隣町の噂
クリームヒルトの町を出てから丸一日。
ほとんど休まず馬車を走らせた。
森に囲まれた街道を抜け、広い草原の道を走る。
「兄さん、ジョサイヤの旦那が大切なお客さんだって言ってたけど、一体何をしたらあの気難しいお人にそこまで言わせたんだい」
馬車に寝っ転がっていると御者が話しかけてきた。
禿げたおっさんで、年は50くらいに見える。
ただ、手綱捌きは上手く、速く走っているのに、馬車の中はそれほど揺れない。貴族が用意した馬車の御者だけのことはある。
話しかけ方がタクシードライバーみたいだが。ま、実際この世界においてはそう言うことなんだろうな。
「番犬の森で行方不明になっていた娘を家に送り届けただけだ」
「……マジですか? ってことは、兄さんは名の売れた冒険者様で?」
「いいや、まだ無職」
「ハハハ、冗談がうめえな」
「ところで、このスピードで王都に着くまでどれくらいかかるんだ?」
「そうですねえ。あと六日ってところでしょうか」
「結構かかるな」
「ですが、ジョサイヤの旦那から十分すぎるほどの食料をいただいてますから、不自由はさせませんよ」
確かに、昨日野宿をしたが馬車の中で寝るのはそれほど苦痛ではなかった。
食事も御者が用意してくれたが、それなりに食べられた。
エリーネの家で食べたほどの味でないのは仕方がない。
「そういえば、あんたも魔法が使えるのか?」
「まあ、ちょっとした魔法なら。でも、野犬を追っ払うくらいしかできませんぜ」
「そうか」
「ま、まあでも人間の整備した街道には魔物は現れねえから、心配することはありませんぜ」
「魔物と人間の世界は完全に境界が別れてるのか?」
「いえね。それが最近そうとも言えないんですがね。王都のギルドにも魔物討伐の仕事が結構依頼されてるって話でさぁ」
「おいおい、それじゃあ遭遇するかも知れないんじゃないのか?」
「いやいや。この街道は王国騎士団が見回りしてるから心配ねえはずだ」
それから二日。
これといって特に何も起こらない。
天気は快晴で、快適な旅路だった。
景色を眺めていると、道が二又に分かれた。
左は森の中の道。右は平野が広がっていて遠くに家も見える。
あれは、町じゃないのか。
御者が馬車を操って左側の道へ行こうとしたから俺は手を止めさせた。
「ちょっと待て、あの町は寄らないのか?」
もう三日間野宿だった。ちょうど距離的にも半分くらいの行程が終わったところに町があるなら、普通寄るべきじゃないのか。
食料はまだ十分にあるが、御者だって人間だ。
約七日の行程で、途中に町があったらたまにはちゃんとした宿で休んだ方が仕事がはかどると思う。
俺自身は楽できてるからさほど休憩は必要ないけど。
「金ならジョサイヤからもらった金がある。いくらかかるのか知らないけど、一晩二人分の宿を借りるくらいはできるだろ」
「金の問題じゃありません」
ああ、あれか。貴族の客に払ってもらうわけにはいかないとかいう話か。
「別に俺が勝手に払う分には気にしなくて良いんだけどな」
「そうじゃないんですよ……ジョサイヤの旦那から話は聞いてないんですかい? あの町は、ジョサイヤの旦那の町と取り引きのある人間には、あまり世話になりたくはねえんですよ」
「何か、理由があるのか?」
「あの町はフレードリヒ町と言って、伯爵が治めてる町なんですが、権力を笠に着たような奴で、子爵の治めてる町の人間に対していろいろ嫌がらせを働いてきやがるんです」
「……権力を持ってる人間ってのは、どこの世界でも嫌なヤツがいるんだな」
「逆に言やあ、上手く取り入った人間は甘い汁をすすってるらしいんですがね」
「見たこともないのに、益々嫌な奴に見えてくるな」
「兄さんが寄って欲しいってんなら寄りますが、まず高い通行料を取られますよ」
そこでふと疑問に思った。
それじゃあ、あの町を通って城下町へ向かおうとする人間はいないんじゃないか。
「……森の中を通る道には何か問題があるんじゃないか?」
「さすが、番犬の森から生きて帰ってきた兄さんだ。ええ、私もお客さんが望めば高い通行料を払ってあの町を通りますよ。何しろ、こっちの道には魔物が出るって噂でね」
「噂?」
「真相はわかりません。ですが、整備されていない森は魔物の縄張りであることが多いですから。もし出交わしたとしても、文句は言えない。だったら――ってことです」
「そんな理由があって、迷わず左の道へ入ろうとしたのか?」
「実のところ、ただの噂だと思ってるんですよ。私も何度かこっちの道を使ったことがあるんですがね。一度も魔物に遭遇したことがないんでね。それにできれば、フレードリヒの野郎に金を払いたくはないんですよ」
通行料を取るために妙な噂を立てて、それなりに演出した道を作る。
随分と計算高い貴族がいたものだ。
でも、そういう事情なら町を無視しても良いか。
「それに、万が一魔物に遭遇しても私の腕で振り切って見せますよ」
調子の良いことを言っているが、実力に裏打ちされた自信のある言葉だった。
俺は御者のことを信じることにして、町を無視して左の街道へ馬車を向かわせた。
背の高い木に囲まれた道は薄暗く、昼間でも夕方くらいの雰囲気だった。
番犬の森ほど暗くはないが、確かにこれは何か出そう。
「少しセンサーの感度を上げておいてくれ」
馬車から森の奥を見ながらAIに伝える。
『わかりました。先にお知らせしておきますが、野生動物か魔物か判断できませんが何ものかがいることは間違いないようです』
俺の想像は疑心暗鬼が生み出したものだったってことか。
噂はただの噂じゃなかった。
それでもこの御者が魔物に遭遇しなかったのは、腕が良いのか運が良いのか。
「一応、気をつけた方が良い」
「え? どうしてですかい?」
「そりゃ……冒険者としての勘ってやつだ」
嘘も方便。馬鹿も使いよう、だ。
ナノマシンのセンサーについて説明するよりも説得力はあるだろう。
「へぇ。そいつは怖いですねぇ」
あまり本気にしていないな。
バカにしている様子がありありだ。
俺としては問題なく通り過ぎることができればそれでいいし、この森にいる何ものかが襲ってくるなら戦って蹴散らせば良い。
唯一の問題はこの御者が逃げることだが、取り敢えずはナノマシンに警戒させておけば良いか。
俺はそれまでの道程と同じく馬車の中で横になった。
――前言撤回。
もう一つこの道を選んでしまったことで問題があった。
整備が行き届いていないせいで、道がでこぼこだ。
そんな悪路でも御者は構わずスピードを出すからガタガタと揺れて仕方がない。
横になってもとても体を休めるどころじゃないな。
かといって御者にスピードを緩めてもらう気はなかった。
できる限り早くこの森の道を抜けたかったのと、俺はナノマシンと融合したことで乗り物酔いしない体質になったから、気にするほどのことではなかった。
ま、うるさくて眠れないというのはこの際仕方がない。
そのまま半日が過ぎた。
まだ森を抜ける雰囲気はない。
しかし、この悪路では馬だって疲れるんじゃないか?
一度はどこかで休ませる必要がありそうだが……。
「なあ、後どれくらいでこの森を抜けられるんだ?」
「……はぁ……」
御者は気の抜けたような返事をするだけ。
「俺の話を聞いてるか?」
「へ? あ、ええ。すみません」
「だから、森を抜けるのにどれくらいかかるんだ?」
「いえね、おかしいんですよ」
「何が?」
「前にこの道を通ったときは、こんなに走らずに抜けられたんです。迷っちまうなんてことはねえんだけど……」
御者の言う通り、迷うはずはない。
一本道が前にも後ろにも続いている。
土地勘のない俺だって地図がなくてもこの道で迷うことはない。
やがて、馬車のスピードが目に見えて遅くなっていく。
御者が手綱を緩めたわけではない。
単純に馬が疲れているのだ。
日はすでに沈み、空には二つの月と星空が広がっている。
このままじゃ早晩馬は走れなくなるだろう。
幸い、食料は十分にある。
馬を休ませた方が良い。
「なあ、このまま夜通し走らせるのは、難しいだろう」
「し、しかし……こんな森の中でお客さんを野宿させるわけには……」
「俺のことなら心配しなくていい」
「そうは言っても……」
森の噂について詳しいからこそ、さすがに御者もびびっている。
「あんたも疲れてるんだろう? 俺は馬車の中でずっと楽させてもらってるしな。見張りをしておくから、あんたも少し休んだ方が良い」
「……良いんですかい?」
「構わないから、その辺りに馬車を寄せておこう」
「へい」
御者は手綱を放して馬車の中へ入った。
俺は御者に水と食料を与え、同じものを持って馬車から降りた。
馬にも水とエサを与える。
よほど疲れていたのかそれを貪るように食べると体を横にして眠ってしまった。
「悪いな。私の見通しが悪かったせいでこんなところで野宿させることになっちまって」
「そう思ってるならさっさと体を休めて朝に備えてくれ。馬たちはそうしているぞ」
「ああ、ありがとう」
俺は馬車の外に出て寄りかかりながら辺りを警戒した。
『妙ですね』
「何が?」
『私はこの世界の地形データを随時記録しているんです。この世界にはGPSやグルグルマップは存在しませんから、かの有名な伊能忠敬のように地道に地図を作っているのです』
「それで?」
『この辺りはすでに一度通ったことがある場所ですね』
「え? いや、そんなはずはないだろ。道は一本道だぞ」
そう言ってから来た道の奥を確認し、向かう先を確認する。
……そういえば、ここからだとこの森に入ってきた場所は見えない。
そして、当然のように出口も確認できない。
『それから、もう一つ。先ほどから周囲に未知のエネルギーを感知しています』
未知のエネルギー。
それは確か、エリーネが魔法を使ったときに聞いた言葉だった。
つまり、何らかの魔法が使われている?
何のために?
答えを出す前に、俺は何ものかの視線を感じた。
「誰だ!」
森の奥に向かって声を張り上げる。
「どうしたんです? せっかく寝入りそうなところだったのに」
目を擦りながら御者が馬車から顔を出した。
森の中に光る目が見える。
一つや二つじゃない。
二十以上はある。
目の数が人間と同じ魔物なら、十匹以上はいることになるな。
でも、だとしたらどうしてナノマシンのセンサーに反応しなかった?
その答えはAIに聞くよりも前にわかった。
二つの目が森の中から動いて俺たちの前に姿を現した。
それは、人間の三分の一くらいしかない小人だった。
いや、人ではないのか?
緑色の体に長い手。人間のように二本足で歩いてはいるが、足が短い。
子供のように見えるが、しわくちゃで醜い顔。
かろうじて服を着ているから小人のように見えただけだった。
これじゃあ、警戒する対象とナノマシンが判断しないわけだ。
戦闘能力はなさそう。
こいつらが野良の魔物なら、戦うまでもなく追っ払えるだろう。
「ゴ、ゴブリン……? 何でこんな森の中に……?」
「ゴブリン? これが?」
その名前は聞いたことがあった。
ゲームかアニメで。
「一応聞くけど、人間の言葉はわかるんだよな?」
「キヒヒッ。当たり前だろ」
チビのくせに態度は妙にでかい。
「あの森の中からこっちを見てるのはお前の仲間か?」
「ああそうだ。俺たちに襲われたくなかったら、その馬車全部よこせ」
「やっぱり、基本的には魔物は人間に害のあるものなんだな。ヨミが特別だったってだけか」
「何だ? よこさないと殺すぞ」
さて、どうするか。
どう見てもただの雑魚だ。
何かこの程度の魔物相手に変身するのは躊躇われるな。
絵づら的に子供をいじめているように見える気がしないか。
「兄さん。どうしましょう。ゴブリンは厄介ですぜ。こいつらが集まってるってことは、他にも強い魔物が……」
「さっさと馬車から離れろ! じゃねえと、こいつらがお前らをエサにしちまうぞ!」
そう言って森の中から飛び出してきたのは人間と同じくらい大きい狼の魔物だった。
「やっぱり! ありゃ、ブラッドファングだ!」
御者がブラッドファングと呼んだ魔物は狼のような姿をしているが全身が血のように赤い。牙は口から外に飛び出している。
そいつに乗ってゴブリンどもがさらに十匹以上森から出てきて俺たちを取り囲んだ。
「ヒイィ! こりゃやばいです。逃げましょう」
「いいから、そのまま馬車の中に隠れてろ」
「兄さん。まさか戦う気じゃ……」
「戦う? 違うな。消えてもらうだけだ」
「ハハハハハッ! お前、これだけのブラッドファングを相手に面白いことを言うな。死んでから後悔しやがれ!」
「――変身――」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ソードギアフォーム、展開します』
両手首と両足首に光の輪が現れる。
そこから溢れ出た光が全身を包み込み、全身スーツを形成し、さらに上半身には鎧と頭部を覆う兜のようなマスクを造り上げた。
『マテリアルソードを形成します』
当たり前のように俺の手にはナノマシンから作り出された剣が握られていた。
「な、何だ!? 新しい魔法か!?」
「に、兄さん。そいつは一体……」
敵も味方も区別なく皆一様に驚いていた。
「見た目が変わっただけだ! 行けっ!」
最初に出てきたゴブリンが指示を出すと、ブラッドファングに乗ったままゴブリンが二匹向かってきた。
剣を横に一閃させる。
二匹のブラッドファングは手足と胴体がバラバラになって倒れる。
その勢いで乗っていたゴブリンも地面に叩きつけられた。
どうやらブラッドファングにはオークデーモンほどの再生能力はないみたいだ。
倒れたまま体が消滅してクリスタルだけがその場に残った。
ジョサイヤが言っていたクリスタルって言うのはこれのことか。
魔物の心臓に当たるらしいが、肉体が消えるってのは、本当にゲームの世界のようだな。
「ば、馬鹿な……ブラッドファングが、たった一撃で……」
「ひるむな! 全員でかかれ!」
数が多ければ何とかなる戦力差じゃないと思うんだが、馬鹿の一つ覚えで向かってくるだけ。
必殺技を使うまでもない。
俺はブラッドファングの爪や牙を躱しながらカウンターで斬りつける。
次々と消滅していくブラッドファング。
「地の神の名において、我が命ずる! 大地よ命の脈動を見せろ! グランドクエイク!」
「地の神の名において、我が命ずる! 石の槍で敵を貫け! ストーンストライク!」
「地の神の名において、我が命ずる! 大地の魔神よ、我らを守れ! ロックゴーレム!」
ゴブリンたちは次々と魔法を使う。
最初の魔法で大地が揺れる。
魔法で地震を起こしたのか!
俺を中心に半径3メートルくらいの中だけが揺れ動く。
足場が安定しない。
『震度6はあります』
AIに言われなくても体感でそれはわかっていた。
そこへ石でできた槍がいくつも向かってくる。
避けるのは困難だ。
俺はそれを剣で叩き落とし、または破壊する。
ブラッドファングは一匹しか残っていないが、ゴブリンは全部健在だ。
俺が身動き取れないことをいいことに、魔法で作った石の槍を間断なく放ってくる。
そして、その間を縫うように、石と土でできた大きな人形が近づいてくる。
人の三倍はありそうなほどの巨体で、地震で揺れる大地の上でも一向にバランスを崩すことなく俺の前までやってきた。
「やれ! ロックゴーレム!」
ゴブリンの命令に返事すらせずに、ゆっくりと振りかぶった腕を振り下ろす。
「――はっ!」
その腕は俺の体に届くことはない。
輪切りにされた石の塊がドスンと音を立てて目の前に落ちる。
ロークゴーレムの腕だったんだろうが、こうなるとただの石だった。
ゴブリンたちは目を見開くだけで、もはや声も上げなかった。
足下はまだ揺れてるが、こっちもそろそろ慣れてきた。
「じゃあ、反撃させてもらおうか」
揺れる足場を蹴ってゴブリンたちに向かう。
一太刀事に、ゴブリンたちのところにジャンプして斬り伏せる。
全部倒すのに数分とかからなかった。
最後に倒したのは、最初に俺の前に姿を現し、命令していたゴブリンだった。
「こ、こんなはずじゃ……」
体を真っ二つにして、すでにその半分が消えかかっているが、しぶとくそう言った。
「魔物の世界じゃ弱肉強食なんだろう? 相手をよく見て挑むんだったな」
「俺はただ、あいつに楽して稼げるって言われたから、この森に来てやったのに……」
「……どういうことだ?」
「さあなぁ」
ゴブリンは挑戦的に笑いながら消滅していった。
すると、大地がまた揺れ動いたと思ったら、森の出口が見えた。
『どうやら、ゴブリンたちが魔法で出口を隠していたようですね』
「ゴブリンの最期の言葉、意味はわかったか?」
『いえ。あまり気にする必要はないのでは? すでに全部倒してしまったんですから。これから悪さをすることもできませんし』
「まあ、そうだけどな」
俺は変身を解除して馬車の中へ戻った。
「おい、森を抜けたみたいだぞ」
「へ? あ、ああ!」
御者は驚いているのか喜んでいるのかよくわからない声を上げていた。




