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おいでよ富山、変な頭の男が来る前に

 そんな変な頭で突然マジっぽい話をされても本当に困るし、そも何をどうしたら頭がそんな形になるのか、どうしてもそんなことばかりを考えてしまう、そんな自分が少し申し訳なくなった。

 苦手なのだ。昔から、人の心配をするとかそういうことは。

 いや、この場合「心配」というのは少し違うのだけれど、とにかく私は気が利かない。不器用で、それともただ単に頭が極端に悪いのか、例えば、

「えっどうしちゃったのそのひどい髪型」

 と、ただひとことそう尋ねる、それだけのつもりがでもどうしてか、

「あたま、大丈夫?」

 と口走ってしまい面倒なことになる、なんて、その程度はまあいつものこと。いつものことではあるのだけれど、でも初めてだ。見たことがなかった。さすがに、ここまで異様なヘアスタイルというのは。

 どう言えばいいのか、それはもう直視できるとかできないとかいうレベルじゃない。なんだかそばにいるだけで心が不安定になるような、人間のプリミティブな部分を直接揺るがすようなそれはもう悪魔のような髪型で、だからかけるべき言葉に詰まってしまった私は、

「そういうことして髪の毛で遊んでるとそのうちハゲるよ」

 といった風に茶化してごまかすことにして、そしてそのおかげでその変な頭の男はなんかものすごいことになった。というか、荒れた。滅茶苦茶になった。

 気でも狂ったみたいにがんがんお酒を煽って、無駄におしゃれな灰皿をアメリカンスピリッツの吸い殻で埋め尽くして(最後は剣山みたいになっていた)、そしてモデルガンで私の尻を蜂の巣にしながら急に重たい話をした。人が死んだ話だ。

 いや別に死んではいないのか、曖昧だったけれどでも話の内容的にほとんど死んだも同然で、そんなひどい頭でそういう話をするのは不謹慎ではないのかと、そう思ったもののさすがにそんなことは言えない。私は口の中のあたりめを噛み切るのに必死なふりをした。実際必死だったのだけれど、でもそんなことはもう関係なかった。

 どうやら死んだのは私と変な頭の彼、その両者に共通の知り合いだった。

 SNSがきっかけで知り合った友人で、だから直接の面識はない。住んでいる所が遠すぎた。でも少なからず日本海のホタルイカには興味があったから、いつか遊びに行く約束をしていて、その彼女が最近唐突に死んだ。初めて聞いた話だ。最近はツイッターを自粛していたから。

 初耳、といえば彼女のこと、実はこの〝彼女〟というのも初めて聞いた。

 私はいまのいままでずっと〝彼〟だと思っていて、それが実は結構な美人だったとのこと。なんでも、背が低くて胸がそこそこあったらしい。

 よく見てるなあ、なんて、それ以前の問題。

 一体いつの間に会いに行っていたのやら、そんな変な頭で美人自慢されても困る。ちなみにホタルイカは美味しかったそうだ。

 男子校に通っていたというのは嘘だったのか。そんな私の感想は、やはり私の頭が極端に悪いせいで出てきたものらしい。変な頭の男に曰く、彼女——もう面倒なので富山と呼ぶ——のかつて通っていた学校は、別に男子校ではなかったのだとか。もちろん女子校でもなくて、単に工業系だから男が多い、というだけの話だったらしい。

 なあんだ、とは言ってみたけれど、でも言えなかった。「ずいぶん詳しいね変な頭のくせに」とは。

 どうしてだろう。よくわからない。酔っていたのかもしれない。

 私はもともとアルコールに強い方ではなくて、というか率直に言うならめちゃくちゃ弱くて、でもこの男がいつも肝臓に親でも殺されたかのような飲み方をするものだから、私も形だけ付き合うことにしている。

 形だけ、といってもちびちびは飲む。そのちびちびですっかりダメになるくらい弱いのに、でもこの変な頭の男——もう面倒なので変な頭と呼ぶ——はこうして私が遊びに行くたび、平気で酒を出してくる。

 きっとこの変な頭はアル中か何かで、この家には液体といえばアルコールしかないのだと、私はずっとそのように思っていた。

 違った、と、そう知ったのはつい最近のこと。

 富山はかなりのザルだった、と変な頭は言う。そうなのか、と私は缶入りチューハイを煽って、なんだかだんだん馬鹿らしく、いや正確にはとても泣き出したいような気持ちに駆られた。どうしてだろう、と、そんなことがわからないほど馬鹿でもない。

 富山は死んだ。

 いつの間にか。仲は良かったはずなのに、でも私はその富山のことを何も知らない。

 ——この変な頭は富山について、本当に色々、知っているのに。

「あなたはあたまがいいから」

 と、変な頭に向けてそう言ってみたものの、でもそういう問題じゃないことくらいはわかる。

 いくら頭が良くてもそれで富山のことに詳しくなれるはずがなくて、少なくとも胸の大きさなんかわかるはずもなくて、それはもう今更の話ではあるけれど、つまり何度も会っていたからだ。

 遠いのに。いつの間に。

 ただそれだけの言葉がでも、今の私にはひどく億劫だ。酔っているからではなくて、負けた気がする。何に対してかは知らない。

 思えば、私はこの男のこともよく知らない。

 今の今までよく知っているつもりでいたけれど、でも実際知っているのはいつも吸っているタバコの銘柄と、あと変な髪型をしているということだけだった。

 折からの暑さと、それとアルコールのもたらす熱。

 そのせいだ、と、そう思うことにした。頭がおかしくなりそうで、それとも元々おかしかったのか、大して好きでもない——いや本当は大っ嫌いなアルコールをごくごく煽るみたいに飲んで、いっそ獣になれたら、と、そういう柄にもないことを考えた。

 そしてそのおかげでなんとなくわかった。

 この男は、きっと獣になりたいのだ、と。

 放っておくとすぐに人が死んだ話をし始めるこの変な頭の男は、でもただの「変な頭の人」でいるにはどうやら賢すぎて、なぜなら動物は同胞の死を決して悼んだりはしない。灰皿の剣山も作らないし、時折漠とした不安に駆られてなんの予告もなく転がり込んでくる、ちょっとした知り合い程度の人間に、苦手な酒を差し出すこともしないだろう。

 実は美人だった富山が死んだ。

 口下手な私はそこにどんな言葉を返すべきかわからなくて、もちろん慰めるとかそういうのははなから頭になくて、ただひとこと「ご愁傷様」と、そんなことを考えながらぼんやりと、ただ目の前の変な頭を見ていた。

 今更だけれど本当に変だ。なんだか卑猥な形にすら見えてきて、なんとなくムラムラしてきたとかもうひどすぎて言えない。

 気温のせいだと、そう思うことにした。

 このむせかえるような暑さはきっと、でも北陸あたりの方がもっとひどいはずだ。フェーン現象だったかなんだったかそういうのがあって、だから私はそれが終わらないうちに、一度だけ富山県に行ってみたいと思った。今がホタルイカの季節かどうかは知らない。だからアメリカンスピリッツを一本だけ吸って、そのまま家に帰ろうと思う。

 だから一本頂戴、とも言わず、勝手にソフトケースから抜き取って、そのままポケットにしまいこんだ。当然、くしゃくしゃになったから、後日買い直すことになったけれど。

 もちろん、お墓の場所だってわからない。でもその方がきっと都合がいい。

 どうしてかはわからないけれど、彼女の眠るその土の上で、私は獣のように吠えてみたいと、そんなことをぼんやり考えていたし今もそう思っているという、まあそんなお話。


〈おいでよ富山、変な頭の男が来る前に 了〉


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