わかりやすい現代語訳シリーズ その9 「老子」より
わざとらしい人為が、すべてのトラブルの根源。
まったくの無為自然が、一番いい。
これが、老荘の道家思想です。
◯道徳的に、もっとも望ましいのは、水のような心がまえを持つことである。水はすべてのものに利益を与えるが、自分が利益を得ようとして、他と争うことはない。人のイヤがる低い方へ、低い方へと行こうとする。こういう心がまえこそ、道徳的に最高のものだと言える。(上善は水のごとし)
◯理想の国とは、小さな国に、ほんのちょっぴり国民がいるだけのところである。(小国寡民)
その国民に「命が大事、命が大事」と言いきかせておく。そうすれば、舟にも車にも乗ろうとする者はいない。衣食住も、決して、高望みをしない。学問をしようという気も起こらない。国民が、みんな、そんな気持ちになれば、すぐ近くの、隣の国が、こっちから見えて、鶏や犬の鳴き声が聞こえるようなところでも、生涯、行ってみようとは思わないものだ。
◯車輪の中心は、カラッポ(無)になっている。そこに心棒を通すから、車輪が役に立つ。(無用の用)
粘土をこねて器をつくる時も、やはり、カラッポの部分が役に立つ。家を作る時も、家の中の、カラッポの部分が役に立つ。このように、形のあるもの(=有)が役に立つのは、実は、「無」が役に立っているのである。
◯「無為自然」という、一番大切なものが、この世から失われたので、儒家が、「思いやり(=仁)」とか
「正義」とかを、唱えはじめた。
儒家が、なまじ こざかしく、「知恵」が必要などと言うから、数々のわずらわしい規律などが出来た。
家族の中がうまく行かないから、儒家が、「親孝行が必要」などと言う。
国の中がうまく行かないから、儒家が、「忠臣が必要」などと言う。
原発の事故、交通事故などのことを考えると、わざとらしいものを作ったり、わざとらしいことをしたりするから、かえって、人間は、不幸を招いているのかもしれないと思えてきませんか?