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今の話

「今日は魚が獲れた」

「ああ、最近は食事が豪華だね」


村に来てからおおよそ一ヶ月。

アーチはまだ体調が優れないどころか、頻度も程度も段々悪くなっていった。

完全に動けなくなってしまったが、アーチが言うには時間で解決するという。

どうしようもないので、しばらくはアーチを村で借りている家に置いて、俺が森に入っては食糧や生活のための物を獲る生活が続いていた。

彼女は悪いと思ったのか、動かないでできることなら積極的に、魔法で火を起こし料理をしたり、清潔になるようにしたりしてくれた。

最近は朝の内に森に入り、目印を着けながらまだ行ったことのない方へと探索を続けている。今日は川を見つけた。さらに運良く、そこで故郷の村で食べていた魚までいた。昔を思い出しながら捕獲し、村に残していた彼女に預け昼にありついた。


「何て言うか。こういう生活もいいね」

「村を思い出す」


村人がいるぶん、実際はかつてのほうが生活は楽でもっとましではあるが。

村でアーチと夫婦をしていたならばこんな生活が近かったのだろうな、とは思った。

魚のこともあり、村のことを今日はよく思い出す。


「ずっと続けば良いのに……」


アーチは案外今の村での生活を気に入っているようで、しばしばこのようなことを言う。


だが、得てして平穏とは長く続かないものなのだ。

それは数百年毎に起きる人類と魔族の戦争や、故郷で当たり前と思っていた未来は女神の言葉によって。

突然に破られるものなのだ。


「誰か来た」


アーチがえ、と言って俺の言葉を理解しきる前には、俺は既に窓から見えないよう身を潜めて外の様子を伺う体勢に入った。

俺の気配察知は、常人よりも遥かに広く正確に行える。

我武者羅に駆け抜けていった四年間は、誰も付いてこれなかったこともあり一人でやることが多かった。

その後も追われる身となっていたこともあって、この能力が身に付いたのだ。


誰か、はどうやら団体で来たようで、次々と人が集まり最後には10人いることが分かった。

こちらは戦士一人と半病人一人。まともに戦えるのは自分だけで、アーチはどこで倒れるか分からない。不利な状況であった。

とはいったものの不利な状況ではあったが、それは相手が敵意を持っていたなら、でもあった。

身に纏っている装備からの推測ではあるが、彼等は神殿勢力のようだ。

そしてたまたま彼等の中に知っている顔があった。

俺と彼に直接の面識はない。しかし彼女と彼にはあるし、彼の顔ならばあの時王都にいた人間ならば誰もが知っている。


集団の頭として、恐らく部下達に各家を調べさせているその人こそが。

人類最高戦力の一人、天職「勇者」であり聖人アーチの夫、エイギだ。


「あいつら、アーチを探しに来たのか」


十中八九そうだろう。

村での生活の間に話す機会は多くあった。

既に予言の子が生まれたかどうかは、当然聞いていたが、アーチは否と答えた。

彼等は何か探しているように伺えるが、魔族がここに逃げ込んだから放たれた追手ではない。

ここは辺境に近い。魔王軍が来にくいと考えての潜伏だし、軍単位の移動を見過ごす俺ではない。

つまり予言の子の母親がここにいるのを察知し、父親が探しに来た。

ならば隠れ続けて無駄に心象を悪くする必要はない。


「出るぞ」


勇者一行を観察しながら、アーチに一声掛けたが返事はなかった。

どういうことだとアーチを見ると、彼女はとても悲しそうな顔をしていた。


「楽しかった」


それだけ言葉にすると、彼女は先に扉から出ていった。




「アーチ!生きていて良かった!信じていたが、やはりこの目で直接見ると違う」


推測は間違いではなかったらしい。

突然の物音に全員、一瞬臨戦態勢に入った。それだけで彼等が精鋭であることがわかる。

警戒は一瞬。恐らく全員アーチとあったことがあるのだろう。姿を確認した途端、誰もが武器を下ろした。


エイギは笑顔でアーチに近づこうとした。しかし後に立つ俺の姿を見て足を止める。


「アーチ。彼は誰だ」


エイギはアーチに向けた笑顔からは想像できない程、険しい顔になった。

よく見ると右手は古より伝わる、魔王殺しの勇者専用の武器、聖剣に添えられている。


勇者様の行動は理解はできる。

妻がどこの誰とも知らない男といるだけで、怒るということは十分にある。

それにアーチが家の中で最後に見せたあの悲しげな顔。後ろに立つ俺には分からないが、変わらないのだとしたら俺への不信感もさらに湧いてくるだろう。

先に奪った形になるのはお前達の方だろう、とは思うが。


「彼は、彼はルヘル。昔話したでしょ。死んだと思っていた、故郷に残した婚約者だって。」

「そして迎えに来られても、私はもう予言に関わらない。貴方達についていけない。私のお腹には彼の子どもがいるの」


アーチの宣言に俺も勇者達も騒然とした。

女神の予言。それも人類救済に繋がるようなものに従わないと言い出したのだから。

彼女がそんなことを考えていたなんて俺は知らなかった。


そして子どものことも心当たりがない。

村に来てから、夜中彼女に襲われそうになったことはある。

しかし間違いなく、俺は断って、彼女との間に子どもができるような行為はしていない。


誰もが慌てるなか唯一、予言だけでなく、俺の素性も聞き捨てならない立場のエイギはそれ故だろう、真っ先にアーチに問いただすことができた。


「アーチ!君は!まさかそいつと前から!」

「待って!彼とは偶然。再会したのは王都から脱出するために助けて貰った時。そこで初めて生きていたのを知ったの」


もはや勇者は飛び出す寸前。

もう一言、アーチから爆弾が出たときは、勇者は止まらない。

何が悲しくて、俺は人類最強と殺し合いしなければならないんだ。生きるのはこんなに辛いことだったか。


「あのー」


緊張の中で、声を上げたのは俺でもアーチでもエイギでもなかった。

そいつはエイギが連れてきた騎士の内の一人だった。


「貴方は確か王国騎士の」

「ええ。ラゲジです。元は王国の第三騎士団副団長やってました。とりあえず聖人様見つけたらやるよう言われていることがあるんです」

「僕は聞いていないぞ」

「それは私に直接命じられたからです。あ、この場から一歩も動かないで終わるので、本当にそれだけやらせてください」


ラゲジは頼むように言うが誰の返事も待たず、背負っていた袋からそこそこ大きい、巻物のようにされた紙を出した。

紙は広げられラゲジの足元に広げられる。

広げられた紙には複雑な模様が書きこまれてある。

それは円形で、まるで。


「魔法陣。それもかなり緻密な大魔法用のか」

「流石勇者様です。私も話を聞いたときはとんでもない魔法で驚きましたよ。安心してください。攻撃系じゃないですからね」


ラゲジは指を切り広げられた魔法陣に血を垂らす。

その瞬間、おぞましい魔力が魔法陣から吹き出した。

そして。


あり得ない者を見た。


血の雫が魔方陣に落ちるのも見ていたはずなのに。

見逃したはずはないのに。

そこには、魔王が立っていた。




「成る程。近くに魔族の気配はない。相当遠くへ逃げたか、隠れるのが上手かった。どっちだ」

「隠れる方です。王都からこちら側には目立った都市はありませんから」


魔王とラゲジは当たり前のように話している。

勇者達は魔王が現れたと同時に、全力で魔王達と俺達の間に、アーチを庇うように移動した。


「ラゲジ!貴様、魂を売ったか!?」

「ま」


ラゲジが勇者からの言葉に、何事か返そうとして、果たしてそれは言い終えることはなかった。


魔王がラゲジの首を吹き飛ばしたからだ。


「協力者、じゃないのか」

「配下だ。なりたいと言うからしてやった。そして余は、配下には勝手に行動することを許しておらん」


恐るべき暴君だ。

ここまで圧倒的な、目の前にいるだけで恐怖する存在。魔族が過去の魔王の時代とは比べ物にならない程、攻勢に出る訳だ。

実物は初めて会う。


「聞いていた通りの特徴を持つ。勇者と聖人、確かに見つけたぞ」


魔族は予言を知っている。当事者の特徴も、魔王はしっかり覚えているようだ。

ここにいる戦力で、魔王に勝てるかというと正直無理だ。

軍を率いていた勇者は、かつて魔王と激突したという。

そして神殿も国もはっきりとは言わなかったが、結果は敗北。

隊と名乗ってもよいかすら怪しい人数の今勝ち目はない。

俺も腹を決めなければならないようだ。


「ああ。ところで、勇者と聖人以外の者に聞きたい」


俺が決意をし、隙を伺っている中、魔王は呑気にお喋りを始めた。

勇者達は、攻めようにもあの存在感に攻めあぐねているようで、誰も魔王の語りをやめさせることはない。


「勇者と聖人は、少なくとも確実にどちらかは殺す。予言がなされてしまうかもしれんからな。だが、それ以外の諸君。予言のために死にたいか。余と争いたいか。そいつらの内、片方でも斬れば、一人だけ、先程の部下の代わりにしてやってもいいぞ」


魔王の言葉を聞いた瞬間、俺はアーチの腹を刺した。


「ど……、どうして……」


俺の行動を受け、勇者達は俺に斬りかかった。

こんなことをすれば当然やつらが動くのは分かっていた。アーチを刺した時には既にやつらに注意を払っている。

だから、俺を意識する余り、背にしてはいけない存在に背を向けて。

そいつがにやりと笑うのが見えた。


「歓迎するぞ、ルヘル君」


瞬く間に魔王は俺の目の前に現れた。

勇者達はなすすべもなくやられた。

全員どこか体の一部を吹き飛ばされ、地面に転がっている。

勇者は言葉にならない何かを言葉にしようと叫んでいる。

殆ど死に絶えた中で流石は勇者。目にははっきりと意識が残っている。

とはいえ、四肢がもがれる程の傷は勇者のような攻撃的な職業では治せない。聖人のような支援職の必要がある。

その聖人のアーチは戦闘慣れしていないのか、刺傷ひとつで呻きつづけている。


しかし。

魔王はどうして俺の名を知っているのだろうか。


「ん。その顔、余が貴様のことを知っているのが不思議か。余は予言を常に意識していたからな。勇者、聖人の周辺は全て調べさせたしこの村に来てからのことも魔法で聞いていた」


迂闊に話しては魔王に殺されるかもしれない。

そうして黙っていたが、読まれてしまった。

内容もそうだが、魔王は人のことをよく理解している。

魔族に与する人間が出るのも納得できることだ。


「ルヘル君。君を配下に迎え入れる、と言いたいがその前に。迷うことなく聖人を斬った理由を聞きたい。私は人を知りたいのだ」

「それは、上手く言葉にできないかもしれませんが」

「構わない。それこそが人の複雑な胸中を表すと私は思っているからね」


それなら、と俺は思った。

どうせ勇者も聖人もここで死ぬ。

死んで終わる。

その前に俺の思いを聞かせてやりたかった。

ここが最期だ。


「最初から俺は、愛さえあれば良かったんです」



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