事件の対策会議
これまでに襲われた町の位置から、魔族は円を描くように行動していた。
つまり、次に襲われると思われる町は、ここから南東方向にある町。
俺はユッカに携帯型の魔法水晶を使わせてその町のギルドに連絡を取って避難するように呼びかけた。
幸いにもそのギルドの受付嬢も俺のことを知っていたようで、すぐに王都へ向かうと約束してくれた。
全ての町に王都から国軍が向かっているはずだから、途中で落ち合えるだろう。
これで取り敢えず被害の拡大は防げるか。
後は俺たちがその町に行けば……。
待ち伏せられるか?
町に誰もいなかったら素通りすることも考えられる。
ここで見た魔族の特性を考えると、攻撃しないときはそれほど高い魔力を出しているわけではない。
攻撃せずに通り過ぎていたとしたら、わからないと思う。
被害の拡大は防げたかも知れないが、逆に敵の行方を見失うことになったんじゃ……。
だからといって魔族をおびき出すためのエサに人間を使うわけにもいかない。
「アキラさん。他の町のギルドにも同じように伝えた方が良いでしょうか?」
魔法水晶を持ったまま、ユッカが聞く。
「取り敢えずは、そうしておこう」
「……はい、ただ……もしこの国の地方の町から人がいなくなったら、次はどこへ向かうと思いますか?」
「問題はそこだよな。取り敢えず当面の被害は防げるだろうが……これで俺たちも今魔族がどの辺りにいるのかわからなくなった」
「……もし、人の多い王都に来ることがあったら……」
やはり、一度王都に戻って報告するか。
敵の正体と攻撃方法はわかったんだし、何かしら対策を立てておくべきだろう。
少なくともレスコバーとは情報を共有しておきたい。
「ユッカ、一緒に王都に戻るぞ」
「はい」
俺たちは飛翔船に乗り込み、一路王都へと引き返した。
王都に戻る目的はもう一つある。
相手が魔族、しかも魔王と戦ったこともある奴ともなると、これ以上ユッカを連れていくことは出来ない。
彼女には元の職場に戻ってもらうつもりだった。
事前に魔法水晶で連絡していたこともあり、レスコバーは城の前で俺たちを出迎えてくれた。
ただ、向かった先は謁見の間ではなかった。
魔法のエレベーターで七つ目の扉まで上がる。
つまりは七階の部屋で俺たちは降りた。
その部屋はこの町と同じように廊下が碁盤の目のようになっている。
交差する廊下を突っ切って真っ直ぐ進み、突き当たりの部屋に入ると、そこは少し広めの会議室になっていた。
長方形の机がコの字型に並んでいて、いわゆるお誕生日席にはギデオルトが座っていた。
そして、それ以外の席には身なりの整った……恐らくは貴族たちが座っていた。この国の制度がどうなっているのか詳しくは知らないから役職ははっきりしないが、俺にはそういう印象を受けた。
理由はもちろん、これと似たような席をアイレーリスでも見たからだ。
あの国家安全保障会議とかいう席で。
だから、この場に集まっている者たちが伯爵とかじゃなかったとしても、この国の支配層であることだけは間違いなかった。
「アキラ殿はこちらに」
そう言われて俺たちはレスコバーの隣りに並んで座るが、貴族たちの視線が厳しい。
「レスコバー宰相様、なぜこの場に女や子供が紛れ込んでいるのでしょうか?」
「彼女たちは我が国の危機に重要な情報をもたらした。この場で証言してもらうためには不可欠なのだ」
会議室に緊張感が走る。
俺は早くもここから退席したい気持ちでいっぱいになった。
アスラはあまり気にしていないが、ヨミはオロオロしているしユッカは見るからに機嫌が悪そうだった。
「……レスコバー、こいつらは一体誰なんだ? 貴族のように見えるが……」
憮然とした表情で睨み合っている彼にだけ聞こえるように耳打ちした。
「紹介が遅れたな。彼らはギデオルト国王陛下の側近。地方を与えられた貴族であり、王の政務を補佐する大臣でもある。自己紹介をしておこうか」
「必要ありませんな」
「ああ、我々は冒険者風情と馴れ合うつもりなどない。それよりも、さっさとその重要な情報とやらを話せ」
側近だか貴族だか大臣だか、取り敢えずは統一させるために側近としておこう。
彼らは上から目線で口々にそう言った。
やっぱりこのまま退席するべきだな。
アイレーリスの会議も同じくらい居心地の悪い席だったが、少なくともあの時はキャリーやクラースがいたからまあまあ話にはなった。
こいつらとじゃその最低限の話すら難しそうに思えた。
「待て、レスコバーが連れてきた連中だ。聞くだけの価値はある」
俺たちをとても信用しているようには見えなかったが、ギデオルトは冷めた表情でそう言った。
「国王陛下……」
「レスコバー殿を信頼しているのはわかりますが、女や子供ですぞ」
「きっと国王陛下に色目を使って近づくつもりです。お気を付けください」
側近たちはそれでも俺たちとまともに話をする気はなさそうだった。
「……お前たちは何を見た、言って見ろ」
ギデオルトは無視して俺に聞く。
国王と側近はあまり仲がよくないってことだろうか。
まあ、彼らの関係性がどうであれ、早く報告を済ませてこの場を立ち去ればそれでいいか。
意見を聞きたい相手はレスコバーくらいだしな。
「ヘラルドの町を見てきたが、俺たちが町に着く寸前に襲われてしまった。一応、町の中を確認してきたが、全員殺されていた。このことは、あんたたちが調査に送った国軍の兵士たちも証言してくれるだろう。もっとも、国軍の兵士たちは襲われたことに恐れをなして調査もろくにしないで逃げ帰ってしまったがな」
「何だと? 冒険者風情が我が国の王国軍を愚弄するつもりか!?」
ギデオルトの近くに座っていた側近が立ち上がる。
「国防大臣、いちいち怒鳴るな。今は私が話をしている」
「……はい、申し訳ありません」
「アキラ殿はアイレーリスを救った英雄だろう? まさか、それだけ報告しに来たわけではあるまい」
「ああ、もちろんだ。敵の正体と行き先の見通しはついたんだが……」
「ほう、さすがと言っておこうか?」
それが言葉通り褒めるつもりで言った言葉ではないことは表情から見て取れる。
その事を気にしていたら話が進まなくなるから無視して言葉を続けた。
「いや、問題が解決したわけじゃない。それに、別の問題も発生している」
「どういうことだ?」
「まず今回、この国の町を襲っているものについてだが、魔族による攻撃だ」
「ま、魔族だと!? 馬鹿な! 奴らは天使たちの結界によって封印されているはずでは!?」
真ん中に座っていた側近が立ち上がる。
ギデオルトはうんざりしたように見るだけで、もういちいち注意すらしなかった。
「最近、結界が不安定になっているとは聞いていたが、アイレーリスやダグルドルドだけでなく、我が国にも進出してきたと言うことか……」
国際会議でも話題になった話だ。ギデオルトが知っているのは当然として、その側近たちがそういう危機感を共有していないのはまずいんじゃないか?
国家の運営に口を挟むほど馬鹿ではないから口にはしないけど。
「あの、アキラさん。あれが、魔族の攻撃だったって、本当ですか?」
ユッカも驚いていた。
そう言えば、あの場で言いそびれてしまったんだっけ。
「ああ、それだけは間違いない。だからユッカにはこれ以上関わらせたくない。地方の町の人たちと一緒にこの王都で避難していて欲しい」
「……それは、私が女だからでしょうか?」
「そうじゃない。相手は中級冒険者でも危険な魔族だぞ? ブランクのある元冒険者では、命の保証が出来ない」
ユッカは納得していない表情だったが、それ以上反論はしなかった。
「それで、アキラ殿。問題というのは……」
恐る恐るというようにレスコバーが聞いてきた。
「それは、俺よりもユッカが説明するべきだろう」
硬い表情のまま立ち上がってユッカは説明した。
「魔族は円を描くように私たちの町を襲っています。ですから、ヘラルドの町の次に向かう町は簡単に予測できました。私はすぐに地方の町のギルドへ連絡して王都へ避難するように伝えたのですが……」
そこでユッカは口をつぐんだ。
そこまでは俺も良いアイディアだと思った。実際、これで地方の町の人が襲われることはないだろう。
「そう言うことか……」
「レスコバーは今の話を聞いて問題がわかったのか?」
納得したように頷き、目を閉じたレスコバーにギデオルトが詰め寄る。
「国王陛下、魔族は人間しか襲っていません。無意味に建物を破壊したりはしない。つまり、人のいない町で魔族が暴れることはないと言うことです」
「それはそうだろう。何が問題なんだ?」
「町が襲われなければ、今どこに魔族がいるのかわからないと言うことです。それに、円を描いて行動している魔族がその後どう行動するのか……」
「……ま、まさか……次に狙われるのは、この王都……?」
やっとギデオルトも問題の深刻さに気がついたようだった。
町を守る対策は、レスコバーとギデオルトに任せるとして。
問題はどう見つけるかだな。
まだ襲われていない町で俺たちが待ち伏せるのがいいんだろうが……。
「ちょ、ちょっと待て。アキラ殿、魔族が最後に襲ったのはヘラルドの町だったな?」
急に慌てたような口調でレスコバーが言った。
「ああ、確かそんな名前だったと思う」
「それで、その魔族とやらは円を描くように行動している……?」
「大事なことだけど何度も繰り返すような話じゃないだろ」
「そうではない! 魔族というのは、国境という概念を持って行動していると思うか?」
「は? いや、それは……」
ここでアスラやヨミにその事を聞くのは、まずいよな。
「魔族が人間の世界の国境なんか知ってるわけねーじゃん」
俺が迷っているうちに、アスラがつまらなそうに言う。
冷や汗が背筋を伝った。
会議室は静まりかえり、レスコバーが表情を強張らせていた。
まさか、アスラの正体がばれたか?
「子供だと思って侮っていたようだ。さすがはアキラ殿と一緒に行動している冒険者だ。なかなか鋭いな」
「何のことを言っているのか、よくわからないんだが」
少なくともアスラの正体がばれたわけではないようで少しだけホッとした。
「いや、私もその子と同意見だったのだ。魔族が国境を考えずに行動していると考えると、狙われるのはこの王都だけではない」
そこまで言うと、レスコバーは地図を取ってくると言って少しだけ退席した。
俺はアスラを見たが、首をかしげるだけでアスラもレスコバーの話の意味を理解しているわけではなさそうだった。
そして、ほんの数分後にレスコバーは丸められた地図を抱えて戻ってきた。
それを机の上に広げる。
地図は俺たちが雑貨屋で買ったもののようにグライオフ王国のことが大きく描かれていたが、その周辺国の情報も書き込まれていた。
「私が把握しているのはこの二つの町が襲われたこと」
そう言ってユッカの町とレスコバーに連絡があったらしい、ハイレシオとか言う町に印を付けた。
「そして、アキラ殿の情報によればヘラルドの町も襲われた」
こうして地図に表してみるとユッカの推理が外れていなかったと確信できる。
「ここからさらに円を描くように進んでいくとして……問題はここだ」
ヘラルドからさらに三つの町を丸で囲う。
「アキラ殿はここから魔族は西へ向かうと思うか?」
魔族がグライオフだけを襲う目的ならば、そう言うことになるだろう。
だが、単純に円を描いて町を襲っているんだとしたら、南の方へ行くんじゃないか?
そっちにも町を表すマークがある。
西に行くよりも近いし。
ただ……南の町の前には点線が引かれていた。
「もし、南の町へ向かったとしたら……そこにあるのはメリディアの町だ。地方都市の一つに過ぎないが、規模は大きい」
「ハッハッハッ! レスコバー殿、何が問題か? 宿敵メリディアが魔族に襲われるのであれば、好都合ではないか!」
側近の一人が声を上げて笑うと、周りの側近たちも声を揃えて喜んでいた。
思わず俺は机を殴りつける。
穴は空かなかったが、大きくひびが入っていた。
側近たちが睨みつけてきたが、俺は睨み返した。
「お前ら、本気でそう思ってるのか?」
「貴様、冒険者風情の分際でその態度は何だ!?」
「人が襲われることを喜ぶような奴に、態度を注意される筋合いはないな。お前らこそその腐った性根を治した方が良い」
「……国王陛下! 我らを侮辱した罪でこの者を裁くべきです!」
側近たちは立ち上がって訴えるが、ギデオルトは面倒臭そうな視線を向けるだけで何も言わなかった。
代わりにレスコバーが立ち上がる。
「やめなさい。今はそのようなことで争っている場合ではない」
「し、しかし」
「国王陛下が呆れていることがわからんのか」
側近たちは揃ってギデオルトの方を見てから渋々席に着いた。
「レスコバー、メリディアに連絡を取りたい」
「ああ、そうだな。では、魔法水晶のある部屋まで案内しよう」
「いや、その必要はないんだ」
俺がヨミに目配せすると、小さく頷いてから胸ポケットに忍ばせてある魔法水晶を取り出した。
「それは、魔法水晶なのか?」
レスコバーは戸惑っていたが、ギデオルトは平然と答えた。
「……メリディアの、ルトヴィナ女王陛下が作ったものだな」
「知っているのか?」
「当然だ、メリディアが開発した魔法技術はすぐにチェックしている」
ライバル意識だけは高いようだ。
「アキラ、ルトヴィナさんに連絡がつきました」
そう言ってヨミが魔法水晶を俺に向ける。
そこには優雅にお茶を飲みながら座っているルトヴィナの姿があった。
「お久しぶりですわね。もう忘れられたのかと思いましたわ」
「忘れるわけないだろ、魔法水晶はルトヴィナから買ったものだし、飛翔船も使わせてもらってるんだから」
「その割には、いつまで待っても約束を果たしていただけないものですから」
……約束……そう言えば、ルトヴィナには俺のことを放す約束をしていた。
ヤバい、別の意味で冷や汗が頬を伝う。
そのことはすっかり忘れていた。
「……その様子ですと、約束を果たすためにご連絡いただけたわけではなさそうですわね」
「悪い、この件が片づいたらそれはすぐにでも」
「わかりました。それに、よほどのことがあったと窺えます」
まだ何も言っていないのに、ルトヴィナは真面目な顔つきになってカップをテーブルに置いた。
「そこは、グライオフの城ですね? ギデオルト国王陛下にレスコバーさんまでお集まりということは、それくらいの想像はつきます」
「話が早くて助かる。実は――」
俺はグライオフが魔族に襲われていて、取り急ぎ被害の拡大を防ぐことは出来たが、そのせいで魔族の行方を見失い、尚かつメリディアの町までもが襲われる可能性を告げた。
「先日のダグルドルドに続き、今度はグライオフに私の王国にまで……」
「とにかく、グライオフとの国境にある町に連絡して、避難するように伝えてもらえないか?」
「もちろんそうしますが……、対処療法をいつまで続けるおつもりですか? その魔族が行動すると思われる範囲の町から人を遠ざけても、いずれは襲われる町が出てくると思います」
ルトヴィナはたったこれだけのやりとりで核心的な部分をついてきた。
「……魔族は、なぜ人間を襲うのでしょうか?」
ルトヴィナはヨミやアスラの正体を知っている数少ない人物だ。
その彼女が質問したことは、もちろんヨミやアスラに意見を求めるためだとわかった。
俺は二人に頷く。この質問に答えたからと言って二人の正体がばれることはないだろう。
ルトヴィナはそれも考えた上で言葉を選んでくれた。
「お姉さん、そんなの決まってるぜ。魔族にとって人間は魔力を増やすためのエサだ。人間だって食事じゃなくて、体を鍛えるために食べたりするだろ。それと似てる」
「……おねえさん……アスラフェルくん、だったわね」
ルトヴィナの口元が歪んでいる。
笑いを噛み殺そうとしているのがわかった。
重要なのはアスラの情報のはずなのに、呼びかけた言葉がよほど嬉しかったのか。
ちゃんと話を聞いていたのか心配になる。
「え、うん。そうだけど」
「今度会ったときは、ご褒美を上げますわ」
満面の笑みでそう言った。
アスラは意味がわからず、ちょっと引いている。ヨミの後ろに隠れてしまった。
「ルトヴィナ、魔族の目的を聞いた理由は何だ?」
「魔族の目的が人間を殺すことではないのなら、代わりとなるエサをおいておきましょう」
「代わりのエサ?」
「飛翔船のクリスタルに魔力を補充させていることは以前説明しましたと思います」
その技術のお陰で、操縦者はそれほど魔力を使わずにあれだけの質量を空に浮かべて飛ばすことが出来るって話だった。
「ですから、魔物のクリスタルにも平均的な人間くらいの魔力を補充して置いておけば、それを食べるのではありませんか?」
何か、想像してみると野獣に罠を仕掛ける図が思い浮かぶ。
仮にも魔族がそんなエサに食いつくんだろうか。
「……アキラ、私はいいアイディアだと思います」
ヨミが賛成した。隠れているアスラも頷いている。
「魔族がクリスタルを喰うのか?」
「いいえ、物理的に食べるのではなく、補充されている魔力を吸収すると思います。それでも、痕跡はわかるはず」
そう言えば、殺された人間たちも喰われていたわけではなかった。
「それでは、さっそく用意を……」
「断る! 我がグライオフ王国はメリディアなどと協力する気はない!」
側近の一人が声を荒げて立ち上がっていた。




