い、ケプラの腕を叩くが抜け出せない。


その時、泣き崩れていたカリスがケプラに抱きついた。


「いけない!、ケプラ様、メディ様や奥様はそんなことは望んでいない、やめてください!」


「放せカリス!、邪魔をするな!おい、お前たち、カリスをなんとかしろ!!」


後ろの男たちがカリスを押さえ込む、カリスが激しく抵抗する。


「カリス、おまえも俺たちの気持ちが分かるはずだ、王都の連中は俺たちを見捨てた、この聖女も救わず帰ると言う、だからやつらの希望を絶ってやるんだ!それの何が悪い!?」


「それは逆恨みの八つ当たりよ!、みんながなんとかしようと動いて、それで聖女様が召喚できた!、だめーっ!、ケプラさま!、止めてぇ!!」


さらに、ケプラはララベルの首を絞めあげる、身長差で足が浮く。


「し、死ねない!、が、え、ら、ない、と、せ、か、い、を救わず、じね、な、い……」


ああ苦しい、意識が遠のく、死ねないのに、私は死ねない、世界を救わないと、仲間のみんな、ごめんなさい、メイ、リーナ、会いたい、…ギル……ギル…会いたいよぅ。


(ギルーーーーーッ!!!)




バァン、その時激しく扉が開いた。


「やめろ!!、ララを放せーっ!」


ギリウルがケプラに飛びかかる、私は反動で壁際に飛ばされた。

同時に兵士が倉庫に雪崩れ込む。


「か、は、はぁ、はぁ、はぁ…う、」


なんとか息をする、助かった?!、呼吸を整えていた私はいつの間にかギリウルの腕の中にいた。


「ララ!、ララ!、よかった、間に合って本当に、よかった、ああ、ララ、もう離れたくない、もう二度とこんなことはさせない、ララ」


ギリウルが涙を流しながら私を見ている、顔が涙でぐしゃぐしゃだ。

私の視界が歪んで見えた、私も会えた喜びで泣いている、ああ、もう誤魔化せない、私はこの人を愛している。


「ギル!、ギル、ギル、私もあなたと離れたくない、ありがとう!助けてくれて、ありがとう」


「ああ、ああ!」


ギリウルが肩ごしになんども頷く、身体が温かい、彼の熱が伝わる。

緊張が解れて安心感で眠くなる、意識を保っていられない、そのまま私は意識を手放した。




»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»




「はぁ、はぁ、くそっ、いったいどうなっていやがる?!、あの魔法陣はなんだったんだ?」


「……いまは、やれることをやるだけ、考えてもしかたない」


「妹は簡単に諦めたりしない、かならず戻るために足掻いているはずだ」


「す、すまねえ、俺が守らなきゃならなかった、なのに、何も出来なかった、ぐっ、う」




「ベル………何処だベル?」






»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»







「は?!、ギリウル?」


「ここにいる」


ギリウルが手を握っていた、温かい。


「ここは?」


「神殿の客間だ、これを」


「!私の杖?!」


ギリウルが杖を渡しながら、ある方向を指差す。


「この壁の向こうに魔法陣がある、神殿長や貴族らを俺が留めておくから…行くんだ」


「……いいの?」


「やつらは魔王を無視して君を使い潰す気だ、もちろん俺も王宮もそんな事は許さない。だが今回のように強引な手にでる輩がまた出ないとは限らないし、王宮も一枚岩じゃない。王は討伐派だが懐柔されないとは言いきれない。君を危険に晒したくない」


ギリウルはララベルを見つめ抱き込む、自然とふたりの顔が近づきくちびるが重なりあう。

数分、確かめるように抱き合ったがふたりは無言だった。


「行くね、もし帰れて私の世界が救えたら、必ず戻ってくる」


ギリウルは頷き、部屋を出ていった。


私は反対のドアを開ける。

ホール状の室内、この世界に初めて来た場所だ。

中央に魔法陣がある。

私が魔法陣に魔力を注ぐと青白く輝きだす、なおも注ぎながら魔力操作していく。


「パスが繋がった感がある?!向こうの魔素が入ってくる!でも……」


ララベルは額に汗が滲むが、構わず魔力操作を継続していった。




////////////////////////////////////




神殿の別の客間でギリウル、デミ神殿長、他、五人の男たちが話していた。


「ですから、聖女さまを一時でいいのです、我が領地にお招きしてあめを降らしてもらえれば、民も安心でき、農地の耕作が始められる。なにも魔王の討伐を止めろとは言っていない。ただ、貴重な聖女様を危険な魔王討伐に向かわせる前に、御借り頂きたいだけなのですよ」


「魔王討伐が全てに優先だ、エラブ侯爵、それと彼女は生きた人間だ、まるで物のような言い方はやめてもらおうか」


ギリウルはうんざりして、顔をしかめた。

髭を蓄えた四十歳くらい、眼鏡したエラブがギリウルと対峙している。


「王宮の意向はそれでいいでしょう、しかしながら私も派閥から突き上げを受けてましてね、ほとほと困っておるのですよ。それとね、妙な話しがありましてな、王宮が聖女様に魔王討伐を強要し、それを嫌った聖女様が帰りたがっているとの話しがあると」


「そのようなこと、あるわけない」


「だから、聖女様に直接お会いする機会を頂きたい、我々、皆のまえで聖女様の意向を聞きたいのです」


「必要ない」


「話しになりませんな、先の事件のこと、聞き及んでおりますよ、殿下はかの聖女様がどれだけ貴重かお分かりになっていない、我々は危惧しているのですよ、聖女様の管理をこのまま神殿と王宮に任せてよいものかと」


「無礼な!、エラブ侯爵は神殿と王宮の権威をないがしろにするおつもりか!」


デミ神殿長は顔を真っ赤にしてエラブを睨んだ。


「とんでもない、そんなつもりはありませんよ。ただ、我々も聖女様の動向などを知りたいのですよ、聖女様の管理を共同でお願いしたいということです」


「彼女は私の婚約者だ、管理などしないし、させない」


「そういうことではないのです」


フゥッとエラブは一呼吸してチラッと隣を見る。

隣には腕組みし目を瞑ったまま黙って聞き入っている一人の人物がいる。

間をおいてからエラブは話しだした。


「聖女様がいかに強い力をお持ちでも、お一人では魔力にも限界が有りましょう?ですのでその力を共同で増やしていけば、未来永劫ギガールは安泰ということです」




////////////////////////////////////




「繋がるのに進めない感じ?まるで川の中を上流に歩くような…このまま杖の魔力をつかっても足らない?私と同等くらいの魔力をもつ人が杖で魔法陣分の魔力をサポートできないと、流れを遡れない?!」


杖がカタンッと倒れ、ララベルは膝と手をついた。

ハァ、ハァ、と呼吸が荒れ、背がゆれる。

まもなく魔法陣は光を失った。

ララベルの髪は乱れ、寂しく揺れている。

ララベルはそのまま膝を抱えて座り込み、立ち上がることはなかった。




////////////////////////////////////




ガタッ

ギリウルは怒りのあまり、おもわず立ち上がった。


「それはどういうことか!?」


「いえ、その、聖女様に効率よくお力をお使いいただくためにも計画的に運用した方がいいかと。力の配分や将来的に力を受け継ぐお子がお産まれになるにしても、王族だけでは非効率ですし、出来るだけ力を受け継ぐ子をたくさん生んで頂くためにも、多くの貴族と交流をもたれた、 ヒェ?!」


ダンッ


「ふざけるな!!」


ギリウルはテーブルを激しく叩いた。

エラブは目を丸くして引き下がり、救いを求めるように隣の人物を見る。


「ギリウル」


エラブの隣の人物が目をあけた。

顎下に髭を蓄えギリウルに似た軍服、鋭い眼光がギリウルを捉える。


「伯父上、いえ、ゼートク公爵閣下、なんでしょうか?!」


「落ち着け」


「落ち着け?今のこの男の話しにどうやって落ち着けと!この男は私の婚約者に間男をあてがいたい、そう言ったのですよ!」


「だから落ち着けと言っている、この男の話しはあくまでも仮定の話しだ、一つの提案にすぎぬ」


「だからといって容赦できるレベルな話しではない!」


ギリウルはエラブを睨む。


「はひ?!」


エラブはあまりのギリウルの剣幕に、壁際まで引き下がる。


「この男は王国を思う余りにしでかしたこと、王国への忠誠心からだ、ここは我に免じ許せ」


「……二度はない、です」


ギリウルはエラブを再度睨んだあと、席に着いた。

エラブは二人を交互に見ながら、遠慮がちに着席する。


「魔王討伐は先延ばしにしてほしい」


「は?」


唐突にゼートクからでた話しに、ギリウルは直ぐに反応できず困惑した。


「民の不安はもはや王国への不信感に変わった、ここで聖女の力を使わなければ魔王が討伐される前に王国は瓦解するだろう」




////////////////////////////////////




召喚の間に繋がる客間の前に不安げな顔のカリスがいた。

そこにギリウルの側近シンが近づく。


「聖女様は如何した?」


「あれから何の物音もしません、あの、聖女様は帰られてしまったのでしょうか?!」


ギリウル並み長身、ギリウルより色白な青年はたくましい系のギリウルに比べ、あまいマスクのヤサ男系だ。


「聖女様はご自分の世界を救う途中で喚ばれてしまったのだ、たとえご帰還されたとしても責めてはいけない」


「わかっています、わかっています、ただ、殿下は本当にこれでよかったのでしょうか?」


「愛されておられる、だからこそだ、愛しているゆえに聖女様の幸せを第一にされたのだ。だから」


「ですが、殿下のお立場が」


「極刑を覚悟されておられる」


「!!そ、それは、聖女様はご存じなのでしょうか?」


「いや、お伝えされていない」


「それはあまりにも?!」


カタンッ


「「!」」


召喚の間から微かな音がした、二人は慌て間に繋がるドアに駆け寄る。

カリスが叫ぶ。


「聖女様、聖女様、おられますか?カリスです。ご返事頂けますか?」


しばらく待ったが反応がない。


二人は意を決してドアを開けた。


「「聖女様!」」




»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»




真っ赤な炎が燃え盛る、人々が逃げ惑う、黒い霧が街を覆って黒い獣達が人を襲う。


逃げて、早く、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げてーっ




»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»»




ララベルは王宮の一室で目を覚ました。


「……帰れなかった…」


魔力枯渇による意識の喪失、か、杖の魔力もなくなったし、ここではもう一度、魔力を込めるのに何ヵ月かかるかしら?


唯一の希望が打ち砕かれ、途方に暮れるララベルだった。


「失礼します、聖女様、お目覚めですか?」


「カリスね、いま起きたからいいわ、入って」


カリスは飲み物などをのせたワゴンを押して入ってきた。


「ご気分はいかがですか」


「大丈夫よ、少し気が滅入ってるだけ、体は何ともないわ」


「果実水です」


「いただくわ…」


カリスからコップを受け取り、口に含む。


「美味しい」


「まだ、たくさん有りますからお代わりしてください」


「ええ、ありがとう、ところで王太子殿下はどうしているの?」


「聖女様がまだ目覚めていない時に一度、来られております。ただ、直ぐに貴族達との会議に呼ばれてしまいました。」


「そう、彼は私が帰れなかったことを知っているのね…」


ララベルはコップの果実水を見つめながら、呟いた。

その様子をじっと見ていたカリスは、果実水のポッドを持つ手が僅かに震えた。


「私はどのくらい眠っていたかしら」


「一日です、こちらへは私とシン様でお連れしました」


「すまなかったわ、シン様?」


「殿下の側近の方です。殿下の幼少期から仕えておられる方で信頼できる方です」


「そう、ありがとうね、でも放っておいてもかまわなかったの。私は貴方たちを見捨てて自分の世界の為に帰ろうとした」


「聖女様…?」


ララベルはカリスに向き、穏やかに微笑んだ。


「私には今年、五歳になる双子の妹たちがいるの。銀髪で私と同じアイスブルーの瞳でね、とっても可愛いの、カリスには兄妹は、てっ、ごめんなさい!」


「あ、いえ、下に弟がいてこの王都の商家に早くから下働きに出ていて難を逃れております」


「そう、よかった、家族は大事しないとね。働き者の弟さんなのね」


「はい、姉思いの私にはもったいない、よくできた弟だと思っております」


カリスはすこし縮こまりなから話した。

ララベルは目線を窓の外に向け、放心したような顔で話しを続けた。


「私ね、早くに神殿に出家したの。まだ、六歳だった。女神、こちらは水神リューネ様かしら?神様から神託を受けて聖女としての教育を受けた。それは厳しいことだったわ。でも、母が欠かさず通って会いにきてくれたの。苦しい時にも励ましてくれた。側妃だったけど皆から愛される人だった。だから私が出家して王族でなくなってからも、王も王妃も他の側妃までもが気にしてくれて、母共々、皆から本当に良くしてもらった。そんな時、その母ともっともなかのよかった側妃が双子の女の子を産んだの。二人はメイとリーナ、そう、私の妹達よ、だけどその子達の母親は産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまった。だから、母がその子達の面倒を見ていたの。メイドに任せるような事までね、私も事あるごとに手伝だったわ。そうしているうちに母と私にとって二人は一番大切な二人になったのよ」


「お優しくてご立派なお母様なんですね」


カリスの言葉に、ララベルはフフッと小さく笑ってから果実水の入ったカップを取ったが、カップの持ち手を見つめたまま険しい表情で動きが止まった。


「二年前母と妹達が保養地から帰る途中、その馬車を魔王の黒い獣が襲ったの。母は妹達を逃がす為に自らを囮にして逃がした、救助隊が駆けつけたけれど母は駄目だったの。でも妹達は無事だった、だから私は母の墓の前で誓ったの。母が命をかけて守った二人を必ず私が守るってね。私も命をかけて守る、私が二人をずっと守る、だから、だから、それだけが私の、それだけしかないのに、守るって約束しだのに、守らないと、私が守らないどいげないのに、なんで、ねぇ、カリスゥ、私、なんでここにいるの?なんでなの?なんで一人安全な場所にいなければならないの?なんで………」


ララベルはうつ向いたまま、ボロボロと大粒の涙を流し震えながら声を殺して泣き出してしまった。


「せ、聖女様?!」


カリスは突然の事態にどうして良いかわからず、おろおろして手を差し出すがララベルに触れないでいる。


そんな時、ギリウルとシンが入ってきたがこの状況を見てギリウルが駆けつけてララベルを抱き込む。


「何があった!?」


「そ、それが……」


「?!シン、頼む!」


「は!、カリス、こちらへ」


ギリウルはカリスに状況を説明させようと思ったが、察してシンに指示し二人は部屋から退出した。


その日、ララベルは声を押し殺して泣き続け、ギリウルは無言で抱き続けた。




////////////////////////////////////




いろいろあっていっぱい、いっぱいだった私はギリウルに抱かれたままベットで翌朝を迎えていた。


「えーと?ギル?私たち、なんで裸なんだろう?」


「すまなかった、堪えきれなかった」


「はー?…。いや、途中からよく憶えてないんだけどって、ぎゃーっ!!でで行けー!!」


私が真っ赤になりながらギルをベットから蹴りだすと、ギルは器用に素早く服を着て「また来る」と言って部屋から出ていった。

もう来るな!




「聖女様、本当にもうしわけありませんでした」


少しして、着付けと朝食を運んでくれたカリスが謝罪をしてきた。


「え、何、なぜ謝るの?」


「私、聖女様の事情も知らずに自分の気持ちを聖女様にぶつけておりました。心の中では聖女様が帰れなかった事を喜んでいる自分がいたんです。聖女様の世界だって大変なのに、守りたい家族がいたのに、無理やりこちらへ連れてこられてこちらの事情ばかり押し付けられる、なんて私達は聖女様に酷い事をっ!」


カリスはうつむきながら、手を握りしめた。


「昨日でもうふっ切れたわ、だから謝罪はなし!あのね、召喚された時、仲間たちと向こうの魔王をほぼ討伐間際まで追い詰めていたの。勇者に賢者、剣聖、それと大盾使い、皆凄く強かったから、きっと討伐できたはずよ。大丈夫。仲間たちは本当に頼りになるの。信頼できる仲間たちだもの」


ララベルは自分を納得させるように言い、カリスの手を握った。


「聖女様……」


「私、やるわ、この世界でも魔王討伐!ギガール王国のすべての人が平和に暮らせるように、任せなさい!私の全力をみせてあげる」




その午後、ギリウルと側近のシン、カリスがララベルのもとを訪れていた。


「ララ、すまない、伯父上、ゼートク公爵が中心になって魔王討伐の無期限延期を王に上申する方向に次の貴族院会議で決まる見込みだ。奴等の理由は討伐できるかわからない魔王のために、[雨を降らす力を持つ貴重な聖女を失うわけにはいかない]という事らしい」


ギリウルが苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛んだ。

そこにシンが話し出す。


「それだけではありません。先の聖女様の誘拐、殺害未遂事件の引き金になった粗悪な精霊石の流通の件ですが」


「その件はケプラ男爵が黒幕のヘッケン侯爵を暗殺して幕引きになっているだろう?」


シンが書類を確認しながら、ギリウルに手渡した。

カリスがビクッとして書類を凝視する。


「リンデ石採石許可証?なんだ?これは」


「粗悪な精霊石の原石になったものです」


「「「?!」」」


ギリウルが、ララベルが、カリスが目を見開いて書類をみる。

シンが続ける。


「流通側の黒幕はたしかにヘッケン侯爵でしたが、製造側の黒幕がいたのです」


「採掘権は、……エラブ侯爵!、あいつか!」


「知ってるの?」


ララベルが書類とギリウルを見比べながら聞いた。


「あ、い、いや、知っているという程ではない」


「?」


ギリウルは間男を提案されたことを知られたくなくて、はぐらかした。

そこで、シンが発言する。


「殿下、今リンデ石はある領でしか採石出来なくなっております」


「ゼートク公爵領…だ…とっ」


「はい、そしてその最後のページはゼートク公爵領の資金の流れを記載しております」


「………」


ギリウルが書類を見ながら黙ってしまったのをみて、ララベルはシンに質問した。


「その書類にはなにが書いてあるの?」


「ヘッケン侯爵とエラブ侯爵の資金の流れです、二人とも偽精霊石の製造、販売のパートナーで最終利益は」


「真の黒幕は、ゼートク公爵だ、なんてことだ」


ギリウルがうつむきながら答える。


「公爵?王族よね?」


「ああっ、しかし信じられない、あの人はいつも公明正大、このような」


ガタッ、カリスが立ち上がる。


「殿下!犯人なのですね!、私の家族やメディお嬢様、孤児院の子供たち、ヤナ町の人々を殺した犯人なのですね!」


「カリス、落ち着け!相手は王族だ。状況証拠だけでは罪に問えない」


シンがカリスを制する。


「でも!、でも!、でも、酷い、酷いです、う、う」


「カリス……」


ララベルがそっとカリスの肩に手をおいて、ゆっくり座らせた。

カリスはうつ向いたまま、震えている。


「そうか、伯父上はまだ王位を諦めていなかったのだ、だから、偽精霊石を使い民の王宮への不信を募らせようとした」


ギリウルは拳を握った。


「ギル、どういうことなの?」


「かつて伯父上は、俺の父、現国王と王位を争ったのだ。その時、いろいろあってまだ、国王を恨んでいるのかもしれない。!だからか」


突然、ギリウルは言葉を切ってララベルを見つめた。

見つめられたララベルは、恥ずかしさで頬が赤らむ。


「な、なによ?、どうしたの?」


「伯父上たちにとって君の力は誤算だった。だから俺や王宮から君を引き離そうとしているんだ。魔王討伐延期もその一貫だ」


シンが続ける。


「そうです。聖女様に新しい婚約者たちをあてがい、自分たちの陣営に取り込もうと」


「!シン」


ギリウルはシンを制したが間に合わず、頭を抱えた。


「はぁ?新しい婚約者って、ギル!どういうことなの?!」


ララベルはギリウルを睨んで、腕をつかむ。


「……君の力を、受け継ぐ子を多く産ませれば魔王討伐は不要と、夫候補を数人用意したと」


「私は物じゃない!!」


ララベルはギリウルの腕をギュッと握って、ギリウルの目を不安そうに見つめた。

ギリウルは慈しむようにララベルを見て、その肩を引き寄せる。


「そんな事は絶対にさせない」


「ギル、信じるよ?!貴方だけだからね?離さないでね?」


「ずっとララと一緒にいる、離さない」


コホンッ


二人が抱き合って自分たちの世界に入りそうなので、シンが咳払いで阻止した。

二人は真っ赤になってあわてて離れる。


「とにかく、魔王討伐延期の上申が二週間後です。それまでになにか対応策を検討しておくべきと具申します」


「それなら、私に良い案があるわ」


「「「?」」」


胸に手を当ててララベルは、爽やかに言った。


「魔王討伐をやるわ、この四人でね!」




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