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ごめんなさいから始まるラブコメ


「ごめんなさい、お友達からでいいかな?」


 夏の陽射しが照りつける学校の屋上で、俺はずっと好きだった人にフラれた。取ってつけたかのような常套句を添えられて。

 夏の暑さのせいなのか、フラれたショックなのかはわからないけれど、意識が遠のきそうになる。それでも自分が決心し、告白をしたことに責任を持とう。

 タタラを踏みながらも足に力を入れてグッと踏ん張りしっかりと背筋を伸ばす。

 せめて、俺の告白に付き合わせてしまったお礼を言わなければならない。


「……時間取らせてしまってごめんなさい。返事くれてありがとうございました」


 そう一瞥して、早足にこの場を去ろうと相手に背を向けた瞬間、信じられない言葉をかけられた。



「あの、お友達からってことでとりあえず連絡先交換しない?」

「……へ?」


 気の抜けた俺の返事にクスリと笑いながらも、あっという間に連絡先の交換は終わり、またね! の言葉の後、相手は去って行く。

 断られる時の常套句だった言葉は、字面通りの意味を示していたらしい。

 お友達から始めましょうって、本当にあるんだな……と現実を受け止めきれない。

 さっきまで真っ暗だった俺の心に、一筋の光明が射し込んだ気がした。


 夏休みを目前に控えている俺のジメッとしている高校生活が何の根拠も無く、楽しくなりそうな予感がする。


 ☆ ☆ ☆


 あれから帰宅した俺は、自分のスマホに登録された『小林 朱音』という文字を見て、一人心躍らせていた。

 せっかくだし当たって砕けろとメッセージを送り、当たり障りのないメッセージを何件か交わした。ずっと接点のなかった憧れの人と接点を持てたという事、告白は失敗したはずなのに、気分は悪くない。

 そんな浮かれ気分から一夜明け、金曜日の朝を迎えた。

 いつもと同じ道、いつもと同じ景色を見ながらの登校のはずなのに、少しだけ世界が色付いたように見える。

 しかし、そんな浮かれた俺を現実に戻すのは昔からの悪友の一声だった。


「よっ、昨日どうだった?」

「お友達から始めましょうってさ」

「あー、まぁなんつーの? 元気出せよ」

「いやいや、友達からだぞ? プラスだろ!」

「……現実見ような」


 そう言って悪友は自分の席へと戻って行った。やっぱりそういうことなんだろうか……。

 あいつが言っている意味も充分に理解できる。それでも、一縷の望みを持ったっていいじゃないか。この気持ちを捨てることは今の俺には出来そうにない。

 元々、俺が小林さんを好きになったのも軽い理由だ。文化祭で実行委員が一緒になってちょっと話して、ちょっと一緒に活動して、優しい部分を知ったから。思春期の男が惚れるには充分な理由かもしれないけど、この気持ちを昨日まで自分の中に閉じ込めてただ目で追う日々を過ごしていた。

 そんな俺が告白を決心した理由が一つだけある。きっと、諦めたかったのだ。

 告白をして、フラれて、はいさようならと。それで少しくよくよしたらまた前を向こうと思ったのだ、ずっと好きでいるのは辛いから。まぁ、その目論見は砕けたけども。だって、友達になれただけでも嬉しいし。

 だから、これは決してマイナスでもゼロでもなくて、俺の中ではプラスの結果なのだ。誰がなんと言おうと。


 なんとなく授業を受けて、なんとなく放課後を迎える。部活にも入ってないからそのまま真っ直ぐ帰るだけの、いつも通りの日だと思っていた。放課後に小林さんが俺を訪ねてくるまでは。

 夏の放課後はまだ陽も高い。強い陽射しが差し込んだ教室に足音が響き、その音と共に小林さんがやってきた。

 隣のクラスの小林さんがわざわざ俺のクラスに来てくれる。それだけでも心が踊るのに彼女は俺の想像を超える言葉を投げてくる。


「あのさ、放課後だし遊び行かない?」

「あ、え、僕と?」

「そ。ダメ?」

「……本当に、僕なんかでいいの?」

「だって、私たち友達でしょ?」


 肩までかかるくらいの髪を右手で耳にかけながら、彼女は笑いながらそう言った。

 小林朱音という人物について、また一つ知ったことがある。裏表がなくて正直者だということ。小林さんは、本当に俺と友達になってくれた。それはきっと、悪友の想像とはかけ離れているもので、これを知ったらあいつは驚くだろう。なんせ、俺が驚いてるくらいなのだから。


 同学年のどのクラスにいても可愛さランキングトップ3には入るであろう小林さんが、冴えない俺と歩いている。きっと気のせいなのだろうけど、周りから視線を感じる気がする。緊張して上手く話せる気がしない。

 あれから、俺たちは高校近くの駅から数駅離れた、俺たちの高校に通っている学生なら鉄板と言える街に繰り出していた。なんでも、タピオカが飲みたいらしい。そんな風に普通の女子高生然とした姿すら可愛く見えてしまうのは、惚れた弱みというものだろうか。

 偶然にも、少しの並びで買えたタピオカミルクティーを美味しそうに飲む小林さんは幸せそうで、その顔を見れば周りが女子だらけで居た堪れなかった俺も少しは浮かばれる気がした。


「んー! 美味しかった! さぁ次は何する?」

「任せるよ。女の子と出掛けるのなんて殆ど経験ないから何していいかわかんないし……」

「もっとフランクでいいよ? 友達なんだから。呼び方も下の名前呼び捨てで構わないし」

「わ、わかったよ朱音」


 心臓がバクバク鳴るほどの緊張をしながら名前を呼んだ。未だかつて、人の名前を呼ぶだけでこんなに緊張したことは多分ない。

 声が震えてないか、足が震えてないか、そればっかりが気になってしまう。

 臆病な自分を変えたい。自信を持ちたい。自分を変えたい。じゃないと、この人の隣には立てそうにない。


 隣の部屋から歌声が漏れてくる。部屋の中で付いたままのテレビがうるさい。あの後、よくわからない流れでカラオケに来た俺たち。女子高生というのは気分屋らしい。

 しかしだ、俺が小林さんとカラオケに来ていきなり歌うなんてことは俺の勇気を超えたもので、ハードルが高い。そんな一気に変われるのではここまで苦労なんてしていないはずだ。


「じゃあ、私からでいい?」

「もちろん。多分、僕は緊張して歌えそうにないから」

「あはは、平気だって。ほら、かっこいいところ見せてよ」

「が、頑張る」


 魅惑的な笑みを浮かべて、近い距離で俺の顔を覗いてくる朱音。彼女から漂う、少し甘い匂いが俺の鼻腔を刺激してくる。

 期待をされると、応えてみたくなるのは俺の僅かな男心のせいなのだろうか。

 いつまでも聴いていたくなるような朱音の歌が終わり、俺の番がくる。毎日通学中に聴いている少し前のバラード。意図したわけじゃないけど、愛を囁くような歌。昨日本当に告白した俺にはタイムリーな歌だった。別に特筆して上手くも下手でもないと思うけど、精一杯歌おう。


 それからしばらく経ち、カラオケを出た後の空は夜の帳が下りようとしていた。

 学生や社会人、それぞれが帰路に着く駅までの間を静かに歩く。嘘、隣の朱音は鼻歌交じりです。

 カラオケって居る最中は思い出せないけど、帰る最中とかに、この歌忘れてたなーとか思って気になっちゃうよね。


 俺の上手いか下手かはわからない歌を黙って聴いてくれたのは、何を意図しているのかわからない。それでも、下手だと笑われていないだけマシと思うことにしよう。

 俺たちの乗る電車は違うため、もう少ししたら別れなければいけない。さようならとかまたねとかまた明日学校でねとか、そういう別れの言葉を伝え、伝えられる時。それがなんとも惜しいと思うほどに、俺は恋い焦がれている。小林朱音という人物と並んで歩いている今この時が、ずっと続けばいいのに。


「今日は楽しかった?」

「もちろん。僕は君が楽しめたかの方が心配だよ」

「私も、楽しかったよ。なんか新鮮だった」

「初めて遊んだからね」

「これが新鮮じゃないようになるといいね」

「それは……、頑張るよ」


 言われているのだ、私を惚れさせてみろと。俺としては、なけなしの意地でその挑戦的なものを受けるしかない。それが今の俺に出来ることだから。

 好きなもの、好きな歌、色々と知るべきこと、知りたいことは沢山残っている。好きだという漠然な想いは目標に変わりまた新しい気持ちを生む。

 心の距離を縮め、最終的には今の関係とは違う関係に移りたい。そのためにも、この夏で勝負をかけるしかないと思っている。


「君なら出来るよ」

「それ、どういうこと?」

「ふふ、なんでもなーい! また明日ね、山田くん!」


 今日何度目かの笑顔を携えてそう言い放ち、彼女は風のように走り去っていった。別れの言葉を口にして。

 ここから始めるのだ、彼女との学園生活を。彼女とのラブコメを。

 ごめんなさいから始まったこの恋を。


 こうして、俺こと山田晴斗の夏が始まりを告げた。

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