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事件の舞台

 翌朝、七時過ぎに起きて部屋の洗面台で顔を洗い、一階の食堂に向かった。


 ここの洗面台は魔力スイッチで水が出るので、見た目的には俺の世界の水道と似ていた。もちろん俺には使えないからその都度ヨミかアスラにスイッチを押してもらったわけだ。


 食堂ではすでに受付嬢をやっていたメイドが準備をしている。




「あ、おはようございます」


「おはようございます!」




 アスラの元気な声に俺とヨミの声はかき消された。


 朝から絶好調のようだ。




「なあ、飯は?」


「フフッ、元気でいいお子さんですね」


「いや、別に俺たちの子供じゃ……」


「あの! 私たちって家族に見えます!? 特に、私とアキラは夫婦に見えるんでしょうか!?」




 俺の声を遮るようにヨミがメイドに詰め寄っていた。




「え、ええ。そう思ったから三階を勧めようと……」


「その話はいいから飯にしよう、な? アスラ?」




 危うく話が面倒な方向に進みそうだったので、アスラを利用させてもらった。




「そうだよ、オレちょー腹減ってるんだから」




 アスラは俺の思惑なんか関係なく、器用に腹を鳴らしてせがんだので、メイドは慌ててテーブルを拭き終えた。




「そちらのテーブルを使ってください。すぐに朝食を運びますので」




 パタパタと食堂から出て厨房の方へ向かった。


 言われたとおり席に着く。俺の前にヨミが座り、横にはアスラが座った。


 他のテーブルは掃除をするそぶりも見せなかったってことは、ここで朝食を取る客は俺たちしかいないってことか。


 程なくしてお膳を持ってメイドが戻ってきた。


 片手に一つずつしか持てないから二往復して俺たちの前に並べた。


 朝食のメニューはさすがに簡単なものだった。


 バターロールのようなパンが二個とサラダとスープ。それからハムエッグ。


 こういうのを見ると、ここが異世界なのか疑いたくなってくる。


 俺の世界のホテルでよく出される朝食にそっくりだった。




「いただきまーす!」




 アスラが左手にパンを掴み、右手でスプーンを持つ。


 がっつくようにパンにかぶりつきスープを飲んでいた。




「アスラフェルくん、スープが飛び散ってます。行儀が悪いですよ」


「ん……」




 ヨミがナプキンでアスラの口元を拭いてあげていた。


 どこのお坊ちゃまだよといいたくなったが、魔王の息子ってことはアスラは王子様ってことか。


 まあ、見た目だけなら確かに王子様と言えるだろう。


 ただ、もうちょっと落ち着きを持って欲しいところだが。


 ヨミに口を拭かれたことが恥ずかしかったのか、その後はなるべき汚さないように食べていた。


 ここの朝食は夕食に劣らず美味かった。


 メイドはお膳をかたづけて、食堂の掃除の続きを始めていた。




「なあ、どうしてここは宿屋なんだ?」


「へ? そりゃ、宿屋ですから」




 メイドは当たり前のように答えたが、禅問答をしてるわけじゃないっての。




「いや、そうじゃなくて。誰が作ってるのか知らないけどさ、昨日の夕食もさっきの朝食もそこらの食堂より美味かったぜ。食堂をやっていた方が儲かる気がするんだけど」


「ああ、そういう意味ですか。お客さんは冒険者でしたね。それじゃ、この国の、王都のルールはご存じではないんですね」


「王都のルール?」


「まあ、法律として明記されているわけではないのですが、不文律のようなものです。王都の土地と建物は全て王様のものなんです。そして、貸し出された建物は借主が亡くなるときに新たな借り手を探すことになるのですが、基本的に子供がいる場合はその子に引き継がれます」


「それじゃ、親が宿屋をやっていたから、料理の才能があっても食堂に出来ないってのか?」


「借主の都合で建物の中を勝手に変えることは許されていません」


「この国には職業選択の自由はないのか?」


「いいえ、ありますよ。ただ、その場合ここを他の借り手に渡すことになりますし、他の店で働くということは雇われになるので、生活水準も下がることになると思います」




 それじゃ、ほとんど選択肢はないようなものじゃないか。




「……この国じゃ、親の仕事を継ぐことが常識ってことか?」


「そうですね。ほとんどの人がそうしているはずですよ」




 凄く嫌な予感がする。


 それってつまり、昨日の門番もほとんどがそうだったと考えると、不遜な態度も何となく納得は出来る。


 世襲が長く続けば、それはいずれ特権階級意識に繋がる。


 それでもそれが市場に評価される仕事ならまだいい。


 食堂で例えれば、いくら店を世襲で受け継いでも、味がついてこなければ客は寄りつかなくなるから淘汰されるだろう。


 だが、それが兵士や政治を担う者だとしたら……。


 戦争でも起こらなければ成果なんてわからないし、政治の失敗もわかりづらい。


 世襲の全てが悪いというつもりはないが、この宿屋の状況一つ見てもちぐはぐな営業になっているわけだから、他にも問題があるに違いない。


 やはり、あの門番に日記を渡したのは間違いだっただろうか。


 今さらいっても仕方ないな。




「ちなみに、私は違うんですよ」




 メイドがそう言ってスカートを翻らせた。




「そうなのか?」


「田舎の出身なんですけど、都会で仕事がしたくて上京したんです。それで、この宿屋の店主に雇ってもらったってわけです」


「……田舎の出身?」


「はい。王都から西の方へずーっと行ったところにある小さな町です。そこで、食堂を開いてるんですよ。あの町は小さいですけど、ダグルドルドとメリディアの国境に近いから冒険者が結構立ち寄ったりして……」




 あの町で見た食堂の遺体が情景のように頭に浮かぶ。


 思わずさっき食べたものを吐きそうになった。




「……君は、最近ご両親に連絡を取ったことがあるか?」


「へ? 毎週手紙でやりとりしてますよ。何しろあの町にはギルドにしか魔法水晶はないし、両親に連絡を取るために使うのも気が引けるので……」




 伝えるべきだろうか。


 黙って立ち去るべきだろうか。


 だけど、次に出す手紙はきっと届かない。


 その時に必ずわかるなら、まだ遺体が腐敗する前に彼女の手で埋葬させてあげるべきじゃないのか。




「君、名前を聞いてなかったな」


「え? ああ、別に私の名前なんて……」


「俺は、アキラ=ダイチ。上級冒険者だ」


「……アキラ、ダイチ!? って、アイレーリスを救った英雄!?」




 門番ですら俺のことをよく知らなかったのに、どうしてこの子は知ってるんだ?




「嘘! 本物!? 似てるとは思ってたけど……」


「よく知っていたな」


「上京するための資金は冒険者で稼いだんです。その時にギルドへよく通っていたので、仕事のないときはずっと魔法水晶を見てました」


「そういうことか……」


「あ、えーと。私はユッカ=ツォーラっていいます。握手してもらってもいいですか?」




 俺は差し出された手を握ったままユッカを見つめていた。


 背はヨミはもちろん、キャリーよりも小さい。


 メイド服は全体的にふんわりとしているが、体つきも細そうで小さな女の子だった。


 童顔だから、見ようによっては十代前半にも見える。


 茶色の髪を左右で結んでお下げのようにしていた。




「あの、なにか……?」


「すまない。俺はユッカに残酷なことを伝えなければならない」


「残酷な、こと? ってなんですか?」


「俺がこの王都に来た理由は、通りがかりの町が何者かに襲われた痕跡を見つけたからなんだ」


「はぁ……」




 気のない返事をするだけ。彼女はまだ意味が理解できていなかった。




「俺たちはダグルドルドからメリディアへ向かう途中だった。そこで立ち寄った町の人間が全て殺されていた」


「え……な、何を言ってるんですか?」


「方角はユッカが言ったとおりだ。王都からずっと西の方にある小さな町だった」


「う、嘘……そんな……」


「魔物に襲われた可能性が高い。ギルドの受付嬢が残した日記に警告のようなものが書かれていた。俺はその事をこの国の王に伝えようと思ってきたんだが……」


「ハミルドさん! 私、ちょっとお休みいただいてもいいですか!?」




 放心していたはずのユッカは急に真面目な顔になって厨房の方へ声を張り上げた。


 すると、コックの姿をした大柄の男が出てくる。




「ユッカちゃん。どうしたんだい?」


「実家の様子を見てきます。馬で飛ばせば二日で着くはず。四日……いえ、五日休みます!」




 そう言ってユッカは店を飛び出そうとしたので、俺は彼女の腕を掴んだ。




「何ですか?」




 訝しげな表情を向ける。ユッカの瞳はすでにメイドのものではなくなっていた。




「俺たちと一緒なら半日で行ける。ただ、その前にこの情報をもっと町の人に知らせたい。ギルドへ案内してくれないか? それと、出来れば王様に会う方法も教えて欲しい」


「……半日って、本当なんですよね?」


「俺が嘘をつくような冒険者だと思うか?」


「わかりました。案内します。ただ、王様の方は期待しない方が良いですよ」




 そう言ってユッカは店を出た。


 俺は部屋に戻って例の袋を持ってから店の外へ出る。


 ユッカの態度にアスラは戸惑いヨミは気の毒そうな視線を送っていた。




「こちらです」




 通りを真っ直ぐ進む。やはり、どこも同じ景色が続いていた。




「この国の王様ってそんなに頼りにならないのか?」


「引きこもりの魔法オタクですよ。役に立つと思いますか?」




 凄まじいまでの切れ味のある言葉だ。


 自分の国の王様をここまで言えるとは。




「それじゃ、兵士たちは? 俺もまだ詳しいことはわかってないし、その魔物がどっちへ向かったのかもわからない。さすがに兵士たちの力を借りないことには動きようがないと思うんだけど」


「親から引き継いだだけの兵士に魔物や他国と戦う勇気やプライドがあると思いますか? 王国軍がそのレベルだとわかっているから、王様もメリディアに強く出られないんですよ」


「その言い方だと、グライオフはメリディアと戦争したかったのか?」


「王様やその側近はメリディアが嫌いなんですよ。この国は男性優位社会だから、女性が王様をやってる国が気に食わないんです。おまけに、メリディアとは魔法技術でも優位を争っていますから」


「だけど、ホルクレストとメリディアが過去に戦争したって事は聞いたけど、グライオフとの戦争なんて聞いたことなかったけど」


「何度も検討はしていますよ。でも、戦うか否かの採決にすら至ったことはありません。結局この国の支配層はみんな王様と同じで仕事をしているふりが上手いだけなんですよ」




 吐き捨てるようにそう言ったところで、ユッカの足が止まった。


 辺りを見ると、すぐに目的の場所へ着いたとわかった。


 やはり、ギルドは外観を統一しているようだ。


 この町の建物はほとんど同じ作りをしているから、逆にギルドだけ妙に目立っていた。


 そして、城から随分離れた位置にあるってことは、ここも王都の外れなんだろう。


 必ず町の中心から距離を置いている。


 政治と関わりを持たないというギルドの理念を表しているんだろう。


 さすがにまだ早い時間だったので、辺りに人の気配はなかった。


 ユッカが扉をノックして入っていってしまったので、俺たちも後に続く。




「おはようございます」


「おはよう……って、ユッカちゃん!? どうしたの? 確か、冒険者は引退したのよね……」




 受付嬢がユッカを見るや否や驚いていた。




「引退って、別に証がなくなったわけじゃありませんよ」


「それはそうだけど……あ、仕事を依頼しに来たの?」


「いいえ、私はちょっと魔法水晶を使いたくて。ただ、こちらの上級冒険者がギルドに用事があるみたいです」




 それだけ言うと、ユッカは魔法水晶に向かい合っていた。


 紹介するならちゃんとして欲しいものだけど、必死に魔法水晶に向かっているユッカに何か言える雰囲気ではなかった。


 どこに連絡を取ろうとしているのかも、わかるだけに。




「えーと、俺は……」


「あああああああ!! アイレーリスの英雄!! ど、ど、ど……」




 受付嬢が人差し指を真っ直ぐ向けたまま口を大きく開けていた。




「少し落ち着いてくれ。話が出来ない」


「は、はいっ……スーハー、スーハー」




 ……二度三度深呼吸してようやく話が出来るくらいには落ち着きを取り戻してくれた。




「あの、今日はどういったご用件で」




 所々声が裏返っていることには触れないでおこう。




「ここ最近、魔物の討伐依頼が増えたりしてないか? それも、中級以上の冒険者が対応するような魔物で」


「……いえ、特に変わった様子は……その、アキラ様はこの町で仕事をされるおつもりなんですか?」


「……さすがにそこまで畏まられると、こっちも恐縮してしまうんだが……」


「で、ですが。上級冒険者でさえ滅多にお目にかかれないのに、まさかその王国の危機を救った英雄ともなるとですね……」


「ダメです。私の町のギルドに連絡が取れません」




 ユッカが魔法水晶から手を離してそう言った。


 やっぱり連絡を取ろうとしていたのか……。




「え? ユッカちゃんも?」


「私も、ってどういうことですか?」




 ユッカはお下げを揺らしながら受付の机に両手を置いて詰め寄った。




「昨日からユッカちゃんの町の人から家族と連絡が取れなくなったから調べて欲しいって依頼が入ってるのよ。それと、北西のハレイシオの町の人も似たような依頼を……」




 もうすでに別の町も襲われたかも知れないってことか?


 これは思っていた以上にやばい状況かも知れない。




「ねえ、ゼノビアさん。魔法水晶で全ての町のギルドに警告できませんか?」




 ユッカが悔しそうな表情で訴えていた。




「警告?」


「私の町もハレイシオの町も魔物に襲われた可能性が高いんです。このままじゃ、もっと被害が拡大します」


「え? そうなの? どういうこと?」




 俺はなるべく描写をせずにここに来るまでに見た町の光景を話した。




「……嘘……そんな、ことって……」


「敵の正体はまだ俺にもよくわからない。ギルドの受付嬢が書き残した、風の魔物に気をつけろって言うのが唯一の手がかりだ」




 ユッカにゼノビアと呼ばれた受付嬢の顔が青くなっていたが、浮かれた雰囲気も落ち込む雰囲気も感じられなかった。




「わかったわ。さすがに全世界のギルドに送れるほどの魔力はないけど、今の情報を王国のギルド全部と周辺の国のギルドにも伝える」


「ありがとう。それと、ギルドからこの国の王様にコンタクトは取れないか?」




 俺の質問に、ゼノビアはあからさまに表情を曇らせた。




「……それは、難しいですね。王とその側近はギルドの干渉を嫌っています。私たちとしても、政治に関わるつもりはありませんからとても良好な関係とは言えませんし」




 やっぱりキャリーに話を通してもらうしかないか。


 一応国際会議には出席したんだし、話くらいは聞いてくれても良いはずだ。


 取り敢えず、今は約束を果たしてくれたユッカに応えるべきだろう。




「ユッカ、今ここで出来ることは十分だ。まずはユッカを町に連れて行く」


「あ、はい」


「その前に、メイド服姿で動き回るのは大変だろ。着替えた方が良いんじゃないか?」


「構いません。私は魔法を得意にしていますから」




 そう言ってすぐにギルドを出て行ってしまった。


 追いかけるように俺たちも外に出る。




「取り敢えず町の外に出たいんだけど」




 啖呵を切るだけあって、ユッカの動きはメイド服を着ているとは思えないほどだった。


 いつだったか、キャリーが魔法で歩く速度を引き上げていたが、同じ魔法を使っているんだろう。


 町の構造に詳しいユッカに、俺たちはついていくのがやっとだった。


 門から町の外の街道に出ると、左側上空に浮かんでいるものが説明しなくても目に入ってくる。




「あ、あれは……!?」


「俺たちのことを魔法水晶で全部見ていたなら知ってるだろ。あれが空を飛ぶ船――飛翔船だ」




 俺はヨミに魔法水晶でアーヴィンを呼び出してもらい。飛翔船を俺たちの前まで下ろさせた。




「乗ってくれ。ユッカの町まで送り届ける」


「その事ですけど……」




 ユッカが何か言いかけたとき、背後から馬の蹄鉄の音が近づいてきた。




「待ってくれ!」




 馬に乗っているのは、五十歳くらいの男だった。


 髪もひげも長く、身なりが整っていて妙に貫禄がある。




「あの方は……宰相様……!」




 ユッカが目を大きく開けていた。

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