滅殺魔術師は落ちこぼれている。
――曰く、その者の魔術は街を飲み込んだ。
――曰く、その者の魔術は海を割った。
――曰く、その者の魔術は……
物語で多少誇張されている部分はあるにせよ、その魔術師――僕の曽祖父にあたる魔術師は一騎当千だったらしい。ウォーレンハイドのお抱え魔術師として相手国の魔術師を多数葬ったと言われている。
……ルーク・シュミット。僕の曽祖父の名であり、魔術の名門シュミット家の創始。
そして、そのシュミットは今――地に堕ちた。
* * *
ウォーレンハイドが誇る魔術の最高学府。ウォーレンハイド第一魔術学院。その学院に入ることができるのは魔術の素養があると認められた限られた人間であり、選ばれた人間と言ってもよい。
……父と母は有名な魔術師であり、かの有名な魔術師の家系。魔術適正も苦手な属性は特になし、と将来を有望視され、学園への入学を許可された。ただ、成長するにつれ周囲の期待を裏切る、唯一であり最悪とも言える欠陥が姿を表した。
魔力量が増えないのだ。
一般的に、魔力量は使えば使うほど増える。限界はあるものの、「伸びない」ということはない。
でも、僕のその魔力量の限界値が一般的な魔術師よりも低い。入学時には同級生の中でそこそこ多かった魔力量も、伸びないおかげで今では下から数えたほうが早い量にまで落ち込んだ。
もちろん、限界まで魔術を行使し、魔力を増やすという単純だが最も効果的な鍛錬は行った。魔術学院に入る前から毎日欠かさず。……それでも、増える兆しはない。
――そんな欠陥をもつ僕のことを、『堕ちた天才』と呼び出したのはいつからだっただろうか。
おかげで学院に居場所はないし、実習では良い的扱いされる。(『身分差がない』とはよく言ったもので、それを盾にやりたい放題されているというのが実情だ。)
そして今日、ついに学園長直々の呼び出しを受けた。状況はあまり芳しくない。
放課後とはいえ学内にいる学生の数は多い。学園長室から出てきたせいか、普段より視線を感じ憂鬱な気分になるが、日課の訓練をこなすために一人練習棟へと向かった。
「……カイル・シュミットです。練習室の使用許可をお願いします」
はい、どうぞと鍵を渡される。マスター以外の複製鍵の存在しない魔術鍵のおかげで、刺すような視線からも、嘲笑からも、悪意からも逃げられる。
「……勝手に期待して、勝手に失望するっていうのも失礼な話だよな、全く」邪魔のされない練習室でひとりごち、魔術の修練を始めた。
* * *
長居して絡まれるのがめんどくさいため、修練が終わればなるべく早く寮に帰るようにしている。それが厄介事から逃れるため最も効果的な対策なのだ。――そんな僕の視線の先に、一人の少女が映る。
雪のように白い肌にスラリとした細い身体。シルクのようなその髪は光を受けて銀に輝く。美しいその姿は物静かで庇護欲をそそるが――この学院で頂点に立つ学生だ。
シルフィー・ラザフォード
魔術の腕もさることながら、体術にも優れるという理想の魔術師を体現するかのような存在。僕たちの世代では最強ではないかと言われているほどの能力をもつが――なぜか家の事情で僕の婚約者となっている。
「……待っていたのか」
「呼び出されたとはいえ、日課を疎かにするような方ではないでしょう?」
「もう知っているのか」
あーやだ。これだから学院は……という僕に、貴方は話題になりやすいですから、と微笑む彼女。
「それで、なんで僕のことを待ってたんだ?」
「ちょうど生徒会の仕事がありましたし……少しお茶に付き合って頂きたいな、と思いまして」
――ダメでしたか? と言われると断りづらい。
「……週末でも良いだろう、別に」
「貴方のことです。練習室で時間ギリギリまで鍛錬していたのでしょう? 私も生徒会の仕事があって疲れていましたし、休憩ぐらい良いではないですか」
――それに、甘いものがお好きでしょう? と譲らない彼女に渋々付き合うことにし、寮への道を歩く。
ここは学院というものの、付随する施設(寮を含む)だけでなく、学生向けの商店や飲食店などが集まり、一種の要塞都市と化している。
そのおかげで学院生はなるべくこの街を出ずに過ごすことができるし、店側も貴族の多い学院生に商売できるので願ったり叶ったりといったところだろう。もちろん、それは僕たちも例外ではない。
「今日もいつも通りか?」
「貴方のことを待つと言ったら逃げてしまいますので……」
「ま、落ちこぼれの僕には興味ないだろうからね」
仕方ないことだけど。といつも通りの会話。
――学院生活を脅かしているのは、なにも自分だけの問題とは限らない。美少女で才媛として名高い、今世代最強とも言われる彼女が婚約者。嫉妬の一つや二つや三つや……といったところだろう。ハッキリ言うと迷惑だ。
「そう卑下するのもよくないです。貴方は良い人ですから」
「婚約者にいい人ぶるのも当たり前だろう」
「……。そういうことを言っているのではなくてですね――」
会話が途切れる。
「……おかしくありませんか?」
何が、と言いかけて遅れて気がつく。
人気がない――というより人が居ない。
「嫌な雰囲気だね」
「同感です」
勘がいい。……いや、良すぎるというべきか。
ぱっと見でもわかる異常事態に気を取られた僕は――彼女が動き出すのに気が付かなかった。
……刹那。彼女の身体を貫く氷矢。
気づいたそのときには、三本目が刺さっていた。
「シルフィー!」
「私は大丈夫ですから、早く防御術式を――」
知覚外からの一撃が背に刺さる。そのせいで展開中の防御術式がノックバックされてしまう。……魔力量のせいで魔術的な知覚範囲の狭い自分が情けない。
「キャンセル喰らっちまった。走るぞ――!」
え、という声を無視。横抱きにシルフィーを抱えながら物陰に隠れる。
「防御術式はシルフィーが展開してくれ。僕が時間を稼ぐ」
「でも、貴方で立ち向かえるような相手では――」
「僕でも時間ぐらい稼げる。それよりシルフィーがやられる方が僕にとっちゃ都合悪いから」
――僕を信じてくれ。そう言って走り出す。
……この手の魔術を使うタイプは遠距離狙撃から近距離での撃ち合いに持ち込んでくる事が多い。そう踏んで、魔術的な知覚を極限まで高めながら魔術師を探す。
「私の隠遁は完璧ですからね」
……ふと、声がした。
と、同時に氷槍が背に刺さる。シルフィーの防御術式のおかげで大したダメージにはなっていないものの、貫通していたら即死してもおかしくない一撃。
「痛いなあ」
「……驚いた。防御術式があるとはいえ、氷槍はそこそこ威力のある技だが――なるほど。彼女は情報通りかなり優秀なようだ」
これは面倒ですね、と呟く男。――間違いなくこいつがこの襲撃の犯人だ。
「それより、こんなに暴れてもいいのか? 魔術師団が黙ってないと思うが」
「そんなもの逃げるに決まっているだろう?」
よほど自分の隠遁に自信があるのか、それとも馬鹿なのか。
どちらでもないにせよ、実力があることは確かだろう。気を抜かないように、と自分に言い聞かせ風刃を展開する。
……が、いずれも届く前に氷矢で相殺される。知覚と身体強化に割り振っているとはいえ――圧倒的に魔力が足りない。
「その程度の風刃しか発動できないのかい? まだ本気じゃないだろう?」
うるさい、と答える余裕もない。会話をしている間にも氷矢が僕の動きを捉え、降り注ぐ。
……精度を高める方向に修練している僕の魔術では、圧倒的な魔力量にモノを言わせるタイプとやりあうには分が悪い。牽制に何発か撃ち込むものの全て撃ち落とされ、それどころか何発も喰らってしまう。
「だんだん避けきれなくなっているようだけど――それが君の本気かい? ――本当にシュミットの家系なのかい?」
そう言って一気に氷矢を展開。魔法陣が空を覆う。
「……期待ハズレだよ。シュミットの次期当主くん」
一斉に降り注ぐ。
知覚できる量ですら避けきれない。いくら防御術式が掛けられているとはいえ数が多すぎる。
回避を諦め、知覚に回していた魔力を防御へ回す。……効率は悪いが無いよりマシだ。全てを諦め、為されるがままになる。
スローモーションのように流れる視界。その隅に防御術式を展開していたはずの幼馴染。――いや、婚約者の姿。
あのときの姿が重なる。
「――カイル!」
また。
まただ。
そうやって僕をかばって。
……そうやって僕をかばって?
針山のように氷矢の刺さった幼馴染が力を失い倒れ込んでくる。いくら彼女が優秀とはいえ、これだけの攻撃術式を受けてしまえば防御術式がかかっていようがタダでは済まない。
全身がカッと沸騰する感覚。
それは怒りか、憎しみか。
「――――!」
何かに囚われた僕は本能の赴くまま叫ぶ。
咄嗟に重ね掛けした防御術式で致命傷を防いだシルフィーは、意識を失いながらも自身を抱きしめる婚約者の温かさに安心し目を閉じる。
学院都市。第一魔術学院を中心に発展したその都市の一部――直径1キロが一面の焦土となった、その中心で。