飛翔船の改修
アイレーリスでヨミのスーツをアスラと同じ生地で新調させてから、俺たちはホルクレストへ向かっていた。
アーヴィンから魔力の補充が必要だと言われたことと、これまでのデータを元に飛翔船の改修を行いたいと言われた。
たぶん、一番の理由はグライオフが作った飛行艇の影響だろう。
スピードだけなら飛翔船を圧倒していた。
船室にいても退屈なので、どうしても甲板に出てしまう。
ヨミはまあ、いつも俺のそばにいるが、アスラも飽きずに甲板から地上を眺めていた。
操縦しているアーヴィンも暇なのか余裕なのか、話しかけてきた。
「ところで、飛行艇に取りつけたクリスタルはそのままグライオフに譲ったのですか?」
「ああ、あれは一応貸してることになってる」
ルトヴィナの質問攻めが終わって、やっとメリディアを出発するって時にルトヴィナからあのクリスタルの扱いについてはっきりさせておくべきだと言われた。
魔族のクリスタルは貴重だから、譲るならそれなりに報酬を受け取るべきだと。
もちろん、飛翔船のために譲ったクリスタルの報酬はこうして自由に飛翔船を使わせてもらっているだけで俺としては十分元を取っていた。
あの飛行艇も移動速度の点では飛翔船よりも有用ではあったが、あれを自由に使うことは出来なかった。
ギデオルトたちが拒否したわけではなくて、俺とヨミが無茶な使い方をしたせいでクリスタルは無事だったものの船体のほとんどが壊れていて、直すと言うより新しく作り直すということになってしまったのだ。
そのためにはもちろん魔族のクリスタルが必要だから回収するわけにもいかない。原因の一端は俺たちにもあるし。
かといって、譲るとしても金には困っていないから代わりになるような条件もない。
そこで結局貸し出すと言うことになった。
いずれ返すことになるのだが、そうなると飛行艇をどうするつもりなのかまでは聞いていない。
それを望んだのはギデオルトとレスコバーでもあった。
俺のものであった方がクリスタルを奪うようなことをする大臣が現れないだろうと言うこと。
どうしてそんな心配を二人がしているかというと、グライオフの改革に踏み切ったからだった。
年功序列や世襲を改め、実力主義に舵を切った。
国民からの支持は広がっているようだが、今までおいしい地位にいた大臣たちからは反発を受けていると言っていた。
そこで、国王があのアイレーリスを救った英雄と個人的に関わりがあり、尚かつ俺から借りたクリスタルを使って魔族を退治するのに一役買った、と言う話が反対勢力に対する牽制になっているんだとか。
もろもろの事情もあって、貸し出すというところに落ち着いたわけだ。
「複雑な事情があったんですね」
「あまり関わりたくないから詳しくは聞かなかったけどな。またクーデターでも起こったら嫌だし」
ま、グライオフにはそんな気概のあるものはいないって言ってたけど。
少なくとも今の国王と宰相は国民に支持されていることは確かだから、国内で問題が起こったら自分たちだけで何とかしてもらいたいものだ。
「でも、本当にそうなった場合、僕らは静観出来ませんね」
アーヴィンは俺の考えを読んだように言ってきた。
「どうして?」
「近く、グライオフの国王がアイレーリスに向かうみたいです。もちろん、同盟の条約にサインをするために」
……そうか、あの条約を結ぶと、他国のことだからって無視するわけにはいかなくなるのか。
俺は兎も角、飛翔船の船長であるアーヴィンは何かしらの形でクーデターを抑えるために協力することになるだろうな。
「あ、それとこれは僕もちゃんと聞いておきたいんですけど、ルトヴィナ女王陛下から譲り受けた魔法水晶のキーワードって教えてもらったんですよね」
「ああ、それな……」
元々、俺がメリディアへ向かおうとしていたのは、魔族のクリスタルの使い道とそれをはっきりさせるためだった。
当然、聞いたさ。
クラースが恥ずかしそうにしていたのもわかる。
俺も口に出しては言えない。
だから、キーワードは変えてもらった。
「もし今度ヨミに持たせている魔法水晶に連絡を取りたくなったら“アイレーリスを救った変身ヒーローアキラへ”と呼びかければいいらしい」
魔法水晶の仕組みはその時に少しだけ教わった。
普通の魔法水晶はどこかの場所に設置してあるもので、その地名や場所を呼びかけることによって特定する。
呼びかける魔法水晶が複数であってもそれは変わらない。
だけど、ルトヴィナが作った携帯型の魔法水晶は場所が固定されていない。
どこにいるのかわからない人に呼びかけなければならないから、強くイメージできる言葉でなければならないらしい。
そこでその言葉が設定された。
これ以上は短く出来ないらしい。
「わかりました。これで今度緊急の用事があってもすぐにアキラさんへ連絡が取れます」
「あまり便利な道具のように思ってもらっても困るけどな」
「僕はそんな失礼なことを思ったりしませんよ」
「安心しろ、信じていない奴にはキーワードは教えないから」
「ありがとうございます。このキーワードは僕たちの秘密と言うことですね」
「まあ、それくらい大切に扱ってくれ」
話をしているうちに、雲が周りに多くなっていた。
天気が悪いわけではない。
飛翔船の高度が徐々に下がっているのだとわかった。
高高度飛行の実験も兼ねた運行で雲よりも高い位置を飛んでいたはずだった。
「兄ちゃん、何か見えてきたぞ!」
地上ばかりを見ていたアスラが柵から身を乗り出して言う。
アスラはよくああしているが、そろそろ落ちないように注意しておいた方が良いか。
ちなみに、わざわざ見なくても何が見えてきたのかはわかる。
「アーヴィン、着いたのか?」
「ええ、ここから北上しつつ段階的に高度を下げていきます」
俺たちの、と言うより今の飛翔船の目的地はホルクレストの王都。
そこに、飛翔船を作った工場がある。
もちろん、修理や改修もその場で行うことになっている。
さらに飛翔船が高度を下げたことによって、人の気配や喧騒が聞こえてくるような気がしてきた。
もう王都はすぐそこだった。
ホルクレストは道具の開発に力を入れていると言うことだった。
メリディアやグライオフのように魔法に特化させたものではなく、日用品から軍事用品までありとあらゆる道具の開発に力を注いでいる。
中でも造船技術には定評があるらしい。
ここからでも少し見えるが、ホルクレスト王国の北には大きな湖があって、その向こう側にも大陸があるとは思われていなかった。
何代か前のホルクレストの国王がそれを確かめるために船を作らせたことが始まりらしい。
……そう言えば、一つだけ気になったことがあった。
船があってこの世界には海もある。
それなのに、港町は一つもなかった。
この世界では、海はあまり使われていないってことだろうか。
あるいは、このホルクレストには港町がどこかにあるのだろうか。
シャリオットにでも聞いてみるか。
そう思っていたら、城が見えてきた。
正方形の形をした石造りの城。高さはこれまで見た城のどれよりも低い。
ただ、広さは一番だった。四隅が円柱のような形の塔のようになっている。
飛翔船は城の手前で向きを右側に変えた。
城壁に隣接するように、大きな建物がある。飛翔船よりも大きいから相当だろう。
その真上で飛翔船は高度を保ったまま止まった。
「おい、こんなところで止まってどうするんだ?」
「まあ、見ていてください」
アーヴィンは得意げにそう言った。
すると、辺りに大きな鐘の音が鳴り響く。
下を見ると建物の脇に見張り台のようなものがあって、そこで誰かが鐘を鳴らしていた。
「兄ちゃん! 建物の屋根が!」
アスラ楽しげに言うのでそちらに目をやると、まるでロボットか何かが出撃するときのワンシーンのように屋根が二つに割れて開いていた。
その中に吸い込まれるように飛翔船が降りる。
「ここが飛翔船を建造したドックなんですよ」
「これじゃ、ファンタジーって言うよりもまるでSFだな……」
「それ、どういう意味ですか?」
アーヴィンには俺の言葉の意味は伝わらなかった。
たぶん文化や文明的に説明しても理解はしてもらえないだろう。
「いや、この屋根は機械で動かしてるのか?」
「開閉式の屋根の構造は機械ですけど、動力には魔法が使われているので、広い意味ではこの建物自体が魔法道具と言ってもいいかも知れませんね」
ってことは、これも俺には動かせないってことか。
飛翔船がドックに収まると、方々からハシゴが取りつけられた。
すぐに魔道士や造船に関わった職人のような格好の人たちが飛翔船に乗り込んだり、飛翔船の周りに取り付くようにして状態を確かめ始めた。
そして、ドックの通路から甲板に橋が渡されてそこをシャリオットが渡ってきた。
「お久しぶりですね」
「ダグルドルドへ連れて行ってもらって以来か」
「ええ、お噂は僕の耳にも入っていますよ。何でも、ダグルドルドやグライオフ、メリディアを襲った魔族を倒したとか」
「ま、成り行きでな」
「それでは、妹さんの情報はやはり……」
「今のところ手がかり無しだ」
「……その割には、あまり焦っていないんですね」
「家族なのに、変だと思うか?」
「いえ、アキラさんのことですから、きっと妹さんを信じているのでしょう」
それは間違いではなかった。
妹の能力は使い方によっては俺のネムスギアよりも有能だ。
戦闘能力はないが、魔王が相手であったとしても妹を殺すことは簡単ではない。
そして、最近何となくわかってきた気がするんだ。
情報がまったく入ってこないってことがそもそも大きなヒントに繋がっているんじゃないかってこと。
今はもうそれを確かめているだけだった。
「取り敢えず、俺たちはこの町のギルドで今までの情報を整理してくる。飛翔船はすぐには動けないんだろ?」
「そうですね……アーヴィン船長、改修作業はどれくらいで終えられるのですか?」
あごに手をやり考えるような仕草で質問した。
「は、はい。シャリオット殿下、実はグライオフで飛行艇なるものを見る機会がありまして、それのスピードが飛翔船よりも数倍速かったので、飛翔船にもその技術が応用できないのか試したいと思っています」
直立不動でアーヴィンが答える。
「その話はルトヴィナ女王陛下から直接伺いました。ですが、あれは船体が小さい飛行艇ならではのものだとおっしゃっていましたが……」
「それにつきましては僕も同意見です。ただ、参考に出来るところはありました。船体の空気抵抗を減らし、防御魔法の構築と飛行魔法の制御によって、何割かスピードを上げて魔力を効率よく使うことが可能に……」
このままでは良くわからない技術論を聞かされることになりそうだ。
「シャリオット、このドックに俺たちは入ってもいいんだよな? だったら、頃合いを見て飛翔船を見に来るから、後のことは任せる」
無理矢理話に割り込んで、その場を離れることにした。
「ああ、はい。町に行くのですか? もしよかったら、宿泊は町の宿屋ではなく城に来てください。客間を用意させておきます」
「悪いな」
シャリオットのありがたい配慮には遠慮なく甘えることにした。
そうして、俺たちは飛翔船のドックから出た。
ホルクレストの町並はアイレーリスの職人街を彷彿とさせる。
住居がそのまま物作りの工場だったりしていた。
鍛冶屋だけでも、剣から船の道具まで両手でも数え切れないほどの種類に分かれていた。
他には金細工や装身具細工などの細工師。
兜の製造職人、鎧の製造職人などの武器防具職人。
鍋製造や、ブリキ職人、針職人などの日用品を作る職人。
聞いたことのないような仕事の職人もいて、その全てを把握するのは難しかった。
あらゆる仕事が細分化されている。
だが、そのお陰かどの製品も安定的に同じレベルのものが作られていた。
もちろん、工場直販で買うことも出来たが、俺には必要のないものばかりだった。
ヨミやアスラには鎧くらい一揃えで買ってもよかったのだが、二人とも動きづらいからいらないと一蹴されてしまった。
まあ、ヨミには魔法の鎧みたいなものが使えるし、アスラは人間が作る鎧よりも頑丈な体をしているから確かに必要はなかった。
俺たちは職人たちから食堂を教えてもらい、そこで遅めの昼食を取った。
味はまあ、特筆することはない。
量は多く安かったから、きっとそういう需要の方が多いんだろう。
魔法が使える世界とは言っても職人は力仕事が多いだろうし。
昼食の後で向かったのは町の外れ。
先に聞いておいたのでホルクレスト王都のギルドはすぐに見つかった。
というか、やはりギルドの建物だけは同じ作りをしていた。
ギルドの辺りは町の中心部と違って他の建物が少なくて比較しづらいが、今まで見てきた建物とは明らかに雰囲気が違う。
ただ、王都のギルドだからそれなりに人の出入りはあった。
ギルドの扉は開かれっぱなし。
俺たちは人の流れに紛れるようにしてギルドの中へ入った。
ギルドの受付も今までに見てきたところと同じ。三つに分かれている。
一番人の少ない左側に並ぼうとしたら、近くにいた戦士のような格好をした女の冒険者が俺を見て声を上げた。
「あ! あなたは、もしかして……」
「え?」
俺が顔を上げると、ギルドの中が水を打ったように静まりかえっていた。
そして、全ての人の視線が俺たちに向けられている。
「アイレーリスを救った英雄、上級冒険者のアキラ様では?」
……どうして知っているのか、それを聞くのはあまりに野暮だろう。
何しろ俺がキャリーと一緒に戦っていた映像はバッチリギルドの魔法水晶に送られていたわけだから。
「まあ、そうだけど」
「キャー! 飛翔船がドックに入ったって聞いたので、もしかしたらとは思っていたんです! あの、握手してもらっていいですか?」
「それくらいなら」
女の冒険者の手は、あまり柔らかくなかった。
それが逆に少し好感を持った。
ちゃんと剣を使っている手だ。
「あの、アキラ。いつまで女性の手を握っているつもりですか?」
背後から負のオーラが漂ってくるような気がした。
俺は慌てて手を離す。
「うわぁ! ヨミ様まで! やっぱりいつも二人は一緒なんですね。恋人同士で冒険者なんて羨ましいです」
「え!? 私とアキラが恋人同士!?」
俺を押し退けるようにしてヨミが見知らぬ女の冒険者に詰め寄った。
「はい、魔法水晶を見ていた冒険者の噂ですよ。アキラ様はヨミ様に近寄られると邪険に扱っていますけど、ピンチになると助けるから本当は好きなんだとか」
「アキラ! 聞きましたか!? そうなんですか!?」
今度は俺の胸倉を掴んで揺さぶってくる。
「いや、ただの噂だろ」
「なんて言ったかな……あ、そうそう! 古いサーガにはそう言うのを“ツンデレ”というのだと書かれていました」
女の冒険者が余計なことをペラペラしゃべりやがる。
誰がツンデレか。
ヨミのことは仲間としては認めているが、それ以外の感情を抱いたことはない。
だいたい、変身しているから人間に見えるが、本当は魔物……。
まあ、もうそれを理由に好きになったり嫌いになったりはしないけどさ。
冷静に考えれば、俺は異世界の人間だ。
いずれこの世界からいなくなる……。
だから、そういう特別な関係になってはいけないと思う。
ヨミには俺が異世界の人間だってことは話しているのに、その事をまったく考えていない。
その時が来たらどうするつもりなのか。
まさか、一緒に俺の世界に行くとでも言うつもりか。
その辺りのことをもっと真剣に考えてもらわないと……。
って、これじゃ俺の方がヨミとの関係について真剣に考えてるみたいじゃないか。
「あの、次の方どうぞ」
受付嬢がそう呼びかけた。
いつの間にか戦士の格好をした女の冒険者はいなくなっていた。
ただ、俺たちよりも先にギルドに来ていた人たちがいるのに、誰も受付のところに行かずに俺たちのことを見ている。
配慮されていると言うよりは、珍しいものを見るような目だ。
自分の作戦が原因とはいえ、晒し者にされている気分だった。
今度からギルドに来るときは、顔をマスクか何かで隠して帽子でも被ってくるべきか。
このまま立っていても仕方ないので、惚けたままのヨミを引っ張ってアスラと一緒に受付の前に立った。
「上級冒険者のアキラさんですね。本日の用件を窺う前に、私と一緒に代表に会っていただきます」
受付嬢はにこやかにだが、有無を言わせぬような口調で言った。




