残虐にして野心家の鬼姫、亡国の少年王子を飼い慣らす
航海技術の発達と共に、我が帝国は大海を隔てた新たな地域への進出を開始した。
先遣隊が現地の集落を発見したが、それは未開の蛮族であった。
彼等は平和裏に接触しようとした先遣隊の兵士を恐れ、雄叫びをあげて木や石で造った武器で立ち向かって来た。
羽根飾りや腰蓑をつけたのみの半裸に、玩具の様な武器では、先遣隊と言えども帝国の精兵にかなう筈も無い。瞬く間に制圧し、男や役に立たぬ老人は全て首を刎ねた。
集落の跡に、帝国の橋頭堡たる砦を築いた後、探索の半数は、蛮族の見本として生かしておいた女子供を土産とし、本国へと帰還した。
皇帝陛下は現地の様子を聞き、連れ帰った蛮族の女子供の獣の如き愚昧ぶりを見て、涙を流して御嘆きになられた。
「同じ人間でも、文明の恩恵がなければこうも違うのか……」
そして居並ぶ臣下に、慈悲深き勅意を示された。
「暗黒の地に文明の光をもたらし、愚かしき蛮族を庇護せねばならぬ!」
こうして、本格的な遠征隊を派遣し、蛮族が住まう地を平定する事となった。
派遣された遠征隊は、当初は苦も無く支配地域を拡大して行く。
蛮族はいずれも孤立した小集落で、横のつながりも無かった為である。
遭遇する蛮族はその全てが敵対的な態度を示した為、男は屠り、女子供は奴隷として本国へと送られた。
本国では奴隷の需要が高い。帝国領の東方にある異教徒国家群との交易では賄いきれていなかった為に、捕獲した蛮族の女子供は高値で払い下げられ、国庫を大いに潤した。
支配した領域では後続の、伴侶を帯同した屯田兵が入植していった。彼等はこの地を開拓し、子孫を繁栄させる役割を担う。
遠征は順調に進むと思われたが、やがて大河に突き当たった。
河幅はおよそ二マイルで、架橋は無理だ。渡河用の舟艇を現地で造り、先へ進む事も不可能では無かったが、むやみに領域を拡大するよりはと、ここで一端の区切りをつける事となる。当面は既支配地域の開発に専念するのが帝国の判断だった。
新領土へ進出を開始してから十年。開拓は順調だった。
肥沃な土地に加え、金・銀の鉱脈が発見されたのだ。
これによって本国の財政は潤い、周辺諸国に対する優位性も盤石となりつつあった。
だが、そこに不穏な雲が漂い始めた。
視力の優れた兵から、大河の対岸に、人影が見られる様になったという報告が入りはじめたのだ。
望遠鏡で見ると、確かに人が見える。
我々や本国の近隣国、あるいは東方の異教徒とも異なるが、縫製された服装に、腰には剣を帯びていた。
蛮族では無い。未知の異文明が存在し、勢力を伸ばしてきたのだ。
百姓が本業の屯田兵や、未開地の斥候が主任務の軽装兵では、蛮族相手ならば問題ないが、相手が異文明では心許ない。
と言って、東方の異教徒国家群が不穏な動きを見せ始めている現状では、軍主力を引き抜いてくる事も難しい。
そこで皇帝陛下が考えたのは、儀典用に編成されている、近衛の女子部隊を派遣する事だった。
儀典が主な役割ではあるが、不測の事態に際しては皇室の最後の盾となる為に、訓練は万全である。
構成員は専ら貴族の令嬢だ。選抜基準は、逞しく、賢しく、見目麗しい事。
そんな娘達なら、近衛よりも嫁ぎ先が数多だろうと思われるかも知れない。だが、構成員にはほぼ全員に共通した特徴がある。
背が並の男より高いのだ。
世の男の多くは、自分より長身の女を嫌う。縁談もなかなかまとまらず、舞踏会や園遊会でも男共から敬遠される。
と言って、修道院で祈りに生涯を費やす様な生活には耐えられない。揃いもそろって権力欲や物欲の塊で、さらには血の気が多いのだ。
軽口を叩いて来た相手、とりわけ男に決闘を挑み、切り捨てた剛の者も多い。
その為、近衛としての実力、特に個人の武技は高く評価されている者の、女として言い寄る様な者は皆無だった。
そして隊長は、第一皇女たる私。
皇位継承権はある物の、帝国では男子が優先される為、弟が生まれる度に順位が下がる。
憂さ晴らしに、私はしばしば、配下と共に狩猟を愉しんでいた。
獲物はもっぱら人間だ。刻限まで逃げ切れば無罪放免、こちらを返り討ちにしても不問という条件で、死刑囚を狩場で解き放つ。それを騎馬で追い立てて仕留めるのだ。
いずれも海賊、山賊、ヤクザ者といった、多少は戦えそうな連中ばかりだったが、仕留め損ねた事はない。
愉しい遊戯なのだが、私はそれに興じるあまり、「鬼姫」の悪評が立って、男は遠ざかる一方だ。
皇都の飾り物として朽ちていくのかと鬱屈していた私は、父君たる陛下から派兵を打診され、思わず舌なめずりした。
ようやく、思う存分暴れられる機会が訪れたのだ。
「なれば軍権に限らず、かの地の統治全般を私にお任せ願いたく、総督に任じて頂きたい」
「良かろう」
私が切り出した条件に、陛下はあっさりと応諾した。
豊かな新天地とはいえ、本国の安寧を捨ててそこに行きたがる貴族、まして皇族は皆無で、かの地には正式な総督が未だ着任していない。平民あがりの代理がいるだけだ。
支配権を正式に確立する為には、誰かしら皇族が行かねばならない。
私が伴侶を得ず、子を産まぬまま世を去れば、次代の総督は再び本国から送る事になる。だが、皇族の座るべき椅子が一つ空くならば、帝国としてはむしろ都合が良いのだろう。
配下からは志願を募った。半数も残るかどうかと思ったが、意外にも全員が乗り気だった。
「行きましょう!」「異議無し!」「賛成!」
「いいのか? 行くのは辺境だ。徐々に開けてはいるが、皇都とは比べるべくもない。恐らくは二度と戻れぬぞ?」
「新天地にいきゃ、やりたい放題ですよね!」
「奴隷をこき使って、金銀に埋もれて! ヒャッハー!」
配下共の眼は、淑女とはとても言えない無謀と欲望にすっかり染まっており、実に頼もしかった。
私達はやはり、男に飼われた有閑生活には馴染まないのだ。
新領土に着いてみると、意外にも港はよく整備され、街には新しめの建物が建ち並ぶ。石造り・煉瓦造りが多い本国と違い、ここでは木造が多いのが特徴の様だ。
民や兵の多くは若く、四十を越える者はまずいない。
接岸している何隻もの大型船には、次々と荷が運び込まれている。多くは現地で採れる金銀や貴石である。
また、捕らえた蛮族も、手枷・足枷を掛けられ、鞭を持った商人に追い立てられて奴隷船へと詰め込まれている。
当初は女子供を除き滅していたが、奴隷にした方が利益になるので、新たに見つけた蛮族は、性別を問わずなるべく生け捕りにしているという。奥地にはまだまだいる様で、当面は尽きないだろうとの事だ。
野生の蛮族を狩るのは、さぞ愉しかろう。私の趣味は、この地でも充分に満たせそうだ。
代理から統治の引き継ぎを終えた私は、隊の一部を伴って、問題の異文明との境界線である大河へと赴いた。
騎馬で十日程かけて現地に着くと、監視の軽歩兵共がざわめいている。
「何事か?」
慌てて報告する兵曹によると、つい半日程前に、対岸から小舟が乗り付けて来たというのだ。
乗っていたのは、十二、三歳の少年が一人。
「会ってみたいな」
「では、こちらへ」
少年を軟禁してある小屋に、私は二名の護衛と共に通された。
言葉が解らずに尋問が進んでいない様だが、私には異邦の言語を解する「通詞の指輪」がある。遺跡からの盗掘品という触れ込みで、怪しげな商人から買った物だが、これがなかなか使える。
少年は落ち着いた様子で、私達を見ると静かに頭を下げた。
私の胸ほどの背丈で、浅黒い肌に黒髪。蛮族と似た様な特徴だが、連中と違って利発そうだ。また、少女の様な可憐さを感じさせる。
首や腕には、精巧な造りの金細工を身につけており、身分が高い、もしくは富裕である事をうかがわせる。決して、ただの蛮勇でこんな処にくる様な者ではない。
「貴殿は何者か」
「私は、河の対岸から歩いて二十日程の地に栄える国の、王太子です」
相手側の王族と聞いても、私は驚かなかった。虚言かも知れないが、服装や態度からして信憑性がある様に思えたからだ。
「私は海を越えた彼方にある、帝国の皇女だ。この地を版図に加える為、総督として赴いた。河のこちら側で、私達は蛮族を平定し、引き連れて来た我が民がこの地を耕している」
「私達にとって、河のこちら側は化外の地。故に、それに意義は申しません」
「ならば、境界を定める交渉に来たのか?」
「いえ。謀反が起き、王侯貴族の殆どが殺されました。私は僅かな手兵と共に逃れ、河の対岸で隠れ住んでいたのですが、先日、ついに追っ手に見つかり、兵の犠牲の下、私だけが舟で逃げ延びました」
都合の良い手札が転がり込んで来たと、私は内心で喝采した。これで、未知の異文明についての情報が得られ、さらには攻め込む大義名分が出来た。
「条件次第では、我が皇帝陛下の御名において玉座奪回の助力をしよう」
「本当ですか! して、条件とは?」
「国を取り戻した暁には、我が夫となれ。帝国の宗主権の下、貴殿の国を私と二人で治めようではないか」
「それは……」
流石に少年は考え込んだ。だが、弱者には強者におもねる他の選択肢はない。
「何を迷う? 私と交わり、子を為すのが嫌か? 異邦の血を貴殿の王家に加えたくないと言うなら、侮辱と見なすぞ?」
「い、いえ、そんな訳では……」
「なれば返答は?」
「わかり、まし、た……」
舌をもつれさせ、顔を紅く染めながら答えた少年の様子に、私の心は嗜虐的な歓喜で震えた。