少し前の話
あれから六年経った。
結局、俺は神殿に行かず、それどころか村にも帰らなかった。
あの夜、話が終わってから皆が寝静まったころに、神殿から飛び出したのだ。
俺は戦士として名を立てることにした。
天職はその人にとって一番の職業を教えるだけでしかない。
天職が剣士と言われようが、槍を持って戦うことが全くできない訳ではない。
神使と言われようが、剣士になれない訳ではない。
元々戦闘職の両親の子であるし、村ではその二人の指導を受けていたのだ。
だから魔族狩りなんてして名を上げ、勇者や聖人の出ることが多い、最前線の人類軍の部隊に配属されようとしたのだ。
まあそれは結局駄目だったのだが。
四年目までは順調だった。
名も知られ、直近では魔族と繋がっていた貴族の企みを暴き、討伐したのだ。
二つ名持ちにまでなったし、活動地域中では、という条件が付くが周辺最強候補とも呼ばれた。
聖人と勇者の子の話も、アーチが若すぎるという理由だと思うが、聞こえてこなかった。
十五を目標としていたのも、上流階級は結婚、出産が平民よりも遅い。だからアーチが成人するまでは比較的安全だろうと考えもあった。
俺がここまでくる間に、どこからか救世主の予言は民に広まっていたらしく、酒場でもその話題がされるようになった。人類が最も注目する話題だ、聞き逃すようなことはないだろう。
と言っても、神殿も赤子の時に魔族に狙われては困るだろうから、その誕生は秘めているのかもしれないという不安は常にあった。
とにかく、魔族と貴族の繋がりの事件を解決した功績によって、俺の名は王宮まで伝わったらしく、伯爵家が出迎えて王都へ行き、国王との謁見まで話がいった。
力ある戦士と認めて貰えるに違いない。十五才までには間に合わなかったが、四年でここまで来た。あのときの聖騎士、今では五つある聖騎士団の内の第二団長らしい、が言った五年よりは早い。内心ざまあみろなんて思ったりもした。
そして俺は伯爵に嵌められ王都に着くことはなく、途中の谷底へ落とされた。
何度も死にかけながら伯爵の手の者や、たまに現れる魔族も皆殺しにして追手を撒き、身を隠しきるのに半年。
そのころには世間では、俺は魔族襲撃で死んだことにされていた。
今出ていっても伯爵に命を狙われる。ならば死んだと思われている間に、伯爵を追い詰めるだけの証拠を集めて、その悪事を明らかにすることを選んだ。
伯爵が俺の解決した事件の黒幕の一人であることが分かり、その証拠集めにもう半年、襲撃から合わせて一年たった頃に。
聖人アーチと勇者エイギが俺の事件の黒幕であった伯爵を断罪し、結婚した知らせが国の内外問わず広まった。
俺の心は折れた。
そして現在。
俺は十八才になっていた。
今の最前線は俺の生まれた王国だ。
俺が天職神授を受けてから今に至るまで、魔王によって二つの国が落とされた。
この国も間もなく落ちるだろうというのが、伝え聞く戦況やかつての前線を知る者達の話でわかる。
王国の戦士、神殿勢力、亡国の生き残り、まだ魔王軍と直接ぶつかり合っていない国やそれらの勢力に所属してない在野の手練れも一丸となって魔王軍と戦っている。
それでも魔王軍は強力だ。
魔王の姿もその頃には皆に知れ渡っていた。
ちょくちょく魔王が最前線に現れるらしく、自然と特徴が知られていったのだ。
ところで、魔王が前線に現れるなら、そこをつけばいいのでは、と思うがそうはいかない。
むしろ魔王がいる戦場こそ人類にとって最悪だ。
魔王がいるだけで魔王軍の勝利が決まる。それ程魔王は他を寄せ付けない魔法を操るという。
しかも魔王がいないからといって簡単な相手ではないのが魔王軍。各勢力の最精鋭がいてやっと勝ちの目が見える。
かつてはそこで戦っていたため俺も分かるが、魔王軍は容易く人間を殺すだけの能力ある集団だ。
遂に生まれ故郷の王国も追い詰められ王都決戦になった。
あの魔王軍相手に、王都で決戦が行われるよう誘導したというのは個人的にはよくやったと思う。
魔王軍も人類を嘗めているのか決戦を受けてたつとして、一月の準備期間が設けられた。
人類は王都に勢力を結集。乾坤一擲の決戦が準備された。
俺は勇者エイギや聖人アーチが伯爵の一派を国内から一掃してくれたお陰で王都に来ることができた。
開戦の一月前に嫌なお告げを聞いたのもあって、全てがどうでもよくなった。最悪、この戦争で死んでも良いとすら思っていたのだ。
襲撃を受けてから名前を上げるようなことをしなかったので雑な配置を命じられた。
最期かも知れないと酒場の親父が開けた酒を飲みながら、適当な物を食べ、開戦の時を待っていた。
二十日。魔王まで出てきた戦場、魔王相手によくこれだけ持ったというべきか、流石は魔王ここまで早くというべきか。
王都内にまで魔族の侵入を許し、完全に王国は敗北。めでたく亡国の仲間入りとなった。
俺はまだ生きていた。
死んでも良いと思っていた。最後にやりたいことをやって死んでやるつもりですらいた。
ただ近場のやつらはそうではなかった。
割りとざくざく魔族を殺す俺を見て安全地帯と思ったのか、俺に着いてくるやつらが結構いたのだ。
やつらの必死の顔を見ると、彼等の生存率が上がるなら俺も簡単には死ねないと考え直した。
仲間に気を遣いながら戦場となった王都からの脱出を目指すことにしたのだ。
ところが、運悪く王都脱出目前にして激戦地に遭遇してしまった。
不運は続くようで、そこで六年振りの再会を果たした。
「アーチ」
「あ、貴方。もしかして、ルヘル、なの?」
三日後、俺はアーチと一緒に王都から離れ隣国へ向かう途中の森の中にいた。
再開した時、どうやら魔族はアーチを狙っていたようだった。
貴族と繋がる魔族がいた位だったので、魔族側にも予言の内容は伝わっていたらしい。最優先で狙われる中、脱出直前まで持っていった聖騎士団は本当にすごいとしかいえない。
それに俺の仲間達も俺の近くにいれば生存率が上がると思っていたわけではなかった。
俺の戦力を見て、この後の人類にとって必要な一人と確信したという。
だから俺の生存率を上げるために、いざとなったら肉壁になってでも俺を生かすために周りにいた。
だから聖騎士団がアーチを俺に託し、仲間は予言のため俺のために死地に残って聖騎士団と魔族の足止めに徹した。
そうして彼らの献身のお陰で、俺達二人は生き延びたのだった。
「久し振り、だね」
「……そうだな」
「6年だよね」
「……そうだな」
結局。
名を上げるまでの四年間も、襲撃を受けてからの二年間も、アーチとは一度も会わなかった。
戦場にいたとはいえ、聖人の中でも厚い待遇を受けていただろう彼女の姿は、もう記憶にある村娘とは一致しなかった。初対面のお姫様を護衛でもしている気持ちだった。
彼女も空白の六年をどう詰めればいいのか分からないようで、休憩も含めて会話らしい会話もなかった。
国境を超えて隣国に逃げることに成功した俺達は、その首都には向かわなかった。
むしろ、記憶の地図を頼りに国境沿いかつ、大きな町がないほうへないほうへと逃げ続け無人の村に到着した。
アーチの体調がしきりに悪くなるのだ。
どこか生活ができるような落ちついた場所が必要だった。
かといって魔王軍の事を考えると目立つような場所では長居できない。そうしてたどり着いた村だった。
村には王国滅亡の話が届いていたのか、誰一人居なかった。
柵の中、縄に繋がれたままの痩せた動物達が残り、畑には僅かに雑草が生えはじめていた。
王都とこの村を直線で結んだ更に先には山が広がるだけの土地。
魔王軍が意図してこちらに攻め混むこともないだろう。
俺達はこの村で身を落ち着かせることにした。
逃げるという目的を失った俺達は、とうとう会話をせざるを得なくなってしまった。
だから俺も腹を決めて最初の夜、彼女と話し合った。
「生きてたんだね」
「ああ。お前達が潰した伯爵の追手を撒いた後、伯爵を追い詰めるために死んだことにして、な」
「そっか」
「アーチは、何してたんだ?」
「聖人だけど、基本的に神殿に。医者として戦場に聖人は行くんだけど、予言もあったから私は神殿に居ることが多かったかな」
「王都にはいつ来てたの?」
「王都での決戦準備の期間中。まあ故郷だし行かなきゃと思った」
「予言の子はもう生まれているのか」
「……まだ、何にもない、かな」
示し合わせたわけではなく、自然と交互に質問してそれに答える、といった形で六年間の出来事を報告しあった。
質問の内容も気になっていたことは大方聞き終えた頃。
静まってしまった気まずさの中で、そういえばじっくりと剣の手入れを行っていなかったことを思いだしそれをしていた。
ふと、彼女の中で疑問が浮かんだようで唐突に聞いてきた。
「何で、伯爵が消えた後も戻って来なかったの?」
「戻る理由がなかった」
本当は。伯爵が倒れたとほぼ同時に勇者と聖人が結婚したという話を聞いてしまったから。
そこで心が死んでしまったから。
ただそれをはっきりと言うのは、どこか許せないものがあった。
だから無理矢理一言で終わらせた。
彼女はそっか、と一言だけ言って。
一日目はそこで終わった。