異世界ゴースターズ
まるで見えない壁に阻まれたかのように2人は触れられない。不安に思っている彼女を抱きしめようと思っても、その体をオレの腕がすり抜けてしまう。もっとも愛する者に触れないというのは、絶望を感じるほど切ない。
でも、オレと彼女が会わなければ、絶対にこの異世界の現実を救う事はできないのだ。オレと彼女は、何度も絶望を感じるが、それを超えるほどの熱い想いと愛で触れ合おうとしていた。絶対に、彼女に会って、悲しみに明け暮れた彼女を優しく抱きしめてあげるのだ。
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オレは、突然異世界に移動させられていた。どうやら、何者かの仕業によるらしい。それは、敵か味方か分からないが、現実世界に疲れていたオレには、誰かの手助けのように思えた。呼び出されたその世界は、どこかの荒廃したお城の中だった。
「くう、なんだ? ここは……。オレは、どうしてこんな場所にいるんだ?」
オレは、異世界に来た前の記憶を無理やり呼び起こす。別に、自殺や事故に遭っていたわけではない。街中をブラリと歩いていると、不思議な髪の色の少女にすれ違った。その女の子を追いかけるように振り向くと、なぜか瓦礫の山に囲まれたこの場所に移動していたのだ。
振り向いた先には、女の子はいなかった。透き通るような白い肌とスカイブルーのような青い髪、一度見れば忘れないような変わった外見の女の子だった。白いブラウスらしき服を着て、必死の様子で走っていたようだ。
もう一度良く見ようと思った時には、その少女は雲のように消え去っていた。代わりに、この荒廃した大きな城の跡があるだけだった。オレは、少女が走り去った方向へ向かって歩き始めた。
「何かの、テーマパークに迷い込んだのか?」
オレは、しばらくお城の後を捜索する。すると、あのスカイブルーの髪の色をした女の子が、お城の真ん中でしゃがみ込んでいた。なにかを捜索しているという感じではなく、何かに怯えて腰を抜かしているようだ。
オレは、少女が見つめる先を確認する。少女が見つめる先には、2メートルはあろう巨大な男が歩いて少女の方へ向かって来ていた。その姿は、黒い翼が生えており、人間ではないことが分かる。顔も邪悪な笑みを浮かべていて、少女を優しく扱わないことが一目で分かる。
「アイツに襲われているのか?」
オレは、少女をもう一度見てみると、服を刃物で切り裂かれていた事に気が付いた。少女の肩から、赤い血が流れ落ちている。綺麗な白い肌に、わずかばかりの傷ができて、少女の左肩を赤色で汚していた。少女は男から逃げようとするが、足が上手く動かない状態だった。
「〆⁂……」
言葉を発しようとしていたが、上手く言葉が出てこないようだ。それほどまでに、あの男が怖いのだろう。オレでも、その男に立ち向かって行くのは躊躇する。逃げ切れるかどうかさえも分からないほど筋肉質な体付きをしている。
「これは、助けないとヤバイ!」
オレは、男よりも早く少女に駆け寄っていた。後、数センチで彼女の手が届く。そこまで近付くと、少女も男もオレの存在に気が付いたようだ。一瞬だけ、少女の顔に希望が現れていた。だが、それは一瞬にして絶望へと変わったのだ。
「オレと一緒に逃げよう!」
オレがそう言って、彼女の手を握ろうとすると、彼女の手がすり抜けた。もう一度確かめるように彼女の手を握ろうとする。彼女が存在していないかのように、オレの手を通り抜ける。彼女も、オレが幻想だという事に気が付いたようだ。
その目は、悲しいほど絶望的な表情でオレを見つめていた。男は、少女にゆっくりと近付き、オレの存在が幻である事を悟っていた。オレなどいない、男が少女に危害を加えようが、邪魔などできない事を少女に告げているようだ。
男の黒くて太い腕が、少女の華奢な腕を握る。折れるかと思うほど強引に少女を引き寄せて、逃げ道を塞ぐ。言語は分からないが、少女を脅しているようだ。男の手は強引だった。
少女が逃げようとするのを、無理矢理押し倒して襲おうとしていた。
「*〆!」
「クッソ、やめろ……」
男の手が、少女の手を押さえ付けて、彼女の自由を奪う。変態じみた笑いからも分かるように、彼女を辱める気なのだ。オレがその場にいれば、男を殴り殺したいと思うが、オレには少女に触れる事さえできなかった。
ただ、黙って男が少女を襲う様を見ているしかないのか? 仮に、オレが少女や男に触れたとしても、勝てる可能性は無かった。少女が一人でいる時に、オレが彼女の手をとって逃げるのが、唯一の方法だったのだ。
少女が男に捕まった時点で、オレが腕力で男を倒せる可能性は無くなったのだ。男は、少女の華奢な体に覆い被さり、無理矢理少女を押さえ付ける。口を尖らせて、少女とキスしようとしていた。少女の目に涙が溢れる。
オレでさえもキモいと思う顔が、目の前で唇を奪おうとしているのだ。オレは、少女と男がキスしようとしているのを見て、目を背ける。1時でも見ていたくない、恐るべき光景だった。だが、目を閉じた瞬間に、地面の砂利の音に気が付いた。
(砂には、触れられる。という事は、瓦礫も触れるのか?)
オレは、目を開けて、近くの瓦礫を拾い上げる。手で物に触れる事に気が付いた。男は、オレへの警戒を全くしていない。これなら、瓦礫で男を殴り付ける事は出来そうだった。少女の顔に軌道が当たらないようにして、男の頭に瓦礫を投げ付ける。
(すり抜けるのだろうか?)
オレは、そう心配して見ていたが、男の頭に瓦礫がクリティカルヒットしていた。少女とのキスが済まされる前であり、男が気持ち良いほどに瓦礫で吹っ飛ばされていた。死んだと思うほどの威力があったが、そんな事に構う時間はない。
少女を助けようと、男の体を押し退ける。オレは、少女の体に触れる事はできなかったが、男の体に触れる事はできた。男を渾身の力で突き飛ばし、少女に逃げるように促す。少女は、涙を流していたが、自分の体が自由になった事を知ると、一目散に逃げ出していた。
「おい、待ってくれよ!」
「*〆≧⁂∃……」
オレは、少女を追いかける。この少女が、唯一のオレの知り合いであり、助けてくれそうな存在なのだ。とりあえず、事情だけでも聞かないと、どうやって生活できるかも分からない。オレと少女が手を繋ぐように走っていると、男が叫び声を上げていた。
「*¥〆∃ゞ!!!!!」
「やっぱり生きてるか……。なんとか、逃げ切らないとな……」
オレがそう言って少女の方を向くと、少女が指を指して、逃げる方向をオレに告げる。どうやら言語も通じず、お互いに触る事さえできないが、それでも存在している事は確認していた。近くの倉庫らしき場所へ移動する。男の叫び声がこだましていた。
「ここの中に入れと?」
少女は、倉庫の扉を開けて、コクリと頷いた。オレと少女は急いで倉庫の中に入り、内側から扉と鍵を閉める。これで、あの大男から逃れられたようだ。倉庫は、外側からは分からない作りになっており、見付け出すのは難しそうだった。
「その傷、大丈夫?」
オレは、少女の肩の傷を手当てしようと思ったが、やはり触る事はできない。手がすり抜けて、虚空を描いていた。少女は、すり抜けたオレの手に驚いていたが、オレの気遣いには分かってくれたようだ。
「ん、なんだ?」
少女は、投球フォームのようなジェスチャーで、何かを伝えようとしていた。何かを投げた後に、グッドの合図を送る。おそらく、オレがあの男を退けた事を褒めているのだろう。自分でも驚くほどのコントロールで、奴から逃げる事ができた。
「なるほど、ナイスコントロールね……」
少女は、この場所に潜めば、とりあえず追ってこない事を知っているのだろう。簡単な食事を準備し始めた。オレも彼女を手伝って、何か飲み物の準備などをする。テーブルの上に食卓が整えられて、2人分の食事が完成した。
「〆∃」
「いただきます」
少女は、オレに食べるようにジェスチャーする。何を言っているのか分からないが、とにかく食事を一緒に食べる事にした。その時、フッと、ギリシャ神話のハデスの事が頭を過る。彼女に触れないのは、この世の物ではないからだろう。
「これ、食べるとオレも死ぬのかな?」
一瞬、オレは食事をとる事を躊躇する。異世界に来て、その場所の食事をとる事が、この世界と同化した条件となる場合もあるだろう。オレは、どうするか決めかねていた。出された食事を食べないのはマナー違反だが、この場合は慎重に考慮しないといけないのだ。
「∃〆?」
少女は、口に食物を噛みながら聞いてきた。何かを言っているのか分からないが、とにかく会話ができないとこの世界の生活もままならない。オレは、決死の思いで食物をとる決意をした。喉を鳴らして、一気に食物を口に含んでいく。
(ただのサンドイッチが、これほど覚悟を持って食べる事になるとは……)
オレは、サンドイッチを口に含んで良く噛む。味は美味しかった。クラブハウスサンドに近い味があり、歯応えも良い。少女が自炊できるという事の証明にもなった。少女は、オレが食べるのを見て話しかけてきた。
「どう?」
「美味いよ」
「そっ」
うん、少女自身は、元々あまり話はしていないようだ。後は、この世界の事についてどれほど知っているのか、オレの脳裏に不安がよぎっていた。多分、今までの会話は2文字程度でしかされていない。本当に大丈夫なのだろうか?
「でも、これで彼女に触れるかも……。握手しよう!」
「OK」
オレと彼女は手を触れよ





