変わり者だらけの魔界に就職した戦力外がどうして戦わなくちゃいけないんですか?
「コルソさん、換金が完了しましたよ」
名前を呼ばれ、お金を受け取りに行く。お礼を言いながら袋を受け取った俺は、トボトボと歩きながら金額を確認する。袋の中には一日の食事で使い切ってしまう小銭が入っていた。これでは貯金なんて夢のまた夢だ。
「あんなに頑張ってたったこれだけ……はぁ」
青黒い髪を掻きながらそう呟く。
俺は今年で十八歳になる。子供の頃、とある物語に憧れた俺は魔物を倒して手に入れた魔石を換金する仕事、すなわち冒険者になりたいと願った。しかし何年経っても弱い魔物しか倒せない。いい加減転職も考えなくてはいけないと思いつつも、行動できずにいた。
冒険者になった原因である物語の内容も、今となっては思い出せない。家のどこを探しても思い当たる本は出てこなかった。本さえ見つけることができれば冒険者として生きていく気力も湧いたかもしれない。なんてことを考えてしまうくらいには、最近やる気が湧いてこない。
小銭の入った袋を握りしめ、石造りの街を歩く。俺が利用している宿屋は郊外にある安宿なので、換金所から帰るだけでも一苦労だ。手に持っている袋がもっと重くなれば立地の良い宿屋に変える余裕も生まれるのだが……。
そんなことを考えていると、突然空が薄暗くなった。周りの人もなんだなんだと騒ぎ始める。
何が起こったのかわからず立ち尽くしていると、周りの人が徐々に倒れ始めた。やがて、自分以外の全員が倒れてしまった。隣で倒れた男の人の脈を確認したが、死んでいるわけではないらしい。一先ず胸をなでおろすが、いくら声を掛けても起きる気配がない。
ここで疑問が浮かぶ。なぜ俺は眠っていないのか、と。今感じている眠気はこの現象によるものだろうか、それともただの寝不足だろうか。呑気にそんなことを考えていると、広場の中心に人影が見えた。よかった、俺以外にも起きてる人がいた。そう思い近づくと、あるものが目に入る。人間には存在しない角、翼、尻尾。
それを視認した瞬間、足が止まった。動いてはいけない、そう直感したのだろう。
「……見つけたぞ」
そう呟きながら俺の顔を見つめる。そして俺もそいつの顔を見つめた。
黒い鎧に黒い翼、大きな黒い角が二本。そして何よりもあの禍々しい雰囲気。本に載っていた悪魔の特徴と合致している。この悪魔が街を眠らせたのだろうか。二、三歩後ずさりした俺は逃げるか逃げないかで迷っていた。落ち着け、魔界と人間界は長い間お互いに干渉していないのだ。下手なことはできないはず。
それに、昔本で読んだことがある。僕は悪い魔族じゃないよと言って人間と仲良くする魔族が居たはずだ。もしかしたら優しい魔族という可能性もあるじゃないか。
「クックック……フッハハハハ! ハァーッハッハッハ! 喜べ少年! 貴様は選ばれた!」
なんて綺麗な三段笑いだと思ったのもつかの間、悪魔が物凄い速さで突撃してきた。死んだな、俺死ぬなこれ。優しさなんて悪魔にはないよな。悪魔と同時に押し寄せてきた風に思わず目を閉じる。
目を開けると、目の前には悪魔が俺の喉元に剣先を向けていた。
「おっと、殺す気満々ですね……」
冷や汗を掻きながらそう強がる。
「安心しろ、殺しはしない」
殺すのは目的ではない。だとすれば、剣先をこちらに向けているのはおそらく脅迫をするためだろう。
ならば目的はなんだ。一端の冒険者である俺に何を要求するつもりなのか。悪魔は俺に「見つけた」や「選ばれた」という言葉を投げたのだ。だとすれば、俺でなければならない理由があるはず。ダメだ、なにも思いつかない。考えれば考えるほど俺が選ばれた理由がわからなくなる。弱い奴を探してたのか……?
「なに、抵抗せずに言うことを聞いてくれれば悪いようにはしない。単刀直入に言おう、魔界に来い」
「ま、魔界に……?」
魔界、人間界とは別の世界にあるとされている魔族の世界だ。遠い昔、勇者が魔王を倒したことにより人間界と魔界はお互いに干渉をしなくなった。魔族が攻めてこなくなったのは、勇者の存在が抑止力になっているからだろう。
というわけで、魔界の情報を得るには本しかないのだ。その本自体実際の勇者が語った情報を元に作られているらしいので、人間が所有する魔界の情報は大昔の物ということになる。時が過ぎれば当然世界は変わるし、魔界の情報は当てにならないだろうな。
そして、この展開は創作の本で読んだことがある。魔族に拉致された子供は奴隷として働かされたり、監禁されたりする。主人公はなんとかその状況を打破していたが、俺は主人公ではないので寝床の隅で冷たくなる運命なのだろう。
そんな目に遭うくらいならいっそ、逃げてしまおう。じっと悪魔の目を見つめ、振り向きながら走り出す。が、突然誰かにぶつかってしまう。顔を上げると、そこにはこの街の住民が立っていた。
よかった、俺以外にも起きてる人がいた。
「逃げるぞ、急げ!」
「……」
手首をつかみ一緒に逃げようとするが、その住民は一切動こうとしなかった。声を掛けても地面を見つめるばかりで、顔を上げようとしない。
「お、おい。どうした、早く逃げるぞ!」
「捕まえろ」
悪魔がそう言うと、住民は俺を羽交い絞めにした。悪魔の指示に従った……? ということは、この人間は悪魔に操られている、と考えるのが妥当だろうか。
だとしたら何故、俺を直接操らなかった。わからない。わからないことだらけだ。
「なっ!? 放せ! くそっ……」
身動きが取れなくなりいよいよ言いなりになるしかなくなる。悪魔は俺を殺すつもりはないようだし、諦めて言うことを聞くのが賢明だろう。
暴れるのをやめて、再び悪魔と対面する。せめてもの抵抗として、悪魔を睨みつけた。
「そう睨むな、綺麗な青眼が台無しだぞ。……私の能力は催眠でね。済まないがその人間を操らせてもらった。街が眠りに落ちたのもこの能力によるものだ」
能力。それは火を操ることができたり、瞬間移動ができるなどの異能の力。
能力を持って生まれる確率は七割を超える。一見多いようにも聞こえるが、そのほとんどが使いこなすことができないまま生涯を終えてしまう。幼い頃、俺も能力があるかどうか確かめたことがある。結果は当然無能力。魔力から能力があるかどうかを確かめる機械がびくともしなかった。悲しい思い出である。
「俺を催眠術で操らなかった理由はなんですか」
「……貴様に私の能力をわからせるためだ。もう一度言う。魔界に来い」
他に選択肢はない。
俺は捨て子で、孤児院育ちだ。お世話になった大人がいるわけでもない。今更街から俺が居なくなったところで、悲しむ人など誰もいないのだ。このまま日銭を稼ぐ生活が続くならいっそ、魔界で生活した方がマシだろう。弱い魔物しか倒せず、一向に強くなる気配もないのだ、そのうち限界がやってくる。
そう結論付けることしかできない自分に腹が立って、小銭の入った袋を握りしめた。
「わかりました……行きます」
「よし、放せ」
そう命令された人間は俺から離れ、その場に倒れた。催眠が解けた、というより眠っている状態に戻ったという方が正しいだろう。
冒険者として限界を感じてきたところで魔界に就職か。まあ、生活ができるならなんでもいいや。人間界じゃないといけない理由なんてないし、戦力外である俺が魔界でどんなことをするのかも気になるし。やりたくないことより興味のある方だ、そういう生き方をしてきたのだからその感情に任せよう。
しかしここから魔界にどうやって移動するのだろうと疑問に思っていると、悪魔がガラス玉のようなものを取り出し、砕いた。すると目の前に大きな光の円が現れる。その円の向こうは室内になっているようで、大きな赤いカーペットが見えた。
「このゲートは我が城に繋がっている。話は向こうでしようではないか」
「城?」
「……ああ、名乗り忘れていたな。私はガリアス=サーロット。魔王、と言った方が伝わりやすいか」
魔王、そう聞いて妙に納得した。目の前の悪魔が魔王という事実に驚きなどはなく、ただ諦めの念を抱いただけであった。
一先ず名乗られたのだからここは名乗るのが礼儀というもの。こちらも自分の名を教えることにする。
「コルソといいます。姓はありません」
「コルソだな。では、行くとしよう」
人間界ともお別れだ。
何年も過ごしてきた街を一瞥し、ゲートに足を踏み入れる。魔王と俺がゲートを潜り切った瞬間。ゲートが消滅した。ガラッと変わった空気を感じながら深呼吸をする。濃い魔力を感じる、人間界とは全くの別物だ。
もう後戻りはできない、新しい生活が始まる。