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目撃した事件

 ユッカの説明によると、このグライオフは王都を囲むように地方の町が配置されていると言うことだった。


 地方の町の役割は他国の情報収集と監視。


 だから冒険者が立ち寄りやすいように全て宿場町だと言った。


 言われてみれば、俺たちが立ち寄ったユッカの町も食堂と宿屋。後は道具屋とギルドくらいしかなかった。


 他の家は農業をやっていたようだったが、それもお金を稼ぐためというよりは、食堂で使うためのものや自分たちが食べるためのものを育てていると思われるくらい規模の小さいものだった。


 この国には特に特産品と呼ばれるようなものもなく、領土も狭いから規模の大きな農家を作っても国内で消費しきれずに取扱価格が大きく変動してしまうらしい。


 かといって外国と取り引きするほどの量は確保できない。


 そういう事情もあってか、王宮や貴族たちは魔法技術の研究で国力を高めている、と言うことだった。


 ちなみに、グライオフの広さはアイレーリスの三分の一くらい。メリディアと比べても半分よりやや広いってくらいだろう。


 ダグルドルドもアイレーリスと同じくらい広いから、それらに国境を接している国としては小さい方だ。


 帝国との間にはダグルドルドの領土が挟まれているから接してはいないが、もし帝国と接していたらあっさり帝国の領土になっていたんじゃないかと思う。


 まあ、この国の支配層には戦争に応じるようなものはいないって話だが。




「俺たちが向かってる町……ええと……」




 甲板から飛翔船の行く先を眺めながらつぶやくと、




「ヘラルドの町です」




 同じように先を見つめていたユッカが答えた。




「ヘラルドの町もユッカの町と同じような規模ってことか?」


「はい。町の作りもあまり変わらないと思います」


「だけど、そんなんじゃ地方の町で生活しようと思う人は少ないだろ。仕事だってそれほど多くはなさそうだし」


「はい、私のように上京する人は多いですよ。この国の方針は人材を王都に集中させて、発展させることにあるみたいですし」


「だとしたら、世襲制度は邪魔じゃないのか? 優秀な人材を登用するには、長く既得権益の恩恵を受けてきたものがいい顔をしないと思うんだけど」


「だから、この国はいつまでもよくならないんですよ」




 ユッカは、特別な人間じゃない。


 たぶん、この国のごく一般的な住民だろう。


 と言うことは、この国の国民はみんな同じような不満を抱えているのかも知れないな。




「それだけ国民が不満を抱えているなら、国の在り方を変えようと思うものは現れないのか?」


「……アキラさんが救ったアイレーリスのように、ですか?」




 冷めた視線でユッカが言った。


 今となってはフレードリヒのやったことはテロ事件ということで周知されたが、あいつがキャリーの国家運営に反対していたことは確かだ。


 俺が生中継でその顛末は全て世界中のギルドで見せていたとはいえ、事情の知らない他国の一般市民にとってはテロもクーデターも似たようなものなんだろうな。


 現在の体制に反対することがきっかけになっている時点で。




「暴力的な手段に出る必要はないだろ。やり方は他にもある。人間同士なら」


「……この国はずっと平和なんですよ」




 遠くを見ながらユッカがつぶやく。




「メリディアがホルクレストと戦争をすることはあっても、この国と戦争することはありませんでした。国土が狭く、資源に恵まれてもいないこの国には魔物すら少ない。だからきっと私たちも不満を抱えつつもこの平和に慣れていると思うんです……」




 諦めにも似たその声には、あれだけ文句を言っていたこの国の支配層だけでなく自分たちをも卑下しているように聞こえた。


 平和は悪いことじゃない。


 穏やかに時を過ごせるならそれに越したことはないはずだ。


 この国はある意味、人間にとって理想の国だと思う。


 争いがなく、魔物の脅威も低い。


 それなのに、この国で見てきた人たちは皆、あまり幸せそうではなかった。




「私はきっと、この国で一生を終えると思います。冒険者として他の国で活動することも考えたことはあったんですけど……結局、私たちも国王と同じなんでしょうね」




 ……引きこもりの魔法オタクと馬鹿にしたことを思いだした。




「兄ちゃん、下に馬が見えるぜ」




 アスラが飛翔船の柵から身を乗り出してそう言った。


 空気を読まずに割り込んできたことを今は褒めてやりたかった。


 どう声をかけたらいいのかわからなかったから。




「……あの装備……王国軍のようですね」




 ユッカが俺の横で見ながらそう言う。


 確か、全ての町に王国軍を派遣したと言っていたしな。


 あの国王がそんなに気を回したとは思えないから、きっと宰相のレスコバーが主導して動いたんだろうな。




「そう言えば、ユッカは宰相のことはちゃんと呼ぶんだな


「ええ、レスコバー宰相様はこの国の最後の良心と思われていますから。あの方がいなければ、この国は立ちゆかなくなると思います」


「それじゃ、国王の他の側近は……」


「国王よりひどいですよ。自分たちの権力争いに国王を利用しようとするものばかりですから」




 ……本当に、これでよくクーデターが起こらないな。


 キャリーはこの国とも同盟を結ぼうとしていたが、やめるように言っておいたが方が良いだろうか。


 何だか余計な火種を作ることになりそうな気しかしない。


 フレードリヒのことを考えると、一番厄介なのは外敵などではなく、足を引っ張ろうとする身内だからな。




「アキラ! 町が見えてきましたが……」




 ヨミに言われて飛翔船の先を見る。


 すると、確かにユッカの言っていた通り、小さな町が見えてきた。


 王国軍の調査は昨日の夜のうちに出発させたらしいからものの数時間で追いついたってことか。


 あの町には人の反応があるだろうか。


 もうちょっと近づかなければ、さすがにAIのセンサーでも判別は出来ないだろう。




「アーヴィンさん! 飛翔船を止めてください!」




 ヨミが急に叫んだ。


 その声に反応したのか、急にその場に飛翔船が止まった。


 俺たちの下をさっき抜きさった馬たちがかけている。




「ヨミ、どうしたんだ?」


「強い魔力を感じます……これは、本当に魔物の魔力と言えるんでしょうか……?」




 俺を見ずに町の方を見てつぶやいていた。




『……彰、ヨミさんが先に警告してしまったので、私の出番がなくなってしまいましたが確かに強力な魔力を感知しました。これ以上飛翔船で近づくのは危険です』


「それじゃ、何者かの攻撃が始まるってことじゃないのか?」




 この場で飛翔船を降ろして町に行くか?


 いや、キャノンギアならこの高さから飛び降りても耐えられるだろ。




「兄ちゃん! ヤバい!! 防御魔法を!」




 アスラが叫ぶと同時に、猛烈な風が飛翔船に流れ込んできた。


 飛翔船が飛んでいるときは空気による抵抗を軽減させるために、常に防御魔法で船体を守っている。


 その防御魔法を破るほどの暴風。




「みんな、何かに掴まれ!」




 こうなると甲板に出ていたことが徒になる。


 ギルドの受付嬢が書き残した風の魔物という言葉。


 これは、敵の攻撃ではなく形の存在しない魔物ってことか?




「だ、大丈夫です! 船体が維持できないほどの風では……」




 操縦桿を握るアーヴィンの声が次第に小さくなっていった。




「ど、どうした? やっぱり何か問題が!?」


「い、いえ……飛翔船は大丈夫ですが……町が……」




 アーヴィンの視線の先を追う。


 俺たちが向かっていたヘラルドの町は大きな竜巻に包み込まれていた。


 あれじゃ、町は跡形もなく粉々にされてしまうんじゃ……。


 そう思ったときには、すでに竜巻は消えて辺りは穏やかになっていた。


 ほんの一秒か二秒だろうか。


 ここから見る限り町は無事のように見えた。


 だが、町を目指していた王国軍の兵士たちは引き返していた。


 調べるように命令を受けているはずなのに、逃げ帰るとは。


 この国の兵士の質が知れる。


 これじゃ、わざわざ嫌な思いまでして国王に報告したことも意味はなかったか。




『嫌な予感がします。町を調べてみましょう』




 AIに言われるまでもない。


 俺たちは飛翔船を町のすぐ側に降ろした。


 飛翔船から降りて、町に入ったのは俺とユッカとヨミだけだった。


 アスラは何か珍しく考え事をしているようで、呼びかけても応じなかったからそのまま甲板においてきた。




「……酷い……」




 ヨミが口元を両手で抑えながらつぶやいた。


 意外にもユッカの方が冷静に町を見ている。




「あれだけの風が吹いていたのに、物が飛んでいる様子はないですね」


「魔法の風に、そういう効果のあるものがあるってことか?」


「専門家ではないので、さすがにそこまでは……」




 これは、またエリーネを頼らなければならないか?


 しかし、そう何度も便利な魔法の事典のように扱うのも気が引ける。


 まずは俺たちで調べられることを調べるべきだろう。


 だが、やはりユッカの町を見たときと同じ。


 人間がまるでほんの数秒前までその場で生きていたように何かをしている途中で倒れていた。


 殺され方も同じ。


 喉元を一撃で食い破られている。


 遠くから見ていた印象だと、魔法で攻撃されていたようにしか見えなかったが、確認してみると野獣にでも襲われたかのように殺されている。


 いまいち敵の正体が掴めない。


 一つだけはっきりしていることは、ユッカの町のギルドで受付をやっていた女性がかなり優秀な人だったと言うこと。


 町から離れた場所で見ていたから、実際どれくらいの時間で町の人が殺されたのかはわからないが、飛翔船が風を受けてから竜巻を見るまで二十秒もなかった。


 ほとんどの人が何が起こったのかすら気付いていない様子で殺されているのに、あのギルドの受付嬢はよくあれだけの文章を書き残したものだ。


 無論、日記に人生をかけているわけじゃないだろう。


 あれは他の人たちに対する警告文だった。


 もう一度ちゃんと読み返したいな。


 レスコバーがちゃんと門番から受け取っていればいいが……。




「兄ちゃーん!」




 町の様子を調べ終えて、町の門まで戻るとアスラが飛翔船から降りて駆け寄ってきた。




「どうした? もう町の中は調べ終えちゃったぞ」


「そうじゃねえよ。思い出したんだ」




 興奮気味に言う。




「何を?」


「あれは魔物なんかじゃない。オレの父さんと敵対してた魔族の仕業だ」


「ちょっと待て!」




 俺は慌ててアスラを連れ出す。


 ヨミにはユッカのことを任せた。


 今の、聞こえていなかっただろうな……。


 何やら考え事をしているみたいだったが。


 ヨミが上手く誤魔化してくれることを期待していた。




「あのなあ、俺たち以外に人がいる前でそういうことを簡単に口にするな。アスラの正体は今のところ、秘密なんだから」


「ごめん。ついうっかり……」


「それで、魔族の仕業って言うのはどういうことなんだ?」


「うん。魔物は人間に変身する能力を持つだろ」


「ああ、ヨミのようにな」


「魔族は逆に人間の姿をしているから魔物のような姿に変身する能力を持つものがいるんだ。……戦闘能力的には魔物と言うより魔獣なんだけど」




 魔獣と言われると、どうしてもケルベロスが思い出される。


 あいつは確かに普通の魔物とはレベルが違った。




「あの攻撃は間違いない。フォルスって魔族の攻撃だった」


「アスラは戦ったことがあるのか?」


「ううん、オレじゃなくて父さんが。でも、見てたから間違いない」


「どういう魔族なんだ?」


「戦うときは獣のような姿になる。似てるので言うと、ブラッドファングみたいな」




 つまり、狼のような姿をしてるってことか。




「風の魔法でも使うのか?」


「あれは魔法じゃないよ。フォルスはとても速く動くんだ。その動きで風が巻き起こるくらい。父さんも苦戦してた。風が通り過ぎたように見えたときには、傷だらけにされてたし」




 話だけ聞くと、ケルベロスより速そうだ。


 ファイトギアで対抗できるかどうか……。




「それで、アスラの親父さんはどうやって勝ったんだ?」




 まさか、魔王がそう簡単に負けるはずはない。




「父さんはオレが使ってる魔法を完璧に制御できてるから、フォルスの動きを見切った後は襲いかかってきたところを迎撃してた」




 ……攻略法もファイトギアに似てるな。


 それほど防御力が高くないのか、あるいはアスラの親父さんの魔力が高いか、だな。


 そして、最後に気になったのは、




「アスラの親父さんは魔族も殺さなかったってことか?」


「うん。人間も魔族も殺さない。意味なんてないからだって。オレは、殺す気でかかってきた奴は、そうするだけの覚悟を持ってると思うけど、父さんとはそこだけはわかり合えない」




 話だけ聞くと、アスラの親父さんはどこか達観しているような印象を受けるな。


 一度会って話を聞いてみたいものだ。




「でも、魔界にいたあいつがどうして人間界に来てるんだろ」


「いやそれは、アスラだって似たようなもんだろ」


「オレは違うじゃん。天使が無理矢理オレを封印して魔界から連れ出したんだから」


「そうなのか?」




 確かにフレードリヒはアスラを天使から渡されたと言っていた。


 改めて考えてみれば、俺はアスラがどうしてそうなったのか経緯を聞いていなかった。


 ……この件が片づいたら、その辺りのこともいろいろ調べておくか。


 益々妹の捜索から遠ざかりそうだが。


 ただ、この天使と呼ばれる者の存在がどうにも引っかかる。


 やっていることがまるで世界の平和に繋がっていない。


 この異世界における天使というものの存在についても、知っておきたい。


 世界が混乱してしまうと、捜索は進まないし妹の身の安全だって気になる。


 そう言えば、魔族の棲む世界を結界で封印したと言われているのも天使だし。


 魔族とは敵対していそうだが、人間との関係性は不明だ。




「兄ちゃん、何考えてんだ? フォルスを倒す方法か? だったら、オレに試させてくれよ。今のオレが父さんよりどれくらい強いのか調べるいい機会だ」




 不意にアスラに思考を戻された。


 余計なことを考えていたようだ。


 今はまず、この国の人間を殺す魔族を何とかするのが先か。




「あのな、ケンカじゃないんだから。倒すときは全力で戦う。戦力を分散するなんて無意味なことはしないよ」


「え~、兄ちゃんが出てくると、ほとんどオレが戦えないしなー」


「じゃあ、俺が手を出す前にアスラが決着を付けちまえばいいじゃねえか」


「言ったな? じゃあ、そうしちゃうからな」




 アスラは挑戦的な瞳でシャドーボクシングをしていた。


 話が終わったので、ヨミの所に戻り耳打ちした。




「ユッカはアスラのことに気がついたか?」


「いいえ、それよりも町を襲ったもののことを気にしているようです。アキラはアスラフェルくんから話を聞けたんですか?」




 俺はアスラが話したことを要点だけ抜き出して伝えた。




「……やはり、私が感じた魔力は魔物ではなく魔族のものだったんですね」


「違いでもあるのか?」


「はい、アキラは魔力がありませんからわからないと思いますが、とても純粋なんですよ。私や人間の魔力はいろんなものが混ざり合っているような感じで……」




 それはそのままクリスタルの印象に似ていた。


 魔物のクリスタルよりも魔族のクリスタルの方が明らかに美しい。




「それで、その魔力がどっちに向かったかはわかるか?」


「……すみません。魔力と殺意が爆発したと思ったら、風のように過ぎ去ってしまって、今はもう辺りには何も感じません」




 ミュウのように魔力を隠していると言うよりは、アスラのように戦いにならないと魔力を使わないタイプなのかも知れないな。


 いずれにしろ、正体はわかったが行方は知れず、か。


 一度、レスコバーに報告するか。


 王国軍はちゃんと調査もしないで逃げ出しちゃったし。




「あの、ちょっといいですか?」




 思い詰めたような表情でユッカが話しかけてきた。


 そうだ。取り敢えず敵の正体くらいはユッカにも教えておくか。


 相手が魔族じゃ、ここから先は一緒に連れて行くのは危険だ。


 元冒険者とはいえ、今はただのメイドでしかないんだから。


 話を切り出そうとしたらユッカの方が先に口を開いた。




「アキラさんはこの国の地図を覚えていますか?」


「え? ああ、まあ……何となく」




 AIにはデータ化させているから聞けばだいたいの町の位置関係は教えてくれる。




「私、次にどの町が襲われるのかわかっちゃったんですけど……」


「何!?」




 ユッカが考え事をして導き出した答えは、とてもシンプルでわかりやすい答えだった。

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