狂った愛は料理と共に……
「ベル様。お食事の準備が整いました」
「お。おお。分かった」
夕暮れ頃の事だ。
窓が開いた書斎室で聖書を嗜んでいると、執事のエドワードが俺を呼びに来てくれた。
彼は長髪で、細いブロンドヘアーを靡かせていて、見た目はフランス人形の様だ。しかも、細身の高身長で、透き通った蒼色の瞳。とても整った顔をしているせいか、誰もが思わず息を飲んでしまう。
なので、毎度姿を見る度に息を飲みかける俺は、戸惑いを隠しつつも、近くの全体鏡の前へ立つと、軽く身支度を整えた。
ちなみに俺は、執事のエドワードより背が低い。その上、そこら辺にいる傲慢な伯爵とは程遠い程、外に跳ねた赤毛で短髪。子供の様な顔をしている。目の色は翠色。
まぁ、これは生まれつきなので、彼とは違うし仕方ない。と開き直ってはいる。
だが、俺はこれでも一応、貴族階級の生まれだ。皆からは『ベルリック伯爵』と呼ばれている。
その為、他の召使いよりは良い、シルク生地で作られた紫色の服で、煌びやかな装飾品を身にまとっている。そのせいか、正直恥ずかしい気分でもあるけどな。
それと、普段の俺は公には出ず、執務に励むことが多い。しかし、早めに事が終わるとこうして、趣味である読書を楽しむことが日課となっている。そのせいか、日が落ちかける夕食の時まで没頭してしまう為、必ずと言っていい程、こうして俺を呼びにここへやって来る。
これが唯一、俺が自由に使える、夕食までの過ごし方だ。
「では、共に向かいましょうか。ベル」
「おー。あのさ、エド」
「はい。何でしょう」
んまぁ、エドとは歳が近いせいか、小さい頃からの長い付き合いだ。なので、こうして2人きりの時は、特別なあだ名で呼び合う事が多い。
「いつも、わざわざ部屋まで呼びに来てくれて、ありがとな」
「いえいえ。こんなのは私のただのお節介にすぎませんので。えぇ……」
しかし、今日のエドの様子はおかしい。何故なら、俺の視界から遠ざける様に、わざと左側に移動したり、呼びに来ること以外は俺と関わろうとしてこないのだ。
なので、急に変わったあいつを見て、俺は正直戸惑った。どうしたのだろうか。と。
でも、彼はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、何事もなく、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いている。
まぁ、聞かれたくない何かがあるのは、間違いないけれど、それにしても変だなぁ……。
俺はモヤモヤな気持ちを抑えながらも、廊下を歩いていたが、その間も沈黙が続いていた。いつもはエドが明るい話題を振ってくれるのだが、今日は壁際に飾られたロウソクがゆらりと揺れるだけで、変化はない。
「ご到着致しました。どうぞ此方に……」
「あぁ」
だけど、俺は今までと変わらずに相槌を返した後、エドが開けてくれた扉をくぐり、中へと入る。
食堂のテーブルには、既に豪勢な料理が所狭しと並んでおり、真ん中に置かれたメインディッシュには、銀色の蓋がされていた。そして、その長テーブルの周りには、俺が雇っている30名ほどの召使いやお抱えコック達が、一斉にお辞儀をしながら「伯爵様! 本日もお疲れ様です!」と労いの言葉をかけ、盛大に出迎えていた。
「ところで、今日の夕飯はなんだ?」
「そうですね……。料理に関しては私疎いものでして……」
「ん? でもお前、俺が食いもん好きなのは知っていただろ?」
「あ。えっと……」
俺は隣にいた彼にそう訊ねると、何故か慌てたように指に顎を乗せながら悩み始めた。そして、俺に聞こえない様に、彼の背後にいた人に何かを伝えていたが、やっぱりいつもと様子が違うのがわかった。
いつものエドは、ちゃんと料理名までこと細かく教えてくれる。なのに、今回だけは何故か、後ろの人に丸投げしようとしていた。明らかにおかしい。
「すみません。伯爵様。実は先程から体調が優れないので、少し別室で休ませて頂きます。ではごゆっくり、お食事をお楽しみ下さい……」
「あぁ。急だが仕方ないか。お大事にな」
「あ。ありがとう……、ございます……」
そして、顔を真っ青にしたエドが颯爽と食堂から去ってしまい、静寂な空気が周囲を包む。
「何があったんですかね?」
「さぁなぁ……」
丁度隣にいた金髪のメイドが、心配そうに俺に聞いてきたのだが、俺は全く知らない。逆にこっちが聞きたい程だ。
「そのー、料理の説明に関してはですねぇ~」
すると、彼女の背後から、黒い鼻髭を生やし、黄色い衣装を纏った年配の料理長、セバスチャンが意気揚々と登場してきた。そう。この人が先程、エドの背後で話をしていた年配の男だ。
「代わりに料理長である! この私! セバスチャンが説明致しますねぇー!」
「あ。セバスチャンか」
「はっ! 伯爵様!」
「ま、まぁ。ちゃんと説明してくれればいい」
「か、かかか、かーしこまりましたぁぁ!」
そう言うと、セバスチャンは道化師みたいな陽気な笑顔を振りまきながら、次々と料理名を教えてくれた。
だけど、俺は正直、苦手なタイプの人間だ。インチキな雰囲気を出しているし、隣で大きな声で話し出したりと、正直うるさい。
ちなみに俺の目の前には、白いパンにワイン。銀色の蓋を開けると、ローストポークに深紅色のソースがふんだんにかけられている料理が顔を出した。
後は前菜や副菜は、豚足を丸焼きにした料理や鮭のシチューと言った物がテーブルいっぱいに盛られていた。
「特にこの『ローストポーク』はとても最高傑作なので、伯爵様にも喜んで頂けるのかとおもいますぅ!」
と、彼は流暢にメインディッシュを解説しながらも、俺は美味しく晩御飯を頂く。
「確かに、あまり口にする回数も少ないな」
「まぁ。伯爵様までいくと、大抵はヤマシギ等の高級食材が多いですしね」
「まぁ、確かにそうだけど……」
しかし、疑問が拭えない俺は適当に相槌を打ちながらフォークとナイフで器用に切ると、そっと口にする。
「うん。美味い。鮭のシチューも美味だな」
「そうですか! とても嬉しい限りでございます!」
「それと、ん。ローストポーク、美味いな。あと、初めて豚足を食してはみたが、不思議な味だな。食べた途端に口の中が肉汁で溢れてきて、申し分ない程美味だ」
「それは、良かったでございます!」
「だがしかし……」
「はい?」
しかし、深紅のソースを絡めて食した後、俺は口の中に広がる異様な味が気になり、彼に声をかけた。
「このソース、何を使っているのだ?」
「えっ……」
「あ。その、あまりにも美味しくてな。また食べたくなってしまったのだ。出来るものならもう一度、作って貰いたい」
そして、俺は笑顔を向けながら残さずたいらげると、フォークとナイフを置き、手元に置かれた白い布で丁寧に口元を拭いた。
「え。えええ……、も、ももも、もう一度……、ですか!?」
「さて、俺は執務室に戻るぞ。セバスチャン、エドワードにもそう伝えておくれ」
「はっ! 伯爵様!?」
「この料理、『また食してみたい』と」
「あ。え……」
しかし、彼は真っ青な顔で立ち止まったままだ。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。俺は席から立ち上がると食堂を後にした。
*
「んー……」
夕飯を終えた俺は、食堂から長い廊下を渡り、執務室に戻って赤い椅子に腰をかける。そして、夕飯前に読んだ本の続きを読もうとしていた。
「はぁ……。あいつ、なに隠してんだよ」
しかし、夕飯の一件が忘れられず、本に集中できなかった俺は、頭を抱えながらも何となくページをひらりと捲る。
「……んん!?」
すると、赤い封蝋で閉じられた手紙を見つけた。
「一体、何だ? って……」
なので、俺は思わず開封して中身を見る。
――本日の夕飯、突然欠席してすみませんでした。その後の詳細はセバスチャンから全て聞きました。とても喜んでもらえるなんて、私は幸せです。それに、彼には私の悲願を達成させる為、今後も協力する予定ですので、よろしくお願いしますね。親愛なるベル。改めてお聞きしますが……――
「どういう、事だ?」
セバスチャンは、ただ単に利用されたというのか? それじゃあ、あの料理は一体……。
俺はさらに読み進めようとした途端、猛烈な吐き気が込み上げてきた。まるで、胃酸が下から喉へと逆流してくるかの様な気持ち悪さだ。
「う、そ……、だ、ろ……。うぐっ!?」
そして、俺は文の最後、黒いインクで書き込まれたメッセージを凝視しながら、両手で口元を強く押えつけた。
――私の『左腕』を使用したディナーのフルコース、どうでしたか?――





