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うっかり伯爵の愛娘再教育日記

「──パパのキノコは悲鳴をあげているよ!」


 俺は両足をキュッと絞めて内股になった。ついでに大事な部分を両手で押さえている。

 そんな俺の目の前には学園に行っていたはずの娘がいた。

 しかも家に着くなり、付き人である執事の大事な部分(股関)を蹴って……


 聞くところによると娘は学園で何かをやらかしたらしく、執事と共に荷物を持って実家に帰ってきたそうだ。

 学園は中退。婚約者である男とは破綻。挙げ句の果てには学友からも見限られ、一人寂しく帰省した。



 もちろん俺は父親として娘を心配し、どうにかして慰められないかと模索していたのだが……


「あんの馬鹿王子! あんな小娘にそそのかされるなんて……! あれほど(わたくし)が注意をしましたのに!」


「あ、あれ? リアラ、悲しくはないのか?」


 思っていたよりも元気そうである。

 ちょっとだけ拍子抜けだ。


 いやでもあれだ。本当は心の中で泣いているに違いない。

 だってこの子は昔から泣き虫で、何かある度に俺に抱きついて泣いてくるんだ。もちろん俺も遠慮なしに包容していたよ。

 娘いわく、俺の体は暖かくて心が落ち着くんだそうだ。


「……お父様、とりあえずお腹空きましたわ」


 俺が昔の思い出に浸っていると、娘のお腹が軽く鳴った。

 これはご飯を食べながら話をした方がいいと思い、食堂へと向かう。



 食堂に入ると、部屋の中央にある大きなテーブルが目に入った。テーブルの上には幾つかのローソクが置かれている。

 天井を見れば豪華なシャンデリアが三つあり、縦に並んでぶら下がっていた。

 奥行きのある部屋の両脇にはメイドと執事が姿勢よく並んで立っている。


 俺とリアラは向かい合うように座った。


「リアラ、学校で何があったんだ?」


 娘であるリアラをチラ見した。


 ふわふわとした髪は金色で、ライトの明かりを受けてますます輝いて見える。

 雪のように白い肌と、晴れた空のごとき青い瞳。親の贔屓目だったとしても、かなりの美人だって思う。


「……お父様。私の顔に何か付いていまして?」


「ん? ああ。いや。……成長したなあと思ってな」


 小さな頃と比べると、出るところは出てて、なかなかにナイスバディだって思う。もっともそれを娘に言うと、汚物を見る目で睨まれるだろうから黙っておくけどな。


「……ねえ、お父様?」


 くだらないことを考えていると、突然リアラが真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。


「前から気になっていたのだけれど……どうしてお父様は羊の着ぐるみを被っているんですの?」


「うん? ……ああ。まずは食事にしようかリアラ」


 リアラと会話をしていると、次々と食事が運ばれてきた。


 主食の、ふわふわとした丸いパン。そのパンは頭部分を四つに切り、中にはバターが流しこまれている。千切ればバターがベットリと手についてしまった。けれど口に放り込めば、そんなのを忘れてしまえるかのようなバターの風味とパンの柔らかさが広がる。

 緑を中心とした瑞々しい野菜たちにフォークを刺せば、サクリッと音がした。野菜の上に付けているフレンチと呼ばれるタレと一緒に頬張れば、予想通りの歯ごたえがある。

 そして銀のエッグスタンド。これに入っている卵の黄身にスプーンを突っ込み掬って食した。塩漬けされていて、中々にいいしょっぱさだ。

 他にもコーンスープなどがあるが、とりあえずは水を飲んで一息つく。


 そんな運ばれてきた夕食用の銀の食器はピカピカで、俺の顔が映っていた。

 けれどそこに映っている俺は、頭だけが真っ白な羊の毛で覆われた姿だ。もっこもこな毛並みと左右には丸められた角。

 ものすごく長い睫毛の下にある瞳孔は横長で、俺ですら不気味だと思ってしまう。

 だけどそれらは顔だけで、首から下は普通に人間の姿だ。


「……これか? 俺の両親いわく、【お前は醜い。見た者を恐怖に落としてしまうほどに醜いから、この被り物で顔を隠して生きなさい】ってさ」


「ああ。死んだお爺様とお婆様がそんな事言ってましたわね? でもお父様? 家族なのですから、外してしまっても……」


「無理だなあ」


 俺がハッキリと拒否を示せば、リアラはガタリと音をたてて立ち上がった。

 その表情は怒っているようにも見えるが、どちらかと言うと悔しいといった感情の方が大きいんだろうな。

 俺は、まあまあ落ち着けとリアラを座らせた。

 すると、聞き分けのよいリアラは苦虫を噛み潰したような様子のまま着席する。


「……こればかりは、仕来たりだからしょうがないさ。──それよりもリアラ。俺はお前の事を聞きたい」


「何をですの?」


「学校で何があったか……は、置いておいて。お前の事だ。簡単に引き下がるとは思えんからな?」


 そう。この娘は我が強いだけでは飽きたらず、やられたら何十倍……いいや。何千、何万と返してくるのだ。


 リアラが子供の頃、メイドが家の金をチマチマと盗んでいたことがあった。それが発覚した時、当主である俺よりも娘のリアラの方が怒っていた。

 それだけならまだ可愛いで済んでいたんだが……


「ふふ。そうですわね。(わたくし)が国王に真実を話せば、あの方は国を追われますわ。でも……いい気味。私を振って、どこぞの馬の骨ともわからぬ女に走った事を後悔させてやりますわ!」


「えっ!? ちょっ……! 止めて! そんな事したらパパまで処刑されちゃう。まだ死にたくないよ!?」


 昔の思い出に浸る暇すらないほどに娘は口を悪くしながら物騒な言葉を連発していた。

 さすがにこのままでは俺……いいや。この家が潰れ兼ねないから必死になって止めに入った。


「も、もう少し穏便に。な? お前の気持ちはわからんでもないが、あまりやり過ぎるとお家没落のみ……」


「いいえ、お父様。私これから、あの方の浮気の証拠を集めようと思いますの。それもとびっきり最上級の!」


 気持ちはわからんでもないが、それをやられると本当に家ないし地位が消し飛ぶ。


 目の前に運ばれてきていた選り取りな野菜や、美味しそうなコーンスープなんか食べてる場合ではなかった。


「……まずい。このままじゃ、娘の暴走が原因で伯爵の地位剥奪まっしぐら」


 頭を抱えるしかない状態にまで追い詰められていく。

 どうしたら我が子の暴走を止められるのか。それすらわからず、俺の頭はパンク寸前。

 もこっとした羊の頭をわしゃわしゃとし、しまいには机に臥せってしまうしかなかった。


「……はっ! と、とりあえず落ち着こうか!? まずは野菜を飲んで、水を食べて……」


「……落ち着くのはお父様の方ですわよ?」


 支離滅裂な発言をしていますわよ? と、リアラは上品に食べ物を口に運びながら俺に注意をしてくる。


 こうして、俺だけがワタワタと慌てるだけの食事は終わりを告げた。


 ■■■□□□


 ──誰もが寝静まった真夜中。

 俺はいつものように、読書しながらベッドに横たわっていた。


「うーむ。リアラは学校で何をしてしまったのか。明日辺りには学校側から説明されるとは思うが……」


 本当なら学校を中退する前に、親元である俺のところに知らせが入るはずだった。

 けれど俺自身とても忙しく、家はおろか領地にすらいないことが多い。そのせいもいもあってか、連絡が遅れてしまったのが、今回の混乱の原因とも言えた。


 ベッドの上にたくさんの資材と筆記用具などを広げ、俺はがに股になって腕組みをする。


「一応、リアラの学校での評判やらを調べさせてはみたが……」


 何と言えばいいのか。

 気に入らない相手はとことん苛め、好意を盛って近づいてくる者には優しく。

 婚約者相手には猫かぶり。地位を持たぬ一般出身の生徒には冷たくあしらっていたようだった。


「我が娘ながら、こうも好き嫌いがハッキリしているとはなあ。しかしこれは……」


 あまりにも、ブレていない悪役。そんな文字が俺の頭を過った。

 ここまで立派に自分を貫くやり方はそうそうできないだろう。だからと言って許容できるものでもないが……



「──少し宜しいですか?」


 リアラの傍若無人ぶりに頭を悩ませていると、誰かが扉を叩いた。

 俺はベッドの上の資材などを片付け、「入れ」と許可をする。


 ベッドから降りて資材を机の上に片付けていると、背後から靴音が聞こえた。

 俺はその靴音が誰の物か……それすら確認するのを忘れ、振り向いた時──



「──は?」


 眼前には、銀に光るナイフがあった。そのナイフは目前……後、数ミリで俺の目ん玉を抉ってきそうなほどの至近距離だ。

 これでは殺される。そう思った瞬間、自然と体が相手の腕を掴んで床に押し倒していた。


 俺はバグバグと鳴り続ける心臓の音を隠すように、声を張り上げて相手の顔を見下ろす。


「なっ……何をする!?」


 驚いた何てもんじゃない。

 だって、俺を殺そうと刃を向けてきたのは──


「──リアラ!」


 ──他ならぬ実の娘、リアラだったからだ。

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