昔の話
勇者や魔王がいて、人間と魔族が魔法で戦争する世界。
そんな世界だから女神様なんてのもいる。
というか、この世界の人間にとって、一度でも関わりのある高位の存在というと、女神様しかいない。
その機会が、十二才になった全ての人々が必ず受ける「天職神授」という儀式で、そこで間接的に女神様から言葉を貰うのだ。
天職神授とは、その人が一番才能を出しきれる職業を、神使という神殿に勤める聖職者から告げられるというものだ。
一部の職業は時と場合によるが、神の声が聞ける。神使もその一つであり、十二の若者の頭に触れ、神の声を求める。
すると神使は、女神から触れている者の天職を教えられ、女神に代わって若者に伝えるという。
俺も天職神授を受けに、村で十二才になった子どもたちと一緒に、近くの町へ行った。
神使は聖職者の中でも多い部類に入るが、点在する村々に一人ずつ配置される程ではない。
そこそこ以上の規模の町になって作られる、神殿に複数人で勤める。
その為、村生まれである俺達は大人たちに引率されて、町へ天職神授の儀式を受けに行く。
十二になって初めて町へ行くことは、少なくとも俺達の村の子どもなら珍しくないことだったし、行ったことがある者でも人生で一度だけくらいだったので、ばかみたいに皆はしゃいでいた。
それに、天職神授を経た十二才はもう大人見習いみたいなものになる。
一応十五で成人となっているが、三年間の内に教えられた天職なり、他の職なり各々でなにか進む未来が決まってくる。
大抵はそれだけで三年を終えるので、実質その三年間は大人になるための準備期間だ。
大人もなんとなく、それ以上と未満では扱いが違ってくる。
そんな契機にもなることから、十二才というのは色々と特別な年であり、興奮や緊張で口数が自然と多くなった。
「俺は親父が冒険者だったし、天職は戦うことだな!」
「そう言うけど、お前、走るの遅いし、動けねえだろ」
「うるせー!!」
町へ向かう間、話題はやっぱり将来の職業に関係していた。
俺の天職は~に違いない、私は~だといいなだなんだ言いながら、日帰りで町へ向かうのだ。
大人たちは妙に温かい目で俺達を見ていたのを大人になっても覚えている。
そしてそういえば、はじめは皆で話していたから聞いた気になっていたが、隣を歩く将来結婚しようなんていう約束をした少女はなんて言ったかを、聞いていないことに気づいた。
村では十二才前後くらいから将来の夫婦の約束が当事者なり大人達の間でなされる。俺、ルヘルと隣の家の少女アーチも、そんな約束をしている内の一組だった。
「アーチ、お前何になりたいって言ってたっけ」
「……うーん。特にないかなあ」
アーチはそう言って明らかにはしなかった。
これも別に珍しいことではない。
どうせ決まっている子どもも、冒険譚に心惹かれ冒険者に多い戦士系、動くのが苦手だから部屋ですむものが良いがせいぜいだ。親が立派で、憧れている、ていうやつじゃないとはっきりとは答えられない。
「俺はアーチを守りたいし、戦士系だったら嬉しいかも」
「じゃあ私もー」
「お互いを守るってどういうことだよ」
神殿近くでそんな会話をしていた。
そこから俺とアーチが再会するまで、6年もの時間が空くことを俺達は想像だにしなかった。
天職神授は、神殿側もあらかじめそのための時間を設けてやっているものらしく、村出身の俺達と儀式のための神使、そして神使を挟むように立つ二人の男女の騎士しか中にはいなかった。
村から来た俺達は立派な鎧を着けた二人に釘付けだった。
その時はそういうものだと思っていたけれど、同時に大人も驚いて見ていた。
後から知ったことだが、今年だけあのように聖騎士という、聖職者の内でも荒事もこなす者達が各地の神殿に派遣されていたという。
そんなイレギュラーはあったが、とにかく神殿でやることは天職神授と事前の説明だけだ。
一人やるのにも大して時間はかからない。だから日帰りで受けて帰るなんてことも可能なのだ。
神使からしたら、初めて見た子どもに優劣なんてそうそうない。
だから偶然神使がそういう順番に決めたから、なんて程度でアーチは最初に儀式を受けた。
例え俺が先だったとしても未来の結婚相手の天職だ。少なくとも俺は順番なんて関係なく、アーチの天職を聞こうとしていた。俺以外の子どもも初めての儀式、来るまでの騒がしさはどこへやら、息を潜めて耳を立てていた。
そうして俺達の前で、神使は静かに涙を流して言った。
「この子は、この子こそ、予言の子。予言の聖人です」
聖騎士たちが息を呑むのが伝わった。
俺達も驚きすぎて声が出なかった。
聖人とは、それは実在する伝説の存在。勇者に並ぶことのできる者。
魔王や悪魔、それに比肩する悪が暴れれば、人を守るために立ち上がる人間の英雄の内の一人。
勇者と同じく、同時代に一人しかなれないもの。
天職が聖人。
そう告げられたところで実感も、何ができるかもよく知らない俺達は、すごいことしかわからなかった。
なんとなく近寄りがたいものを感じて、喋ること、動くことができないでいると、神使は静かに下がった。
聖騎士は神使から何を言われずともアーチに近寄り、女の方が
「申し訳ありませんが、ついてきてもらいます」
と言って、神殿の奥へとアーチを引っ張って消えていった。
「お、おい!アーチをどこに連れていくつもりなんだ!」
当然俺は黙っていられない。
村の皆も、仲間が連れていかれるのを黙って見ていられることではない。流石に皆、動き出してアーチを追おうとした。
そんな俺達の前に、まるで壁のように、男の方の聖騎士が立ち塞がった。
「申し訳ないとは貴方達にも向けた言葉だ。本来ならば、聖人候補といえども、もっとゆっくりと神殿に所属することを決めて頂く」
謝罪はするが、絶対に彼女は預かると、言外に示す男の聖騎士が言うには。
今も2つ隣の国で行われている魔族との戦争。
人類側は結構な劣勢で、隣の国には避難した民達が多くいるという。
その最中、今年の初め、その戦争勝利に関係するだろう予言が、女神より各地にいる高位の力を持つ聖職者達に告げられた。
高位の聖職者は、時に女神より予言を授かる。
その報告は人によって微妙に違ったらしいが、大体同じで、それを誰にでも分かりやすく言うのならば。
「今代の勇者と今年の聖人の子を作ること。そうすれば、世に救世主が現れる」
今代の勇者は三年前に隣の国で既に見つかって、神殿に所属して貰っているという。
そして今代の聖人は今、俺達の前で見つかった。
勇者と聖人を引き合わせるために、アーチは連れていかれたのだ。
神殿は人類共通の宗教。神殿を通せば国同士のあれこれは無視して事を進められる。
そうでなくとも戦争中の魔族は今の国を落としたらそのまま進み続けるだろう。
魔族は魔族以外を決して認めないと言われる。そんな魔族を前に人同士で争える程、人は強くない。
だからこれは国と神殿の考えなのだ。
だけど。
わざわざ戦況なんて、しかも負けそうな状況を、ただの村人に過ぎない俺達に教えてくれたことから、少なくともこの聖騎士は悪人ではないのだろうけれども。
人類を救うために、俺は好きな人を諦め、彼女は勇者と結婚するというのか。
「知るかよ!!!」
俺は全力で聖騎士に突っ込んで
「本当に、すまない」
聖騎士はわざと俺の体当たりを受け止めた上で、俺の頭に強烈な拳骨を落とした。
俺は呆気なく意識を喪失した。
俺は知らない部屋で目を覚ました。
窓から見える外は、もうすっかり暗くなっていて、歩く人達は皆灯りを使っている。
手当てを受けたのか頭は痛まなかった。
俺が目覚めたのに気づいた村の子どもは、ぎゃーぎゃー騒いで何人かが出ていって、何人かが残った。
出ていった方は、大人達に俺が目覚めたことを伝えに行ったらしい。
そうしてしばらくして部屋にやってきたのは、よりにもよって、俺を気絶させた男の聖騎士一人だった。
更に部屋の子どもに俺と二人きりで話したいと頼み、子どもも部屋から出ていってしまった。
部屋には俺と聖騎士の二人きりになった。
最後の一人が扉を閉めて出ていったのを確認したら、寝台の横に椅子を引っ張って聖騎士は座った。
「聞いたよ。君は聖人候補の婚約者だってね」
婚約という言葉を使われる程大層な約束ではないが、周りも俺達本人もそのような気ではいた。
だから黙って頷いた。
それならば聞いておくべきだろうと、聖騎士は俺が眠っている間のことや、気絶する前に語っていたことを詳しく話しだした。
まず、近くの聖騎士団がアーチをこの王国の王都へ連れていったこと。
戦争中だというのもあるが、特に今年の聖人は絶対に神殿、国として手放すことができないこと。
そのために俺やアーチの家族に、辛い思いをさせてしまうこと。
謝罪のために神殿、国から補償が出ること。
この聖騎士自身も、たまたま担当した神殿に聖人が出ただけというのに、俺のためにできることなら何でもやるということ。
寝てる相手にも天職神授はできるようで、俺が気絶中に行い、そして天職が、俺としてはアーチと引き離したきっかけとなる、よりにもよって「神使」であること。
そして最後。
我ながら何の慰めにもならない、ふざけたことだがと前置きした聖騎士は言った。
「予言はね、勇者と聖人の子が救世主と言った。だけどね、あの二人が結婚する必要はないんだ。必要なのはあの二人の子どもだから」
馬鹿か。
聖騎士が言い切る前に俺はキレた。そして聖騎士に怒鳴った。ガキだと思ってテキトウ言ってるんじゃない。それで終わるものか。何もかも知らないと思ってるんじゃないって。
何よりも、何年も離れなければならないのは変わらないからだ。
聖騎士はそうだ、馬鹿なことだ、馬鹿すぎてどうしようもない、忘れてくれと言った。
そしてアーチと一緒にいたいのならば、俺の天職通り神使になることを勧めた。
俺に神使としての才能がどれ程あるかはわからない。天職神授とは受けた人にとって最も得意な道を教えるだけで、誰よりも優れたものになれるとは限らないからだ。
例えるなら、剣士が天職と言われた二人でも、一人は鉄の鎧さえ苦もなく切るが、もう一人は岩を切ることもできないなんてことがある。
そして聖人の近くにいることのできる神使なんて、それこそ天職神授以外にも、今回の救世主の予言のように、ふとした時に神の声が聞ける程神に愛され、同時に聖職者だけが使える、聖職者の特徴である光魔法に通じていなければならない。
「具体的に何年必要ですか」
「私は聖騎士だから神使についてあまり詳しくは言えないが、高位認定を受けた聖職者の中では、十二才から約五年が最短だ」
「長い……」
それじゃあ駄目だ。せめて、結婚をしようと約束した十五才までじゃないと許せない。
「まあ、君はそこそこ長く寝ていた。今日は村人全員神殿に泊まって明日以降帰って貰うことになっている。一晩とはいえ、じっくり考えなさい」
そして話は終わったようで、聖騎士は俺の枕元にそこそこ詰まった小袋を置いて立ち上がり、出口に向かう。
「その袋は私が今出せるだけの謝罪の気持ちだ。そしてもし気が変わって、神使を目指すのなら、その時は私からも出来る限りの力添えをしよう」
扉から半分出た時にそう言って静かに消えていった。