事件の報告
俺はギルドの受付嬢が残した日記だけを持って飛翔船に戻った。
「アキラ!? その日記は……?」
ヨミがギョッとして俺の持つ日記を見る。
血まみれの日記を見て驚かない方がおかしいか。
「この町に生きている人間はいなかった。そして、この日記に書いてあることが確かなら、魔物の仕業らしい」
「そんな……」
「マジだぜ、姉ちゃん」
さすがのアスラもあの状況を目の当たりにしたせいで意気消沈していた。
「アキラさん。その日記を持ってきて、どうするつもりなんですか? まさか、この町を襲った魔物を追跡するとか……?」
アーヴィンの目が少し期待に満ちているのは気になるが、考えていることは似たようなものだった。
「まだ手がかりが少なすぎる。それよりもこの日記を書き残したものの意思を尊重したいと思う」
彼女は風の魔物に気をつけろと警告していた。
それを伝えなければならない。
少なくとも、この国を治めているものに。
「だから、グライオフの王の所へ向かってくれ」
「……本気ですか? ここはまだ王都から遠いからいいですけど、飛翔船で王都に近づいたら、最悪攻撃されることも考えられます」
「それでも早く王に伝えなければならない」
食堂の遺体の状況を見ると、ほとんど食事中に殺されていた。
外に倒れていた遺体もたぶん……。
襲われたことにすら気付かないまま一瞬にして殺されたんじゃないだろうか。
そうでなければ食堂の中はもっとパニックになっていたはずだ。
唯一例外だったのがギルドの受付嬢だ。
彼女だけがギリギリの所で状況を見極めることが出来た。
逃げるだけの余裕はなかったようだが。
ここから推測できることは、敵の正体はわからないが恐ろしく素速く人を殺したってこと。
そんな奴が野放しになっているとしたら、どんどん犠牲者が増える。
行方知れずの敵を俺たちだけで追うことは不可能だ。
この国の町が犠牲になったのだから、この国を治める王の協力が不可欠だった。
不法侵入のままじゃ、身動きも取りづらいし。
「……わかりました。行きましょう」
こんな時だというのに、アーヴィンは少し嬉しそうだった。
まあ、せっかくその気になってるのに水を差すのも野暮か。
アスラは甲板から町を見下ろして手を合わせている。
「アスラ、よくそんなこと知ってるな」
「父さんが教えてくれたんだ。死者を弔う方法だって」
……こういう所を見ると、アスラの父親って本当に魔王なのかと疑いたくなる。
まるで人間の思考じゃないか。
それでも、アスラが人間と同じであるはずはないんだよな。
肉体の再生やピンチの時に発揮される魔力を見ているからそこには疑う余地はない。
飛翔船が浮き上がる。
町が小さくなっていくが、俺もアスラと一緒に手を合わせて祈りを捧げた。
今はまだ遺体を埋葬してあげることはできないが、必ず埋葬すると誓う。
殺された町の人たちも、事件の解決を早く望んでいるだろうし。
「船体の向きを変えるので、気をつけてください」
アーヴィンがそう言うと少しだけ傾いてから速度を上げた。
王都が見えてくる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
闇夜の中にぽっかりと浮かぶ光が淡く城を照らし出していた。
っていうか、随分と高い城に見える。
それに、城のそばに二つ同じくらいの高さの塔が並んでいた。
「あれが、グライオフの城なのか?」
甲板から見ながら操縦桿を握るアーヴィンに聞く。
「はい、僕も噂でしか聞いたことはなかったんですが……魔法研究の産物らしいですよ。あれだけの高さの建物となると、グライオフの国力では人力で立てるのは難しいでしょうし」
地上二十階建てくらいだろうか。アイレーリスの城よりも高い。そして、二本の塔はそれよりもさらに高かった。
俺の世界なら重機がないと難しいだろうな。
「それで、どの辺りに下ろしましょう」
町に横付けしたいところだが、さすがにそれはまずいか。
「あの辺りの草原へ下ろしてくれ」
アーヴィンは返事をして飛翔船の舵を切った。
飛翔船は魔法で動いているわけだから実際にはあの操縦桿にそんな意味はないはずだが、そのあたりのことは魔法が使えないとわからない感覚なのかも知れない。
飛翔船は静かにゆっくりと俺の指定した場所に降りた。
階段を下ろして俺とヨミとアスラ、そして船長のアーヴィンまで一緒に町へ向かうことになった。
今度、飛翔船に馬と馬車を積めるスペースが作れないかシャリオットに打診するべきだな。
歩いて王都に向かいながらそう思った。
「ところで、どうしてアーヴィンまで一緒なんだ?」
船長なんだから飛翔船に残っていた方が良いんじゃないのか。
「船長だからですよ。飛翔船には敵対の意志はないと言うことを伝えておかなければいらぬ誤解を与えてしまうかも知れません。こんなことが理由で戦争にでもなったら笑えませんから」
「そういうものか?」
この異世界の人間はすぐに戦争をしたがるってことか?
……俺の世界で考えると、同盟を結んでいない国の飛行機(兵士を運べる輸送船としても活動可能)が領土に入って着陸するようなもの。
あ、確かに下手なことをすれば戦争になるかも。
別にこの世界の常識に限った話じゃなかった。
王都はさすがに石だか土だかの大きな壁に囲われていた。
整備された道の先に大きな門が見える。
扉の前にはもちろん門番が立っていた。
もう夜も遅いのに、馬車が何台か門の前で列を作っている。
この辺りはアイレーリスと一緒だ。
町に入るには許可がいるってことだろう。
俺はそんなものは持っていないが、久しぶりに上級冒険者の証を出した。
これがあればギルドのある国にはフリーパスで入れるって話だから、王都にも入れるだろう。
そういう計算もあって、飛翔船で王都に近づいても何とかなると思っていた。
「次の方、どうぞ」
俺たちの前の馬車が町に入ると、やっと呼ばれた。
「あ!」
俺の顔を見るなり、門番は声を上げた。
どうやら、生中継の効果で俺のことを知っていたようだ。
それなら証を見せるまでもないか。
「お前たち、あのでかい船のようなものはなんだ? あっちの方から来たってことはあれの持ち主か?」
門番の態度はあからさまに不審者に向けられたものだった。
「あの、あれは飛翔船と言って、ホルクレストが開発した空中移動用の船です。僕がその船長ですが……」
「飛翔船……? 貴様、それはホルクレストだけでなくメリディアも関わって作ったものだろう!?」
門番は手に持ってた槍を俺たちに向けて怒鳴りつけてきた。
「す、すみません。ご存じでしたか。ですがあの、ちょっと王様に用事があってあの場所に停泊させているだけで、それ以外にはまったく意味はないんです」
「そのような話は王宮から伺っていない! 第一、このような時間に国王陛下が会うはずなかろう! 怪しい奴らめ! 役所まで同行してもらおうか! 取り調べを行う!!」
捲し立てるようにそう言うと、門番たちが後ろの詰め所のような所からぞろぞろ出てきた。
まったく、飛翔船のことを知ってるなら俺のことも覚えておけっての。
「ちょっと待った。俺は上級冒険者のアキラだ。あれは俺の指示であの場所に下ろしただけだ。単なる俺のための移動手段に過ぎない。馬車と同じってことだ。それともこの国じゃ、上級冒険者が馬車に乗って入国するにも制限がかかるのか?」
俺はしまいかけた証を印籠のように掲げて見せた。
「上級冒険者のアキラ……?」
一番前で槍を俺たちに向けていた門番が俺の証をマジマジと見る。
「……どこかで、聞いたような……」
後ろに控えていた門番の一人が彼に近づいて耳打ちした。
「――何!? まさか、魔族を倒したとか言う……」
ああ、一応俺のことを知っている人はいたみたいだな。
門番の表情がみるみる変わっていって、引きつったような笑顔を浮かべていた。
「ア、アイレーリスの英雄が我が国に何の用か?」
やっと話がまともに進められそうだ。
早く王に伝えたかったが、だからといって隠すようなことでもない。
「ここから西に行ったところに小さな町だか村があるよな」
「ああ、それがどうした」
「その町が何者かに襲われた。町の人は一人残らず殺されていたよ」
「な、何!?」
「証拠になるかわからないが、ギルドの受付嬢が残した日記だ。俺はこれをあんたらの王様に届けたい。いや、彼女の意思を尊重するならどうしてもこの日記の内容を見てもらわなければならない」
血まみれの日記を差し出すと、門番たちは一斉に一歩引いていた。
お互いに顔を見合わせて口々に言葉を発する。
「そんな話聞いたか?」
「いや、報告は上がってない」
「何者かってなんだ?」
「知るか! 魔物か、まさかメリディアの魔法実験に巻き込まれたとか」
「うるさい! 静かにしろ!」
雑談を始めた後ろの門番たちを前に出ていた門番が叱りつける。
この様子から察するに、この男は門番たちの隊長って所か。
「……ご苦労だった。日記は私が預かろう」
手を伸ばそうとしてきたので、俺は引っ込めた。
「あんたたちは現場を見ていないだろ。俺は見てきたことも王に報告したい」
「……アイレーリスの英雄殿は少し常識をわきまえぬようだな。上級冒険者といえど、我が国の国王陛下においそれと拝謁できると思うな! 無礼者めが!」
「人がたくさん死んでたんだぞ! そんなこと言ってる場合じゃねーだろ!」
アスラが今にも襲いかかるんじゃないかって勢いで叫ぶ。
「冒険者殿の報告は王宮に上げておく。上級冒険者の証言なら、それなりに信憑性はあるだろう。数日以内に調査隊が派遣されることになる。後は、我々の国で起こった事件のことだ。我々に任せてもらおう」
そう言って、手を差し出す。
無論、握手をするためではない。唯一の物証である日記を渡せと要求していた。
しかし、数日以内では動きが遅すぎる。
飛翔船だって時間がかかったのに、馬で調査隊を派遣するとしたら、その間に他の町が襲われないとも限らない。
切迫した状況であることも王に伝えたいのに。
「渡せぬのか? まさか、やましいことでもあるわけでは……」
このままこいつらと睨み合っていても意味はない。
俺は日記を叩きつけるようにして渡した。
「ご協力感謝いたします。それから、あなたは上級冒険者のようですから、王都への出入りはご自由に。ただ、あの大きな船は馬車と同じだと言うには場所を取りすぎです。早急に退かしていただきたいものですな」
門番の隊長がそう言って王都の中へ入っていくと、他の門番たちも二人だけ門のところに残して詰め所へと戻ってしまった。
「……僕たちは、どうしましょう……」
疲れたような表情でアーヴィンがつぶやいた。
「この国の王に会うには、どうしたらいいと思う」
「わかりません。シャリオット殿下はルトヴィナ女王陛下と個人的に交流があります。ですから、グライオフの国王には面会を申し入れることは不可能だと思います」
キャリーならあるいは、か。
いずれにしても今日会うのは無理か。
「アーヴィンは飛翔船へ戻っていてくれ。俺は朝一番にこの町のギルドへ行くから、今晩は町の宿に泊まる」
「はい。そうですね……それでは僕も明日の朝にシャリオット殿下に連絡を取ってみます」
「あ、それから飛翔船は浮かべておいてくれ。一応な」
戻りかけたアーヴィンにそれだけ告げると、俺たちも門をくぐって町に入った。
石畳の道路は真っ直ぐ伸びていて、石造りの建物も道路に沿って等間隔に並んでいる。
上から見たら碁盤の目のような町だろう。
どこを歩いても似たような景色が続くせいで迷いそうになる。
この辺りは普通の住宅なのか、この時間に外を歩いている人は見かけない。
とにかく曲がり角に着くたびに別の道を見回ったりしていると、ようやく活気のある音というか、喧騒が聞こえてきた。
そちらに向かっていくと、やっといくつか店が見えてきた。
看板にはフォークとナイフがクロスされたものが見える。
この町では食堂を示すのに、同じ看板が使われているようだ。
他には瓶が看板になっている店もある。
恐らくは酒場だろう。
喧騒はそちらから聞こえてきていた。
「何か飯でも食うか」
あの遺体の状況を見た後では、何か食べる気がしなくて飛翔船では何も食べていなかった。
だが、さすがに腹が減ってきた。
「そうですね」
「やった! どの店にする?」
アスラが駆け出そうとするのを、ヨミが押さえた。
「こら、危ないですよ」
「姉ちゃんは心配性だなぁ」
こうして見てると、ホントの姉弟のようだ。
「別にどこでもいいだろ」
この世界の飯屋事情なんて知らないし。
「あ、待って! オレに選ばせて」
そう言うと、アスラは俺とヨミの手を引きながら歩き出した。
「こっちからいい匂いが……」
魔族ってのは鼻がいいのだろうか。たぶん、アスラの鼻がいいだけなんだろうな。
アスラが連れてきたのは一番の奥の店だった。
一つ道路を挟んでいるため、あまり混雑していない。
つまり、人気がなさそうだが。
っていうか、よく見ると看板が違う。
あれは、ベッドのように見えるが……。
「いらっしゃいませ。本日はご休憩ですか? あ、お子様が一緒と言うことはお泊まりですね」
店の中に入ると目の前には受付用の机があって、メイドの服を着た女性がにこやかにそう言った。
「おいアスラ。ここは宿屋じゃねーか。まあ、宿屋にも行くつもりだったけどさ。まずは食事じゃないのかよ」
「おっかしいなー、すげえいい匂いがしたんだけど……」
「お食事でしたら、奥の食堂でお出しできますよ。ただ、お泊まりのお客様にだけ提供しておりますので……」
それなら一石二鳥か。
「わかった。それじゃ俺たち三人が泊まれる部屋を用意してくれ。それから、食事も頼みたい」
「はい、畏まりました。御家族ですと、三階の部屋が丁度いいと思います。一応、お子様の部屋には鍵がかけられますので、夫婦水入らずにも出来ますよ」
……もしかして、ここただの宿屋じゃなくて、いわゆるラブ……。
「いや、出来ればこいつも一緒に寝られる部屋がいいな」
俺はアスラの肩を抱いて別の部屋を要求した。
「どうしたんだ? 兄ちゃん」
「そうですか? では、二階の奥の部屋をご案内いたします。こちらの宿帳にお名前と、差し支えなければご職業などをご記入お願いいたします」
言われるまま名前を書くと、
「あら? 御家族ではなかったんですね。でしたらやはり三階のお部屋の方が……」
「いや、いいから二階の部屋を案内してくれ」
幸いにもヨミはこの宿屋がどういう宿屋なのかわかっていないんだから。
「畏まりました。それでは、お先に代金を頂戴いたします」
俺たちが泊まる部屋の代金は金貨一枚でおつりが来た。一応食事付きの金額で、夕食だけでなく明日の朝食の代金も含まれていると説明された。
この世界の相場がわからないから、安いとも高いとも言えない。
まあ、まだ金はたくさんあるからそれの心配はないんだけど。
手続きが終わると、メイドは鍵を持って受付から出て俺たちを部屋まで案内してくれた。
「お食事は食堂で取っていただきますが、あと一時間ほどで閉まってしまいますのでお気を付けください」
「ああ、大丈夫だ。すぐに利用させてもらう」
俺の荷物は布の袋だけだ。今は亡きエリーネの父、ジョサイヤからもらったもので、丈夫だから旅ではいつも持ち歩いていた。
この中にはもちろん魔族のクリスタルと金が入っている。
ヨミもアスラも荷物はないからすぐに俺たちは一階の食堂へ向かった。
結論から言えば、アスラの鼻は確かだった。
その日の夕食で出された料理は、サラダとスープとパスタ、そしてメインディッシュの肉料理だったのだが、俺がこの世界で口にした料理の中でも一位と言っても過言ではなかった。
城の食堂よりも美味いものが食えるとは思っていなかった。
それも専門ではなく、宿屋のサービスの一つなのに。
おまけに、ここは普通の宿屋ですらないような……。
俺はそれだけは考えないようにしてベッドに潜り込んだ。




