前編
「聖光結界❪ホーリィライツサンガ❫!!女神イシスの名において顕現せよ!!!」
瑠璃色の魔鉱石が先端に付いた180cmもの長い杖が虹色に輝く、それを150cmほどにも満たない純白の神官服を纏った小さな少女が地面に突き刺し、その身体からとても出てくると思えない大きな声で呪文を唱える。
膝まで届く輝く様な金髪、白く透明感な肌にこの世のものとは思えないその容姿、それでいてまだ幼さがみえる絶世の美少女、しかしその深いアイスブルーの瞳は強い意思をもってある一点を見据える。
あらゆる穢れや魔障を払い、魔障由来のものを物理的に閉じ込める魔法は聖魔法と光魔法の複合魔法であり、今はこの少女しか発動できない。
その途端に直径300m、高さ200mほどの円筒型な薄桃色の半透明な膜のようなものが少女を中心に拡がる。
そしてその少女から120mほど前方に立ち塞がる禍々しく、黒い霧を体表から放ちながら佇む10mはあろう巨体。
ゴリラに似た黒く毛むくじゃらななにか、激しく隆起した筋肉と下顎からそそりたつ犬歯な牙、赤く輝く眼光は憎々しく少女を睨んだ。
「グウウアアオオァーガアアアァァオオオーー!!」
天にも轟くほどの咆哮は、その❪魔王❫と呼ばれる怪物が最も得意とする魔力を纏った攻撃であり、金縛り、状態異常付与、魔法攻撃無効化、物理攻撃耐性上昇、眷属召喚(増援)、身体強化を同時に成す、魔法を発動する咆哮でもあった。
激しい風圧が少女を襲う、それでも震える足を内股になりながらも杖はしっかりと両手で押さえ、その目は魔王を見据えたままだ。
いや、僅かに少女の口元があがる、魔王の眼に微かな困惑の色が見える。
その時、少女の左右に4人の若者が結界外から飛び込む様に現れる。
魔王からその眷属1万を陽動で引き離し、少女の結界に魔王だけを閉じ込めるべく、一時少女の元を離れていた仲間達だ。
土地を枯らし、人間を病たらしめ、人を喰らう魔物や魔族(人型の人語を解する魔物)を産み出す魔障霧。
その発生源である魔の森の奥地、魔界と呼ばれる地までユラシド王国王都より1年、苦楽を共にしてきた仲間たちーー。
第三王女でありながら神託により女神イシスの加護を受けた、聖女に認定されたララベル王女。
その従者として選ばれ、実力、人望ともに王国最高、そして最強戦力。
魔障霧の真の発生原たる魔王、その前に全ての仲間がここに集う。
勇者カイオス「ベル、いくよ!」
剣聖ハサム「倒す!」
賢者シュリ「おまえら、ちょっとまて!、身体強化、物理攻撃力上昇、魔法攻撃力上昇、と、さすがララベルだ、完全に魔障霧が消え、魔王の全ての魔法力が弱体化されている!」
大盾剛腕ガウス「ガハハ、勝ったも同然だがララベルが要だ、守りは任せてくれ」
聖女ララベル「みんな、お願い…あと少しで世界が救える……大丈夫、きっと勝てる」
賢者と魔王の激しい魔法の応酬、勇者が咆哮し聖剣ザナレシオンが輝く、剣聖の奥義が炸裂、大盾が衝撃波から聖女を守り、聖女の祈りは仲間の負傷を癒し結界を維持していく。
戦いは数時間以上も続き、日が落ちる頃、ついに魔王が膝をついた。
「グゥウ…貴様さえ!、その聖女さえいなければ、ぐっ、我が負けるなどなかったはず、ゆるさぬ!!!許さぬぞ聖女よ ぐがあああっ」
魔王がララベルに手を伸ばし震える腕を翳すが、「させるかー!!!」勇者カイオスが聖剣ザナレシオンを一気に振り抜いた。
「がああああ!」、魔王の吹き飛んだ左手がガウスの大盾に弾かれる。
勇者、剣聖、賢者「「「大丈夫か、ベルーっ!?」」」
大盾「あ、俺はだいじょうぶだが」、「「「ばかなのかー!!」」」、ララベル「わ、私は大丈夫です。」
後退した魔王の体表から絶えず発生していた黒き魔障霧は、結界による効果で完全に止まった。
全員が最終局面を意識し、魔王も最後を覚悟したー!!??その時、まさにその時である。
最終局面、聖女以外が魔王との距離を詰めていたその間隙に❪それ❫は起きた、起きてしまった。
「な、なに?!、なんなの、この魔法陣は、え、!?」
ララベルの足元に突然、見たことない魔法陣が現れる。
明らかに魔王の魔法ではない。
足が魔法陣から離れない、周りの景色がブレ始める、みんな魔王に止めを刺す為、誰もララベルの異常に気づかない。
否、此方に気がついた者がいた、魔王だ、魔王が咆哮するのとララベルが叫ぶのが同時だった。!
「グウオオオーー!」
「みんな、助けて!」
悲痛なララベルの叫びは、魔王の咆哮にかき消されて皆に届かない。
刹那、勇者の勘か、無意識にカイオスが後ろを振り向いた先、
「ベルーっ?!」
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「「「「「おお、成功だ、ついに成功したー!!」」」」」
「よくお出でいただきました、聖女さま、なにとぞこのギガール王国をお救い下さい。」
「なんとお美しい、この世の全ての美を集めた様な……その尊き御名前を教えてほしい」
とある神殿の中、魔法陣の光が収まると一人の少女が唖然として座りこんでいた。
(なんなの、いったい何が起きているの!?)
ララベルは混乱している。
訳がわからない。
さきほどまで自分は魔の森の奥地、魔界にいたはずだ。
あと少しで諸悪の根源たる魔王を討ち取れるはずだったではなかったか?!
討ち取って王国に凱旋、今年5才になる自分と10才差のかわいい双子の妹たち、怖がりな第五、第六王女のメイとリーナに魔王がいなくなった事を伝え、安心した二人の笑顔に癒されるはずだったではなかったか?
突然現れた不思議な魔法陣が眩しく輝やいたと思ったら、ユラシド王国はもちろん、近隣諸国でも見たことのない浅黒い肌な黒髪の人種に取り囲まれたこの状況。
だが、ひとつだけわかっている事がある。
今、自分がここにいるという事は、結界が消えて魔王の魔障霧が復活しているという事。
普通の人間は魔王が出す濃度の濃い魔障霧に直に触れれば皮膚は爛れ、呼吸すれば肺をやられ命を落とす。
ララベルは一刻も早く戦地に戻らなければならないーっ。!
「あ、あの、たしかに私は聖女ですが、その、私には使命があり、ここにいる時間がありません。私には人々の脅威である魔王の討伐が急務でーっ!?「さすが、水神リューネ様が遣わした聖女さま、すでにご理解いただけているとは!この神殿長たるデミ、感服致しました、しかしながら我らの水源地ロムナ湖を汚染し、近づく全ての生き物を喰らうあの❪魔王❫を討伐するにしても、旅装の用意や討伐部隊の編成をするのに最短でも7日はかかりますゆえ、なにとぞそれまでこの神殿にご滞在いただきたい」
「は、?!な、なにを言って、魔王?こちらにも魔王?!が、は?別の??」
小太りな髭を生やした神殿長デミの話しに、さらに混乱して立ち尽くしているララベル。
その横にいつの間にか180cmはある長身、ショート髪、金糸をあしらった軍服、見るからに高貴な出で立ちのイケメンが立っていた。
ララベルの長い輝く金髪にキスを落としながら耳元でささやく。
「私はギリウルと申します、聖女さま、どうかギルとお呼び下さい。」
腰に手をあて、身体を引き寄せられる。
「や!?、やめて下さい!」
慌ててギリウルと距離を取るララベル、そこにデミ神殿長が話しだす。
「聖女さま、こちらにおられます方が我がギガール王国の王太子殿下、ギリウル.ドナ.ギガール殿下に在らせられます。」
「ギガール……?!王国?、王太子殿下?!」
「どうかギルと、聖女さま、あなたの名を教えてもらえないだろうか?。」
「…………」
おかしい、私は王族として近隣諸国はもちろん、大陸全体の国名は覚えているがギガールという国は知らない。
それに、見たことのない黒髪の人種。
まして水神リューネという神の神殿?、私は唯一神、女神イシスさま以外に神がいるという話しは聞いた事はない。
まだ、知られていないどこかの小さな島国なのだろうか。
しかし私をここに連れてきたあの高度な魔法技術を、小島の住民に作り出せるのだろうか?
だか今はそんな事より、戻らなければ!
「あの!、私は急ぎ元の場所に戻らなければならないのです、わ、私にはそこで今まさに世界を救う戦いを仲間たちとしていたのです、仲間たちが心配です、戦いはあと少しで勝てる見込みです、こちらの事情は分かりましたので、父に相談して改めて協力可能か協議を、あ、申し遅れました、私はユラシド王国第三王女ララベル.リンデ.ユラシドと申します。」
一瞬、ぽかんとしたギリウルが「これは失礼しました、まさか遠方の国の姫君とは、私の事はどうかギルと呼んでほしい、あなたのことはララと呼んでも良いだろうか?」
膝を着き、ララベルの手にキスをする。
いきなりの愛称呼びとは、勇者たちも似たところがあったがずいぶんと馴れ馴れしいと思う。
が、今はそれどころではない。
「とにかく、一度、帰還をさせて下さい、戦いが終われば必ずこちらに伺うことを約束します、どうかお願いいたします、今は帰らせて.!」
怒鳴り口調になるのは仕方がない、そちらの話しばかりして、なぜ私の話しを聞かないのか!
ララベルは自分の意思を早急に伝えたいのと、焦りでイライラが止まらない。
それにさきほどから急激に眠気と、目まいを感じる。
数時間に及ぶ戦闘とはいえ身体強化をしていたし、魔力もまだあと数時間、結界を維持できるだけあるはず……?
「……できないのです。」
「はい?」
今のは神殿長の声だが、よく聞きとれなかったがなにを言った??
「あの、今、なんとい「ですから、帰すことが出来ないのです!!」
「……どういう事でしょうか?」
声が低くなる。
当たり前だ、かってに連れてこられて、まして一国の王族を誘拐同然に拐ってきて、外交問題どころか父に知れれば戦争になってもおかしくない。
それくらい父は私を溺愛していると思う。
正直、鬱陶しく思えるときもあったが。
それにしても頭が重い…。
「そ、それはこの召喚陣は、我が王国の王族が代々秘匿してきたもので、王国の危機に聖女さまをお呼びする為のみに使われるものでして、送還については、これまで行われた事もまた、その技術もありません。」
神官長は、額の汗をぬぐいながら答えた。
私はキッとギリウルを睨む。
ギリウルは私の視線を気にすることもなく、「ララ、体調が悪そうだ、話しは後日にしよう」と言いながら、素早くララベルを横抱きに抱き上げる。
「?!、は?、下ろして!、私の話しを「後日だ!、君は自分の状態が分かっていない、そのままでは倒れてしまう、誰か!、急ぎ医師を呼べ!、このまま部屋へ運ぶ!」
「かまわないで!!、私にそんな時間は「駄目だ、今は眠れ」
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メイ「ベルねえさま、おはなでおおかんをつくったの、つけてあげる、しゃがんで」
リーナ「だーめ、ベルねーさま?、こっちよ、きれいなおはなみつけたの、こっちにきてー」
お揃いのピンクのドレスに王家のティアラをつけた、銀髪がふたつ揺れる。
二人の眼は私と同じアイスブルーだ。
天使のようにかわいい双子。
魔界への旅の前だから二人は4才の姿しか見ていない。
最後に会ったのが旅の3日前、二人の誕生日の4日前。
「メイ、リーナ、これをあげる、私は二人の4才の誕生日に会えないから先に渡すね」
「ベルねえさま、このはこは?」
「ベルねーさま、このはこなーに?」
「開けてごらん」
「「わぁー?!」」
箱を開けると、虹色の優しい光と花びら(幻)が部屋全体に拡がり神殿の女神の慈愛の歌がながれる、小物箱の魔道具だ。
神官たちに頼んで、この日に間に合わせてもらったのだ。
「ベルねえさま、ありがとう」
「ベルねーさま、ありがとう」
二人が笑う、天使の笑顔だ。
神殿に聖女として選ばれ否応なしの魔王の眷属との戦いの恐怖の中で、私の唯一の癒しだった。
この笑顔を守る為ならどんなに辛く苦しくても耐えられる。
ああ、早く二人に会いたいなぁ……
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知らない天井が見える。
格子に区分けされそれぞれに花や雲、知らない動物が描かれている。
ユラシド王国の城の天井ではないし文化から違う気がするが、ここは……?!
「は、!、そうだった、私、あの時にギリウルに眠りの魔法をかけられて!?」
「聖女さま?!、お目覚めですか、ああ、よかった、直ぐに王太子殿下をお呼びいたします。」
この国の侍女だろうか、慌てたように部屋から出ていった。
まだ、頭が重い、ギリウルには会いたくないが帰る為には話しをしなければならない。
それにしても、あんな弱い魔法にかかるなんて…私の魔法耐性はイブリア大陸一の賢者並だったはず、中級以下の攻撃魔法でも弾くのに。
あれは、生活魔法レベルの魔力しか感じなかったはずだ、自分はかなり弱っていたのかな?。
「ララ、目覚めたんだね、よかった、三日も眠っていたから」
「三日?!!!」
扉からギリウルが入ってきてベットの端に座り、ララベルの手を握り肩を引き寄せて、見つめてくる。
構わずララベルは眉間にシワをつくり、うつむいて考え込む。
(三日なら戦いは終わっている、あの時すでに魔王はかなり弱体化していた、左腕は勇者の聖剣で失っていたし、魔力も開戦時の1/3程度しか感じなかった。あの四人なら……)
「だ、いじょうぶ、よね……「なにがだい?」?!!!」
小さく呟いたララベルの耳元で、ギリウルがささやく。
(ち、近い?!近い!近い!!!)
ララベルは真っ赤になりながらベットの奥ににげる。
その時、自分が純白の神官服ではなく、薄いベールのネグリジェに着替えさせられている事に気がついた。
下着が透けて見える。
「っ~~!???!!」
おもわず毛布に潜りこむ。
ギリウルはにこやかに笑いながら
「そんな顔もするんだ、かわいいなあ」
「からかわないで下さい、王太子殿下。」
「フフ、眠っていた君の顔もかわいいけど、今の方がいいね」
「……」
(変態?!、なんなの、この男は!、本当に王太子なの!、ありえない、なんて粗暴で品がないの!、そもそも私が眠っていたのは、あなたがかってに私に魔法をかけたせいじゃないの!)
さすがに仮にも王太子殿下だ、言葉にするわけにはいかず、ララベルはキッとギリウルを睨む。
「王太子殿下!、お話しを「ギルだ、ララ、ギ・ル、ほら、呼んで」
「はぐらかさないで下さい!」
「呼んでくれないと、お話ししてあげないよ」
ララベルは頭を抱えた、本当になんて話しが通じない男なの!
「では、ギリウル殿下と」
「ギルだよ」
「呼べません、王太子殿下であられる方を愛称呼びなど」
「なら、婚約者としてならどうだい」
「は!?、な、なにを言って」
ギリウルが毛布ごと私を引き寄せる、拒絶でベット端を掴んでいたけど引き剥がされた、力ではかなわない。
「召喚された聖女は皆、王家の庇護下に入る、300年前の先代の聖女も王家に嫁いでいるんだ、だから、君を守る為だからね?」
「……拒否権はないんですね」
「そうだね、すまないとは思っている」
「心にもないことを言わないでください」
「随分と嫌われたなぁ」
「嫌われる様な事をしている自覚がないんですか」
そんな、すまなさそうにしても形だけなくせに。
「ないな、それよりもギ・ルだよ?、呼んで?」
「~~ーうーっ、っ、!」
「話しをしたいんだよね、俺と」
ララベルは、やや上を見上げながらハァアーッと大きく息を吐いた。
「では!、……ギリウルさまと」
「ん~まだかたいけど、今はそれでいいかな、それで?、なにを話したい?」
「帰還についてです」
「それは、すでに結論がでていると思っていたけど」
「魔法陣を見せていただけますか?」
「今直ぐは難しいけど、いいけど?、見てどうするの?、神官達が百年かけて魔力を蓄えないと動かない代物だけど。」
「ひゃ、百年~?!」
「ん、代々の神殿に支える神官達が日々の日課で魔力を注いで有事に備えているんだ、君を召喚したから今は魔力は空、だね、こんなんでいい?」
「つっ、わ、分かりました、約束です、それと、私の杖が見あたらないのですが?」
「神殿に保管されたようだ、あとで持って来させよう」
「ありがとうございます。」
ふう、あの杖はあれ自体が魔力を蓄えられるようになっているから、私の魔力と合わせれば足りるかも。
なんとしても、帰らないと!
「ああ、それとララ、自身になにか、魔法がかかってないか?、それもかなり変わった術式の、その、体調不良の原因かもしれない。」
「魔法、?」
「医師が体調不良の原因がわからないとのことで、魔力もちの神官や宮廷魔術師にも見てもらったら、魔力が内に集まるような感じ?、のなにか、の術を感じるらしく、それがおもうように集まらなくて、君の体力がかわりに奪われているみたいなんだ。」
「!」
「心当たりがある、みたいだね」
「ええ、でもそんなはずは?え?!、ちょっとまって!ごめんなさい、術式を解除するから離れてもらってもいいですか?」
「ああ」
ギリウルが離れたのを確認して、私は両手を胸に置く、さきほど感じた周囲の魔素を、さらに範囲を拡げて部屋全体に感覚を……これは?!!!
……魔素がないわけではないが、かなり薄い、こんな場所があるのだろうか?
私は賢者に教えもらった、周囲の魔素を集め魔力に変換する魔法を魔王戦の直前、自身にかけていた。
いわゆる、魔力枯渇を防ぐ為の節約魔法だ。
魔界は魔素が濃かったから変換効率を高くし、持続的維持をさせたままだ。
ただ、この魔法の欠点は変換する魔素が極端に不足すると、代替えで体力など生命力を魔力変換してしまう。
魔素が比較的少ないユラシド王都周辺でも今の変換率で問題なかったのに、ここはユラシドの半分以下!、いや、もっと少ない?!、これでは魔法維持の消費魔力の方が大きい、魔力切れになってもおかしくない!。
「ドレイン解除!」
頭の重がスッと引いて、身体の怠さが消えていく、眠気はまだ少しある?、ああ、魔力が枯渇寸前だ。
「その様子だとうまくいったようだね」
「ええ、空間の魔素を魔力変換する節約魔法だったの。でも、このあたりは魔素が異常に少なくて、魔法継続維持への魔力供給が変換を上回ることで体内魔力が枯渇寸前だった、でも魔法維持への魔力供給は止まらないから、無理やり生命力を使っていた、それが原因よ。」
「無茶なことをするな!」
そう言ってギリウルは私の髪に手を入れながら、抱き込もうとしてきたので手を払ってかわす。
「ご心配ありがとう!、でもあなたに心配してもらう必要はないわ」
ララベルは、ギリウルの馴れ馴れしさにうんざりして睨む。
「婚約者を心配しない理由はない」
「名目上でしょ、王家の保護だってあなたが言ったじゃない。」
「違う」
ギリウルが真っ直ぐな視線で私を見てくる。
サラサラな短髪な黒髪、浅黒い肌は日に焼けたようで健康的で力強く、顔はイケメンだ。
そのあまいマスクはユラシド王国なら貴婦人達の羨望の的だろう、て、私はなにを?!
グゥゥッ
「ん?、なんの音だ?」
「~~~っ、……です。」
ララベルが、うつむきながらこたえる。
「なんだって?よく聴こえなかっ「おなかが鳴った音です!わざとですよね!」
ニヤニヤしながら聴こえないと言おうとしたギリウルに、真っ赤になりながら涙目でキッと睨む。
「し、仕方がないじゃない、召喚まえから食べる時間もなかったし、そもそも、あなたが私を眠らしたから!」
おもわず、毛布から飛びだした。
「はは、すまなかった、本当はあの魔法は数時間で起きるはずだったんだが、まさか、3日になるとは思はなかった。直ぐ食事を用意させよう、それと着替えもね」
「~~~っ!!」
ネグリジェだった!、慌てて毛布に潜りこむ。
「かわいい~、ははは」
ギリウルは、笑いながら部屋をでていった。
「あの男、!?信じらんない~くやしい~~っ!」
なんだか、負けたような気になるララベルだった。
////////////////////////////////////
翌日、体調も回復し再びギリウルがやってきた。
私は、こちらのドレスに着替えているが随分と露出の多い服だった。
恥ずかしいので元の神官服をお願いしたが、こちらがこの国の正装だとのこと。
たしかに侍女も露出が多いタイプの服を着ているので、今は黙って従っておいた。
ここは、ユラシド王国より気温が高いようだったからそのせいなのかしら?
でも、男性はギリウルや神殿での様子だとユラシドの男性とあまり変わらない、男性用でもよかったのに。
「だいぶ顔色がよくなった、わが王国のドレスがよく似合っている」
「…あの!、昨日の約束は!、いつになるの」
「魔法陣の事か?、急いでどうする、動かせないんだぞ、ん?、なにか手があるのか?」
ギリウルが目を細める、なんて聡い男、今は杖の事を知られるわけにはいかない。
「私が来た場所を、よく見ておきたくてよ、特になにかあるわけではないわ」
「……まあ、いいだろ、先ずは俺の親父に会ってもらいたい」
「あなたの父親、ギガール王国国王と?」
「明日、謁見の間だ。聖女のお披露目になる」
「まだ、ギガールの聖女になるなんて約束してないわ、信仰する神も違うし」
「どんな神なんだ」
「女神イシスは慈愛の神、人々の幸福と命を守護し、全てのものに愛を与える」
「同じだな、水神リューネと」
ギリウルの反応に、ララベルがピクッと反応する。
「どこが同じなの」
「水神リューネは豊穣の神、大地に生きる全てのものを守護し、愛と稔りを与える」
「それだけ?」
「ああ、それだけだが女神イシスは他にもあるのか」
「イシスは命を守護する、人々の命は尊いのよ、だから命を軽く扱う事は禁忌なの」
「それは、当たり前だろう」
「人間の道徳観念ではなく、もっと神罰てきなこと、欲で人の命を奪ったり自害したりすることはイシスからいただいた命を軽く扱う事、輪廻から外れ愛しい人に二度と巡り会えなくなるわ、恐ろしいことよ」
「死んだら会えないだろう」
「いいえ、必ず巡り会えるの。イシスさまが会わせくれるわ。」
ララベルは、なんの迷いもない顔ではっきりと言い、にこやかに笑った。
ギリウルは、一瞬、目を見開きララベルを見つめたが、すぐにニカッと笑い「そうか、良い神なんだな」と言った。
その笑顔にララベルは目をそらし、頬を染る。
(なに!?なんなの!その笑顔は反則じゃない?!)
ララベルは動揺している自分をギリウルに気づかれたくなくて、気になっていた別の件を聞いてみた。
「そ、それより確認したい事があるの。昨夜、月が出ていたんだけど一つしか見つけられなかったんだけど、この辺りでは他の月が見えない日があるの?」
「は?、なにを言っている、月は一つだけだろう!?」
「……………どういうこと?!」
ララベルは目を見開き、驚きを隠せない。
「なんだ?、月エンリケは俺が子どもの頃から一つだが」
「三つよ…」
「?、なに」
「メテ、メオの双子月、離れて見えるは女神の慈愛月ムンラ、ムンラは見えない時もあるけど双子月はいつも見えていた……」
ララベルは目覚めてから感じていた、嫌な予感が現実であることを確信し青ざめる。
「………どうしよう、帰れない?」
ララベルは小さく呟いた。
「なんのことだ!?」
「……わたし、異世界にきてしまったみたい?!」
////////////////////////////////////
翌日、謁見の間にはデミ神殿長ほか、多くの貴族が聖女の入場を待っていた。
「王太子殿下、聖女さま、ご入場ーっ!」
ギリウルにエスコートされて現れたララベルを見た貴族たちは息をのんだ。
初めてみる金髪は膝下まであり揺れるたびにきらきらと輝き金糸よう、アイスブルーの瞳は神聖なロムナ湖のように深く蒼い、肌は透きとうるように白くそしてまだ幼さが感じられる容姿はこの世のものとは思えない絶世の美少女。
ただでさえ近隣や遠方ですら見ることがない人種、しかも彼らが神聖視するロムナ湖を連想させる瞳の色をもち、好ましい色とされる金髪、その整のった容姿には着飾った貴婦人でさえ頬を染める、謁見の間は貴族たちのため息で満たされた。
「よく参った、おもてをあげよ」
控える二人にひげを蓄えた王が言葉をかける、ややふくよかだがギリウルに似ている感じで親子だとララベルは思った。
「水神の聖女よ、何とぞ魔王を倒し我が国を救ってほしい、その為に必要なものはなんでも申し出てかまわない、いかなる望みも叶えよう」
(ここで言わないと!)
立ち上がり、発言しようとするとギリウルが腕をひいて肩を抱いてきた。
(な、!?なに?)
「王よ、そしてお集まりの諸侯、貴族の皆様方、私ギリウルが聖女と婚約したことを伝えるとともに、二人で必ずや魔王を倒し聖地ロムナ湖を浄化するとここに宣言する!」
「は、な?!、なにを言って!」
「ここは俺に任せろ、ここで余計なことをいうな、あの連中を失望させるとどうなるかわからないぞ!」
「?!」
ギリウルが小さく耳元でささやく。
その直後、地鳴りのような激しい喝采と称賛の渦が謁見の間全体にひろがっていく。
「王太子殿下ーっ!、おめでとうございます!必ずや魔王を倒し、湖の解放を!!」
「お願いです、聖女さま!、一刻も早く我らの地に命の水をいただけるようにお願いです、もう民もわたしどもも苦しい、皆をお救い下さい。」
「お救い下さい!、お救い下さい!私の領地に最初に水を!」
前半は婚約の祝辞などが多かったが、後半は率直に領地の窮状を訴える者が多数だった。
よくみると、何人かの貴族は服はきっちりしているが妙に痩せている。
「どういうこと?」
「気づいたか、水源地からの水が魔王により毒水になって一年だ、作物は育たず土地は枯れ、飲料水の確保もままならない、精霊石という石が水の浄化ができるが、浄化に時間がかかるし充分な量が確保できない、国庫を解放して配給しているがそれも限界だ、王都には救いを求めて土地を手放した元農民たちのスラムができつつある」
ギリウルは、大きくため息をついた。
(どこでも同じなのね)
ララベルはかつて魔障霧で土地を追われ、ユラシド王都周辺に住んでいた民達を思いだした。
ララベルはここで不思議に思ったことを聞いてみた。
「雨はふらないの?」
「あめ?あめとはなんだ?」
「え、雨を知らない?!」
「?」
どうやら雨は降らないらしい、説明が面倒なので雨魔法の呪文を使ってみる。
ただの中級魔法だ、杖なしでも安定して発動できる。
真上に両手を掲げ、不思議な顔で唖然とするギリウルを横目に呪文を唱える。
「聖なる雨よ、我らに恵みのあらんことを!ホーリーレイン!」
宮廷上空に突然に雲が湧き、晴天だったものがかき曇った。
「ばかな、なんだ、この魔力量は?!」
ギリウルは焦った、召喚魔法以外でこれ程に魔力を感じることはなかった。
しかも、召喚魔法も百年もの長きにわたり神官たちが魔石(ある山岳地域で採掘)に魔力を貯めこんだものを一気に発動するもの。
ギリウルは、ララベルを凝視する。
なにが起こったのかわからない王や貴族たちが謁見の間の窓から空を見上げていると、ぽつり、またぽつりと雨粒が彼らの頭上に降りそそぐ。
皆は歓喜し、庭園にでて雨に濡れている。
ララベルはあまりの皆の喜びように、すこし引いた。
(いくらなんでも喜び過ぎじゃない?)
「ちっ!」
ギリウルは舌打ちをした、次の展開が予想できたからだ。
「ララベル!、逃げるぞ!」
「え?、なんで?」
ララベルがギリウルの行動に理解出来ずにいると、貴族達が周りに集まりだし、迫ってきた。
「聖女さま、どうか私とお話を!」
「聖女さま、聖女さま、どうか私の領地に水を降らせて民を救って下さい!」
「聖女さま、私くしの話を、何とぞ聖女さま!」
「ヒッ?!」
ララベルは、貴族達のあまりの迫力に悲鳴をあげた。
「衛兵!、彼らを押し留めよ、ララ!こっちだ、早く!」
「!、ええ」
二人はどうにか、謁見の間を退出した。
////////////////////////////////////
「君は馬鹿だろ」
「は、反省はしてるわ」
頭を抱えたギリウルがララベルの正面に座っている、私は頭を下げて床を見ていた、なんだ?、この状況。
「あんな飢餓状態の連中の前に、現状を解決できる魔法なんか見せたらああなるのは予想できただろう」
「だから、謝ってるでしょう」
はぁ……とため息をしているギリウルに私はやさグレぎみだ。
「とにかく、今後はむやみに魔法を使わない、いいね」
「わかったわ」
「………ララはどれだけ魔力があるんだ?」
「逆に聞くけど、ギルは私の魔力を感じるの?」
「!……」
急にギリウルが黙りこみ見つめてくる。
「ん?」
「初めてだ」
「?なに」
ギリウルはたちあがって、ララベルの横に座って肩を抱いた。
「ちょっ!、なによ?!」
「俺をギルと呼んだ」
「!、あ、貴方が私のことをずっと愛称呼びするから!、ふ、不公平じゃない、だから」
真っ赤になりながら、しどろもどろなララベルにギリウルは笑いだした。
「クックックッ、はははは」
「なにが可笑しいのよ!」
マリベルが頬を膨らまして怒っている。
その頬にギリウルはキスを落とす。
「▶▩◁□◇▪ちょ?!」
「好きだ、愛している」
「え?!」
「一目惚れだった、神殿で会った時から好きになっていた」
ギリウルがじっとララベルの目を見つめる。
ララベルは恥ずかしさで目が泳いでいる。
「…えっと………」
「だから、俺に時間をほしい」
「時間?」
「君を口説く時間」
「くどくじかん?、口説く時間!、はぃ?!」
ギリウルはゆっくりと窓の外を見つめる。
雨はすでに止んでおり、庭園の緑が雫で輝いている。
「………君は、帰れるんだな」
「!!、……魔法陣を見てみないとわからないけど、魔力は足りるかも?」
「神殿に入るには王の許可が必要なんだが、あの騒ぎだ、すぐには無理だろう、だができるだけ早く魔法陣を見れるよう取り計ろう」
ララベルはパッとギリウルを見る。
「え?!、いいの?」
「君は使命があって、戻らなければならないのだろう?」
「え?、ええ」
「惚れた女の願いはかなえないとな」
ギリウルはララベルを見つめかえし、寂しそうにこたえた。
「………」
「魔力の話はまた今度にしよう、あんな連中を相手にして今日は疲れただろう、このまま休むといい、必要なことは侍女に申し付けておく」
と、言いギリウルは部屋からでていった。
外はすでに夜になっていた。
食事をすませ侍女を退出させた後、バルコニーにででいた。
ララベルは庭園を見つめながらおもう。
うすうす気がついていたがこの世界には、魔力の元になる魔素の大気濃度が薄い。
そのせいか、魔法を行使出来るだけの魔力持ちが少ない。
ユラシド国民は呼吸によって僅かずつ、魔素を直接摂取しているので、長い進化の過程で魔蔵の発達に関わっているといわれていた。
ユラシド王国では平民でも初級魔法は使える。
魔力が高いのは、貴族階級以上だ。
私は王族で、王国一の魔力持ちの賢者に次ぐ魔力を持っていた。
もっとも、賢者も王族で第二王子のシュリお兄様だったけど。
だからギリウルや神官、貴族たちの魔力感知をしたらギリウルは少し高いけど、それでもユラシドの貴族の平均並みで他は平民程度だった。
侍女は魔力無しだ、おそらく平民は魔力を持たないのだろう。
その差は魔蔵の大きさや、魔蔵のある、無しなのだろう。
魔蔵とは魔力を生み出す器官で、呼吸や食事からの栄養摂取から魔力に変換、魔法行使を可能にする。
魔素も魔力の元になるが、直接摂取はできない。
私はシュリお兄様との研究で、魔素を直接魔力に変換し自分の魔力とする魔法を開発しているが、あれは発動と維持にかなりの魔力を消費するから、周囲の魔素濃度によっては逆ざやになる場合がある。
「あの貴族や神官たちの驚きようは、おそらくそういうことよね、たしかにあの魔法は見せるべきではなかったわ」
この世界?、この国では雨が降らないので大地から湧く水だけが水を得る唯一の手段だった。
だから、水源地ロムナ湖の魔王討伐は急務だったのだ。
その常識を根底からくつがえす、そういうことになる。
魔王討伐が必要なくなる?!
「不味いわ、私、監禁されて一生、魔法行使とか?、た、大変だわ、早く帰らないと!」
ララベルは身震いし、毛布に潜りこんだ。
その時、ドアをノックする音がした。
「聖女さま、おいでですか」
誰だろう?知らない男性の声だ。
こんな時間に不謹慎ではないだろうか、たしかドアの前に衛兵がいたはず?
ドアに向かおうとしたその時、いきなり後ろから口を塞がれ羽交い締めにされた。
「?!!!」
薬物の臭いがした瞬間、意識が落ちた。