表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

狂った愛は料理と共に……

「ベル様。お食事の準備が整いました」

「お。おお。分かった」


 夕暮れ頃の事だ。

 窓が開いた書斎室で聖書を(たしな)んでいると、執事のエドワードが俺を呼びに来てくれた。


 彼は長髪で、細いブロンドヘアーを靡かせていて、見た目はフランス人形の様だ。しかも、細身の高身長で、透き通った蒼色の瞳。とても整った顔をしているせいか、誰もが思わず息を飲んでしまう。


 なので、毎度姿を見る度に息を飲みかける俺は、戸惑いを隠しつつも、近くの全体鏡の前へ立つと、軽く身支度を整えた。


 ちなみに俺は、執事のエドワードより背が低い。その上、そこら辺にいる傲慢な伯爵とは程遠い程、外に跳ねた赤毛で短髪。子供の様な顔をしている。目の色は翠色。

 まぁ、これは生まれつきなので、彼とは違うし仕方ない。と開き直ってはいる。


 だが、俺はこれでも一応、貴族階級の生まれだ。皆からは『ベルリック伯爵』と呼ばれている。

 その為、他の召使いよりは良い、シルク生地で作られた紫色の服で、煌びやかな装飾品を身にまとっている。そのせいか、正直恥ずかしい気分でもあるけどな。


 それと、普段の俺は公には出ず、執務に励むことが多い。しかし、早めに事が終わるとこうして、趣味である読書を楽しむことが日課となっている。そのせいか、日が落ちかける夕食の時まで没頭してしまう為、必ずと言っていい程、こうして俺を呼びにここへやって来る。


 これが唯一、俺が自由に使える、夕食までの過ごし方だ。


「では、共に向かいましょうか。ベル」

「おー。あのさ、エド」

「はい。何でしょう」


 んまぁ、エドとは歳が近いせいか、小さい頃からの長い付き合いだ。なので、こうして2人きりの時は、特別なあだ名で呼び合う事が多い。


「いつも、わざわざ部屋まで呼びに来てくれて、ありがとな」

「いえいえ。こんなのは私のただのお節介にすぎませんので。えぇ……」


 しかし、今日のエドの様子はおかしい。何故なら、俺の視界から遠ざける様に、わざと左側に移動したり、呼びに来ること以外は俺と関わろうとしてこないのだ。


 なので、急に変わったあいつを見て、俺は正直戸惑った。どうしたのだろうか。と。

 でも、彼はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、何事もなく、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いている。


 まぁ、聞かれたくない何かがあるのは、間違いないけれど、それにしても変だなぁ……。


 俺はモヤモヤな気持ちを抑えながらも、廊下を歩いていたが、その間も沈黙が続いていた。いつもはエドが明るい話題を振ってくれるのだが、今日は壁際に飾られたロウソクがゆらりと揺れるだけで、変化はない。


「ご到着致しました。どうぞ此方に……」

「あぁ」


 だけど、俺は今までと変わらずに相槌を返した後、エドが開けてくれた扉をくぐり、中へと入る。


 食堂のテーブルには、既に豪勢な料理が所狭しと並んでおり、真ん中に置かれたメインディッシュには、銀色の蓋がされていた。そして、その長テーブルの周りには、俺が雇っている30名ほどの召使いやお抱えコック達が、一斉にお辞儀をしながら「伯爵様! 本日もお疲れ様です!」と労いの言葉をかけ、盛大に出迎えていた。


「ところで、今日の夕飯はなんだ?」

「そうですね……。料理に関しては私疎いものでして……」

「ん? でもお前、俺が食いもん好きなのは知っていただろ?」

「あ。えっと……」


 俺は隣にいた彼にそう訊ねると、何故か慌てたように指に顎を乗せながら悩み始めた。そして、俺に聞こえない様に、彼の背後にいた人に何かを伝えていたが、やっぱりいつもと様子が違うのがわかった。


 いつものエドは、ちゃんと料理名までこと細かく教えてくれる。なのに、今回だけは何故か、後ろの人に丸投げしようとしていた。明らかにおかしい。


「すみません。伯爵様。実は先程から体調が優れないので、少し別室で休ませて頂きます。ではごゆっくり、お食事をお楽しみ下さい……」

「あぁ。急だが仕方ないか。お大事にな」

「あ。ありがとう……、ございます……」


 そして、顔を真っ青にしたエドが颯爽と食堂から去ってしまい、静寂な空気が周囲を包む。


「何があったんですかね?」

「さぁなぁ……」


 丁度隣にいた金髪のメイドが、心配そうに俺に聞いてきたのだが、俺は全く知らない。逆にこっちが聞きたい程だ。


「そのー、料理の説明に関してはですねぇ~」

 

 すると、彼女の背後から、黒い鼻髭を生やし、黄色い衣装を纏った年配の料理長、セバスチャンが意気揚々と登場してきた。そう。この人が先程、エドの背後で話をしていた年配の男だ。


「代わりに料理長である! この私! セバスチャンが説明致しますねぇー!」

「あ。セバスチャンか」

「はっ! 伯爵様!」

「ま、まぁ。ちゃんと説明してくれればいい」

「か、かかか、かーしこまりましたぁぁ!」


 そう言うと、セバスチャンは道化師みたいな陽気な笑顔を振りまきながら、次々と料理名を教えてくれた。

 だけど、俺は正直、苦手なタイプの人間だ。インチキな雰囲気を出しているし、隣で大きな声で話し出したりと、正直うるさい。


 ちなみに俺の目の前には、白いパンにワイン。銀色の蓋を開けると、ローストポークに深紅色のソースがふんだんにかけられている料理が顔を出した。

 後は前菜や副菜は、豚足を丸焼きにした料理や鮭のシチューと言った物がテーブルいっぱいに盛られていた。


「特にこの『ローストポーク』はとても最高傑作なので、伯爵様にも喜んで頂けるのかとおもいますぅ!」


 と、彼は流暢にメインディッシュを解説しながらも、俺は美味しく晩御飯を頂く。


「確かに、あまり口にする回数も少ないな」

「まぁ。伯爵様までいくと、大抵はヤマシギ等の高級食材が多いですしね」

「まぁ、確かにそうだけど……」


 しかし、疑問が拭えない俺は適当に相槌を打ちながらフォークとナイフで器用に切ると、そっと口にする。


「うん。美味い。鮭のシチューも美味だな」

「そうですか! とても嬉しい限りでございます!」

「それと、ん。ローストポーク、美味いな。あと、初めて豚足を食してはみたが、不思議な味だな。食べた途端に口の中が肉汁で溢れてきて、申し分ない程美味だ」

「それは、良かったでございます!」

「だがしかし……」

「はい?」


 しかし、深紅のソースを絡めて食した後、俺は口の中に広がる異様な味が気になり、彼に声をかけた。


「このソース、何を使っているのだ?」

「えっ……」

「あ。その、あまりにも美味しくてな。また食べたくなってしまったのだ。出来るものならもう一度、作って貰いたい」


 そして、俺は笑顔を向けながら残さずたいらげると、フォークとナイフを置き、手元に置かれた白い布で丁寧に口元を拭いた。


「え。えええ……、も、ももも、もう一度……、ですか!?」

「さて、俺は執務室に戻るぞ。セバスチャン、エドワードにもそう伝えておくれ」

「はっ! 伯爵様!?」

「この料理、『また食してみたい』と」

「あ。え……」


 しかし、彼は真っ青な顔で立ち止まったままだ。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。俺は席から立ち上がると食堂を後にした。




「んー……」


 夕飯を終えた俺は、食堂から長い廊下を渡り、執務室に戻って赤い椅子に腰をかける。そして、夕飯前に読んだ本の続きを読もうとしていた。


「はぁ……。あいつ、なに隠してんだよ」


 しかし、夕飯の一件が忘れられず、本に集中できなかった俺は、頭を抱えながらも何となくページをひらりと捲る。


「……んん!?」


 すると、赤い封蝋で閉じられた手紙を見つけた。


「一体、何だ? って……」


 なので、俺は思わず開封して中身を見る。


――本日の夕飯、突然欠席してすみませんでした。その後の詳細はセバスチャンから全て聞きました。とても喜んでもらえるなんて、私は幸せです。それに、彼には私の悲願を達成させる為、今後も協力する予定ですので、よろしくお願いしますね。親愛なるベル。改めてお聞きしますが……――


「どういう、事だ?」


 セバスチャンは、ただ単に利用されたというのか? それじゃあ、あの料理は一体……。


 俺はさらに読み進めようとした途端、猛烈な吐き気が込み上げてきた。まるで、胃酸が下から喉へと逆流してくるかの様な気持ち悪さだ。


「う、そ……、だ、ろ……。うぐっ!?」


 そして、俺は文の最後、黒いインクで書き込まれたメッセージを凝視しながら、両手で口元を強く押えつけた。



――私の『左腕』を使用したディナーのフルコース、どうでしたか?――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第七回書き出し祭り 第三会場の投票はこちらから ▼▼▼  
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ