『見つける』スキルで真のヒロインを探します!
「ニコラ、真のヒロインを探してきてちょうだい」
「……は?」
うちのお嬢様はちょっと、いやかなり変わっている。変人だ。割と変人だ。
でも今はいつもと変わらず午後のティータイムを嗜んでいたはずだ。何も代わり映えしな……失礼。平和なひと時を過ごしていらっしゃったはずなのだ。
「聞こえなかったかしら? 真のヒロインを探してきて欲しいのよ。貴方のスキルで」
「俺のスキルで、ですか……」
そもそも真のヒロインとはなんのことだ、と問い詰めたいものだがお嬢様は「わたくしは悪役令嬢なのよ」とか「美味しいにくまんが食べたいわぁ」とか普段から意味不明なことを言ってるのでスルーしておく。
それにしても俺のスキルで探してこいってことはお嬢様付き従者の役目を放り出して旅に出ろ、と…?
「ええ、そうよ。貴方の『見つける』スキルは直感みたいなもの。色んな人に出会ってこの子だ! ってなる子を連れてきてくれればいいわ。……まあ風の精の愛し子だからそんなことしなくてもいい気もするけど……」
「いとしご……?」
「いえ、なんでもないわ。とりあえずわたくしの婚約式、つまり16の誕生日までに見つけてくること! 婚約後に破棄すると面倒だし出来るだけ早く殿下とヒロインを引き合わせなきゃ……」
またブツブツと怪しげなことを呟いていらっしゃるお嬢様。それにしても期日が婚約式までとは。
「婚約式までもう1ヶ月しかないんですが!?」
「頑張ってちょうだい」
「顔も名前もわからない人をどうやって探せと!」
過去、お嬢様に拾われてから色々とありましたがここまでの無理難題は初めてかもしれません。婚約式はお嬢様の誕生日とともに行うものですから当日に欠席など旦那様に許されませんし……。
「ほら急ぐのよ! 必要そうなものは鞄に詰めておいたから! いってらっしゃい!」
「は!? ちょ、お嬢様っ!!!」
こうして俺は日が沈み始めた冬の夕暮れの中、両手で持たなければ支えられないほどの大きさの鞄一つを押し付けられお屋敷を放り出され……旅に出ることになりました。
それにしても。
「情報がなさすぎるんですよ!!!」
その真のヒロインさんとやらの情報なしで放り出されても行動しようがありません。
仕方がないのでとりあえず鞄をチェック、と。
「真のヒロインについて……おお、一応メモは入れていたのですね。さすがお嬢様」
なになに……真のヒロインは確か、王家のご落胤だったと思います、容姿は殿下と似てるかもしれませんし似てないかもしれません……って参考にならない!
というか超トップシークレットのような情報をなんでお嬢様が知ってるんですか。しかもこんなぺらぺらのメモに書くような内容じゃないですよ!
「おにーさん泊まるとこないの? うちの宿に泊まってくー?」
「え?」
屋敷を離れて色々と考え込みながら歩いていたら、南の平民街にいつのまにか足を踏み入れていたようです。
平民には珍しい艶やかなピンクブロンドの髪をアップでまとめ、勝気そうな少女が話しかけられてぼーっとしていた俺の手を掴みグイグイと店へ引き入れます。
「最近精霊の機嫌が悪いらしくてお客さんが少ないの! ね、かあさんこの人泊めていいでしょ?」
「あらいいとこの坊ちゃんかい? 疲れてそうだしゆっくりしていきなよ」
「あ、ありがとうございます……」
恰幅のいい女性ににかっと笑いかけられ、お嬢様に持たされていた鞄から財布を取り出し一泊分のお金を払いました。そこそこお金を入れてくださっているあたりさすがお嬢様です……そこだけは褒めて差し上げましょう。
さて、朝夕の二食も付いているとのことなので少女とともにご飯をいただくことになりました。
「おにーさん北の地区から来たの? え、歩き!?」
「はい、夕暮れ時に出たので日が完全に沈みきったころに南の地区に入りましたね」
「はっや!! 早すぎでしょ! しかも馬車じゃなくて徒歩でしょ?」
「徒歩ですね、それよりティニーさん早く食べないと冷めてしまいますよ」
あかるくハキハキとしゃべる彼女はティニー・ノールと名乗った。何故か俺の移動時間にすごく驚いているようですが……みんなこんなものではないのでしょうか。
お嬢様に拾われてからは馬車で移動することがほとんどでしたからむしろ歩くのは遅いほうではと思っていたのですが。
「ん、かあさん今日のシチューも美味しかった! ごちそうさま!」
「ジルさんご馳走様でした、とても美味しかったです」
「はいよ、口にあったみたいでなによりさね」
公爵家の料理人としてスカウトしたいレベルで美味しい食事でした、これはお嬢様も気にいりそうですね。
「ねね、それで? ニコラさんは人探しの旅に出たんだっけ?」
「はいそうです、といってもヒントも何もなしで……」
そもそもお嬢様は俺に『見つける』スキルがあると言っていましたが実際にそれを使ったことはない(はずです、たぶん、おそらくきっと……)。
スキルなんて物語の中だけの話で現実では聞いたことがないのですから。この世にあるのは選ばれたものだけが使えると噂の魔法だけ。その魔法ですら現代ではほぼ使えるものがいないという話ですから……。
「はぁ……俺に本当に『見つける』スキルなんてものがあればいいんですけどね、って……!?」
「うわっ、ニコラさんなんかめっちゃ光ってるんですけど!」
「いやちょっと意味が……なんか光、ティニーさんに向かってません……?」
突然発光しだした俺の胸の中心から伸びる光は真っ直ぐにティニーさんに向かっています。
「ひええ、やだなにこれ! 眩しい!」
「ティニーさん、目、が……」
髪の毛こそ平民には珍しいピンクブロンドだったもののこれに関しては父親が貴族ということもあるのでありえないことではありません。でも目、は。先ほどまでこの国の国民に多いダークブラウンだった瞳の色が、星を散らしたように輝く不思議な紫色に変わっていました。
「……王家の、血」
「はあまったく。とんでもない坊やが来ちまったねぇ」
「ジルさん、これは」
やれやれ、と呆れ顔で俺とティニーさんに近づいて来たジルさんことティニーさんの「かあさん」はゆっくりとため息を吐きました。
「かあさん、どういうこと?」
「話すと長くなるからねぇ。ティニー、あんたの本当の名前はティタニア。今の王様の姪っ子さ」
「そ、んな……」
ティニーさんにゆっくりと話しかけるジルさんの声を聞きながら、俺は呆然としていた。
え……? もしかしなくても俺のスキルぽい何かが反応した上に王家の血……ご落胤ということはティニーさんが真のヒロイン?
お嬢様に屋敷を追い出されて旅に出る覚悟を決めた俺はどうすれば? 何故か『見つける』スキルとやらが勝手に作用して最初から当たり引いたみたいですしし。俺の旅は……?
「それでニコラ坊ちゃんはティニーを連れて行ってどうしようっていうんだい? せっかく王族の証の瞳の封印までしてやってたのに」
「えっと、うちのお嬢様が真のヒロイン、つまりティニーさんのことだと思うのですがその、探して連れて来てほしいとおっしゃってて……」
「やだ! 貴族とか面倒くさそうだし!」
ですよね……。ティニーさん、いやティタニア殿下はあまりそういった堅苦しいものは得意ではないようですし。
「はぁ……まあ風の愛し子がやったことだから今回ばかりは許してあげようかねぇ。
でもこのあたしがわざわざ封印してたのも訳があるんだよ、あと2年後くらいなら問題なかったんだけどねぇ」
やれやれ、と呆れたように首を振るジルさん。俺が風の愛し子ってことなのだろうか? なんかそんなことをお嬢様も言ってたような気がしなくもない。
「ニコラ坊ちゃんのお嬢様のいう期日とやらもまだ先なんだろ? それならその期日ギリギリまでやってもらいたいことがあるから……ちゃちゃっとティニーと旅しておいで」
「かあさん!?」
「ジルさん!?」
「そんな難しいことじゃないよ、ちょっと精霊を救うだけの簡単なお仕事さ。ティニーの封印を解いたんだからニコラ坊ちゃんにも責任はあるし、ティニーも元の暮らしに戻りたいんなら問題を根本から解決したらいいのさ」
明日から忙しくなるからさっさと寝な、とジルさんに追い立てられるように俺とティニーさんは各自の部屋へ押し込められ。
こうして俺は何か……大きな冒険に巻きこまれることになった。





